第997話

「グルルルルゥ」


 セトが喉を鳴らして、屋台の方へと視線を向ける。

 セトの視線を追ったレイは、屋台を見て少し驚きの表情を浮かべた。

 その屋台で売られているのは、冷たく冷えた果実水。

 次第に気温が上がって暑くなってきているこの時期、昼には冷たい飲み物を飲みたくなる者もいるのだろう。

 だが、レイが驚いたのは果実水を売っているからではない。

 冷たい果実水を売っていた為だ。

 当然気温が暖かくなっているこの時期、果実水を作っても冷たいとは言えない温度であり、どちらかと言えば温いと表現した方が正しい。

 そんな中で、レイの視線の先にある屋台では冷たい果実水を売っているのだ。 

 その理由が、屋台に備え付けられているマジックアイテム。

 以前レイがギルムの中を散策している時に見つけた物とは少し違うが、似ている箇所も多いことからすぐにそれが冷気を発するマジックアイテムだと判断出来た。

 冷蔵庫かエアコン代わりに使えるかも? と思って興味深くそのマジックアイテムについての説明を受けたレイだったが、使用する魔石に質と量の両方が求められるという燃費の悪さと、何よりドラゴンローブを着ていればエアコンの類は必要なく、ミスティリングがあれば冷蔵庫も必要ないという事で購入しなかったのだが……


「よくこのマジックアイテムを買えたな」


 果実水を注文したレイは、屋台の店主へとそう声を掛ける。

 そのレイの言葉に笑みを浮かべて口を開いたのは、一見すると屋台の店主には見えない程に筋骨隆々の大男だった。

 その身長はレイよりも遙かに高く、二mを優に超えているだろう。

 屋台も決して小さい訳ではないのだが、男が一緒に立っていると玩具のように見えていた。

 それでいて顔は強面という訳ではなく、どこか優しそうな雰囲気すら漂っている。

 もしこの身体の大きさで強面であれば、とてもではないが屋台の店主は出来なかっただろう。

 そう、世話好きの性格をしているにも関わらず、凶悪な顔付きで損をしているパミドールの如く。


「ははは。この屋台は半ば趣味のようなものなんだ」

「……だからこれだけのマジックアイテムを買えた訳か」

「そうだね、こう見えて君と同じランクB冒険者だから、それなりに稼いでるし」


 自分を見てすぐにランクB冒険者だと見抜いたのには、驚きはない。

 レイの隣で特別に用意して貰った深い皿に入っている果実水を飲んでいるセトを見れば、ギルムに住んでいる者ならすぐにレイをレイと認識出来るのだろうから。

 だがそんな相手とは違い、レイの方は男に見覚えはない。

 ギルムにいる冒険者の数は多いのだから、レイが顔を知らない者の方が多いのだが。

 それにレイ自身、人との付き合いがそれ程得意ではないということもあり、冒険者の同僚にそれ程知人は多くはない。


「ランクB冒険者なら、マジックアイテムを買えるくらいは稼ぐ、か」

「その辺はレイも体験してるんじゃないかな?」


 男の言葉に、レイは小さく肩を竦める。

 ランクB冒険者という意味ではレイと男は同じだったが、レイはよりランクが下の時から盗賊を襲撃してはそのお宝を奪うといった真似をしており、大きな依頼を幾つか成功させているということもあって、金に困るということは殆どなかった。

 だからこそレイは店主が言っていることに完全に納得出来る訳ではなかったが、それでもランクB冒険者のような高ランク冒険者がどれくらい稼いでいるのかというのは理解していた。

 レノラやケニーといった面々からその辺の話を聞いたこともあるし、ランクA冒険者のエルクからも世間話という形で話を聞いたことがあった為だ。


「ま、そこそこはな。俺も人のことは言えないくらいマジックアイテムに目がないのは事実だし」

「お、やっぱりそうなんだ。これを見てマジックアイテムだと分かる人って、実はあまり多くないんだよね。ちなみに、レイはどんなマジックアイテムを集めてるんだい? 俺は日常生活にあれば便利なマジックアイテムを集めてるんだけど」


 日常で使えるマジックアイテムで一番多く普及しているのは、やはり明かりのマジックアイテムだろう。

 だが、そのマジックアイテムを使うにも欠片程度の魔石が必要である以上、そう好き放題に使う訳にはいかない。

 他にも料理をする時に使う火を用意するような、火種を生み出すマジックアイテムといったものもあるが、店主が言っているのはそういう一般的なものではなく、この屋台に使われているようなものを指しているのは明らかだった。


「俺は戦闘で実際に使えるようなマジックアイテムだな。槍とか、短剣とか。……まぁ、短剣の方は戦闘で使えないんだけど」


 レイの脳裏を、流水の短剣の姿が過ぎる。

 上手く使いこなせれば水そのものを武器として扱えるという非常に強力なマジックアイテムなのだが、炎に特化しているレイの属性では飲み水くらいにしか使えないという代物。

 もっとも、飲み水として考えればこれ以上ない程の、天上の美味と表現するのが相応しい味なのだが。


「戦闘でか、随分と真面目だね。まぁ、集める方向性は違っていても、お互いにマジックアイテム収集という趣味を持っているんだ。仲良くしてくれると嬉しいな。……あまり、人に認められるような趣味じゃないし」


 店主の口から出た言葉は、ようやく自分の仲間を見つけることが出来たという喜びに溢れている。

 マジックアイテムというのは、基本的に高価な代物が多い。それこそ上を見れば光金貨を数十枚といった代物ですら存在していた。

 例えば、レイのミスティリングは幾ら金を出しても買えるという代物ではない。

 そこまで高価なものではなくても、金貨や白金貨で買うというのも珍しくはなかった。


「それは言えるな。俺もよく人にマジックアイテムを集めるのが趣味だって言うと、変人でも見るような目で見られたりするし。魔石を集めるのが趣味だって言った時もそうだけど」

「え? 魔石を? ……まぁ、人が何を趣味にするのかは人それぞれだから何とも言えないけど……」


 そう言いつつも、店主の男がレイに向ける視線は物好きな相手だと言いたげなものだ。

 それでも視線の中に悪意がないのは、店主自身が自分の趣味を特殊だと理解していたからだろう。


「とにかく、同好の士に会えて嬉しいよ。ああ、そう言えば自己紹介がまだだったね。俺はセイモア。さっきも言ったけど、ランクB冒険者のセイモアだ。まぁ、趣味と実益も兼ねてこうして屋台をやる事もあるけど」

「……実益? 赤字なんじゃないか? これだけのマジックアイテムなんだから、動かすには随分とランクの高いモンスターの魔石を必要とするだろ?」


 高性能なマジックアイテムを使用するには、当然それだけランクの高いモンスターの魔石が必要となる物も多い。

 そういう意味では、ここで屋台をやって果実水を売っても、魔石の代金に見合わないのではないか。そんな思いで尋ねるレイだったが、セイモアは笑みを浮かべて首を横に振る。


「いやいや、それがこのマジックアイテム、効果は高いんだけどそこまで高ランクのモンスターの魔石は必要ないんだよ。俺もそれを聞いて買ったんだし」

「……この冷やすマジックアイテムが?」

「そうそう。ランクEモンスターの魔石で十分動くんだ」


 レイの視線は、どこか疑り深そうなものになる。

 以前レイが見た同じような効果を持つマジックアイテムは、ランクCモンスターの魔石が必要とされる物だった為だ。

 ランクCモンスター……つまり、サイクロプスと同ランクのモンスターの魔石が必要とされる。

 同じような性能のマジックアイテムなのに、なぜランクEモンスターの魔石でも動くのか。

 疑問に思うも、実際に今こうしてレイの目の前でマジックアイテムが動いているのは事実だった。


(この短期間でギルムの錬金術のレベルが急激に上がった? まぁ、絶対にないとは言えないだろうけど……それでもそんなに都合良く出来る訳はないしな。だとすれば、俺が見たのが型遅れみたいに随分と前に作られた奴だったりするのか?)


 疑問に思うも、結局答えを得ることは出来ず、結局目の前で自慢げに笑っているセイモアへと尋ねる。


「何でそんなにランクが低い魔石で動くんだ?」

「どうだろうね。俺も錬金術には詳しくないけど……でも、ベスティア帝国はここ数年……十数年か? とにかく急激に錬金術のレベルが全体的に上がってるって話だからね。ギルムで作られた物とはやっぱり違うんじゃないか?」

「ああ、ベスティア帝国製なのか。どうりで……うん?」


 ふと、自分が口にした言葉に違和感があった。

 冷えた果実水を嬉しそうに飲んでいるセトを見ながら、レイは数秒考え……何に違和感があったのかに気が付く。


「待て。待ってくれ。ちょっと待って欲しい。えっと、このマジックアイテムはギルムで買ったんだよな? それとも、実はベスティア帝国まで行って買ってきたとか?」


 そんなレイの言葉に、セイモアは何を言ってるのか理解出来ないと言いたげに笑みを浮かべて口を開く。


「そりゃ当然だろ。何だってわざわざベスティア帝国まで行く必要があるんだよ。向こうのマジックアイテムは魅力的だけど、それでもミレアーナ王国と長年敵対していたベスティア帝国に行くつもりはないな。俺の知り合いだって戦争で死んでるんだし。戦争だって分かっていても、色々と思うところはあるんだよ」

「その割りに、ベスティア帝国製のマジックアイテムは使うんだな。……じゃなくて、何でギルムにベスティア帝国製のマジックアイテムが売ってるんだ? ここが王都とか、ベスティア帝国に近い場所にある街ならともかく、辺境にあるギルムだぞ!?」

「別におかしな話じゃないだろ。ギルムにはベスティア帝国からの商人が来るのだって、珍しいけど絶対に皆無って訳じゃないんだし」


 セイモアの言葉は、事実だ。

 ベスティア帝国にも辺境と呼ばれている地域はあるが、ギルムでしか手に入れることが出来ない物もある。

 逆にベスティア帝国の辺境でしか手に入れることが出来ない物もあるので、当然ミレアーナ王国からベスティア帝国の辺境へと向かう商人も少数ながら存在していた。

 それは間違いないのだが……


(それでも命懸けでギルムまで来る商人なんてのは決して多くはない筈だ。去年まで敵対してたんだから。それに何より、マジックアイテムの騒動が起きてから都合良くベスティア帝国製のマジックアイテムがギルムの市場に流れる。これが本当に偶然か?)


 偶然で考えようと思えば考えられるが、今レイが探している錬金術師と関わり合いがあるように思えば、それもまた可能だった。


(けど、もし本当に俺の探している錬金術師がこのマジックアイテムを作ったんだとしたら、何だってそんなことをする必要がある? 当然向こうだって自分達の足取りを追われるような真似をしたいとは思えない。だとすれば……陽動? なるほど、それならあるか)


 ギルムにいるように見せて、実は他の場所に潜んでいる。

 その可能性は、十分あるようにレイには思えた。

 同時に、陽動ではなく純粋に金を稼ぎたかったのではないかという思いもある。

 ゴーレムや魔剣を始めとしたマジックアイテムを作っているのであれば、各種素材は相当に必要となる筈であり、それを得る為の資金稼ぎなのではないか、と。


(ギルム特有の素材を欲したって可能性もあるけどな。それにゴーレムの件でマジックアイテムを作るにも素材が足りなくなった可能性もある)


 少し考えただけでも幾つもの可能性が存在し、そうなるとレイとしてもどれを選んだ方がいいのか分からなくなる。


(とにかく有力な情報なのは間違いない。だとすれば、ヴィヘラやビューネと合流した時にこの件を言えばいいか)


 最終的には一応この件についてはヴィヘラ達と相談することにし、レイはセイモアへと向かって尋ねる。


「それで、このマジックアイテムはどこで買ったんだ? 魔石の問題がクリアされているのなら、俺も買いたいんだけど」

「これかい? これは大通りから脇に入っていった場所だから、ちょっと分かりにくいんだけど……レロウズの店って知ってるか?」

「レロウズ……ああ、大通りにある食材とかを売ってる店だな。何度か寄ったことがある」

「そうか、なら話は早い。レロウズの店からギルドの方に向かって進んで、二つ目の通りから路地裏の方に回って、後はそのまま道なりに奥の方に入っていけばいい。そうするとゴブリンの頭蓋骨を飾ってる店があるから、そこだ」

「……ゴブリンの頭蓋骨を? 随分と悪趣味だな」

「ははは。それは言える。けど、いかにもそれっぽくないか? 実際、結構な穴場で俺は時々通ってる。ただ、レイが好むような実戦で使えるようなマジックアイテムってのは殆ど置いてなかったから、そういう意味ではレイ好みじゃないかもね」

「ゴブリンの頭蓋骨を置いてるのにか?」


 レイの言葉に、セイモアは真面目な顔で頷く。


「店主が冒険者をあまり好んでないらしい。そういう意味では俺もそんなに好かれてる訳じゃないんだけど……ま、俺からの紹介だって言えば追い返されることはないだろうから、行くなら行ってみてもいいんじゃないか? っと、悪い。客だ」


 話していたレイの後ろに客が並んだのを、目敏くセイモアは見つける。

 レイもセイモアの商売の邪魔をする気はないので、料金を支払ってセトと共にヴィヘラと待ち合わせの場所へと向かう。

 予想外の手掛かりを手に入れて。

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