第996話
崩落した洞窟の残骸を吹き飛ばして姿を現したのは、見上げる程に巨大な存在だった。
高さは四mを超えているのは間違いない。横幅もかなり広く、見た目にも厳つい姿をしている人形。
身体中が石で出来たその人形は、ゴーレムと呼ばれているものだ。
「……ゴーレムなのはいいんだけど、あんなに大きいのがどうやって洞窟の中にいたんだ? 幾ら何でも、ああいうのがいたら見逃さないぞ?」
そもそも崩落した洞窟よりも背が高いのだから、どう考えても洞窟に収められていたとは思えない。
「つまり、俺が洞窟に入った時には姿を見せていなかった? ……地面とか壁に埋め込まれていたとか。いや、けどそれだったら色々と違和感があってもおかしくなかっただろうし……だとすれば、一体どうなってるんだ?」
レイの脳裏を過ぎったのは、行き止まりの場所にあった魔法陣。
香炉が置かれていたのと同じような台座があり、その台座の上には壺が乗っていた。
(あの壺がこのゴーレムに何らかの影響を与えた? そう言われてみれば、崩落した洞窟にしては岩とか石の数がそれ程なかったように思える。かなりの量が上に吹き飛んでたから、本当にそうかと言われればあまり確証はないけど)
そんな風に考えているレイが警戒している視線の先で、ゴーレムは自分の周囲にある石や岩といったものを強引に退かせながら歩みを進める。
進行方向にいるのは、当然ながらレイとセト。
岩や石を崩しながら歩を進めるゴーレムへ真っ先に攻撃を開始したのはレイだった。
「飛斬っ!」
その言葉と共に放たれた飛ぶ斬撃は、真っ直ぐにゴーレムへと向かう。
「グルルルルルゥッ!」
同時に、セトから放たれた風の矢が何本もゴーレムへと向かって行く。
「ガアアアアアアアァアッ!」
飛斬により身体が削られ、同時に風の矢が岩で出来た身体へと突き刺さる。
だが風の矢は飛斬よりも威力に乏しく、ゴーレムに小さな傷を付けるのがやっとだった。
「ちっ、ゴーレムってだけあって、ただの岩じゃなくて魔力的に強化されてるな。……こんな仕掛けをしてたってことは、誰かがここに来るのを予想してたんだろうけど……」
盗賊に自分達の姿を見られたのも、もしかしたら何らかの罠だった可能性もある。
そんな苦々しい思いを胸に……だが、次の瞬間レイの口に浮かんだのは笑みだった。
「確かに普通なら洞窟の崩落とゴーレムの出現なんて真似をされれば、即死級のトラップだ。だが……それはあくまでも普通なら、だ」
手の中にあるデスサイズを改めて握り直し、魔力を集中させながら呪文を唱える。
『炎よ、汝は全てを燃やしつくす炎、汝は全てを貫く槍、汝は全てを消滅させる我が力、我が魔力を喰らいて、その牙をより鋭く、より固く、我が敵の命を喰らえ』
呪文を呟くと同時に、デスサイズの上へと炎で出来た一本の槍が生み出されていく。
レイの持つ魔法の中には、炎の矢や剣といったものを生み出す魔法があるが、今回使用したのは炎により槍を生み出す呪文。
ただ、これまでの呪文と一線を画すのは、その槍に込められた魔力の量だろう。
レイの持つ莫大な……普通の人間ではとてもではないが御すことは不可能だろう魔力が大量に込められる。
炎帝の紅鎧により魔力を圧縮し、濃縮するという感覚を覚えたからこそ可能となった魔法。
レイが生み出したのは、炎によって構成されたたった一本の槍。
ただし、その槍に込められた魔力は一般的な魔法使い数十人が命を削って生み出す魔力と同等の量。
そんな莫大な魔力によって生み出された槍は、レイがデスサイズを振るうのと同時にその威力を発揮する。
『炎槍』
魔法の名称自体はこれ以上ない程に単純な魔法。
だが、その魔法によって放たれた槍は真っ直ぐにゴーレムへと向かい……ゴーレムへと触れた瞬間、高温の炎を生み出しながらあっさりとその巨体へと突き刺さる。
ゴーレムの体内へと埋まった槍は、次の瞬間には炎へと姿を変えてゴーレムの内側から燃やしつくしていく。
魔力で強化された岩で出来ているゴーレムが、内側からの熱によって見る間に溶けていくのだ。
それは、まるで雪に熱湯を掛けたかの如き光景であり、恐らく必殺の意思でゴーレムをここに仕掛けたのだろう錬金術師の狙いは一切叶うことがないままに岩は溶けていく。
高さ四m程もあったゴーレムの巨体は真っ赤になって溶け、地面へと広がる。
一見すると溶岩にしか見えないその光景は、まさしくこの世の地獄とも思えるものだった。
「グルルゥ……」
自分の出番が最初のウィンドアローしかなかったセトが、残念そうに喉を鳴らす。
だが例えグリフォンのセトであっても、岩が溶岩の如き有様になって溶けているゴーレムに手出し出来る筈がない。
ゴーレムの体内を燃やしつくした炎の槍は、それだけではまだ威力を完全に消滅するようなことも出来ず、洞窟の残骸をも真っ赤に燃やして溶かしていく。
数十分前までは洞窟だった場所は、今ではその痕跡すら見つけることは不可能な程に全ての岩や石が溶けて液状化するという事態になっていた。
「……ゴーレムを倒すのはともかく、ちょっとやり過ぎたか?」
炎で出来た槍の影響自体は魔法の効果によって殆ど外へと現れてはいないが、それでもゴーレムが溶けた溶岩の熱は多少なりとも周囲へと伝わる。
幸い周囲に燃えるような物は木々を含めて何もなかった為に山火事になるようなことは避けられたが、それでも春とは思えない程の熱さを周辺に広げていた。
ドラゴンローブのおかげで暑さに……いや、熱さに苦しむことはなかったが、それでもここをこのままにしていけば何か問題が起きるのは間違いない。
「取りあえず、周囲に燃え広がらないようにすればいいよな」
呟いたレイがミスティリングから取り出したのは、流水の短剣。
魔力により水を生み出し、その水を自在に操って敵を攻撃するという能力を持つマジックアイテムだ。
……もっとも、魔法の属性が炎に特化しているレイが使った場合、とてもではないが水を武器として使用出来ないのだが。
常識外の魔力を持っているレイが流水の短剣で生み出した水は、極上と表現するに相応しい味の飲み水にはなるが、それだけでしかない。
それでも魔力を込めた水であるのは間違いがなく、溶岩に対して何らかの効果があるのではないか。
そんな思いから、レイは溶岩の周囲の石や木々、土へと水を掛けていく。
「このまま火事にはならないといいんだが……大丈夫、か?」
先程のレイの魔法により生み出された結界によるものか、溶岩は熱さを持ってはいるが普通の人間でも我慢出来ない程ではない。
また、溶岩それ自体も周囲に流れ込むといったことはないらしく、取りあえずレイは安堵の息を吐く。
「グルルゥ」
そんなレイに対し、ご苦労様とでも言いたげにセトが喉を鳴らしながら顔を擦りつける。
「ああ、ありがとな。……それにしても、ゴーレムなんて厄介な代物を仕掛けていくとなると、マジックアイテムの件でも分かっていたけど、かなり腕の立つ錬金術師みたいだな。手掛かりもなくなったし……どうしたらいいと思う?」
「グルゥ?」
円らな瞳で小首を傾げるセト。
そう言われても……と言いたいように見えるセトの姿に、レイは日本にいた時のことを思い出す。
警察の特集番組で何かを探すのに警察犬を使っていた光景を。
「臭い……臭い! そうか、臭いが……」
あった。そう言おうとしたレイだったが、すぐに目の前の光景を思い出して首を横に振る。
目の前にあるのは、崩落して崩れ、溶岩によって焼かれている洞窟だ。
錬金術師の臭いがあったとしても、洞窟の崩落によってその臭いを追うのは難しくなっただろうし、何よりもゴーレムが溶けてしまい、その臭いによって上書きをされてしまっている。
どう考えても臭いを追うのは無理だろう。
それでも一縷の望みと共に、レイはセトへと問い掛ける。
「錬金術師の臭い……追えるか?」
「グルルゥ……」
レイの言葉に、申し訳なさそうに力なく鳴きながらセトは首を振る。
「そっか、駄目か……」
「グルゥ」
悲しげに鳴くセトの頭にレイはそっと手を伸ばす。
「気にするなって。もし出来たらって感じで聞いてみただけだから。にしても、これで完全に手掛かりが消えてしまったな……どうしたらいいと思う?」
「グルルルルゥ!」
レイなら大丈夫だよ! と、喉を鳴らすセト。
励ましの類ではなく、セトは本気でそう言っているのだろうというのはレイにも理解出来た。
そんなセトの行為はレイに気力を湧き上がらせ、やる気を漲らせる。
「そうだな、ここでの手掛かりはなくなったかもしれないけど、情報を集めているのは俺だけじゃくて、ヴィヘラやビューネも……いや、ビューネにこの手のことは期待出来ないか」
盗賊としての技量は年齢不相応に高いビューネだったが、人付き合いの下手さという意味では、決してその手のことが得意ではないレイと比べても、更に苦手だ。
そんなビューネが錬金術師がどこに潜んでいるかの情報を集められるとはとても思えなかった。
(まぁ、ビューネはヴィヘラと行動を共にしてるんだろうけど。ヴィヘラの方は情報を集めるのが得意そうだし)
ヴィヘラの容姿やその姿を見れば、少しでも話したいと思う者は多いのは男の性として明らかであり、そんなヴィヘラが情報を探しているとなれば、その情報を持ってこようと考える者が多いのも間違いない。
……もっとも、その情報がないのに情報を教えるという名目でヴィヘラと話そうとする男が出てくるのは間違いないのだが。
「その辺はビューネが取捨選択するか。……セト、じゃあ俺達もギルムに戻ろう。ヴィヘラ達が何か情報を得ていることを祈ってな」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、背中を向ける。
そんなセトの背にレイは跨がり、数歩の助走の後でセトは翼を羽ばたかせながら空へと舞い上がっていく。
「……え?」
「あら、急にどうしたんだい? もしかして、何か実験を失敗したとか言わないよね?」
アドリアの言葉に、ズボズは近くにあったビーカーを揺らす動きを止める。
そして、信じられないと言いたげに近くに置かれていた拳大の金属の塊へと手を伸ばす。
だが、ズボズがその金属の塊に触れても特に何が起きる訳でもない。
……そう、本来なら魔力を流せば洞窟に置かれていたゴーレムの核の反応が返ってくる筈だというのに、全く何の反応もないのだ。
「これは、さっきの香炉の件と続いている? いや、けどこんな短時間で私があれだけの材料を使って作ったゴーレムが破壊されるというのは、少し考えにくい」
「ありゃ、あのゴーレムが破壊されたの? それはちょっと信じられないね」
楽しいことが最重要なアドリアにとっても、今の言葉は聞き逃せないものがあった。
アドリアはズボズがどれだけの労力をゴーレムの核に注ぎ込んできたのかを見ている。
稀少な素材を大量に使い、魔力を可能な限り込め、魔法陣によって魔力を込める作業も他のマジックアイテムに比べるとかなり長期間に及んでいた。
それもこれも、全てが自分達の手掛かりを求めてあの洞窟へとやって来た相手を纏めて仕留める為に。
だが、その切り札とも呼べるゴーレムはあっさりと破壊されてしまった。
(本当に香炉の件と続いているのか? いや、けどそうなると香炉からゴーレムが破壊されるまでの時間は明らかに短すぎる。けど、あんな森の奥深くにある場所にやってくる物好きが何人もいると? ……可能性としてはない訳じゃないと思うけど……)
ズボズは考えるも、やがて自分だけでは埒が明かないと判断したのだろう。面白そうな笑みを浮かべているアドリアの方へと視線を向ける。
自分がかなりの労力を込めたゴーレムが破壊されたというのに、何故か面白そうな笑みを浮かべているアドリアに若干の苛立ちを覚えるものの、そもそも自分でも理解している程に愚かな行動に付き合ってくれるような人物はアドリアくらいしか存在しない為、何か言える訳もない。
……愚痴は言うのだが。
「とにかく、あのゴーレムを壊せるような人物がこっちのことを探っているとしたら、非常に厄介です」
「本当にあたし達を探していてあそこに到着したの? 偶然って可能性は考えられない?」
「それは否定出来ませんが、だからといって楽観視をする訳にもいきません。……カバジード殿下の仇を取るまで、私は絶対に死ねないのですから。用心し過ぎということはないでしょう」
そう告げるズボズの目には復讐に燃える炎が宿っており、アドリアはそんなズボズの様子を面白そうに見つめるのだった。
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