第992話

 コボルトやギルムの門の前の一件があってから、数日。

 その間もレイやヴィヘラ、ビューネの三人とセトはギルムの外へと出ては錬金術師の姿を探していた。

 だがギルムの中にいても見つけるのが難しいというのに、ギルムの外でたった一人の錬金術師を見つけるのはかなり難しく、未だにその姿を捉えることは出来ない。


「グルゥ……」


 翼を羽ばたかせながら空を飛んでいるセトが、ごめんなさいと喉を鳴らす。

 その背に乗っているレイは、そんなセトの背を撫でる。


「気にするなって。別にセトが悪い訳じゃないんだから。元々見つけるのが難しいってのは分かってただろ? それに、探しているのは俺達だけじゃないし」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは少しだけ元気を取り戻す。

 こうして空を飛んで探しているのはレイとセトだけだが、ヴィヘラとビューネの二人は地上を移動しながら探し、門の件で警備兵もギルムの中を……特に人が隠れやすいスラムの辺りを見回るようになっていた。

 もっともヴィヘラとビューネの二人はともかく、警備隊の中で事情を知っているのはランガと数人だけだ。

 そうである以上、ギルムの中での調査は何も知らない警備兵が見回ることも多くなり、どこか的を外れたものになるのも珍しくはない。

 ……その副産物という訳でもないだろうが、警備兵が街中を見回っている為に犯罪の抑止に繋がっていたのだが。


「それに、ヴィヘラは結構楽しんでただろ? 喜びながら仕事をしてるんだから、あまり気にするなって」

「グルゥ?」


 そうかな? と小首を傾げるセト。

 事実、ヴィヘラはビューネと共にギルムの外を歩き回るという行為を楽しんでいた。

 ヴィヘラはギルムに来たばかりであり、レイとの関係を知らない者もある程度いる。

 ……ギルムに来てまだ十日も経っていないのに、それでもヴィヘラを知っている者の数の方が多くなっているのは、やはりそれだけ目立つからだろう。

 ともあれ、ヴィヘラがレイの関係者だと知らない中でも粗暴な者は、ギルムの外でヴィヘラに出会えば当然言い寄る。

 それに対してヴィヘラは自分に勝てたら話くらいは聞いてもいいと言って模擬戦を挑み……その結果、連戦連勝となっていた。

 寧ろここ数日のヴィヘラの所行により、レイとは別の意味で目立っているのだが。


「多分ギルムの中にはいないと思うんだよな。もしそうだとすれば、かなり目立つだろうし」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトも同意するように喉を鳴らす。

 ギルムの中にいるのであれば、短剣のような小さな武器はともかく、赤いサイクロプスが使っていた鎚のように巨大なマジックアイテムは持ち出す時にどうしても目立つ。

 そしてランガ率いる警備隊がそんな荷物を持ち出す相手を見逃すとは思えなかった。


(商人に化けていれば可能か?)


 そうも思うレイだったが、警備兵はその道のプロと言ってもいい。

 特にギルムの警備兵は、辺境にあるということもあってその辺は細かくチェックする。


(だとすれば、やっぱりどこかに潜んでいるってことになるんだろうけど……辺境で夜も野外に、それも恐らくは少数でってのはちょっと考えられないんだよな)


 翼を羽ばたかせるセトの上で地上を眺めつつ考え込むレイだったが、不意にセトが喉を鳴らす。


「グルゥ!」

「どうした!?」


 喉を鳴らしたセトは、そのまま翼を羽ばたかせて進行方向を変える。

 地上へと向かって降下していくその様子は、まさに獲物を見つけた猛禽類とでも表現すべき行動だった。

 セトの背の上で、レイもまた地上へと視線を向ける。

 そうして地面に着地しレイの目に入ってきたのは、街道の脇で引っ繰り返っている一台の馬車。

 車輪が何かに引っ掛かった事故かと思ったレイだったが、その馬車の周囲にあるのは馬の死体だけだ。

 それも馬車が転がった衝撃で首の骨を折ったのではなく、矢が刺さっている。

 明らかに人の手によるものであり、だとすればどのような者達がこれを行ったのかというのは、レイにも容易に想像がつく。


「ギルムの周辺まで出張ってくる盗賊ってのは珍しいな。春だからか?」


 ギルムは辺境であり、その周辺には強力なモンスターが多数存在している。

 そしてモンスターは当然盗賊を仲間とは見なさず、遭遇すれは問答無用で襲い掛かる。

 つまり辺境で盗賊をやるのであれば、モンスターを倒すだけの力が必要となるのだ。

 そう多くいる訳ではないが、レイがこの前戦ったサイクロプスのようなランクCモンスターを相手に出来るような、そんな力が必要とされる。

 勿論それだけの力があれば、ギルムにやってくる商人や商隊といったものを襲い、稀少な品物を大量に奪うことが出来るだろう。

 だが、そんな真似をすればモンスター以外にギルムの冒険者からも狙われることになる。

 それをどうにか出来るだけの力があるのであれば……それこそ盗賊をやらずとも、傭兵なりなんなり真っ当な手段で食っていくことも出来るだろう。

 そんな中で敢えてギルムの近くで盗賊をやるというのは、腕に自信のある者が盗賊以外の生き方を選べない、または選ばない者達か……それとも、その辺の事情を何も知らない自信過剰の愚か者か。


「まぁ、弓を使っているからって盗賊と決めつけるのもどうかと思うけど。それにあの馬車も一台ってことは商人とも限らない訳だし」


 オークやコボルトのような人型のモンスターであれば、弓を使ってもおかしくはない。

 それでも、レイにとっては出来れば盗賊であるというのが望ましかった。何故なら……


「蛇の道は蛇ってな。もし本当にこの辺を縄張りにしている盗賊なら、錬金術師の件を知っていてもおかしくないし。セト、場所は分かるか?」

「グルゥ!」

 

 レイの言葉に、任せてと言いたげにセトが街道から少し離れた場所にある林の方へと視線を向ける。

 サイクロプスとの戦闘になった森とは違い、木々が疎らにしか生えていない林であり、奥の方で戦闘が行われているのであれば見つけるのは難しくなかった。


「セト!」


 その呼び掛けに、セトは喉を鳴らすとすぐに行動に移す。

 レイを背に乗せたまま地を蹴り、木々を避けながら林の中を進む。

 そのまま一分も走った頃、ようやくレイの耳に金属音が聞こえてくる。


(セトの足で一分ってことは、木を避けながらでも結構な距離だな。盗賊からそれくらい逃げ延びていたってことは、随分と足は速いのか?)


 空を飛ぶ時の速度程ではないが、セトの走る速度は相当に速い。

 それこそ、訓練された馬にすら余裕で追いつけるくらいには。

 そんなセトが一分も走るのだから、その距離はかなりのものがある。

 やがて木々の隙間から戦っている者達の姿が見え……


「どうやら当たりだな。セトは襲われてる方の護衛を頼む」

「グルゥ!」


 盗賊と思しき者達の数は二十人程。

 それに対して、護衛と思しき者の数は五人。

 数の差は圧倒的だったが、それでもまだ盗賊達が戦いを終わらせることが出来なかったのは、護衛の五人が二十代の女二人を中心にして防御に徹していたからだろう。


(商人かそうでないかは分からないけど、盗賊達が馬車の中の荷物よりも乗っている相手の方を重視したのはこれが原因か)


 護衛に守られている二人の女は、レイの目から見ても顔立ちが整っていると思える人物だった。

 エレーナ、ヴィヘラ、マリーナといった美人と知り合いのレイの目から見ても、その三人には及ばないものの、美人であると断言しても構わない程の美貌。

 それを見た盗賊達が目の色を変えてもおかしくはなかった。


「セト、頼む。まずは王の威圧を使ってくれ」

「グルゥッ!」


 レイがミスティリングからデスサイズを取り出しながら呼び掛けるのと同時に木々を抜け、丁度広場のようになっている場所へと出る。

 突然の乱入者に最初に気が付いたのは盗賊……ではなく、護衛の五人。

 盗賊達の背後からセトが姿を現したのだから、当然だろう。

 そんな護衛の様子に、盗賊達は疑問を感じて背後へと振り向こうとし……


「グルルルルルルルルルルゥッ!」


 背後から響いてきた雄叫びに、足が震え、手に持っていた武器を地面へと落とし、頭の中が恐怖で一杯になる。


「な、何だ? 何が起こったんだ?」


 突然周囲を囲んでいた盗賊達全員が呆然と立ち尽くしている光景に、護衛の一人が唖然と声を出す。

 王の威圧というスキルの効果なのだが、セトに守るべき存在として認識された二人の女や五人の護衛はその効果から外れていた。


「……一発で全員がこうなるとは思わなかったな。結局俺がやるべきことは何もなかったか」


 呟き、セトの背から降りたレイはデスサイズを手に周囲を見回す。


「えっと、あんたは……」


 護衛の一人が、レイの姿に口を開く。

 最初はレイが誰なのか……そしてどういう状況なのかが分からなかったのだが、護衛達もここ数年はギルムに何度も護衛としてやってきている。 

 それだけにグリフォンを従魔にし、身の丈以上の大鎌を持つ人物のことはすぐに思い出した。


「あんた、もしかして深紅か!?」

「正解だ。……まぁ、詳しい話は後でするとして、取りあえずこの盗賊達を縛って身動き出来ないようにした方がいいだろ。そっちの二人も無事か?」


 レイの視線が向けられたのは、護衛達に囲まれている二人の女。

 盗賊に襲撃され、護衛に連れられて何とか逃げ出したものの盗賊に追われて林の中に逃げ込み、そこで追いつかれて周囲を囲まれ、いつでも倒せると半ば遊び半分で攻撃されていたのだ。

 このままでは護衛は全員死に、自分達は盗賊達に連れ去られて身体を汚され、最終的に奴隷として売られるのかもしれない。

 そんな恐怖を抱いていたところに、突然現れた救いの手。

 フードを被っているので顔は見えないが、背は決して高くない。

 そのような相手に、感謝の気持ちを持つなという方が無理だった。


「ありがとうございます。本当に、何てお礼を言ったらいいか」

「その、あ、ありがとうございます!」


 深々と頭を下げる二人に、レイは軽く手を振る。


「気にしないでくれ。こっちも盗賊にちょっと用事が……一応聞いておくけど、こいつら盗賊だよな?」


 実は盗賊ではありませんでしたとなれば洒落にならないと尋ねるレイだったが、護衛の五人も女二人もその言葉に頷きを返す。


「間違いなく盗賊だ」

「だろうな。この顔で盗賊じゃなくて騎士団だとか言ったら、それはそれで驚くし」

「いやいや、顔で判断するなよ」


 そんな護衛のやり取りを聞きながら、もしここにパミドールがいたら問答無用で盗賊の親分という扱いを受けるのではないかと、一瞬レイの脳裏を過ぎる。

 それをちょっと見てみたいと思いつつ、ミスティリングからロープを取り出すと護衛達へと放り投げる。


「このままだと、こいつらもいつ動き出してもおかしくないからな。早く縛ってしまうぞ」


 護衛達と話をしている間も、盗賊達は身動きが出来ないでいた。

 いや、それどころか意識を失っている者すらいる。

 動ければ即座に逃げるのだろうが、未だに王の威圧の効果で全く身動き出来ず、また身動きが出来たとしても、セトがそれをさせないように鋭い視線で盗賊達を見据えている。

 普段は円らな瞳で愛くるしさを強調するセトの瞳だが、今はそれを見た誰もがそのことを信じられないだろう程に鋭い視線だ。

 そうして身動きが出来ないでいる盗賊達を、レイや護衛は手早く縛り上げていく。

 もっとも護衛のうちの二人は、盗賊達が万が一にも妙なちょっかいを出さないように女の側に控えていたが。

 二十人程の盗賊ではあるが、レイ達も慣れているだけあってものの数分で縛り上げられた。


「……で、その、えっと……今更だけどこいつらはどうするんだ? 俺達は助けて貰ったんだから、こいつらの処理についてはそっちに任せるけど」


 盗賊達を縛り終えた護衛のうちの一人がレイへ向かってそう尋ねるが、レイはその問い掛けに首を横に振る。


「いや、こいつらについてはそっちに任せるよ。馬車もあの有様だったし、色々と物入りだろ?」


 普段であればレイは盗賊喰いと言われているように、盗賊達が貯め込んだお宝を奪い、捕らえた盗賊達は奴隷として売り払って金にする。

 それだけで一財産……二財産くらいの収入にはなるのだから、レイが普段どれだけ稼いでいるのかが分かるだろう。

 だからこそ、護衛の男もレイの言葉に驚きで大きく目を見開く。


「いいのか?」


 このままギルムまで盗賊達を連れていけば金になるのに、と。


「ああ、今はちょっと時間がないからな。ただ、その前に少しこいつらに話を聞かせて欲しい。捜し物……いや、探し者があってな。お前達にとっては面白くないかもしれないけど、元々はそれを狙って今回の件に首を突っ込んだんだし」

「いや、あんたがいなければ俺達は危なかったからな。護衛対象のあの二人も助けられたかどうか怪しいし、感謝することはあっても、恨むことはないよ。……それで、聞きたいことだったな。俺は構わないけど、いいよな?」


 レイと話していた護衛の男が他の面子へと尋ねると、それに返ってきたのは頷きのみだった。

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