第991話

 持ち主を操る魔剣の量産。

 そんなレイの嫌な予感は、サイクロプスの剥ぎ取りを諦め、コボルトの素材剥ぎが終わってギルムに戻ってきた時に露わになる。


「だから、あいつがそんなことをする筈がねえんだって!」


 時間としては、まだ昼を幾らか過ぎた頃。

 レイ達はコボルトに追われていた二人の冒険者と共にギルムへと戻ってきたのだが、中へ入る為の手続きをする門の前で何やら騒ぎが起きているのを目にする。

 ギルムに入る手続きを待っている者達なのだろう。それなりの人数が集まっている姿に疑問を持ちながら、レイ達はその声のした方へと向かう。

 そこでは、冒険者風の男が数人の警備兵に押さえつけられていた。

 それもただ押さえつけているのではなく、強引に地面に倒されて手足を警備兵がそれぞれ押さえつけているという、かなり厳重な形でだ。

 押さえつけられている男の方は意識がないのか、身動きもしていない。

 それでも周囲の警備兵は一切の油断をせずに男を押さえつけていた。


「何があったんだ?」

「え? ああ、レイか」


 近くにいた商人と思しき三十代程の男に尋ねると、その男はレイの顔を知っていたらしく、セトを見ても特に驚きもしない。

 ……もっとも、ヴィヘラの姿を見て目を奪われてはいたのだが。

 それでもすぐに我に返ると、慌ててヴィヘラから視線を警備兵達の方へと……具体的には、地面に押さえつけられている冒険者の仲間と思しき騒いでいる男の方へと視線を向ける。


「あの押さえつけられている冒険者が、いきなり短剣を持って暴れ出したんだよ。しかも身体の中が妙に光っている感じで怪しげな様子で」

「……何?」


 商人の言葉に、レイは慌てて地面に押さえつけられている男の方へと視線を向ける。

 だが、商人の言葉にあったように、身体の中から光っているといった様子は全く見えない。

 それでも、レイは注意深く男へと視線を向けていた。

 騒いでいるのは、男の連れの冒険者だけであり、押さえつけられている方の男は身体から力が抜けているようで、ぐったりとしている。

 とてもではないが暴れ出すようには見えない。


(あの短剣か)


 レイの視線が向けられたのは、地面に転がっている短剣。

 その短剣を見た瞬間、レイはサイクロプスの鎚やコボルトの魔剣に似た印象を受ける。

 つまり、今レイの視線の先にある短剣は、ベスティア帝国出身の錬金術師が作ったマジックアイテム……ということになるのだろう。


「安心して欲しい。彼がこちらに敵意を持っていた訳ではないというのはすぐに証明出来ると思う」


 興奮して騒いでいる冒険者の男を落ち着かせるようにランガが声を掛ける。

 声を掛けられた冒険者の男も、ランガのことは当然知っていたのだろう。

 先程の抗議するような口調から落ち着いたように溜息を吐く。


「……すまない。ちょっと興奮しすぎた」

「いや、気にすることはないよ。自分の相棒がいきなり暴れ出したんだから、そんな風に思っても当然だろうし。ただ、一応彼はこっちで引き取らせて貰うけど構わないかな? 勿論気が付いてから調べさせて貰って、問題がなければすぐに帰って貰って構わないから」

「でもっ……いや、うん。分かった。そうしてくれ」


 一瞬ランガに抗議しようとした男だったが、すぐに言葉を引っ込める。

 これ以上ここで騒ぐようなことがあれば、自分や仲間達の立場が悪くなるというのを理解しているのだろう。

 また、ランガに対する信頼というものもあった。

 警備兵を纏めているランガは、その立場にも関わらずこうやって門に出て来て兵士達と同じ仕事をしている。

 それも警備隊の隊長としての仕事を片付けた上で、だ。

 それだけにランガの人柄もギルムに住んでいる者には知れ渡っており、だからこそ冒険者の男もこれ以上責めるようなことはせずに大人しく引き下がったのだろう。


「すまないね。けど、彼は罪に問わないから安心して欲しい。恐らく……」


 一旦言葉を止めたランガの視線が向けられたのは、地面に落ちている短剣。

 その短剣へと向かい、一人の警備兵が近づこうとすると……


「止まれ!」


 普段は温厚なランガの言葉とは思えない程に鋭い言葉。

 そんな言葉を向けられた警備兵は当然足を止める。


「隊長?」

「今回の騒動の原因は、恐らくその短剣だ」


 恐らくという言葉を使ってはいるが、ランガは確信しているのだろう。鋭い視線で地面に落ちている短剣を睨み付けていた。


「ですけど、その、どうするんです? このままこうして放っておく訳にはいかないと思いますけど。この短剣が理由なら、尚更に」

「騎士団に錬金術師がいるから、今呼んでいる。だから、今はその短剣に触らないように。それと、誰か他の人達も触らないように短剣を囲んでおいてくれ」

「……分かりました」

「さて、取りあえずこの件はこれで片付いたから、皆はそれぞれ仕事に戻って欲しい。あまり他の人を待たせても……」


 と、そこまで言ったところでランガはレイの存在に気が付く。

 これまでレイの存在に気が付かなかったのは、セトが少し離れた場所にいたからだろう。

 ……ミレイヌとヨハンナが可愛がっている為に。

 セトがいなくても、レイに気が付いた辺りランガの注意力の高さを物語っていた。

 それでもこの場で何か声を掛ければ、今回の件にレイが何か関係しているのではないかと勘ぐる者も出てくるだろう。

 商人や冒険者というのは、その辺に鋭い者が多い。……いや、鋭くなければ生き残れないというのが正しいのだから。

 だからこそ、ランガは小さく目礼をするだけで済ませて、改めて押さえつけられていた男へと視線を向ける。

 どのような手段でこの短剣を手に入れたのか、その情報はどうしても欲しい。

 勿論操られただけのこの男には何の罪もないので、身体の検査をして事情聴取を終えたら口止めをしてすぐに釈放するつもりではあったが。

 そんな風に考えながら、ランガは周囲に集まっていた者達をそれぞれ列に並び直させ、ギルムへと入る手続きを再開させる。

 そうして十分程が経つと、ギルムの中から馬に乗った数人の騎士が姿を現す。 

 領主の館からここまで来るのに、歩いていては時間が掛かるということで馬に乗ってきたのだろう。

 騎士の一人の後ろに、とても騎士には見えないような線の細い人物がいるのを見て、それが騎士団の錬金術師なのだろうと判断する。


「遅れましたか?」


 騎士の一人が、ランガに向かってそう尋ねる。

 騎士と警備兵では当然騎士の方が格上なのだが、相手はただの警備兵ではなく警備隊の隊長のランガだ。

 また、元々ギルムの騎士は他の者に対して威張り散らすような真似をする者は少ない。

 ……少ないだけで皆無ではないのだが、幸い今ランガに話し掛けた騎士はその数少ない例外ではなかった。


「いえ、大丈夫ですよ。それより……」


 騎士に答え、視線を警備兵に押さえつけられている男へと向ける。

 もっとも短剣を放した時点で意識は失われており、自分から動くようなことはないのだが。


「彼が……それで例のマジックアイテムは?」

「そちらです」


 男から少し離れた場所に落ちている短剣には、誰も触れないように警備兵が厳重に警備をしていた。

 もしもその短剣に触れようとした者がいても、警備兵をどうにかしない限りは不可能だろう。

 そして、警備兵達は油断なく、誰が来てもその動きを止められるように周囲を警戒している。


「頼む」


 騎士が錬金術師の方へと短く告げると、その錬金術師は小さく頷いて馬から降りる。

 騎士団所属であっても、錬金術師だけあって普段馬に乗るといったことはないのだろう。騎士に乗せて貰っていた状態でも、馬から降りる姿はどこか危なっかしかった。

 それでも転げ落ちたりはせずに何とか地面に降りると、自分を落ち着けるように小さく深呼吸をして短剣の方へと向かって歩いていく。

 ランガが頷くのを見て、その短剣を守り……また見張っていた警備兵が錬金術師へと場所を譲る。


「これは……なるほど、技術的にはそれ程……けど、その分捻りを? けど、何故こうして左右対象ではなく……だとすれば、これは意図的に?」


 地面に転がっている短剣を見ながら呟く錬金術師。

 自分だけで納得して呟くその様子は、傍から見ると色々と不気味なものがある。

 だがそれを呟いている本人は、周囲の様子を全く気にしている様子はない。

 寧ろ、自分の仲間がそんな風にしているのを周囲に見られている騎士達の方が少し恥ずかしそうにしていた。

 それでも先程とは違って周囲に野次馬の数が少ないから我慢出来たのだろう。

 自分達へと視線を向けているのは警備兵達が主であり、ギルムに入る手続きをしている者は警備兵達が壁となって隠してくれているのだから。

 しかし、耐えられるからといっていつまでもそんな視線を向けられるのは、出来れば遠慮したい。

 そう思った騎士の一人が、錬金術師の男へと声を掛ける。


「おい、ウォル。いい加減に戻ってこい。その短剣の分析をするのなら、別にここじゃなくてもいいだろ。持って帰って研究室でやれ」

「……でも、この魔法金属は結構稀少だった筈。それを使い捨てに? でも、この魔法金属を使うことによって……うん? あ、ああ。ごめん。ついね」


 仲間の言葉でようやく我に帰ったのだろう。ウォルと呼ばれた錬金術師はすぐにそう言葉を返す。


「ほら、分かったらすぐに準備をしろ。とっとと持って帰るぞ」

「うん、分かったよ」




 催促する騎士の言葉に、ウォルは懐から何かの布を取り出す。

 当然錬金術師が出す以上、ただの布ではない。

 魔力を使って特殊な加工がされており、使用者に対する精神的な攻撃の類を多少ではあるが防ぐ為のものだ。

 あくまでも多少であり、強力な精神支配のようなものが短剣にあった場合はそれを防ぐことは出来ないのだが、そのような布であっても、作り出すのに稀少な素材を使用しなければならず、そう簡単に作り出せるものではない。

 その布を短剣に被せ、ウォルはそっと布の上から短剣に触れてすぐに離し……そして何も問題はないと悟ると、今度は数秒指を布へと触れ、それでも悪影響がないと知ると、布越しに短剣を握る。

 周囲の騎士達が息を呑んでそんなウォルの様子を見ていたが、短剣を握ったウォルが小さく頷くと、ようやく安堵の息を吐く。


「どうやら大丈夫のようだな」

「何とかね。……どうやら相手を支配するって能力は思ってたよりも強力な訳じゃないらしい」


 ウォルの言葉に周囲の騎士や警備兵達が安堵の息を吐く。


「じゃあ、早速行くぞ」


 騎士の言葉に頷き、ウォルは布で包んだ短剣を手に馬へと乗ろうとし……短剣を持っている為に手が自由に動かせないことに気が付くも、何とかここに来る時に運んできてくれた騎士の手で馬の背へと跨がることに成功する。


「では、ランガ殿。私達はこれで失礼します。例の件、くれぐれも厳重にして下さい」

「分かっているよ。警備隊の隊長として、ギルムに危険人物を入れるような真似はしたくないからね」


 錬金術師が策動している以上、食料やその他の物資を補給するのにもっとも便利なのはギルムだ。

 勿論錬金術師も警戒はしているだろうが、人間は食事をする必要がある。


(けど、手練れの仲間がいる場合、モンスターや野生動物の肉を食べている可能性もあるんだけど)


 そう思いはするものの、だからといって警戒しない訳にもいかず、ランガは錬金術師がギルムに入らないように警戒を強めるのだった。






「面倒なことをしてくるな。コボルトの件があるから、他にもあるとは思ってたけど……」


 夕暮れの小麦亭にあるレイの部屋には、部屋の主以外にもヴィヘラとビューネの姿がある。

 ミレイヌやヨハンナ達とギルムに戻ってきたのだが、門の前で見た光景を考えるととても依頼達成の宴会で騒ぐ気にはなれず、途中で別れたのだ。

 討伐証明部位や素材の類はヨハンナ達がそれぞれ協力して持っていったので、サイクロプスの討伐依頼は無事に終了するだろうというのはレイにとっては唯一明るい知らせだった。


「モンスターを操ることが出来るマジックアイテムを量産可能だとすれば、厄介でしょうね」

「ん」


 ヴィヘラの言葉にビューネが同意するように頷く。

 レイもその言葉に否と答えることは出来ない。

 今のところはまだそれ程被害が出ていないが、これがもっと大々的に行われるようになればギルムやその周辺は色々な意味で危険になるだろう。

 だが、そんなレイの不安を払拭するかのようにヴィヘラは言葉を続ける。


「でも、今のところはそんなに心配しなくてもいいんじゃない?」

「うん? 何でだ?」

「だって、本当にモンスターを完全に操ることが出来るのなら、もっと大騒ぎになってる筈でしょ?」


 その言葉に、レイはこれまで自分が倒した、または遭遇した相手のことを思い出す。

 サイクロプス、コボルト、そして人間。

 今回の件を巻き起こしている錬金術師が起こしたのだろう騒ぎでレイが知っているのはその三件だけだったが、すぐにヴィヘラの言いたいことを理解して納得する。


「そう言えば……完全にモンスターとか使用者を操ることが出来るのなら、もっと秘密裏に話を進めるか、逆に大々的な騒ぎを起こすか」

「ええ。サイクロプスにしろコボルトにしろ、どちらかと言えば使用者を操るというか、暴走状態に近くするといった感じだったわ。さっきの門の件は取り押さえられてからしか見てないけど、これまでの経験から考えると多分同じでしょうね」

「だとすれば、錬金術師が操ったモンスターが大挙してギルムに攻めてくる……なんてことは?」

「恐らくだけど、ないと思うわ」


 ヴィヘラの言葉にレイの口からは安堵の息が吐き出され、取りあえずギルムに対しての心配はいらないかと安堵するのだった。

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