第993話

 手首を後ろに回して縛られた二十人程の盗賊を前に、レイはデスサイズをこれ見よがしに見せつける。

 身動き出来ない状態で、目の前には一m程の刃を持つ巨大な鎌があるのだ。

 盗賊達がどれ程の恐怖に襲われているのかというのは、考えるまでもないだろう。

 尚、盗賊達が縛られているのは手首だけであり、足は縛られていない。

 ……この後、盗賊達をギルムまで連れていくのを考えると、足を縛ってしまえば身動きが出来なくなってしまうのだから当然だった。

 勿論盗賊達がそれぞれ個別に逃げ出せないように、後ろ手に縛られた手を一本の長いロープで結んでいるのだが。

 これにより、盗賊達はもし逃げるとしても全員で息を合わせて同じ方向へと逃げなければならず、走る際にもそれぞれ速度を合わせる必要がある。

 盗賊をやっている者達にそんなことが出来る筈がなく、もう逃げることは余程のことがなければ不可能だった。


「ひっ、ひぃっ! な、何だよ! 何なんだよお前はぁっ!」

「俺を知らないのか? ……どうやら程度の低い盗賊らしいな」

「いや、盗賊って時点で程度が低いだろ」


 レイの呟きを聞き取った護衛の男の一人が、思わずといった様子で言葉を挟む。


「そうか? ……そうだな」


 エッグという義賊の存在を知っていたレイだったが、わざわざそれをここで口に出す気にはならない。

 そのエッグも、部下を率いて現在はダスカーに仕えてスパイのような役割を果たしている。


(ギルムの近くで盗賊をやるってのは、腕に自信のある奴か、いい気になった考えなしの馬鹿かって思ってたけど……どうやら後者だったらしいな。いや、そもそも俺のことを知らない盗賊ってことは、元々この辺の盗賊でもなかったのか?)


 ギルム周辺ではなくても、アブエロやサブルスタ周辺で活動している盗賊であれば、レイのことを知っているのは当然だ。

 レイそのものを知らなくても、グリフォンを従えている冒険者というのは触れてはならない存在として知られている。

 人から物を奪う盗賊、その盗賊から物を奪うという意味で、盗賊喰いと呼ばれているレイは、それだけこの周辺では有名なのだから。

 いや、有名なのはこの周辺だけではない。かなり遠くまでレイの悪名は広まっている。

 言わば、一般人、盗賊、レイといった具合に食物連鎖の頂点に立つような存在として。

 なのに、そんなレイのことを全く知らない目の前の盗賊は、つまり情報に疎いということになる。


(失敗だったか?)


 レイが欲したのは、マジックアイテムをモンスターに与えるような真似をしている錬金術師の情報。

 当然多少なりとも情報に精通した者がいるかもしれないという前提で目の前の盗賊達を捕らえたのだが、もしかして全くの無意味だったのではないかと思ってしまう。


(けど、サイクロプスやコボルト、それにギルムの門の前で押さえつけられていた冒険者にしろ、その全てはギルムの近くだ。それもアブエロより圧倒的にギルム側の。アブエロにもダスカー様から連絡はいってる筈だし……)


 悩みつつも、取りあえず相手から事情を聞くのが先決だろうと判断し、盗賊達に向かって口を開く。


「今から幾つか質問をする。それに正直に答えれば、何もしない。きちんと俺の利益になるような答えを聞けたら、そいつは逃がすことを考えてもいい」


 レイの言葉に、盗賊達は希望に目を光らせる。だが、同時に護衛の男達は何をとんでもないことをといった表情を浮かべていた。

 護衛の男達が不満を表情には出しても実際に口に出さなかったのは、この盗賊達を捕らえることが出来たのはレイとセトがいたからであり、自分達だけでは間違いなく最悪の事態になっていたと認識しているからだろう。

 そんな盗賊や護衛、それと二人の女を含めたこの場にいる全ての人物から視線を向けられたレイは、その期待を切断するかのように手に持っていたデスサイズを振るう。

 空気そのものを斬り裂くような、鋭い斬撃。

 それを見た盗賊達は、今の一撃が自分達に振るわれることを想像して口の中で悲鳴を噛み殺す。


「もし自分が逃れたいからと嘘を口にした場合……どうなるか、分かってるな?」


 レイの言葉が何を意味しているのかは、今のデスサイズの斬撃を見た後であれば明らかだった。

 命が奪われるだけであればまだしも、最悪の場合はあの大鎌を使った拷問に掛けられる……と。

 その恐怖が盗賊達全員に染みこむのを待ってから、ようやくレイは口を開く。


「さて、この辺で活動していたお前達に質問だ。最近この辺で妙な奴を見なかったか? ……妙な奴ってのもちょっと漠然としてるけど、具体的には単独、もしくは数人程度の少人数で活動している奴だ」


 それだけだとまだレイが何を言っているのかを詳しく分からないらしく、レイは更に言葉を続ける。


「そいつらは恐らくギルムやアブエロといった街に入ることは出来ないで、お前達のように街の外で寝泊まりしている筈だ。どこかに拠点を作ってな。それも、恐らくはそれなりに広い場所に」


 レイの言葉に、周囲が沈黙に包まれる。

 一応、と護衛の方にも視線を向けるレイだったが、返ってきたのは申し訳なさそうに横へと首を振る行為のみ。

 元々護衛ということもあって、街によれるのでこの辺りでは野営のような真似をする必要は殆どない以上、その手の情報に詳しくなくても仕方がなかった。


「で? お前達の方はどうなんだ? 何か情報を持ってる奴はいるのか?」


 レイの言葉に盗賊達はお互いの表情を伺うが、口を開く者がいない。


「本当に情報を知らないのか、知っていても言わないのか……ちなみに、このままだとお前達は奴隷として売られる羽目になるんだが、その辺をよく考えた方がいい」

「知ってる!」


 奴隷という言葉が出た瞬間、盗賊の一人が大きな声を上げる。


「……本当か? もし自分が今の状況から逃れたい為の嘘だったら……分かってるよな?」


 振るわれるデスサイズの迫力はその大きさもあって、もしレイがその気であればすぐにでも自分の身体を切断すると確信出来るものがあった。

 嘘を言って死ぬよりは奴隷の方がいいだろう? あからさまに態度で示してくるレイに対して、男は慌てて口を開く。


「か、確実にって訳じゃねえ! 多分、あいつらのことだろうってだけの情報だけど、それでもいいか!?」

「多分、多分……ねぇ。確証がないままだと、何とでも言えそうな気がするけどな。……なぁ? そっちのお前はどう思う? 情報を持ってるって言ってるそいつは信頼出来るような奴か?」


 情報を持っていると言った男の隣で縛られている男へと向かって尋ねるレイに、男は慌てて首を縦に振る。


「こ、こいつは俺達の中でも情報通だって有名なんだ。だからきっと嘘を言ってる訳じゃねえと思う!」


 有益な情報を告げれば自分は助かるかもしれない。そんな思いで叫ぶ盗賊を一瞥したレイは、改めて情報を知っていると言った男へと視線を向けて口を開く。


「一応聞いておくか。信頼出来るのであれば、約束通りに考えよう。……言え」

「あ、ああ。えっと、この林じゃなくて、少し離れた場所にある森を知ってるか?」

「……ああ」


 森という言葉が盗賊の口から出たのに、レイは少しだけ期待を持つ。

 サイクロプスの件も、コボルトの件も、そしてギルムの正門前で暴れていた男が短剣を手に入れたのも……その全てが森で行われたことだったからだ。

 つまり、男の言ってることには幾らか信憑性があるということになる。


「その森に川が流れてるんだけどよ、何日か前にその川を上流に上っていく二人組を見たんだ。それがあんたの探してる相手かどうかは分からねえけど……」

「……その二人がただの冒険者だって可能性は?」


 冒険者であれば、何らかの依頼を受けて森に入るのはおかしな話ではない。

 事実、ミレイヌ達も依頼を受けてサイクロプスを倒す為に森へと入ったのだから。

 だがそんなレイの言葉に、怪しい人物を見たと言った男は首を横に振る。


「あれは多分冒険者じゃない。いや、多分片方は冒険者か何かだろうけど、もう片方はとてもじゃないけど冒険者には見えなかった」

「どの辺が冒険者に見えなかったんだ?」

「鎧とか装備してなかったんだよ」

「……鎧を着てないというのなら、俺も同じだが?」


 レイが着ているのはドラゴンローブで、その辺の金属鎧とは比べものにならない程の高い防御力を誇っている。

 それでも鎧ではないのは事実だ。

 そんなレイの言葉に、盗賊の男は慌てて言葉を続ける。


「だってよ、そいつは腰のベルトに何本ものガラス瓶みたいなのをぶら下げてたんだぜ? 普通ガラス瓶みたいな割れやすいのを腰に付けている冒険者がいるか? 戦闘になるよりも前に、木とかにぶつかっただけで割れちまうじゃねえか!」

「ガラス瓶、ね」


 普通のガラス瓶であれば、盗賊の言う通り何かにぶつければあっという間に割れてしまうだろう。

 だが、魔力によって強化されたガラスであれば話は別だ。

 モンスターの内臓や眼球のような素材を保存するのに、魔力で強化されたガラス容器が使われるのも珍しい話ではない。

 冒険者にとっては……いや、多少なりとも物を知っている者であれば、盗賊であってもその辺の話を知っていてもおかしくないのだが、レイに話した男は、情報通であると言われているにも関わらず知らなかった。


(ま、この盗賊団そのものが自分達の実力を過信して辺境にやって来たみたいだからな。情報通とか言ってもこの程度か。それでもこの話はかなりありがたい。魔力で強化したガラスを幾つも腰に下げているってのは、如何にも錬金術師っぽいし。川……それも上流?)


 そこまで考えたところで何か気に掛かることがあったレイだったが、その視線がふと近くで盗賊達を見張っているセトに向けられると、疑問は解消される。


(そうか、以前ベスティア帝国の連中がギルムに入り込んでいた時、転移石で逃げようとしたのにセトが突っ込んで間違って転移した先が洞窟だったな。もしかして、そこか? 元々逃げ道として考えていたのなら、多少生活出来るだけの物資とか施設があってもおかしくないし)


 レイの脳裏に、以前セトの件で立ち寄った洞窟が思い浮かぶ。

 空を飛んで移動したので詳しい道順までは覚えていないが、それでも川の上流だと分かっている以上は空を飛べるセトならそう時間が掛からずに到着する。


「それはかなりいい情報だな」

「ほ、本当か! なら俺は助けてくれるんだよな!?」


 目の前にぶら下がった一本の糸に、何とか掴まろうとして叫ぶ盗賊の男。

 その言葉に、少し前に目の前の盗賊達に襲われた女達が微かに眉を顰める。

 だがそんな女達とは裏腹に、護衛の方は特に表情を変えてはいない。

 レイが盗賊喰いと呼ばれて恐れられているのを知っている以上、情報提供をしたとはいっても、盗賊をこのまま逃がすという選択肢は有り得ないと思っていた為だ。


「そうだな、お前を逃がしても一人だと特に何も出来ないと思うけど、それでも情報通だというのを考えれば余計な被害が広がる可能性はある……か? 悪いな、やっぱりお前をこのまま逃がす訳にはいかない」

「ちょっ、待てよ! 何だそれ! 情報を教えれば助けるって言っただろ!?」

「助ける? 俺はお前達を逃がすかどうかを考えるとは言ったけど、確実に逃がすとは言ってなかったと思うが? で、お前を逃がしてもいいかどうかを考えた結果、逃がせば無駄に被害が広がるから逃がさない方がいいと判断しただけだ」


 レイの言葉を聞いた盗賊は納得出来ないのか、冗談ではないと叫ぶ。


「そんな、助けてくれよ! 頼むって、なぁ! 必要な情報は教えただろ!? なら、約束通り俺は見逃してくれよ!」

「だから、助けるとは言ってないだろ。あくまでも考えてやるって言っただけだ」

「ふざけ……ふっざけんなぁっ! 何だそれ! そんなの納得出来るかよ!」


 叫ぶ盗賊の男に向かって、レイは溜息を吐いてから口を開く。


「納得出来るか、か。なら今までお前達が襲ってきた相手は皆納得出来たのか? それならお前の言うことを多少は聞いてやってもいいんだけどな」

「……あ、ああ。勿論。俺達は無駄に命を奪ったりはしねえ! その辺の分別はきちんと持ってる!」

「その割りには、俺が来た時にはそっちをなぶり殺しにしようとしてたようだが?」

「それは……そう、そういう風に見せ掛けただけだって!」

「そうか。なら、警備兵の取り調べにもそう言うんだな。……後は任せてもいいか?」


 まだ納得出来ないと叫んでいる盗賊は相手にもせず、レイは護衛へと声を掛ける。


「あ、ああ。けどこいつらが奴隷になった時の金は……」

「お前達で分けてくれ。見たところ、馬車も壊れていたし、装備品も結構傷ついているようだしな」


 レイが来るまで盗賊の攻撃に晒されていた護衛達は、その防具や武器に少なからぬ傷が付けられていた。

 それを修理するにも相応に金が掛かるだろうと判断したレイの言葉に、護衛達は一瞬呆気にとられたように驚くが、すぐに頭を下げる。


「助かる」

「気にするな。それと、盗賊のアジトを聞き出して見るのもいいかもな。……セト」

「グルルルゥ!」


 レイの呼び掛けにセトがすぐにやって来る。

 その背に跳び乗ると、すぐにセトは数歩の助走と共に翼を羽ばたかせて空へと舞い上がっていくのだった。

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