第977話

 周囲にサイクロプスの死体が幾つも転がっている中、ミレイヌはこれからどうするかを考える。

 本来であれば、自分達が受けた依頼はサイクロプス一匹の討伐だった。

 それが森にやって来ればサイクロプスは五匹いるし、希少種か上位種と思われるような赤いサイクロプスもいた。

 その赤いサイクロプスを含めた相手に勝ち目がないと判断して撤退を決意すれば、馬や馬車のあった場所では二匹のサイクロプスが暴れているという始末だった。

 合計で七匹のサイクロプスと、希少種か上位種と思われる赤いサイクロプス。

 とてもではないが自分達だけではどうすることも出来ないと思っていたのだが、ギルムへと援軍を呼びに行っていたディーツが戻ってきてくれたおかげで、何とか生き延びることは出来た。


(エクリルの怪我も大したことはないみたいだし)


 少し離れた場所で横になっているエクリルに視線を向け、ミレイヌは内心呟く。

 既にポーションを使って外傷は殆どが治っているので、後は気が付くのを待つだけだった。

 元々外傷そのものがそれ程酷いものではなかったというのが、エクリルにとっては幸運だったのだろう。

 実際にエクリルが受けた負傷は木の枝から落ちた時の打撲と切り傷程度であり、骨折の類もしていなかったし、赤いサイクロプスが振るった鎚の放つ雷を浴びもしていなかった。

 おかげでミレイヌが持っているポーションでも殆ど完全に治癒することが出来たのだ。


「それで、これからどうするの?」


 そう声を発したのはヴィヘラ。

 ミレイヌにとっては初めて見る顔であり、天敵のヨハンナの顔見知りらしい相手。

 滅多に見ることが出来ない程の美人であり、森の中という場所なのに身に纏っているのは踊り子や娼婦が着ているような薄衣と、手足に身につけている手甲、足甲のみ。

 どこからどう見ても、森の中で戦える……いや、モンスターと戦うような姿には見えない。

 だが、実際にその姿のヴィヘラがサイクロプス五匹を相手に――セトも手を貸したが――しているのを見ているだけに、何か言おうとも思えなかった。

 それ以前に、見ただけで自分よりも圧倒的に強いというのが分かってしまったというのもある。


「そ、そうね。さすがにサイクロプス七匹を持ち帰るのは……」


 身長四mを超えるサイクロプスが七匹。

 どう考えても、持って帰るのは無理だった。

 そもそも最初に狙っていた一匹も、馬車に積んでギルムへと持って行くつもりだったのだ。

 その馬車もサイクロプスの攻撃によって破壊されており、死体をそのまま持ち帰るのは不可能に近い。

 それ以前に五匹のサイクロプスを倒したのは自分達ではないので、そちらの所有権があるのはヴィヘラの方なのだが。


「一匹でも持って帰るのは不可能だから、討伐証明部位の右耳と魔石、後は高く売れる眼球と角くらいしか持って帰れないかしら」

「そうですね。非常に惜しいですが……」


 ミレイヌの言葉に、スルニンが溜息を吐きながら告げる。

 もっとも溜息を吐いてはいるが、スルニンの表情に残念そうな表情はない。

 サイクロプス七匹を敵に回して一時は全滅することすら覚悟したのに、全員が生き残れたというだけで十分な報酬と考えていた為だ。

 エクリルの傷も軽いものだったというのも影響しているだろう。


「うーん、でも惜しくない? サイクロプスの素材は肉とか皮膚とか骨とか腱とか、結構な高値で売れるんだけど。それに内臓の類にも魔法薬や錬金術の材料になるのもあるし」


 ヨハンナの言葉に、ミレイヌは不満そうな表情を浮かべる。

 ただ、その不満そうな表情はヨハンナの言葉に対するものというよりは、ヨハンナが撫でているセトに対するものだろう。

 本当なら自分もセトを撫でたいのに、今の自分はこのサイクロプス討伐隊とでも呼ぶべき集団を率いる者であり、色々と作業をしなければならず、セトと遊べる時間がないのだ。


「そう言っても、無理なものは無理でしょ。まぁ、さっき森の中に散らばっていった人達が戻ってくれば、人力で若干持って行けるかもしれないけど……やっぱり馬車を破壊されたのが痛いわね。サイクロプスの肉とか、結構高値で売れるんだけど」

「グルルルルゥッ!」


 サイクロプスの肉という言葉に、セトが喉を鳴らす。

 食べたい! と言っているのは、物欲しそうな顔を見れば理解出来た。


「どうせサイクロプスの死体の大半は置いていかなければならないんだし、セトちゃんが食べたいなら食べさせてもいいかしら。……えっと、ヴィヘラさん? いえ、様? でしたっけ。そちらはどうします?」


 ビューネと共に自分達のやり取りを見ていたヴィヘラに声を掛けるミレイヌだったが、それを見たヨハンナとディーツがしまったといった表情を浮かべる。

 結局ヴィヘラがどういう人物であるかの説明に関しては誤魔化したのだが、それが仇となった形だ。

 だが、ヴィヘラの方はそんなミレイヌの態度に特に何も気にした様子もないままに口を開く。


「そうね、じゃあ討伐証明部位と魔石だけ貰おうかしら。素材の方はそっちで好きにしてもいいわよ。手間だし」


 ヴィヘラの口から出て来たのは、ミレイヌにとっても完全に予想外の言葉。


「えっと、持ちきれないって話になってるんですけど……聞いてました?」


 何故か敬語で尋ねるミレイヌに、ヴィヘラは何を言っているのか理解出来ないといった視線を向ける。


「別に馬車とかは必要ないでしょ? だって……ほら」


 ヴィヘラが視線を向けたのは、ミレイヌ達が逃げてきた方向。

 その視線を追ったミレイヌは、一瞬赤いサイクロプスが木々を掻き分けて姿を現すのではないかと思ったが……


「何だ、もう片付いていたのか。急いでくる必要はなかったな」


 茂みの向こうから姿を現したのは、いつものようにドラゴンローブに身を包んだレイ。

 手ぶらの状態でここにいるというのに普通であれば疑問を持つかもしれないが、レイの場合はアイテムボックス持ちであり、武器の大鎌をいつも表に出したりは……と、そこまで考えたところで、ミレイヌはヴィヘラの方へと視線を向ける。

 先程その口から出た、馬車は必要ないという意味を理解した為だ。


「そっか、レイがいるならアイテムボックスが……」

「うん? どうした? ……にしても、また随分と派手にやったな」


 ミレイヌの言葉に疑問を抱きつつも、レイは周囲を見回しながら呟く。

 ヴィヘラが戦っていた五匹のサイクロプスの死体に、そこから少し離れた場所にあるのは二匹のサイクロプスの死体。

 合計七匹のサイクロプスの死体がこの場所には存在していた。

 身長四m程のサイクロプスの死体が七匹ともなると、その量はかなりのものになる。


「ふふ。でしょう? ただ、正直サイクロプスは思ったよりも強くなかったわね。それでも身体が大きいだけあって、タフだという意味では好き放題に攻撃出来るという意味では丁度良かったけど。出来ればもう少し強い相手と戦いたいと思うのは不謹慎かしら?」


 そう告げながら、レイへと流し目を送るヴィヘラ。

 娼婦が男を誘うかのような仕草は、その着ている薄衣の効果もあり、レイだけではなくヴィヘラの正体を知っているディーツや、普段は温厚なスルニンの背筋をも震るわせるような艶があった。


「ちょっと、レイ。見たところあの女の人は貴方の知り合いみたいだけど……どんな人? サイクロプス五匹を同時に相手に出来るような冒険者なんて、ギルムにいれば少しは噂になる筈よ? それでも聞いたことがなかったってことは、多分最近ギルムにやってきたんでしょうけど」

「正解。丁度昨日俺達と一緒にギルムにやってきたばかりだからな」


 レイの口から出た言葉に、やっぱりとミレイヌは視線をヴィヘラ……ではなく、ヨハンナに愛でられているセトへと向ける。


「全く、昨日帰ってくるなら帰ってくるで前もって連絡を入れておいて欲しいわね。そうすればサイクロプスを倒すなんて依頼を受けないで待ってたのに」

「無茶を言うな、無茶を。そもそも、どうやって連絡をしろと? 対のオーブがあれば話は別だろうけど」

「対のオーブ?」


 初めて聞く名前なのか、ミレイヌが首を傾げる。


「マジックアイテムの一種ですよ。二つ一組の水晶で、それを使えばお互いに話が出来るというマジックアイテムです」


 スルニンの方は名前に聞き覚えがあったのか、ミレイヌへとそう説明する。


「何その便利なマジックアイテム。聞いたことないんだけど。というか、それがあれば、私はいつでもセトちゃんと話せるのよね? どこに売ってるの? 光金貨だろうと稼いでみせるわ!」


 いつでもどこでもセトを見ることが出来るかもしれない。

 そう思うと、ミレイヌの身体にはどこからともなく力が漲ってくる。

 それこそ、今からでもサイクロプス数匹と戦えるのではないかというくらいに。


「あー……ミレイヌ。残念ながら対のオーブは非常に稀少で、基本的には市場に出回ったりはしません。どうしても欲しいのであれば、ダンジョンや古代遺跡の類を探すしかないでしょうね。それか、持ってる人と交渉して売って貰うとか」


 その言葉を聞いた瞬間、ミレイヌの視線はレイへと向けられる。

 ランクS冒険者、不動のノイズとも渡り合ったレイが、思わず数歩後退ってしまう程に力の入った視線。

 勿論ミレイヌと戦って負けるとは思わないレイだったが、それでも得体の知れない迫力に押されるようにして後退る。


「言っておくけど、俺から奪っても片方はここにないからどうしようもないぞ」


 正確には対のオーブは二つ持っているのだが、エレーナとの物はともかくグリムとの物を表に出す訳にはいかない。

 レイの言葉に、ミレイヌは身体に漲っていた力が見る間に抜けていく感覚を覚えながら口を開く。


「……分かってるわよ。えっと、それで何の話だっけ? ああ、そうそう。あのヴィヘラって人が誰なのかってことね。それとあっちの子供も。あの年齢であれだけ腕が立って、しかも躊躇なくあんな手段を取れるなんて普通じゃないわよ」

「あんな手段?」


 ミレイヌの言ってることが分からずに尋ねるレイだったが、それに答えるミレイヌは言葉にするだけで痛みを想像してしまうと言わんばかりに眉を顰めながら、それでも口を開く。


「あの子供、長い針をサイクロプスの足の爪の間に刺したのよ。正確には投げたんだけど」

「うわ」


 ミレイヌが何故そこまで痛そうな表情を浮かべていたのかを理解し、レイの顔にも同様の表情が浮かぶ。

 ダメージとして考えれば致命傷という訳ではないのだろうが、痛みを想像するだけで眉を顰めたくなる。

 もっとも、そのサイクロプスを集団で攻撃して倒したのがミレイヌ達なのだが。


「えっと、ビューネはヴィヘラがエグジルにいた時にパーティを組んでいた盗賊だな。それも腕利きと言ってもいい」

「腕利きってのはさっきの戦いで分かってたけど……エグジルって迷宮都市よね? そこで盗賊をやってたってことは、私が想像していた以上の腕利きのようね。……それで、ヴィヘラさんってのは結局どんな人なのよ? 個人でサイクロプス五匹をどうにかするような人なら、ギルムにいなくても噂くらい聞いてもいいと思うだけど」

「……エグジルでも腕利きで有名だった冒険者だよ」


 一瞬どう答えるか迷ったレイだったが、結局はそう答える。

 決して嘘を言ってる訳ではないが、真実を全て告げている訳でもなかった。


「ふーん。……ま、いいけどね」


 レイが何かを隠しているというのは、何となく理解したのだろう。 

 だが何か訳ありなのだというのもまた理解したのか、ミレイヌはそれ以上追求はしなかった。


「レイ、悪いんだけどサイクロプスをアイテムボックスに収納して運んでくれる? そっちの子達の分も」


 ヴィヘラからの言葉に、レイも特に躊躇う様子はなく頷く。

 ここにいる面子は殆どが身内……というのは多少言い過ぎかもしれないが、それでも仲のいい者達なのは変わりがない。

 そんな者達にミスティリングを使う程度は、レイにとってもどうということはなかった。

 早速五匹のサイクロプスの方へと近寄って行くと、それを見たミレイヌは取りあえず自分の仕事は一段落したと嬉しそうにセトの方へと向かう。

 勿論セトを前にしても完全に油断をしている訳ではなく、周囲に敵対的な存在がいないかどうかの確認はしっかりとしている。

 それでいながら、ヨハンナに撫でられて嬉しそうに喉を鳴らしているセトの方にもきちんと注意を向けているのだから、ベテラン冒険者と呼ばれるだけはあるのだろう。

 スルニンはエクリルの側で護衛につき、ビューネはヴィヘラの側に近寄って嬉しそうに喉を鳴らしながら撫でられてるセトの方を見ている。ディーツはどこか手持ちぶさたにしながらも、周囲の様子を警戒していた。


「随分と張り切って戦ったみたいだな」

「そう? 正直、出来ればもう少し歯応えが欲しかったところなんだけど」


 サイクロプスの死体を前に、ヴィヘラは期待外れに近かったとばかりに溜息を吐く。


「体力があったのは間違いないんだけどね。ただ手足を強引に振り回しているだけで……私は、もう少し技量のある敵と……」


 先程同様にそんな愚痴を聞かされながらも、レイはサイクロプスの死体へと触れ……収納を始めるのだった。

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