第976話
「はぁ、はぁ、はぁ、ええい、しぶといわね! 身体中が傷だらけだってのに、何で死なないのよ!」
ミレイヌが長剣を手に、忌々しげに視線の先にいるサイクロプスを睨み付ける。
既に何度その皮膚を斬り裂いただろう。
十や二十では利かない程にミレイヌの持つ長剣の刃はサイクロプスの身体を斬り裂いているのだが、それでもサイクロプスは身体中から血を流しつつも倒れはしない。
「ミレイヌ、あのスキルは? 結構向こうのダメージは大きかったみたいだけど」
ミレイヌの隣へと立ったヨハンナが、槍を構えながら尋ねる。
幸い単眼が傷つけられているサイクロプスは未だに視力が戻らないらしく、手当たり次第に暴れ回って周囲の木々を破壊していた。
向こうの目が見えないというのは、距離を取ればある程度安心して回復出来るということでもあり、そういう意味では楽に戦える相手で、それがミレイヌとヨハンナに冷静さをもたらす。
ヨハンナの言葉に、息を整えたミレイヌは首を横に振る。
「駄目よ、魔力切れ。元々私はそんなに魔力が多くないんだから。それをどうにかする為にショック・ウェーブを編み出したんだし」
「使えないわね」
「……ちょっと、そもそもサイクロプスに有効な攻撃を出来ないのはあんたも同じでしょ。使えないって言うんなら……っと!」
ヨハンナの言葉に文句を言おうとしたミレイヌだったが、声が大きすぎたのだろう。その声を聞き取ったサイクロプスが、視界を封じられながらも声の聞こえてきた方へと向かって突っ込む。
「馬鹿、声が大きいのよ!」
「うるさいわね。そもそもあんたが喧嘩を売ってきたんでしょ!」
それぞれに言い争いながも、タイミングを合わせてお互いが綺麗に左右に別れる様子はしっかりと息が合っていた。
そうして数秒前までミレイヌとヨハンナのいた場所へと振り下ろされる拳。
周囲に土砂を巻き上げる程の威力を持った拳ではあったが、そもそも当たらなければ意味はない。
「いい加減に、死になさいよ!」
うんざりとした思いを宿しながらも突き出されたヨハンナの槍は、拳を振り下ろしたサイクロプスの脇腹へと突き刺さる。
同時に反対方向から振るわれたミレイヌの長剣も、サイクロプスの脇腹の皮膚を裂き、肉を切断する。
痛みに叫びを上げるサイクロプス。
だが、その叫びを聞いてもミレイヌとヨハンナは油断することなく距離を取る。
そして距離を取った瞬間にサイクロプスの両腕が振り回され、ミレイヌとヨハンナが一瞬前までいた空間を薙ぎ払う。
当たらなければ意味のない一撃であっても、ミレイヌやヨハンナの胴体程の太さもある腕が唸りを上げている光景というのは、背筋に冷たいものが走る光景だ。
それでもミレイヌとヨハンナの二人は、背筋を走る恐怖に足を止めたりはしない。
豪腕と呼ぶのが相応しい一撃が目の前を通り過ぎた一瞬後には、その隙を突くかのように一気にサイクロプスを己の武器の間合いに捉え、攻撃を行う。
ミレイヌは更に一歩踏み込んで長剣を振るい、ヨハンナは槍の穂先に力を込めることが出来る位置から槍を突き出す。
その動きは、普段喧嘩ばかりしている二人だとは信じられない程だった。
そしてサイクロプスが痛みに悲鳴を上げると、その口の中へと向かってスルニンの放った風の矢が着弾する。
速度を重視している為、風の矢の攻撃力自体は低い。だが、サイクロプスの口の中を斬り裂くという行為をやるには十分な威力があった。
「ガアアアァァァアァァァァァアッ!」
痛みと苛立ちに、口の中の痛みも無視して雄叫びを上げるサイクロプス。
目が見えず、身体中を斬り裂かれ、貫かれ、といった行為に苛立ちが最高潮に達し……
「ガァアァッ!?」
不意に雄叫びを中断し、右足を押さえるようにしてしゃがみ込む。
悲鳴の如き声を聞いた三人は、それが攻撃を受けての悲鳴だというのは理解出来た。
だが、誰が……と、ミレイヌとヨハンナは遠距離攻撃の手段を持っているスルニンへと視線を向けるが、そのスルニンも何が起きたのか理解出来ないといった表情を浮かべている。
「誰が?」
ミレイヌが呟きながら、どんな攻撃がされたのかとサイクロプスが押さえている足へと視線を向け……思わず眉を顰める。
その視界に入ってきたのは、右足の親指の爪と皮膚の間に針が突き刺さっているという光景だったからだ。
言うまでもなく、爪と皮膚の間を針で刺すという行為は激痛をもたらす。
それこそ普通に長剣で斬り裂いたり、槍で突かれるのに比べて受ける痛みはこちらの方が圧倒的に上だろう。
事実、サイクロプスも足を押さえて身動きが出来なくなっているのだから。
「ん!」
戸惑ったように周囲へと視線を向けていたミレイヌとヨハンナへ、不意にそんな声が聞こえてくる。
その短い声が聞こえてきたのは、ミレイヌ達が戦っている場所から少し離れた場所に生えている木の枝の上。
そこには、まだ少女と……場合によっては幼女とすら呼ばれるだろう背の小さい人物の姿があった。
(誰!?)
一瞬疑問に思ったミレイヌだったが、この場にいる見知らぬ人物で自分を助けてくれるとなれば、恐らくヨハンナの知り合いなのだろうと判断し、痛みに呻くサイクロプスへと向かって一気に襲い掛かる。
それはヨハンナの方も同じであり、恐らくあの子供はミレイヌの知り合いなのだろうと判断して槍を手にサイクロプスへと襲い掛かった。
振るわれる長剣と、突き出される槍。
スルニンの放つ土を槍状に固めた一撃も放たれ、サイクロプスに向かう。
枝の上の子供……ビューネも、素早く針を投擲して援護する。
「真打ちは最後の最後で登場!」
サイクロプスの背後から長剣を大きく振りかぶったディーツの一撃も加わり……そこからは集中攻撃により、サイクロプスは何も出来ないままにダメージを積み重ねられていく。
エクリルという灼熱の風の仲間はいなかったが、その代わりに槍を使うヨハンナ、針の投擲で援護するビューネ、男故に力の強いディーツといった風に、エクリルの不在をカバーするには十分な戦力が揃っており、目の見えないサイクロプスの命が尽きるのは当然のことだった。
重い音を立てながら地面に倒れたサイクロプス。
サイクロプスの生命力の強さを知っているミレイヌ達は、それでも尚油断せずに視線をサイクロプスから外さない。
そのまま数秒が経ち、十数秒が経ち、数十秒が経っても全く動きを見せないサイクロプスを前に、ミレイヌは自分の横で槍を構えているヨハンナへと視線を向ける。
すると、ヨハンナの方も丁度タイミングを同じくしてミレイヌへと視線を向けており、二人の視線が空中で交わる。
お互いが相手に言いたいことは同じだった。
即ち、サイクロプスが死んでいるのかどうかを確認してこい、と。
「ヨハンナは槍があるから大丈夫でしょ。ちょっと突いてみればいいだけじゃない」
「ミレイヌなら素手で殴っても確認出来るでしょ。人に押しつけないでよ」
そんなやり取りを二言三言交わしている間に、木の枝の上で針を構えていたビューネが飛び降りてサイクロプスに近寄っていく。
「ちょっ、お嬢ちゃん危ないわよ!」
「迂闊に近寄らないの!」
だが、ビューネはそんな声など知ったことかと言わんばかりにサイクロプスへと近づいて行き、頭部へと軽く蹴りを入れる。
それでも一切動かないサイクロプスは、完全に絶命していた。
「ヨハンナの知り合いって随分肝が太いわね」
「……え? ミレイヌの知り合いでしょ?」
ここでようやくお互いに相手がビューネのことを知らないのだと気が付き、二人の視線はその場で我関せずとしていたディーツへと向けられる。
『誰?』
単純な一言だったが、実に息の合った問い掛け。
そんな二人にディーツは何だかんだと気が合ってるんだろうなと思いながら、視線をサイクロプスと戦っているヴィヘラの方へと向ける。
既に生き残りのサイクロプスは二匹になっており、その内の一匹も両手が肘から折られ、今は足でヴィヘラを踏み潰そうとしていた。
「ちょっ!」
その様子に慌てたように叫んだミレイヌだったが、ヨハンナ、ディーツ、ビューネの三人は全く焦った様子もなくヴィヘラの戦いを眺めている。
一瞬慌てた表情を浮かべたのはスルニンも同じだったが、その三人の様子を見て大丈夫だと判断したのだろう。単独でサイクロプス五匹を相手に出来るだけの実力があると判断する。
何よりの証拠が、ヴィヘラと呼ばれた人物の側に転がっているサイクロプスの死体、それも三匹分だ。
そして生き残っている二匹のサイクロプスの内の一匹も既に両腕は使い物にならなくなっている。
「彼女は……何者です?」
「そっちの子と一緒に説明して貰いたいわね」
スルニンとミレイヌの言葉に、ヨハンナは迷う。
ここで素直にヴィヘラが元ベスティア帝国第二皇女であると言ってもいいものか、と。
数秒悩んだヨハンナだったが、結局は答えを後回しにすることにし、ビューネの方へと視線を向ける。
「それより! その子は一体何なのよ! 見た目とは裏腹にかなり腕が立つし、爪の間に針を差し込むなんて真似を平気でするし!」
ミレイヌの疑問を誤魔化そうと、殊更に声を大きくして尋ねるヨハンナ。
その矛先となってしまったディーツは、頭を掻きながら口を開く。
「その子供はビューネ。ヴィヘラ様の相棒らしい」
「……ヴィヘラ様の!? え? いや、確かに腕は立つけど、それでもこんな子供が?」
ディーツの説明に、信じられないという思いを込めて再びヴィヘラの方へと視線を向けたヨハンナは、その瞬間動きを止める。
その様子を疑問に思ったミレイヌも、ヨハンナの視線を追って動きを止めた。
何故なら、その視線の先にいたのは……
「グルルルルルルルゥッ!」
ミレイヌとヨハンナが愛して止まない存在が、雄叫びを上げていたのだから。
そして雄叫びを上げると同時に、セトの周囲に幾つものウィンドアローが現れてサイクロプスへと向かって発射される。
「ガアァアッ!?」
両腕の骨を折られていた方のサイクロプスが、背中に何本ものウィンドアローを受けて悲鳴を上げる。
いや、その悲鳴はウィンドアローの痛みに対するものだけではなく、自分よりも圧倒的に格上の存在であるグリフォンを目にしたからというのもあると思われた。
唯一無事な方のサイクロプスも、近づいてきた強大な気配には気が付いていたのだろう。だが、今気を抜けばすぐにヴィヘラの猛攻により命を奪われると本能的に察知しているのか、動きを止めることは出来ない。
……動きを止めることはなかったのだが、それでもグリフォンのような存在がいれば動きが鈍るのは当然であり、その隙を突くかのようにヴィヘラの拳がサイクロプスの右膝へと集中して当てられる。
浸魔掌を使っていないのは、純粋にヴィヘラが戦いを楽しむ為か。
だがその戦いも相手の動きが鈍くなってくれば急速につまらなくなり……
「もういいわ。眠りなさい」
最後の一撃で右膝を砕かれたサイクロプスへその言葉と共に浸魔掌が放たれ、一撃で命を奪う。
続けて両腕が使えなくなっていたサイクロプスには、右膝に浸魔掌を放って一撃で右膝を粉砕し、膝をついたところで再び浸魔掌を放ってあっさりと命を奪うのだった。
そうしてこの場で起きていた戦闘は終了し……
「グルルルルゥ」
セトが喉を鳴らしながら翼を羽ばたかせて地上へと降りてくる。
そんなセトを見てミレイヌとヨハンナは歓声を上げようとするが、セトが何かを掴んでいるのを見て取ると、動きが止まる。
そして真っ先に声を上げたのは、当然のようにセトの前足が怪我をさせないようにそっと掴んでいるのが誰なのかを理解したミレイヌだった。
「エクリル!?」
その言葉に、合計でサイクロプス七匹を相手にするという悪夢の如き状況を潜り抜け、安堵していたスルニンもセトの方へと視線を向ける。
するとそこには、確かにエクリルの姿があった。
空を飛んでいたセトは、翼を羽ばたかせて前足で掴んでいるエクリルに衝撃が伝わらないようゆっくりと地面へと下ろす。
「エクリル!」
ミレイヌが声を上げてその場へと走り、スルニンやヨハンナ、ディーツといった面々もその後を追う。
「……大丈夫。怪我はしてますが、命に別状はありません。気を失っているだけのようです」
地面に寝かされたエクリルの様子を確認したスルニンがそう告げると、それを聞いていた全員が安堵の息を吐く。
「全く、一人で私達を逃がす為の殿をやるなんて……無茶ばかりするんだから」
ミレイヌの、怒っていながらそれでも安堵を感じさせる呟きが周囲へと響くのだった。
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