第978話

 サイクロプスの死体の収納は、それこそ数分も掛からずに終了する。

 そもそも死体に触れればいいだけなのだから、時間が掛かる筈もない。

 そうして死体の収納を終えたレイは、この場の責任者とも言えるミレイヌへと声を掛ける。


「ミレイヌ、これからどうするんだ? このままギルムに戻ってもいいのか、それとも他の面子が戻ってくるのを待つのか。サイクロプス以外の死体がないってことは、全員生きてるんだろ? その割りにはディーツ達がここに来る前に誰とも会わなかったみたいだけど」


 レイの口からでた言葉に、ミレイヌもセトを愛でるのを止めて頷きを返す。


「そう、ね。皆にはギルムに戻ってこの件を知らせるようにってお願いしたんだけど……一旦ギルムに戻ってサイクロプスは片付けたって話をした方がいいでしょうね。いえ、時間を考えるとまだギルムには到着してないんだろうけど」

「どうする? 俺が先行してギルムに戻ってもいいぞ」

「……それもいいんだけど、サイクロプスの集団が出てくるようになったのよ? もし何かあったら、切り札としてレイがいてくれれば嬉しいんだけど」


 切り札という意味では、サイクロプス五匹を相手にしたヴィヘラという存在もいる。

 だが、やはりミレイヌにとっては会ったばかりのヴィヘラよりも気心の知れているレイの方に安心感があるのだろう。

 ……もっとも、そこにセトという理由があるのが皆無とは決して言えないのだが。

 それを知ってか知らずか、レイはミレイヌの言葉を聞いてヴィヘラへと視線を向け、口を開く。


「ヴィヘラがいるから、戦力的には問題ないと思うけどな。ヴィヘラなら、あの赤いサイクロプスを相手にしても対抗出来るだろうし」

「赤いサイクロプス?」


 そんなレイの言葉が気に掛かったのか、ヴィヘラが問い掛けるような視線を向けてくる。


「ああ。このサイクロプス達を支配していたと思われる個体だ。希少種か上位種かは分からないけど……とにかく厄介な相手だった」

「興味深いわね」

「……そう言うと思ったよ。ま、どのみちもう倒したんだし、詳しい話はここでするよりもギルムに戻ってからにした方がいいだろ。それで、どうする?」


 言葉の最後はミレイヌへと対する問い掛けだった。

 ギルムへと向かうにしろ森の中で散らばった元遊撃隊の面々を探すにしろ、空を飛ぶ手段を持つセトがいればどちらも有効に動けるというのは事実だ。

 レイはここまで来た以上はどちらでもいいから、そちらに任せるといった視線をミレイヌへと向ける。

 判断を任されたミレイヌは、少し迷い……ディーツ、ビューネ、ヴィヘラといった面々へと順番に視線を向けると、やがて口を開く。


「そう、ね。悪いんだけどレイにはギルムの方に先に向かって貰える? セトちゃんは空を飛んで移動出来るから、走って移動した他の人達よりも確実に先に到着出来るわ。こっちの戦いが終わったというのをきちんと報告しておかないと、討伐隊が組まれる可能性があるわ」


 ミレイヌの意見に対して特に異論はないのか、レイはすぐに頷く。

 実際サイクロプス七匹が、そして希少種か上位種がギルムの近くにいるかもしれないとなれば、討伐隊が組まれる可能性は高い。

 そして討伐隊を組むにも、冒険者を集めたり、物資を集めたり、馬車を用意したりと、金も時間も掛かる。

 そこまでしながら、実はその全てがもう倒されていましたとなってしまえば、文字通りの意味で骨折り損のくたびれもうけだ。

 まだサイクロプスが残っているのならまだしも、既に全滅させた……と、そこまで考えたところで、ふとレイは自分が倒した赤いサイクロプスのことを思い出し、そしてここで死体になっていた七匹のサイクロプスのことを思い出して口を開く。


「本当にもうサイクロプスを全て倒したって報告してもいいのか? 俺が最初にディーツから聞いた情報だとサイクロプスの数は五匹だった。けど、実際には赤いサイクロプスがいて、更には通常のサイクロプスも七匹。まだ他にいるってこともあるんじゃないか?」

「それは……」


 レイの言葉を、ミレイヌはすぐに否定出来ない。

 他の者達もそれは同様であり、周囲には春の森を謳歌する鳥や獣の鳴き声が響く。

 そんな沈黙を最初に破ったのは、エクリルの様子を見ていたスルニンだった。


「その辺も一緒にギルドの方へ説明しておけばいいでしょうね。恐らく全滅させたという形で。それに……あの赤いサイクロプスが持っていた槌が気になります」


 その言葉で、実際に赤いサイクロプスをその目にした者達の脳裏に巨大な鎚が思い浮かぶ。

 身長五m程の赤いサイクロプスが手に持っても小さく思われない、まるで専用の装備として作ったかのような、そんな鎚。


「ああ、あの鎚なら俺が回収してある。……かなり厄介な代物だぞ」

「厄介、ですか? 重くて持ち上げられないとか、そういう意味での厄介でしょうか?」


 本人も違うと思っているのだろうが、それでも確認の意味を込めて尋ねてくるスルニンの問い掛けに、レイは首を横に振る。


「あの鎚そのものが何らかの意識を持っているような感じだったな。俺と戦っていた赤いサイクロプスが押され始めて、もう逆転が出来ないと判断した時、鎚を握っている手から根のようなものを身体に伸ばして赤いサイクロプスの意識を乗っ取った……いや、明確に意識を表には出してなかったから、意識を消し去ったというのが正しいのか。それと再生能力もあるから、普通に戦う意味でも厄介だな」


 そんなレイの説明を聞いていたヴィヘラが、微かに眉を顰める。


「サイクロプスがマジックアイテムを使ったということは、その鎚は大きかったんでしょ?」

「ああ。普通のサイクロプスが使う棍棒と比べてもかなり大きい」

「……その鎚を誰がどうやって用意したのかしらね。正直思いつかないわ。いえ、用意するだけであれば錬金術師に作らせるといった手段が考えられるけど、そこまでする必要がある? ただでさえ相手はサイクロプスで、知能が低いのよ? このマジックアイテムをあげますと言って近づいても、寧ろ餌が来たとしか思わないんじゃない?」

「その辺は俺も疑問に思っていた。まさか、あの大きさのサイクロプスが使えるマジックアイテムを偶然どこかで拾いましたなんてことはないだろうし。……ちなみにこのくらいの大きさな」


 一応ヴィヘラやビューネ、ついでにディーツにも見せておいた方がいいだろうと判断し、レイはその鎚を取り出す。

 突然目の前に現れた巨大な鎚に、その場にいた者達は一度その姿を見ているミレイヌやスルニン、ヨハンナといった面々までもが大きく目を見開く。

 その中で、スルニンがもっとも早く我に返って叫ぶ。


「その鎚は相手の意識を乗っ取るような能力を持っているのでしょう!? それを迂闊に出すなんて、危険ではないですか!」


 スルニンの叫びに、皆が数歩後退る。

 だが、レイは特に緊張した様子もなく鎚の柄へと手を触れ、口を開く。


「安心しろ。もうこの鎚の中に意識の類は残っていないから。俺がこの鎚をアイテムボックスに収納しようとした時にこっちの意識を乗っ取ろうとしてきたけど、多分マジックアイテムだけあって魔力を使ってどうにかしようとしたんだろうな。逆に俺の魔力に飲まれて、完全に意識が消滅してしまった」

「……有り得る、わね」


 レイの魔力量がどれくらいあるのかは分からないミレイヌやスルニンだったが、これまで幾度もその戦いを見てきて、通常の魔力量ではないというのは理解出来た。

 また、ヨハンナやディーツにいたっては火災旋風を生み出す光景や、覇王の鎧、炎帝の紅鎧といったものを間近で見ている。

 普通の魔法使いが起こすのとは桁が違う現象……それこそ天災とでも呼ぶべき光景を作り出すことが出来るのだ。

 勿論魔法を扱う技術のようなものがなければ駄目だろうし、だがそれ以上にその現象を起こすのには魔力が必要となる。

 そして、レイにその魔力がないというのは絶対に有り得なかった。


「ま、そんな訳で今のこの鎚は純粋なマジックアイテム……って言い方はちょっとおかしいかもしれないけど、人を操ったりする能力はないな」

「……もしその話が本当だとすれば、かなり強力なマジックアイテムですよ? 雷を発生させることが可能で、更には高い再生能力を持ち主に与えるとなると、雷神の斧のエルク殿の上位互換という形になるのでは? まぁ、斧と鎚という点では大きく違いますが」


 珍しく少し興奮気味なスルニンだったが、その興奮に冷や水を被せるかのようにミレイヌが口を開く。


「そうね、能力だけを見ればそうかもしれないけど……誰がこれを使えるのよ? それこそ普通の人間にはこれを振り回すなんて真似は無理でしょうし……」


 一旦言葉を止めて、ミレイヌはレイの方へと視線を向ける。

 レイが普段使っている武器は大鎌。

 その名の通り大きな鎌であり、柄の長さが二m程、刃の長さは一m程と、これもまた普通であれば使いこなすのは難しい武器だった。 

 いや、使いこなすどころか、満足に振るうことすら難しい。

 そんな武器を使っているレイなのだから、もしかしてこのマジックアイテムの鎚も使えるのではないかという視線を向けられたのだが、レイはそれに首を横に振る。

 腕力には自信があるし、この鎚も持とうと思えば持つことは可能だろう。

 だが、そこまでだ。

 デスサイズと比べてもあまりに巨大すぎるその鎚は、持つことは可能でも振り回すのに支障をきたすレベルの大きさだ。

 とてもではないが、普通よりも小柄なレイが振り回すことが出来る筈がない。


「ちょっと使いたいとは思わないな。それに、エルクの持っている斧と比べると、上位互換とは言えないと思う。純粋に性能の意味では。能力の多彩さって意味だと上位互換でもいいかもしれないけど……俺から見れば、下位互換って感じだな」

「ふーむ……確かに言われてみれば……」


 ミレイヌの言葉でようやく我に返ったのか、スルニンが残念そうに溜息を吐く。


「でも、レイさん。使えないなら、何だって持ってきたんですか?」


 セトを撫でながら尋ねてくるヨハンナに、レイは鎚をミスティリングへと収納しながら尋ねる。


「あのままあそこに置いておいても、他のモンスターが使う可能性があるだろ。大きさから考えて普通のモンスターには使えないだろうけど、サイクロプスを全部仕留めきったって確証がある訳でもないんだし」

「サイクロプス、まだいるんですかね?」


 ヨハンナが溜息を吐きたくなる気持ちはレイにも分かった。

 本来であればサイクロプス一匹の討伐だった筈が、実際に森に来てみると五匹存在し、更には希少種か上位種と思われる赤いサイクロプスがマジックアイテムを持って存在していた。それから逃げようとすれば、馬や馬車を置いてあった場所では新たに二匹のサイクロプスが暴れており、馬車を破壊し馬を殺しているという有様だ。

 この上、まだサイクロプスがいるのだと言われれば、ヨハンナにとっては色々と面白くないだろう。


「どうだろうな。ただ、あの赤いサイクロプスを倒した以上は普通のサイクロプスが固まって行動するようなことはないと思うぞ」

「それはそれで困るんですけどね。ランクCパーティならまだしも、普通の旅人や低ランク冒険者がサイクロプスに遭遇しようものなら、死亡するのに間違いないですから」

「……今回の件が片付いたら、一応調べてみた方がいいってギルドに報告しておいた方がいいかもな。さて、そろそろギルムに先行したいんだけど、お前達はどうする? 馬は一応あるけど」


 ディーツの方へと視線を向けるレイ。

 レイ達がギルムを発った時、ヴィヘラとディーツは自分が乗る馬の他に代え馬も連れてきていた。

 ビューネはヴィヘラと一緒に乗っているので、現在馬はまだ二頭空きがある。

 そしてここにはミレイヌ、ヨハンナ、エクリル、スルニンの四人がいた。

 勿論馬一頭に大人二人が乗るというのは色々と厳しいが、それでも全速力を出さない程度で走るのであれば問題はない。

 借りてきた馬は厳しい訓練をされている馬で、非常に優秀だというのも大きかった。

 そんなレイの言葉にミレイヌ達はそれぞれどうするかを小声で相談し、やがて答えが出る。


「じゃあ、出来れば馬を使わせて貰いたいんだけどいいかしら? 気を失っているエクリルをこのままにはしておけないし、かといっておぶって連れていくとなると結構厳しいし」


 結局はそういうことになるのだった。


「じゃあそっちは任せた。サイクロプスの生き残りが出ても、ヴィヘラがいれば安心だろうし」

「ふふっ、だといいわね。私としては折角辺境に来たんだし、出来ればもう少し強いモンスターが姿を現してくれると嬉しいんだけど。それこそ、レイが戦ったっていう赤いサイクロプスみたいなのとかね」


 相変わらずの戦闘狂ぶりに何故か安堵したレイは、そのままセトの方へと向かう。


「ま、ギルムにいれば戦う敵に困りはしないだろ。いずれもっと強力なモンスターが姿を現してもおかしくないし。……セト」

「グルルルゥ!」


 待ってました、と喉を鳴らして起き上がったセトの背に跨がる。

 セトはまたね、という意思を込めて喉を鳴らし、そのまま助走をすると翼を羽ばたかせて空へと駆け上がっていく。

 ……それを見ていたミレイヌとヨハンナは、残念そうにしながらも一人と一匹を見送るのだった。

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