第964話

 ギルドへと向かっていたレイ達一行だったが、その道のりは思った程進んでいなかった。

 何故かと言えば……


「あ、セトちゃんじゃない。レイも。随分久しぶりね。冬の間は依頼で出掛けてたって話だったけど、元気そうで何よりよ。どう? 少し食べていかない?」

「おう、セト。久しぶりだな。串焼きはどうだ? ガメリオンの肉って訳にはいかないけど、オークのいいのが入ってるぞ」

「それを言うのなら、こっちはケルピーの串焼きがあるぞ。蕩けるような柔らかい肉質で、味は絶品!」

「レイ、サンドイッチはどうだい? この冬に作ったハムがたっぷりと入ってるよ。他にも春の野菜なんかのサンドイッチも美味いね」

「あ、レイとセトだ。焼きたてのパンがあるけど、どう? 少しおまけしておくよ」

「うどんはどうだい、うどん。レイがいない間に技術も進歩して美味くなってるよ」

「川魚の串焼きもあるよ。春になって旬の川魚の串焼きを塩を振って焼いた代物だ。美味いぞ」


 そんな風に、ギルドへと向かう途中にある露店や屋台の店主や店番から次々に話し掛けられた為だ。

 元々レイとセトはギルムでは食べ物を多く買ってくれるという意味でこれ以上ない程にいい客だった。 

 そのレイが冬の間殆どいなかった為、レイを目当てにしていた者達はあてが外れた形となる。

 勿論レイだけの売り上げだけで店を経営していた訳ではないので、店の存続がどうこうといったところまで危険に陥った訳ではない。だが、それでも予定していた分の収入が期待出来なかったというのは大きかったのだろう。


「うわっ、すげえな。何だって師匠達はこんなに人気あるんだ?」


 数歩歩くだけで声を掛けられるレイとセトの様子に、マギタは目を見開く。

 ビューネはパンを食べたり串焼きを食べたり、魚を食べたりしているセトを撫でたり、たまに自分でも買って食べたりしている。

 そしてヴィヘラはそんなビューネの世話を焼きながら……


「お、姉ちゃん。もしかしてレイとパーティを組んでるのかい? それともそういう関係か?」

「どうかしらね。私としてはそういう関係になりたいと思ってるんだけど」

「はっはっは。まぁ、お前さん程に魅力的な女なら、間違いなくレイも心を動かされるだろうよ」


 サンドイッチを売っている屋台の店主は、そう言いながらヴィヘラへとサンドイッチを一つ手渡す。


「あら、ありがとう。料金は……」

「いいってことよ。お前さんみたいな美人に贔屓にして貰えれば、俺の店も繁盛するってもんだ。それにあんたのような腕利きの冒険者とは仲良くしておいた方がいいしな」


 そう言いながら、屋台の店主はヴィヘラを踊り子や娼婦ではなくきちんと冒険者として扱っていた。

 そんな店主の態度に、ヴィヘラは笑みを浮かべる。

 作った笑みでも、男を挑発する時の笑みでもなく、純粋に嬉しいという気持ちを込めた笑み。

 手甲や足甲を身につけてはいるが、ヴィヘラを見た者の大半はそのような場所ではなく、魅惑的な肢体や華やかな美貌へと目が向けられる。

 勿論ヴィヘラとしては戦いを求める為にもそれを直すつもりは毛頭ないが、それでもやはり自分もきちんと冒険者として見られるのは嬉しいことだった。

 多くの冒険者が集まってきているギルムの、それもギルドからそれ程遠くない場所で商売をやっているからこその目利きなのだろう。


「そう? じゃあ、また寄らせて貰うわね。このサンドイッチも美味しいし」


 タレをつけて焼かれた肉と野菜の歯応えが口の中で合わさるそのサンドイッチは、ヴィヘラの口にあった。

 渡されたサンドイッチの味も気に入ったヴィヘラは、店主にそう告げて少し先にいるレイ達の後を追う。

 その後ろ姿を見送った店主は、すぐに複雑な……嫉妬や哀れみの混ざったような表情をレイへと向ける。

 このままギルドへと向かえば、間違いなく騒動になることを理解していた為だ。

 ギルドの受付嬢のケニーがレイを狙っているというのは、この辺では既に常識に近い。

 そんなところにヴィヘラのような美人を引き連れて行けば、騒ぎになるのは当然だろうと。


「ま、あんな美人と一緒に行動してるんだから、一種の有名税だよな。さて、どっちが勝つのやら」


 店主は呟き、近くを通りかかった冒険者の男が注文してきたサンドイッチへと手を伸ばすのだった。






「……ここまでの距離はそれ程でもないのに、随分と時間が掛かったわね」


 苦笑を浮かべて告げるヴィヘラに、レイはセトを撫でながら口を開く。


「二ヶ月ぶりくらいに帰ってきたからな。セトは人気者だし、皆セトと遊びたがってたんだろ。子供の数が少なかったから良かったけど、これでもっと子供がいればかなり時間が掛かってただろうな」

「グルゥ……」


 レイの言葉を聞き、セトはごめんなさいと喉を鳴らす。

 それを聞いたレイは、慌ててセトの頭を撫でながら口を開く。


「別にセトを責めてる訳じゃないから安心しろって。セトが可愛がられているのは最初から分かっていたしな。それに、俺だって人のことは言えないし」


 そう告げるレイは視線を右手のミスティリングへと向ける。

 ここに来るまでの間にかなりの食べ物を購入してきたのだ。

 持ち運び出来ないだけの量を買い取った為に、その殆どはミスティリングの中に収納されている。

 無理をすれば全て食べることが出来たかもしれないが、折角の料理を粗末にしたくないという思いもあった。

 自分の帰還を喜んでくれておまけしてくれた店も多く。串焼きの類のように冷めやすい料理はミスティリングに入れておき、食べたくなった時に出せば焼きたての串焼きを食べられる。

 そう考えれば、ここで無理に食べる必要は皆無だった。


「セト、じゃあ俺達はギルドで用事を済ませてくるから、少し待っててくれ」


 そう告げつつも、セトが待つのに暇を持て余すことがないというのは、近くで様子を窺っている何人かの人影を見れば明らかだった。

 レイが離れてセトがいつもの場所で寝転がれば、すぐにでもセトに構う為に人が集まるのは間違いない。

 春ということでセトやレイのことに詳しくない者達も集まってきてはいるのだが、そんな相手に対しては周囲の者達が事情を説明するのが暗黙の了解となっている。

 それこそ、ヴィヘラに声を掛けようとした二人の冒険者に対して先輩の冒険者が教えてやったように。

 だからこそレイも安心してセトをこの場に残してギルドへと向かうことが出来た。

 もっとも、マギタが急かすような視線を向けているというのもギルドに早く入る理由になっていたのだが。

 そうしてギルドに入ったレイ達は、一身に視線を受けることになる。

 日中ということもあってギルドにいる冒険者の数は少なかったが、その分レイ達が目立ってしまった形だ。


「おい、レイって依頼でどこかに遠出してるって話じゃなかったか?」

「その依頼が終わったから戻ってきたんじゃないのか?」

「って、あれ? レイと一緒にいる奴って誰だ? すげえいい女。後、子供と生意気そうな男」

「……ギルムでは見たことがない顔よね?」

「強い。それだけは分かる」

「あの子供、可愛いわね。少し大人しそうだけど、そこがまた保護欲を誘うわ」

「あんないい女を連れて来たってことは、絶対あの女に言い寄る馬鹿が出てくるだろうな。で、最終的にレイが騒動を起こす、と」

「ちっ。いいなぁ……あんな女に一晩お相手して貰えたら、金貨……いや、白金貨を出してもいいぜ」

「馬鹿、止めなさい。レイに目を付けられるわよ」

「レイが誰かといるってのは珍しいな」

「女と子供はいいけど、あっちの生意気そうなのはなんだ?」

「パーティを組んでるんじゃないのか? レイは基本的にソロだけど、時々パーティを組んで依頼を受けることもあるだろ? ほら、灼熱の風とか」

「あー……けど、何であんな奴と? 見た感じ、あの中でもかなり弱そうだぞ。あの小さい嬢ちゃんには勝てるだろうが、身のこなしから見て嬢ちゃんは盗賊だろうし」


 そんな声が様々な場所から聞こえてくる。

 レイはいつものことだと特に気にした様子はなく、ヴィヘラもそれは同様だ。

 この二人は色々な意味で注目を集めやすいので、既にこういう視線に慣れているというのもある。

 ビューネは自分に視線が集まっても全く気にしていない。

 だが……


「俺を馬鹿にした奴は誰だ! ちょっと出てこい!」


 中途半端に自分の力に自信を持っているマギタは別だった。

 レイやヴィヘラに勝てないというのは理解出来た。

 だが、それは二人が強すぎるからであって、その辺の冒険者には負けないという思いが強い。

 サブルスタではそれでも良かったのだが、ここはギルム。ミレアーナ王国唯一の辺境にして、多くの冒険者が集まる場所だ。

 相手の力を見抜くだけの目があれば、マギタもギルドの中にいる者の大半が自分より強いというのは理解出来ただろう。

 ……それでも冒険者がマギタの前に出てこないのは、マギタがレイの仲間だと思っているからだろう。

 虎の威を借る狐とでも表現すべきマギタの腰を、レイが軽く拳で殴る。

 軽くではあるが、それはあくまでもレイの認識での軽くだ。

 まるで棍棒で殴られたかのような衝撃を受けたマギタは、それを行ったレイに向かって睨み付けようとして……レイの目を見た瞬間に、背筋に冷たいものが走る。


「言った筈だな? ここにはお前よりも強い奴が大勢集まっているって。今ここにいる冒険者の中でも、お前より強いのは幾らでもいる。相手の力を見抜くくらいの目を養ってから威張るんだな。……ヴィヘラ、ビューネ、行くぞ。マギタ、お前はその辺で依頼書でも見てろ」


 短く告げると、固まったままのマギタをそのままにレイはヴィヘラとビューネを引き連れてカウンターの方へと向かう。

 当然向かう先にいるのは、半ばレイの担当と化しているレノラだ。

 そしてレノラの隣ではケニーが嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情を浮かべてレイへと視線を向けている。

 自分が想いを寄せているレイが、自分よりも明らかに美人で、その上冒険者と思われる女を連れてきたのだから、気になって当然だろう。

 もしギルドにやって来たのがレイ一人だけであれば……もしくはマギタやビューネを連れてであれば、そのような表情を浮かべるようなことはなかったのだろうが。


「お帰りなさい、レイさん。無事に戻ってきたようで安心しました。それで、無事に戻ってきたということは、依頼を完了したと思ってもいいんですよね?」


 レノラもケニー程ではないが、少し引き攣った笑みを浮かべてレイへと話し掛ける。

 レイを弟のように思っているレノラにとって、ヴィヘラはその美貌を持っているが故に完全には信用出来なかった。

 弟に悪い虫がついた……というのが、レノラの偽らざる気持ちだろう。

 もっとも、その悪い虫という評価にはヴィヘラの豊満な双丘に多少なりとも原因があるのは間違いないだろうが。


「ああ。これが依頼完了のサインだ」


 ミスティリングから取り出した紙をレノラへと渡す。

 その紙には依頼完了の証拠としてマルカのサインが入っており、間違いなくレイが士官学校の教官としての依頼を完了したと示している。


「グラシアールはどうでした? 人が多かったのでは?」

「そうだな。ギルムも十分大きいと思ってたけど、グラシアールは更に大きかったな。もっとも、活気という意味ではギルムも負けていないけど」

「ここは辺境ですしね。どうしても街を大きくするのは難しいんですよ。……その辺、ダスカー様も色々と悩まれているようですが」

「悩む? 別に大本となるギルムがもうあるんだから、悩む必要はないだろ?」


 レノラが何を言っているのか分からずに告げるレイだったが、それに対してレノラよりも先に口を開いたのはヴィヘラだった。


「あのね、レイ。もしこのギルムを今よりも広げるとすれば一旦街を覆っている壁を破壊しないといけないでしょ。しかも、それなりに大規模に。そうなれば壁の全てに影響してくるの。それと、壁を破壊するということは空を守っている結界の類も一時的に完全に解除する必要があるわね。普段とは違って」


 そうなればどうなるか分かるでしょう? そんな視線をレイへと向けてくるヴィヘラ。

 空を飛ぶモンスターというのは決して少ない訳ではない。

 それも辺境であれば、その種類と数は特に多くなる。

 それでもギルムが安全なのは、街そのものに蓋をするように結界が張られている為だ。

 城壁が多少壊れたくらいなら問題はないが、街を拡大する為に壊すとなると、その影響はどうしても避けられない。

 レイもまた、空を覆う結界の存在は知っている。


「それで……レイ君。そろそろそっちの人のことを聞かせてくれる?」


 レノラの話に割り込むように、ケニーが耳を動かしながら尋ねるのだった。

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