第895話
領主の館から辞した後、レイはセトと共にシスネ男爵家へと向かった。
そうして護衛の必要性を告げると、キープとの会話を思い出したのだろう。ムエットはすぐに護衛を雇うことを了承する。
息子やメイドを守る為なのだろう。金銭に余裕のないシスネ男爵家だったが、それでもある程度の報酬を用意した。
ただし、護衛は急ぎのものだ。今からギルドに依頼を出して、それを張り出して……とやっていては間に合わない。
それ故、ギルドを通さない依頼としてレイがそのメンバーを探すことになった。
護衛の人選を任されたレイは、早速ギルドへと向かう。
ギルドを通さない依頼なので、本来はギルドで護衛の人選をするのは色々と不味いのだろう。
だが、今のこの時期に冒険者が最も多く集まっているのがギルド……より正確にはギルドの酒場であるというのも事実だった。
そしてギルドへと到着したレイは、いつものようにセトとはギルドの前で別れ、ギルドの中に入る。
ギルドの中に広がっていたのは、当然のように人の少ないギルドと、それとは正反対に人の多い酒場。
一応、とギルドの方へと視線を向けるレイだったが、そこにいるのはとても腕が立つとは思えない者達。
いや、ギルムで冒険者をしている以上、平均よりは上の実力を持っているのだろうが、レイが望む程の技量ではない。
カウンターの方へと視線を向けるが、珍しくレノラやケニーの姿はなかった。
他の受付嬢と話したことが殆どなかったレイは、ここでギルドの方にいる冒険者の技量を聞いても意味がないと考え、酒場へと視線を向け……その視線が一ヶ所で止まる。
レイの視線の先にいたのは、上機嫌で酒を飲んでいるドワーフと、そんなドワーフを呆れたように眺めつつ皿の上にある料理へと手を伸ばしている女の姿。
その二人は、レイにとって見覚えのある人物だった。
以前アゾット商会と揉めた時、一緒に行動してくれた二人。
ドワーフの男がブラッソ、人間の女がフロン。ランクCパーティ、砕きし戦士の二人。
「運がいいな。……いや、そうでもないか」
元々ブラッソは極度の酒好きであり、そして今は冬。
春になるまでは殆どの冒険者は長期休暇とすることが多く、そうなれば当然酒好きのブラッソは酒場に繰り出すだろう。
つまり、酒場でブラッソを見つけるのは自然な成り行きだった。
そのまま酒場の方へと向かい、ブラッソとフロンの座っている席へと着く。
「うん? 誰だよ勝手に……って、レイじゃねえか。こうして会うのは随分と久しぶりだな」
相変わらず男勝りな口調で告げるフロン。
そんなフロンの様子を見て、ブラッソもレイに気が付いたのだろう。赤ら顔のまま上機嫌に口を開く。
「あ? レイ? ……おお、本当にレイか。随分と久しぶりじゃな」
「久しぶり。実はちょっと二人に仕事を頼みたいと思ったんだけど……」
喋りながらブラッソの方へと視線を向けると、即座に首を横に振られる。
折角好き放題に酒を飲めるんだから、邪魔をするなと言いたいのはレイにもすぐに分かった。
「ブラッソの方は駄目だとして……フロンの方は?」
「俺か? まぁ、確かに暇してはいるけど……レイの持ってくる仕事だと、絶対に大変な仕事だろ?」
「大変……って訳じゃないと思う。今日から四日間護衛の仕事をして欲しいんだ」
レイの言葉に、フロンは少しだけ驚きの表情を露わにする。
まさか、レイの口から護衛という言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
以前の経験から、レイの口から出てくる依頼は討伐の類だと思い込んでいたのだ。
もっとも、魔石を集める関係上レイが討伐依頼を好んで受けているというのも事実なので、フロンの考えは決して間違ってはいないのだが。
「ふーん。護衛、ね。詳しい話を聞かせてくれ」
レイの言葉に、若干ながらも興味を引かれたのだろう。フロンは持っていた干し肉をテーブルの皿へと戻すとそう尋ねる。
興味を引けたことに安堵しつつ、レイは昨日の出来事を話していく。
その中でアシエを強引に手に入れる為に決闘を仕掛けてきたという話を聞いた瞬間、フロンの額に血管が浮かぶ。
フロンも女だ。悪い意味で典型的な貴族のキープが、アシエを手に入れればどうする気なのかはすぐに理解出来た。
……尚、近くのテーブルでそんなフロンの様子を見た数人の冒険者が、数分前まで騒いでいたのが嘘のように縮こまっていたのだが、フロンはそれには全く気が付かず――あるいは気が付いても無視して――口を開く。
「なるほど、それでレイが決闘の代理人になった訳か。……それにしても伯爵家の財産半分とか、その男は何を考えてるんだ? 馬鹿か? 幾ら絶対に勝てる勝負だからって、戦いに絶対はない。ま、権力がなければ女を手に入れられないような馬鹿なら当然かもしれないがな」
「だろうな。ま、それはともかくとしてだ。向こうもそろそろ俺がどんな人物かってことには気が付くだろ。そうなれば、決闘で俺に勝つのはほぼ不可能だと判断する。そして、次に狙うのは……」
「決闘自体を中止にさせる、か」
「そうだ。例えばシスネ男爵家の血を引く者が全員死に絶えるとかな」
そこまで言えば、フロンもレイの言っている護衛相手が誰なのかを理解したのだろう。口元に獰猛な笑みを浮かべつつ、頷きを返す。
「いいな、傲慢な貴族ってのは見ていてぶん殴りたくなる。貴族本人を殴れないってのは残念だが、その手下をぶん殴れるってのは願ってもねえ。……おい、ブラッソ。聞いてたな。お前も来い」
「待て。何で儂まで連れて行かれるんじゃ? ここはお前だけでやるって話だったじゃろう!?」
心外だ、とエールの入ったコップを手に叫ぶブラッソ。
だがその言葉がどことなくいつもより弱いのは、やはりフロンの迫力に押されている為か。
そもそも、フロンは身体を動かすのが好きだ。
そんなフロンにしてみれば、訓練くらいしかすることのない冬という時期は非常にストレスが溜まる。
こうして酒場で酒を飲んでいても、身体を動かしたいという思いは強い。
そんな状況でレイの口から出たのが、権力を笠に着て女を奪おうとしている典型的な悪徳貴族。
これでフロンが張り切らない筈がなかった。
「詳しい報酬に関しては、シスネ男爵家に行って聞いてくれ。恐らく前金以外は決闘の代償として向こうが支払ってくる財産の中から払われると思う。ただ、お前達だけだと人数が足りないだろ。このまま俺は他の心当たりの場所に寄って、人を集めてみるよ。……シスネ男爵の家は分かるか?」
「ああ、問題ない。何だかんだで俺達も結構貴族街には顔を出す機会があるからな。大体理解出来るし、何なら警備をしている冒険者に話を聞けば問題ないだろ。それと、人数については俺の方も何人か心当たりがあるから話を通してみる」
「そうか。じゃあ、頼んだ」
そう告げ、席を立ったレイは外へと向かう。
そんなレイを見送ったフロンは、意地でもここで酒を飲んでいたいとテーブルにしがみついているブラッソを強引にひっぺがし、装備を調える為に宿へと向かうのだった。
ギルドを出たレイは、セトと共にヨハンナから以前聞かされていた道を通って目的の場所へと向かっていた。
ギルドから歩くこと、三十分程。
雪が降っている中、ようやく見えてきたその家は、どちらかと言えば屋敷と表現する方が正しい大きさを持っている。
庭に厩舎もあり、その近くでは数台の馬車には布が掛けられ、その上に雪が積もっていた。
「……外に出しておいていいのか?」
馬車を見ながら呟くレイだったが、すぐに納得する。
小屋があっても、馬車がそこにしまいきれないのだと。
確かに屋敷と呼べる広さの家であっても、ここに住む全ての者達の馬車を保管しておくだけの広さの小屋はないのは明らかだった。
それでも全ての馬が厩舎に入っているのは、それだけ厩舎が広かったのだろう。
「グルルルゥ?」
レイの呟きにセトが屋敷を見回し、厩舎を目にすると円らな瞳をレイの方へと向けてくる。
元遊撃隊やその関係者達の移動で使った馬車を牽いていた馬は、旅の途中で随分とセトに慣れた。
最初はセトが近づくだけでも怖がっていたのだが、ギルムに到着する頃にはすぐ隣を歩いていても全く動じる様子がない程に。
それだけに、セトにとって馬達はいい友達なのだろう。
そんなセトが何を期待しているのか理解したレイは、頷いてからセトの背を軽く叩く。
厩舎へと向かったセトを見送り、レイは屋敷の扉を軽くノックする。
それから数秒。やがて誰かが走ってくる足音がして、扉が開かれる。
「はいはい、どなたですか。……って、確か貴方はレイさん?」
扉から顔を出したのは、レイにも見覚えのある顔。
ただし、元遊撃隊ではなく、その家族だ。
「ちょっと用事があってきたんだけど……元遊撃隊の面子はどれくらい揃っている?」
「え? えっと、殆どいますけど。ちょっと待って下さいね。セルジオさーん、レイさんが来ましたよー!」
屋敷の中に響く女の声。
その声を聞きながら、女の姿を見る。
年齢は十代後半で、レイよりも年上だろう。
レイへの態度で分かる通り、随分と明るい性格をしている。
元遊撃隊の関係者の中には、レイに対して畏怖を抱いている者も多い。
そのような者達に比べると、非常に友好的な態度と言ってもいいだろう。
……もっとも、レイがしでかしてきた数々のことを思えば、寧ろそちらの方が普通なのだが。
「さ、取りあえず外にいちゃ寒いでしょうし、中に入って下さい」
「ああ、助かるよ。……それにしても、随分と広い屋敷を借りたな」
雪を払ってから屋敷の中に入り、女と言葉を交わす。
レイの口から出たように、見て分かる程に広い屋敷だ。
それこそ貴族街にあってもおかしくないだろう広さを持つ。
ただ、決して新しい建物ではなく、レイの目から見ても相当に古い建物のように思える。
「そうですね。ヨハンナさんの交渉とお金の力らしいですよ」
「……そのヨハンナはいないのか? 俺が……正確にはセトが来ても出てこないけど」
「はい。何でも天敵との戦いに出向くとかで、完全装備で出て行きましたよ?」
その言葉にレイが思い浮かんだのは、当然ミレイヌの姿。
レイの脳裏のミレイヌも、ヨハンナに負けず劣らず完全武装をしていた。
(殺し合い……とかにはならないといいんだけど)
ミレイヌの長剣と、ヨハンナの槍。その二つがぶつかり合った時のことを想像して二人の無事を祈っていると、屋敷の奥からセルジオが姿を現す。
「レイさん、何でここに? いえ、訪ねてきてくれるのなら大歓迎なんですけど」
「ちょっと頼みたいことがあってな。今、動ける奴は何人いる?」
「今、ですか? まぁ、見ての通り雪が降っててやることがない奴が多いので、そこそこの人数は集められますけど」
「そうか。じゃあ、ちょっと護衛の仕事をしてみないか?」
「護衛……ですか? まさかレイさんの?」
有り得ない、という感情を隠せずに告げるセルジオ。
レイに護衛が必要だとはとても思えないし、もしもレイが本当に護衛を必要としているのであれば、自分達程度の力量ではどうすることも出来ない、と。
その表情を見て何を考えているのかを理解したのか、レイは首を横に振る。
「別に俺の護衛って訳じゃない。俺の知り合いの貴族の護衛だよ」
「レイさんの知り合いの、ですか? レイさんだけでは足りないってことでしょうか?」
「どうだろうな? やろうと思えば出来るだろうけど、決闘の方に専念したいんだ」
「……決闘? レイさんが?」
ここで初めて事情を聞かされたセルジオは、話の成り行きにただ呆然とするだけだ。
「レイさんを相手に決闘を挑むなんて……勇者以外の何ものでもない」
「まぁ、勇者は勇者でも、蛮勇的な意味での勇者だけどな」
話に割り込んできたのは、こちらもまたレイの知ってる顔である元遊撃隊のディーツ。
「久しぶり、レイさん。何だかギルムに戻ってきて早々、厄介ごとに巻き込まれてるみたいっすね」
「ま、こっちにも色々と事情があるからな。それより理由は話した通りだ。護衛の方、頼まれてくれないか? 一応報酬に関しては心配しなくてもいいと思う」
「……まぁ、レイさんが決闘に出た時点で勝ちは決まったようなものですしね。分かりました。全員って訳にはいかないでしょうが、今残っている面子には話をしてみます。それで参加したいって面子だけで構いませんか?」
幾ら恩人でもあるレイの頼みだからといって、仲間に無理強いは出来ない。
そんな風に告げてくるセルジオに、レイもまた頷きを返す。
元遊撃隊の面々は信用出来るからこそ今回の護衛に雇おうと考えたが、絶対確実にいなければならない面子という訳ではない。
先に話を通したフロンも心当たりに話をしてみるといっていた以上、人手が極端に足りなくなることはないと思われた為だ。
「じゃあ、早速話を聞いてきますね。……ディーツはどうします?」
「俺? 勿論俺も参加するに決まってるだろ。きちんと報酬も出るって言うし」
笑みを浮かべ、ディーツはそう告げるのだった。
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