第894話
「ふむ、なるほどな。祭りか……確かにそれは悪くない考えだ。元々あのキープの野郎もギルムにいる国王派の貴族に対して、色々と声を掛けているようだし」
執務机に座りながら、ダスカーは呟く。
ダスカーの視線の向けられている先にいるのは、祭りという提案を持ってきたレイだ。
「でしょうね。かなり目立ちたがりな性格だったようですし、アシエを堂々と奪うのを大勢の知り合いに見せつけて既成事実としたいというのもあるんでしょう」
「まぁ、それが出来ればシスネ男爵家としても大きなダメージだろうな。……もっとも、それが出来ればの話だが」
既にダスカーの中では、この決闘の勝者は目の前にいる人物であると決めつけていた。
レイの実力を知っているのだから当然だろう。
本来であれば、ダスカーの立場としては公正で中立でなければいけない。
だが中立派のダスカーとしては、きちんと形式を整えた以上は気持ち的にレイの方に味方をするのは当然だった。
勿論決闘の時にあからさまな贔屓をする気はない。
そんな真似をすれば、キープをギルムから追い出す大義名分を失ってしまうだろうから。
「そうですね。それが出来れば……」
意味ありげな笑みを浮かべるレイ。
レイの目から見ても、キープというのは悪い意味で典型的な貴族だった。
そんな人物がこのギルムで有力な冒険者を味方に付けられるかと言えば、首を傾げざるを得ない。
勿論中には金に目が眩む冒険者も多いだろう。
特に冬越えの準備が出来ていない冒険者なら尚更だ。
だが、相手がレイだと知って本当に戦いに出るのかと言われれば、難しいだろう。
模擬戦の類であれば、レイと戦うのはその者の糧になるのだが、決闘ともなれば命に関わる。
そしてレイが敵対した相手に容赦がないというのは、ギルムでの常識だ。
「ただ、問題もあるんだよな。きちんと法的な手続きをしての決闘である以上、エリエル伯爵家の財産は間違いなくシスネ男爵家のものになる。その金額は莫大なものだ。それこそ、目の色を変えて今回の結果をどうにかしようとするくらいには」
「シスネ男爵家が狙われる、と?」
「可能性は高い。その辺の落とし所をどうするかが問題だ」
「……もしかして勝たない方がいいってことですか?」
「それはない」
レイの言葉に、ダスカーは即座に断言する。
ダスカーの立場としては、エリエル伯爵家に対する配慮も必要になってくるが、それでも自分の領地に住んでいる者の悲劇を許容してまで配慮する必要はない。
「じゃあ、俺は勝ってもいいんですよね?」
「ああ。多少面倒なことになるかもしれないが、それは出来る限りこっちで手を回す。お前は思う存分戦えば、それでいい。……まぁ、向こうにしてみれば悪夢に近いけどな」
レイと戦って、負ければ自分の家の財産の半分が失われるのだ。
それは、ほぼ確定したことだと言っても間違いではない。
「ともあれ、だ。話を戻して祭りにするってのは、俺としても賛成だ。今年はガメリオン狩りがあまり捗らなかったってのもあって、出来れば騒いでその不満を発散させてやりたい」
「やっぱり少なかったんですか? 俺が見た時は結構な人数がガメリオン狩りに参加してましたけど」
「そうだな。レイのおかげでガメリオンが姿を見せるようになったが、やっぱり前半足を引っ張られた形だ。最終的には、例年の八割ってところか」
「じゃあ、今回の祭りでガメリオン料理はあまり期待出来ませんかね?」
「さて、どうだろうな。寧ろ、今この時こそ稼ぐ好機とガメリオン料理が多く出る可能性もある。ただまぁ、その辺は実際に店を出す奴の考え次第だ。俺から強制は出来ねえよ」
「そうですか。じゃあ、ガメリオン料理が出るように祈りますよ。シスネ男爵やバスレロもそっちを楽しみにしてくれるといいんですが」
「はっはっは。剛毅なことだ。まぁ、お前にとっては余程のことがない限りは決闘で負けるようなことはないんだろうしな」
豪快に笑い声を上げ、ダスカーは頷く。
「祭りに関しては俺に任せておけ。色々とやってみたいこともある。向こうも大勢に今回の決闘の話を持ち掛けている筈だから、人を集めるのにそれ程苦労はしないだろ」
「お願いします。……雪像を作って誰が一番かを決めるのとか、結構面白いと思いますよ?」
「ふむ、参考にさせて貰おう。ただ、今回は時間がない。残り四日で祭りの準備をしなければいけないし、雪像を作っている暇はないだろ。……ああ、それと少し話は前後するが、シスネ男爵家の方に護衛を派遣した方がいい。向こうがお前の正体に気が付けば、当然決闘自体を中止にしたい筈だ」
ダスカーの言葉に、レイの目が俄に鋭くなる。
「そして決闘を中止にする為には、決闘相手がいなくなるのが手っ取り早い。だが、まさかレイをどうにかしようとしても、まず無理だ。そうなると狙われるのは……」
その言葉の先は言われなくても、レイも理解出来た。
そもそもの決闘の原因が消えてしまえば、決闘そのものが消滅する。
そしてシスネ男爵は裕福ではなく、自分の家で雇っている騎士や兵士、冒険者といった者はいない。
「危ないですね」
「だろう? 本来なら俺が護衛を派遣したいところだが、俺の立場としてそれは無理だ。決闘本番の日なら話は別だがな。かと言ってシスネ男爵が冒険者を雇うのも負担が大きいだろう。だとすれば……」
「俺が動くしかない」
途中で止めたダスカーの言葉を、レイが続ける。
「だろうな。ま、幸いこの戦いで勝てばエリエル伯爵家の財産の半分……というのは難しそうだが、それでもかなりの金額がシスネ男爵家に入るし、お前にも当然ながら報酬として支払われるだろう。だとすれば、護衛として冒険者を雇う程度は難しくないんじゃないか?」
「そうですね、そうさせて貰います。……では、少し急ですけど、俺はこの辺で失礼させて貰います。シスネ男爵家とギルドに行って、手の空いている冒険者を探してこないといけませんから。出来ればまだ冬越えの準備が整っていない冒険者で、腕利きがいればいいんですけど」
「無理だろ」
レイの言葉を、ダスカーは問答無用で否定した。
「そもそも、腕の立つ冒険者なら最初から冬越えの準備に失敗する筈がない。……いや、冒険者なら癖のある者達が揃っているから、可能性はあるのか?」
「恐らくは、ですが。もっとも、ギルドにいる面子でどうしても無理なようなら、酒場の方で騒いでる奴に声を掛けますよ。今は酔っ払っていても、明日くらいには大丈夫って奴が多いでしょうし。それに……」
途中で口にするのを止めたが、レイの脳裏にあったのはヨハンナやセルジオ、マルノーといった元遊撃隊の面子の顔が浮かんでいた。
気心の知れている相手であり、腕も相応に立つ。更にギルムに来たばかりで、もう冬だ。家を借りたとしても資金に余裕があった方がいいだろうし、同時にギルムに馴染むのも早い方がいいだろう、と。
(そうだな。ギルドの方で人数が少なかったら、そっちにも声を掛けてみるか)
ムエットであれば、自分の身はともかく、バスレロやアシエを守る為になら冒険者を雇うのは間違いないと判断する。
勿論シスネ男爵家に資金的な余裕がなければ、そっちの余裕があるレイが立て替えるということでもよかった。
今回の決闘が終了すれば、確実にシスネ男爵家には大きな儲けが出るのは確実なのだから。
(となると、まずはシスネ男爵家だな)
自分の行く先を決めると、レイはダスカーに頭を下げる。
「では、少しでも急いだ方がいいでしょうから、失礼させて貰います」
「ああ、気をつけろよ」
執務室から出て行くレイの背を見送りながらそう告げるダスカーの口調は、決して言葉だけのものではない。
ギルムにとって、レイという存在は必要不可欠な人物なのだから。
ダスカーの正直な気持ちを述べるとするなら、キープが百人……いや、千人、万人いてもレイ一人の価値には及ばない。
「はぁ? レイと戦う? 冗談だろ? ……え? 冗談じゃない? いやいや、それは無理だって。無理無理。俺に死ねって言ってるのか? ごめんだよ、ごめん」
「レイと? え? 正気? あ、ごめん。本気? でも正直に言わせて貰えば、それこそ正気? と聞きたくなるんだけど。私? 嫌よ。模擬戦とかならレイと戦えるいい機会かもしれないけど、決闘でしょ? この若さで死にたくないわ」
「レイと戦えって……冗談だろ? そんな真似をしたら、セトに嫌われるじゃねえか。それはちょっと洒落にならねえぞ」
「レイさんと、ですか? ……はぁ、申し訳ありませんが私も命が惜しいので遠慮させて貰いますね」
「おいおいおいおい、お前さん頭は正常か? レイと戦えだって? 絶対にごめんだね。あ? 臆病者? へぇ、面白いこと言ってくれるじゃねえか。なら、お前がレイと戦ってみろよ。人を臆病者呼ばわりするんだ。当然そのくらいは出来るんだろ?」
「レ……レイ!? ひっ、ひいいいぃぃぃっ!」
フルトスが部下を使い、何人もの冒険者に決闘の打診をしたが、その全てに断られた。
レイの名前を出さないで話を持っていけば、もしかしたら引き受ける者もいたかもしれない。
だが、そもそもレイに勝てなければ意味はないのだ。
決闘で負ければエリエル伯爵家の財産の半分が譲渡されると、法的に処理されてしまっている。
つまり、どうあっても勝たねばならない以上、レイの名前を出した程度で逃げる相手を決闘の代理人とする訳にはいかなかった。
「くそっ、どうすればいいんだ!」
自分一人しかいない部屋の中、フルトスは力の限り執務机を叩きつける。
拳の皮が破れて血が流れたが、今はそんなことを気にしているような場合ではない。
たっぷりと肉がついている顎へと手を伸ばし、何とか現在の状況を打破する方法を考える。
だが、どうあってもネックとなるのはレイの存在だった。
そもそも、一人で一軍と戦えるような相手を敵に回して、どう勝てというのか。
質で量を凌駕するような相手との決闘……つまり、純粋な質の勝負で勝ち目があるとは思えなかった。
それはフルトスだけではなく、キープもまた同様に感じている。
だからこそ、金に糸目は付けないからレイに勝てる冒険者を雇えと、目を血走らせながらフルトスに命じたのだろう。
決闘までの時間が数ヶ月単位であれば、王都にいるランクS冒険者を国王派に根回しをしてその権力を行使すれば呼び寄せることも可能だっただろうが、とてもそんな時間はない。
そして……結果は全敗。
敵がレイだと聞いた時点で全員に断られた。
それどころか、今からでも遅くないからレイに謝罪して許して貰った方がいいとまで言われる始末。
「そんなことが出来れば、こんな真似はしていないっ!」
何故あの時に、決闘などという手段を思いついてしまったのか。
今となっては、フルトスは過去に戻れれば自分を殴りつけてでもそんな真似はさせなかった。
あの決断が現在の、破滅一歩直前という状況をもたらしたのだから。
ギルムで騒動を起こす為にこそ自分達が……キープがギルムへと送られたのだが、今の状況はどうにもならない。
本来であれば、今回の騒動も国王派に所属するエリエル伯爵家の手柄と……ひいては、その状況に持っていく為に力となった自分の手柄になる筈だったのだが、このような状況になってしまっては国王派の貴族に頼ることも出来ない。
法的に処理されてしまった決闘の書類が、何をするにしても足を引っ張る。
頭の中で、これからどうすればいいのかと悩みに悩み抜いている、その時。
突然フルトスの部屋の扉が、大きな音を立てて開かれる。
いや、それは開くというより蹴破ると表現した方がいいだろう。
「っ!?」
敵か!? フルトスの脳裏を過ぎったのは、その言葉。
自分達がギルムで起こしてきた数々の騒動は理解している。
その仕返しにやってきた者がいたとしてもおかしくはなかった。
だが……部屋に入ってきたのは、キープだった。
ただし、その表情に浮かんでいるのは怒気。
顔を真っ赤に染めながら、苛立ちも露わに叫ぶ。
「どうなっている! ギルムにいる国王派の貴族が俺に対して向けるあの視線は何だ!? 俺はエリエル伯爵家の次期当主だぞ!」
その言葉で、何が起きたのかが理解出来た。
キープが本来であれば仲間である筈の、ギルムにいる国王派の貴族に距離を置かれたのだろうと。
フルトスは、怒り狂っているキープの様子を見ながらも、納得する。
自分であっても、その立場であればそうすると。
レイのような、天災の如き存在を敵に回していいことは一つもない。
いや、それどころか最悪と言ってもいい。
普通なら貴族が相手であれば、平民は遠慮をする。
だが、レイの場合はその遠慮が全くないのだ。
貴族に対し、畏敬の念も、尊敬の念も抱いていないことは明白だった。
だからこそ、平気で貴族に対しても手を上げることが出来るだろう。
「キープ様、今の状況を何とかするには……相手の代理であるレイを何とか決闘の場に出させないことしか、方法がありません」
一つの決意を抱き、フルトスはキープへと提案を口にする。
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