第888話
訓練場にガメリオンを置き、ギルドへと戻ってきたレイ。
そんなレイを迎えたのは、いつものように人の少ないギルドと、人の多い酒場という光景だった。
(いや、いつもより酒場の方が多いか?)
初雪が降ったのが影響しているのか、酒場で騒いでいる者達の数は多い。
冒険者だけではなく、商人や街の住人も多くが顔を見せている。
寒さを凌ぐ為に酒を求めて来た者が多いのだろう。
既に夕食時間だということもあり、酒だけではなく食事を求めて来ている者も多い。
(ミレイヌ達は……)
と、自分達が訓練場へと向かう時に別れた灼熱の風の面々の姿を探してみるが、ギルドには存在しない。
恐らく依頼完了の手続きを済ませ、報酬を貰って出て行ったのだろうと判断し、レイはカウンターへと向かう。
ギルドで依頼を探している者、依頼の完了を報告している者、そのどちらの姿も少なく、受付嬢達も書類の整理や話をしている者が多い。
そんな中で、カウンターへと向かっている者がいれば当然目立つ訳で……レノラとケニー、レイとお馴染みの二人の受付嬢は、当然その姿にいち早く気が付く。
「あ、レイさん。お疲れ様です。ガメリオンの件でしょうか?」
「お疲れ様、レイ君。雪が降ってきたみたいだけど、外は寒くなかった?」
笑みを浮かべて尋ねてくる二人に、レイもまた笑みを浮かべて口を開く。
「ああ、いきなり雪が降ってきたから驚いたけど、ガメリオン狩りの時じゃなくて助かった」
「……ミレイヌさんから聞きましたけど、本当にガメリオン狩りに行ってたんですね。ダンジョンであれだけ倒したのに、少し頑張りすぎでは? ガメリオンの資源維持の面を考えると、ダンジョンの件はともかく、今は狩り過ぎないで欲しいのですが」
レノラが言いにくそうにしながらも告げてきた話の内容だったが、レイはそれに首を横に振る。
「いや、別に俺がガメリオン狩りをしたんじゃなくて、あくまでも手伝いだよ。実際俺はガメリオンと戦ってないし。俺がやったのは、セトで空から偵察してガメリオンを見つけるのと、ガメリオンの死体を運ぶだけだから」
「……セトちゃんが空から偵察すれば、すぐにでもガメリオンを見つけられそうなんですけど」
「ま、セトだし」
「あのですね、レイさん。さっきも言いましたけど、ガメリオンは基本的に狩り過ぎないように注意して下さいね。一時の欲に駆られてガメリオンを狩りすぎれば、来年以降に困ることになるんですから」
「ああ、気をつけさせて貰う。ただ、こっちにもちょっと事情があったんだよ」
その事情というのが極上のチーズを報酬に出されたことだったり、ヨハンナ達をギルムでの生活に慣れさせる為だったりするのだが、そこまでは口にしない。
……特にチーズを理由にすれば、小言を言われるのは確実だったというのもあるだろう。
「それよりレイ君、レイ君がダンジョンで倒した方のガメリオンの解体、大分進んでいるけどどうする? 素材とか肉とか」
レノラだけがレイと話しているのが不満だったのか、ケニーがそう言いながら話へと割り込む。
これが今の時期以外であれば、レノラも今は夕方で忙しいんだから自分の仕事をしなさいとでも言えただろう。
だが、この時期は活動している冒険者の数も少なく、ケニーのやるべき仕事はもう全てが終わっている。
そんな状況であれば、レノラもケニーに小言は言えなかった。
レイもまた、レノラに小言を言われるのを避けるのはこれ幸いとケニーの方へと声を掛ける。
「へぇ、もう終わってるんだ」
「まだ完全にじゃないけどね。あれから何日経ったと思ってるの? まぁ、ガメリオン狩りに出向いた人が多くて、思ったよりも時間が掛かったのは事実みたいだけど」
「じゃあ、魔石と肉はこっちで引き取るから、それ以外の素材は買い取りにして欲しい」
「素材や魔石、肉の買い取りは全部終わってからってことになってるから、取りあえず現在ある分の肉だけ持っていく?」
何度かに分けての取引となると、手続きが面倒になるかもしれない。
一瞬脳裏をそんな思いが過ぎったが、結局はガメリオンの肉の誘惑に負けてケニーに頷く。
「ああ、そうするよ。それで、今すぐ受け取れるのか?」
「えっと……ちょっと待っててね」
「あ、ちょっ、ケニー!?」
レノラの制止を聞き流し、そのままカウンターの奥の方にいる上司へと向かうケニー。
不満そうな表情を浮かべてそれを見送ったレノラだったが、結局はそれ以上言わずに、溜息を吐いてから自分の席で書類へと目を通す。
(珍しい)
心の中で、そんなレノラの様子に呟くレイ。
いつもであれば、腕力に物を言わせてケニーを連れ戻している筈なのだが、と。
もっとも、純粋な身体能力では人間であるレノラは獣人であるケニーに敵わない。
そういう意味では、いつもはケニーがレノラに対して手加減をしている……という訳ではなく、日頃の力関係が働いた結果でもあった。
「そう言えば、レイさん。この冬の予定は何か決まっているんですか?」
自分を見ているレイの視線が気になったのか、書類から目を上げてレイへと尋ねるレノラ。
レイはその問い掛けに、首を横に振る。
「いや、特に何か用事がある訳じゃないから、ゆっくりと過ごすつもりだけど。この一年、色々な意味で忙しかったし」
春はベスティア帝国の戦争があり、夏はエモシオンでレムレースと戦い、迷宮都市でダンジョンに潜り、秋はベスティア帝国の武闘大会や内乱に参加。
大きな出来事だけでそれであり、細かい事件を数えれば更に多い。
とてもではないが、一年で連続して経験することではなかった。
密度としては普通の冒険者が数年、もしくは一生経験することがないかもしれないだけの大きな出来事の数々だ。
それだけに、冬くらいはゆっくり休みたいと思ってしまうのは当然だろう。
レイがどれだけの騒動に巻き込まれてきたのかを知っているだけに、レノラも小さく溜息を吐いてから口を開く。
「確かにレイさんは色々と騒動に巻き込まれてきたのですし、ゆっくりと休むのもいいかもしれませんね。ですが、休みすぎて身体が鈍り、春になったら動けなくなっていた……なんてことにはならないように、時々は身体を動かした方がいいと思いますよ」
「確かにそれは困るな。忠告ありがとう。時々はきちんと身体を動かすようにするよ」
そう答えつつも、セトの餌となるモンスターを狩るということをしなければならない以上、どうしてもギルムの外に出る必要はあった。
勿論セトが満足に食べることが出来るだけの金はあるのだが、それでも無駄遣いはしない方がいいだろうという思いがある。
また、冬の間中厩舎でじっとしており、動けても街中を歩くだけで思い切り身体を動かせないというのは、セトのストレスになるのは間違いない。
その辺を考えても、時々ギルムの外へ狩りに出掛けるというのはどうしても必要な出来事だった。
「あ、そう言えばシスネ男爵からレイさんがいるなら指名依頼をしたいと来てましたけど……どうします?」
「シスネ男爵? ……ああ、バスレロか」
レノラの言葉に、丁度去年の冬に戦闘訓練をした子供を思い出す。
もっとも戦闘訓練は戦闘訓練でも、レイが遊撃隊で行ったような本格的なものではない。基礎の基礎を教えたといった程度だった。
訓練を行った相手が十歳の子供だったのだから、それも当然だろう。
もし遊撃隊にやったような訓練をしていれば、恐らく戦闘恐怖症のようなことになっていた可能性が高い。
「そうそう。去年の指名依頼でありましたね。一応今回も指名依頼という形になってますが……どうします?」
レノラの言葉にレイは少し迷うも、やがて頷きを返す。
「そうだな、じゃあそうするか。雪が降って皆が本格的に休みに入るだろうし、春まで何もすることがないのは事実だから」
「では、向こうの方に連絡を入れておきますが……日取りはどうします?」
「向こうに任せるよ。こっちは基本的に毎日暇だし」
「そうですか、では……」
と、レノラが書類に何かを書き込んでいると、やがてケニーが戻ってくる。
「さ、レイ君。許可は貰ったから……うん? どうしたの、レノラ?」
「ほら、レイさんの指名依頼」
「ああ、そう言えばあったわね。レイ君受けるの?」
「雪も降ってきたし、毎日暇をしてるから」
「ふーん……まぁ、シスネ男爵は悪い噂を聞かないから、多分問題ないでしょうけど。じゃ、倉庫に行きましょうか。全く、仕事がなくて暇だってのも悪いことばかりじゃないわね」
制服の上からショールを掛けて出入り口からカウンターを出ると、そのままレイの手を引っ張る。
そんなケニーの様子を、レノラはどこか呆れたような視線で見送っていた。
実際、今暇なのは間違いなく、この状況でケニーがカウンターから抜けても問題がなかったというのもある。
勿論上司からの許可があってこそだが。
「ケニー、あまり遅くならないうちに戻ってきなさいよ」
「はいはい、分かってるわよ。これだから小姑はうるさくて困るわ」
「……誰が小姑ですって?」
「あ、いけない。小姑が怒ったわ。行きましょレイ君。愛の逃避行よ!」
「ケニーッ!」
ケニーはわざとレノラに聞こえるように告げ、そのままレイの手を引っ張ってギルドの出口へと向かう。
「ヒュー、ヒュー、羨ましいぞ!」
「いやいや。あれは羨ましいんじゃなくて、妬ましいっていうんだよ」
「ケニーちゃん、俺とも愛の逃避行をしてくれぇっ!」
「ちくしょうっ、ケニーも何であんな奴に……」
「いや、だって顔立ちは整っているし、あの若さでランクB冒険者だし、異名持ちだし。……モテないってのがありえないだろ」
「うっせぇっ! 急に真面目に答えるなよ!」
酒場の方から聞こえてきた、囃し立てるような声をそのままに、レイはケニーに手を引かれながらギルドから出て行く。
そうしてギルドから出た二人がまず見たのは……
「セトちゃん、これはどう? それともこっち? あ、この串焼きも……」
ミレイヌが近くの屋台で買ったのだろう料理を、セトに与えている光景だった。
それも雪が降る中で、だ。
本来であればミレイヌの保護者でもあるスルニンの姿がないのは、既に護衛の依頼を終えたから自由行動となっているからだろう。
一瞬セトに声を掛けようかと思ったレイだったが、セトが嬉しそうにミレイヌに撫でられているのを見て、そのまま後にする。
もっともセトがレイの気配に気が付かない筈がなく、その円らな瞳がレイの方へと向けられたときに、少し出てくるという意図で軽く手を振ったのだが。
そんなレイの合図を理解出来る辺り、セトとレイの絆は深いと言うべきだろう。
ミレイヌやヨハンナが聞けば、確実に嫉妬に身悶えるだろうが。
「あれ、いいのレイ君」
「どうせそんなに時間を掛けないで戻ってくるし。それより、さっさと倉庫に行こうか」
「まぁ、レイ君がいいならいいんだけど。じゃ、少しだけどデートと行きましょうか」
からかうように告げたケニーが、レイの手を引っ張って倉庫の方へと向かう。
少しとケニーが口にした通り、殆ど時間が掛からずに倉庫へと到着した。
雪が降ってる中での外の移動だったので、レイはフードから、ケニーは制服から雪を払い落として倉庫へと入る。
特にケニーはショールを掛けてはいるが、元々胸元が大きく開いている制服だ。
ギルドの中であればマジックアイテムによって暖かいが、外に出ると雪が降っているので当然寒い。
そんな状態であっても露出度が高い制服を着ている辺り、ケニーのポリシーのようなものがあるのだろう。
実際、ケニーの制服はギルドを訪れる冒険者に評判がいいのは事実だ。
そういう意味でも、ギルドの看板でもある受付嬢として頑張っている……というのがケニーの主張だった。
「さて、じゃあ行きましょうか。きっと驚くわよ?」
悪戯っぽく笑みを浮かべるケニーの言葉を聞きながら、レイは倉庫の中を見回し……その言葉通りに、確かに驚く。
倉庫の地面一杯に並べられていたガメリオンの死体は、その殆どが解体され、素材が剥ぎ取られ、当然魔石も取り出されている。
体長三m程のガメリオンの死体だけに、持ち込んだ時は倉庫の地面の殆どが埋まっていたのだが、今はそれもない。
勿論全てのガメリオンが処理されている訳ではないので、まだそれなりにガメリオンの死体が並べられてはいるのだが。
そしてガメリオンの死体の代わりに、肉や素材、魔石といったものが並べられていた。
「確かにこれは驚いた。……こうして見ると壮観だな」
今もガメリオンの死体の近くでは、数人の冒険者達が解体し、素材の剥ぎ取りを行っている。
その手際は的確であり、明らかにレイよりも熟練の手際と言ってもいい。
「さ、レイ君。持っていくガメリオンのお肉を選びましょうか」
ケニーの言葉に頷き、レイはガメリオンの肉へと手を伸ばすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます