第887話

「へぇ、そっちは護衛か。また、随分と寒い時期に面倒な依頼を受けたものだな」

「あははは。ま、雪が降る前にギルムに戻ってこられたんだから、私達としても助かったんですけどね」


 レイの言葉に、エクリルが苦笑を浮かべて馬車の外へと視線を向ける。

 ……そう、現在馬車の中にはレイ達以外に灼熱の風の面々が乗っていた。

 本来であれば馬車に乗れる人数を超えているのだが、エクリルはレンジャーで動きの身軽さを重視しており、本人も身体は小さい。

 どこか居たたまれない表情を浮かべているスルニンも、魔法使いであるので杖以外に重い装備は身につけていない。

 そして何より、ミレイヌとヨハンナの二人は馬車の中ではなく、外を歩いていた。……セトと共に。

 レイの予想通り、同じセト好きでありながらお互いに譲れないものがあったのか、二人の仲はとても良好とは言えなかった。

 それでも二人が喧嘩をするとセトが悲しそうにするので、今は半ば冷戦状態に近い。


(両雄並び立たずって奴か)


 窓の外の、セトを挟むようにして歩いているミレイヌとヨハンナの様子を見ながらレイは内心で呟く。

 ギルムに入る前に降ってきた雪は、今まで雪が降らなかったのは何だったのかと言いたくなるくらい大量に降っている。

 風がないのでまだ良かったが、もしこの状況で風が強ければ吹雪になっていただろう。


「これは……積もるな」

「そうですね。ガメリオン狩りもそろそろ終盤かと。今年は狩りの期間が短かったから、若干高いのが難点ですが……それでも全く手に入らないということがなくなったのは助かりました。これもレイ君のおかげですね」


 スルニンがレイの方を見ながらレイへと話し掛ける。


「そっちはガメリオン狩りに行かなかったのか? お前達なら十分にガメリオンを倒せるだろ?」

「ミレイヌは行きたいって言ってたんですけどね。こっちの護衛の仕事も断れずに」

「あははは。ミレイヌの場合はガメリオンを売るんじゃなくて、肉が目当てでしょうしね」


 エクリルが馬車の外……雪が降っている中をセトと共に歩いている二人を眺めながら呟く。


「あー、それはうちのヨハンナもだろうな。セトがガメリオンの肉を好むと聞かされれば、多分今回の肉も自分の取り分は売らないでセトにやるんじゃないか?」


 元遊撃隊の男の一人が、エクリルの視線を追うように馬車の外を眺めながら告げる。

 馬車の中にいる者達もそれに同意するように頷いていた。


「こうしてみれば、あの二人は似た者同士なんだよな。だからこそお互いがお互いを気にくわないんだろうけど」


 レイの口から出た言葉に、皆が同意するように頷く。

 もっとも馬車の中に入っている人数を考えると、その程度のことでも狭苦しく感じられるのだが。


「それにしても、今年の雪は遅かったですね」


 このまま話題を続ければ色々と面倒な話になる。そう感じたスルニンが、外を見ながら話題を逸らす。


「まぁ、確かに今年の雪はいつもより遅かった気もするな。けどギルムに住んでいる身としては、雪が降るのが遅ければ遅い程助かるけどな。あんた達灼熱の風もそうだろ? 護衛をしてたって話だけど、雪が降っている状況での護衛が普通よりも大変なのは十分理解している筈だ」

「そうですね。この辺だと盗賊はあまり出て来ませんが、モンスターの襲撃は有り得る話です。その辺を思うと、視界が悪くなる雪というのは好ましいことではありません」


 レントとスルニンの話を聞いていたレイだったが、やがてギルドが見えてくると微かな安堵の息を吐く。


「ようやく到着だな。……取りあえず俺の役目はガメリオンを渡せば終わりだよな?」

「ちょっと待った。もしかして、そのまま逃げ出すつもりか?」


 レントが逃がして堪るかと視線を向けるが、視線を向けられたレイはと言えば、特に気にした様子も見せずに肩を竦める。


「逃げるも何も、そもそも俺の役目はガメリオンの発見と運搬だろ? その辺はきっちりとやったんだから、別に逃げるとかじゃ……」

「甘いですね」


 そんなレイに言葉を挟んできたのは、スルニン。

 どこか哀れみの光すら浮かべて、レイへと視線を向ける。


「レイさんが例えこの場から離れても、そもそもうちのミレイヌとそちらのヨハンナさんが固執しているのはセトです。恐らく後を追っていきますよ? そうならない為には、ここできちんと解決しておいた方がいいと思いませんか?」

「……まぁ、ガメリオンの解体とかもやらないといけない身としては、出来ればレイにはまだ帰って欲しくないんだけどな」


 レントまでもがスルニンに同意し、レイは言葉に詰まる。

 実際、ここでもしガメリオンを適当な場所に放り出してセトと共に帰ったとしても、間違いなくミレイヌやヨハンナは自分の後を付いてくると予想出来た為だ。


「ガメリオンの解体はどこでやるんだ?」

「うん? ああ、それは大丈夫だ。場所を取ってあるって言っただろ。ギルドの方に話を通して、訓練場を借りてある。だから、俺達はこうしてギルドに向かってたんだし」


 手回しは万全だと笑みを浮かべるレントだったが、本来であればその手回しの良さをヨハンナに見て貰いたかったのだろうことは疑いがない。

 そのヨハンナは、外でミレイヌと張り合っているのだが。

 そうして微妙な空気の中……やがて馬車はギルドへと到着する。


「じゃあ、早速行くか。ヨハンナ、ガメリオンの解体をするから、こっちに来てくれ」

「ミレイヌ、私達も護衛の依頼が無事終わったと報告をするので来て下さい。パーティリーダーなんですから」


 レントとスルニンに声を掛けられ、笑みを浮かべつつも相手を警戒していた女二人は、不承不承その場から離れる。

 ヨハンナはレント達と訓練場の方へ、ミレイヌはスルニン達とギルドの中へと。

 お互いがお互いを天から与えられた敵……普通の天敵とは異なる意味での天敵だと理解しながら。


「グルルルゥ」


 セトは女二人のやり取りを理解している様子もなく、またね、と喉を鳴らす。

 セトにとっては、ミレイヌにしろ、ヨハンナにしろ、二人共が自分を可愛がってくれる人なのだ。

 出来れば喧嘩せず、仲良くして欲しいという思いが強い。

 もっとも、決して心の底から仲良くしている訳ではないのだが、それをセトに悟らせない辺り、強かだと言うべきだろう。


(似たもの同士ってのは、こういうところでも発揮されるんだな)


 二人の後ろ姿を見送っていたレイだったが、そんなレイに対してレントが足早に近づいてくる。


「ほら、レイ。お前が来ないとガメリオンの解体が出来ないだろ? ただでさえ雪が降ってきて寒いんだから、さっさと終わらせるぞ!」

「……いや、今更だけど、雪が降ってくる中で解体するのって相当に厳しくないか? どこか別の場所を借りるとか出来なかったのか?」


 レイの脳裏を満腹亭の近くにある倉庫が過ぎるが、自分の取ってきたガメリオンならまだしも、今回はレイの役目はガメリオンの発見と死体の運搬だけだ。

 とてもではないが、去年約束した通りにあの倉庫……正確には解体小屋を借りる訳にはいかなかった。


(それに、ガメリオン狩りも今がピークだ。多分満腹亭の方で出す分を解体するのに忙しいだろうし)


 丁度去年の今頃にガメリオン狩りをし、うどんが出来たのだ。

 まだあれから一年しか経っていないのだが、レイにとっては随分と昔のことのようにも思える。


「あのなぁ、確かに解体出来る場所を提供している商人とかもいるけど、そういうのは金が掛かる。更に言えば、今のこの時期はそれこそ忙しくて前もっての予約とかも必要になるんだよ」


 レイがダンジョンを攻略したおかげで、現在はガメリオン狩りの真っ最中。

 そうなれば、当然解体する場所も必要になってくる。

 最善なのはガメリオンを倒したその場で解体してしまうことだが、周囲に多くのモンスターがいる状況でそんな真似をすれば、間違いなく他のモンスターを呼び寄せてしまう。

 そんな暇があるのであれば、他のガメリオンを倒したいというのが冒険者の本音だろう。

 その為、こうしてレントのように解体する場所を用意することになるのだが……


「いや、俺は別にいいんだけどな。アイテムボックスの中に入っているガメリオンの死体を出せばいいんだから。けど、この寒さの中で作業するお前達が大変じゃないのか?」


 もっと言えば、レイの場合はドラゴンローブが温度を調整してくれる。

 だが、レントやヨハンナ達は防具の上から防寒具を着てはいても、雪が降っている中では完全に寒さを凌げるという訳ではない。


「他にどこも余裕のある場所はなかったんだから、しょうがないだろ。それに……見ろよ、別に俺達だけって訳じゃないんだぜ? 寒さへの対応も一応してるし」


 訓練場の方へと向けられるレントの視線を追ったレイは、そこに明かりを見る。

 訓練場の中には幾つもの篝火が存在し、明かりと暖を取る為に使われていた。

 そして、十組近いパーティがガメリオンの死体が乗った荷車を持ち込んでおり、それぞれに解体作業を行っていた。


「うわ……」


 予想外の光景だったのだろう。レイの口から、驚きとも呆れともとれる声が漏れる。

 レントはその声を驚きと判断したのか、してやったりといった笑みを浮かべて口を開く。


「どうだ、驚いたか? まぁ、これも一種のギルムの名物……ってのはちょっと言い過ぎだけど、そんな感じだよ。お、あそこが空いてるな。レイ、あそこに頼む」


 訓練場の中で空いている場所に視線を向けたレントに促されたレイは、篝火の一つの近くへと移動してミスティリングからガメリオンの死体を次々に出していく。

 最初の一匹は半分に切断されているが、それ以外の死体は綺麗なものだった。

 勿論武器で攻撃して倒した以上、ある程度の傷は付いている。

 それでも最初に出してきた真っ二つになっている死体に比べれば、間違いなく綺麗な死体と表現してもいい。


「助かったよ。さて、一応これでレイの仕事は終わった訳だが……報酬については、明日にでも宿の方に持って行くってことでいいか?」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 少しだけ食べたチーズの味を思い出しながら告げるレイに、レントは頭を下げる。


「今日は助かった。お前のおかげで、こうして無事にガメリオンを狩ることも出来た。感謝している」

「レイさん、ありがとうございます。セトちゃんにもお礼を言っておいて下さいね。今度レイさんの宿屋に行かせて貰います」


 笑みを浮かべて告げるヨハンナだったが、それを隣で聞いていたレントに焦りの色はない。

 ヨハンナの目的が、レイに会うことではなく厩舎にいるだろうセトだというのを理解している為だ。

 ……もっとも、セトに夢中のヨハンナを自分の方へと振り向かせるのが大変なのだが。

 元遊撃隊の男達も、続いて感謝の言葉をレイに告げてくる。


「今回はレントに雇われて行ったんだから、気にするな。さっきも言ったけど報酬はきちんと貰うんだし。それより、お前達こそこれからギルムで暮らすのに最初は色々と慣れないこともあるだろうけど、何かあったら言ってこい。お前達をここまで連れて来たのは俺なんだし、何かあったら手伝ってやるよ」

「レイさん……」


 ヨハンナの言葉に小さく笑みを浮かべ、レイはその場を後にする。

 そんなレイを見送る視線には感謝が込められていた。

 もっとも、レイ本人はそんな視線を気にしている様子はなかったが。

 感謝されたいのではなく、純粋に自分が連れて来たのだから、そのくらいの面倒は見なければいけないという思いがあった為だ。

 だが、そんなレイの思いはヨハンナを含めた元遊撃隊のメンバーにとってありがたく、暖かく感じる。

 去って行くレイを見送り、ヨハンナが口を開く。


「さて、じゃあガメリオンの解体を始めましょうか。レイ隊長にここまでして貰ったんだから、私達も寒さになんか負けていられないしね」

「そうだな。……ただ、ヨハンナ。レイさんの呼び方がレイ隊長に戻ってるぞ」


 元遊撃隊の男の言葉に、ヨハンナが口へと手を当てる。

 完全に無意識での行動だったのだろう。

 そんなヨハンナの姿に、レントが微かな嫉妬混じりの視線を向ける。

 それでも嫉妬が微かで済んでいるのは、ヨハンナがレイを見る目はあくまでも頼りになる人物に対するものであり、異性を見る目ではなかった為だろう。


(まぁ、レイの年齢を考えれば、ヨハンナが男を見る目で見るなんてことはまず有り得ないと思うけどな。どれだけ年下好きなんだって話になるし)


 某姫将軍や某戦闘狂の元皇女に知られれば、間違いなく手痛い一撃を食らうことになりそうなことを考えるレントだった。

 ……何故か背筋に冷たいものが走ったのは、雪が降っているせいだろうと認識しながら。

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