第875話

「うわぁ……」


 アジモフの家へと入ったレイが、思わずといった様子で呟く。

 実際、そう呟かれてもおかしくないだけの汚さではあった。

 いたるところに一見しただけでは使い方が分からないような器具や何らかのモンスターの素材と思しきもの、錬金術に関しての本といった物が置かれており、足の踏み場もない……とまではいかないが、それでも見て分かる程に散らかっている。

 いつものように外で待っているセトを羨ましく思ってしまうのは、レイだけではないだろう。

 だが、アジモフはそんなレイに構わずに口を開く。


「さ、適当に座ってくれ。それで魔剣だったよな」

「……この状況で話を先に進めようとするのが、いかにもお前らしいな」


 ソファの上に置かれている荷物を寄せて、自分の座る場所を確保しながら告げるパミドール。

 レイもまた、自分が座る場所を確保してからテーブルの上に魔剣を置く。


(ソファの類があったのが僥倖か?)


 アジモフの性格上、ソファの類がなくても困らないとしてその類の物がないとも限らなかった。

 だが、アジモフも食事をしたりする必要があるし、また今回のように客を家に招くこともある。

 その辺を考えると、やはりソファは必須なのだろう。

 もっとも、そのソファの上には色々とレイには理解出来ない荷物の類が置かれていたりしたのだが。


「この魔剣は、かなり高い技術で作られている代物だったようだけど……折れてしまっていては、そのまま直すというのはちょっと難しいかもしれないな」

「つまり、直らないのか?」


 柄の部分を手にしながら呟くアジモフに、レイは残念そうに尋ねる。

 だがそんなレイの言葉に、アジモフは少し考えてから言葉を続ける。


「そうだな。もし直したとしても、完全に元の魔剣のような能力を発揮させるってのは難しいと思う。何割かは能力が落ちる筈だ」

「……何割か、か。確かにそんな感じなのは間違いないな」


 半ばで折れている刀身を手に、パミドールも呟く。

 間違いなく高い能力を持った魔剣だけに、その能力が多少落ちても十分に強力なのは間違いがなかった。

 だがそれでも、パミドールやアジモフにとって能力を落とした上で直すというのは、腕利きの鍛冶師や錬金術師として面白くはない。

 だからこそ、アジモフは視線を魔剣からレイへと移して言葉を続ける。


「このまま魔剣として直した場合は能力が落ちる。けど、この魔剣を基にして全く新しい武器にしてみる……というのであれば、魔剣を直すよりは性能の劣化を抑えることが出来ると思うけど、どうする?」

「そんなことが出来るのか?」


 てっきり魔剣を直すには魔剣のままだという思い込みがあったレイだったが、アジモフの口から出て来た言葉に驚きの表情を露わにして問い返す。


「ああ。勿論その辺にいる腕の悪い錬金術師には無理かもしれないけど、俺はこう見えて腕利きの錬金術師だからな」


 余程自分の実力に自信があるのだろう。アジモフはそう言い切る。

 アジモフの言葉を聞きながら、レイの視線はパミドールへと向けられる。

 本当か? と問い掛ける視線だったが、パミドールはそんなレイに対して頷きを返す。

 そもそも、アジモフが口だけの錬金術師であればパミドールもここまで深く関わることはなかっただろう。

 途中で付き合いを止めることなく、未だにこうして仕事を持ってきているのだから、アジモフの腕はパミドールにとっては十分に満足出来るものなのは間違いなかった。

 例え気分によって技量が変わるとしても、最低限パミドールの要求する腕を持っているのだから。

 それを確認したレイは、改めて視線をアジモフの方へと向ける。


「それで、新しい武器ってのは具体的にどんな武器になるんだ?」

「その辺はパミドールとも相談してくれ。それに合わせて作業をしていくことになるだろうし」


 レイは魔剣を一瞥してから、改めてパミドールへと視線を向ける。


「俺の方はどうでもいいぞ。余程の無理じゃなきゃ大抵は対応出来ると思う」


 こう言い切れるのは、やはりパミドールの鍛冶師としての技量が高いからこそだろう。


「どんな武器でも構わないとなると……基本的に俺が使うのはデスサイズだから、そうなると槍か……あるいは短剣か?」


 レイにとって、デスサイズの次に使用頻度が高い武器となれば、槍だろう。

 普通に使うのではなく、投擲して遠距離攻撃で使うのだが。

 あるいは、デスサイズの間合いの内側まで接近された時に使う短剣か。

 レイの口から出た言葉に、アジモフは微かに眉を顰める。


「短剣はその大きさと形状を考えるとちょっと難しいな。槍は……パミドール、どうだ?」

「俺は両方とも問題ない。アジモフの方はどうなんだ?」

「こっちも槍なら問題ない。魔剣じゃなくて魔槍か。それもまた面白い。……ふむ、だとすれば一応聞いておきたいんだが、この魔剣の元々の能力はどんなのだったんだ? 魔槍に作り直すとしても、それを分からないことにはどうしようもないんだが」


 そう尋ねてくるアジモフだったが、レイが出来るのは首を横に振るだけ。

 確かにこの長剣が魔剣であると言うのは分かっていたが、ノイズとの戦いで明確に魔剣の能力を使ったのを見たことはなかった為だ。

 実は魔剣としての能力を使っていたのにレイが気が付かなかっただけかもしれないが、それでも結局レイが分からないということに変わりはない。


「うん? 能力が分からないのか?」

「ああ、そうなる。多分だけど、魔剣の能力を発揮する前に刀身を折ってしまった」

「……そうなると、ちょっと難しいな。能力が分からないと、どんな魔剣なのか解析しながら手を入れていくことになる。それなりに時間が掛かるぞ? その辺の安物の魔剣なら適当にやってもいいのかもしれないけど、ランクS冒険者が使っていた魔剣にそんな勿体ないことは出来ないし」

「具体的には、どのくらい?」

「分からん。この魔剣がどれ程のマジックアイテムなのかを調べながらだから、下手をすれば数ヶ月、数年単位になるかもしれないし、そこまでいかなくても一ヶ月程度は見る必要があると思う」


 魔剣の柄の部分を見ながら言葉を返すアジモフに、レイは眉を顰める。

 ノイズが使っていたマジックアイテムなのだから、それを直すのに時間が掛かるというのは分かっていた。

 だがそれでも、数ヶ月、ましてや年単位も時間が掛かるというのは、完全に予想外だ。


「もう少しどうにかならないか? せめて、来年の春までに使えるようになっていると助かるんだけど」

「そうは言うがな、魔剣を魔槍に変えるんだぞ? どうやったって時間はかかる。他にも特定の素材が必要になる時もあるし。……どうする? 正直、無理には薦めないけど」


 アジモフに尋ねられ、レイは迷う。

 確かに魔剣を魔槍に変えるというのは、レイにとって最良の選択であるのは間違いない。

 どれ程の効果があるのかは分からないが、それでも長剣の扱いに慣れていないレイでは、折角の魔剣が宝の持ち腐れになる可能性が高いのだから。


「分かった。じゃあ、魔槍で頼む。……料金の方はどうなる?」

「グリフォンの素材を貰えれば、俺は文句ないさ。あれだけの素材、使えるやつも、使いこなせる奴も少ないだろうし」

「……いいのか?」

「当然だ。レイだったな。お前はグリフォンの価値ってのを理解していないみたいだけど、その素材はかなり稀少なんだぞ? そうだな、それでもどこか後ろめたいってところがあるんなら、継続的にグリフォンの素材を渡してくれれば俺にとっての収支は圧倒的にプラスだ」


 そこまで? と思わず顔に出すレイ。

 だが、ベスティア帝国にいる錬金術師や商人が何とかセトと接触して素材を得ようとしていたのを思えば、アジモフの言葉は決して大袈裟な物ではないのだろう。

 そう判断すると、頷き……ふと思いつき、ミスティリングからとある物を取り出す。

 それは、丸い宝石のような代物。

 ただし、斜めに切断されて二つに分かれている。

 レイが攻略したダンジョンの核だ。

 だが、ダンジョンの核というのはそう簡単に市場へと出てくるようなものではない。

 アジモフも、最初はそれが何なのか分からなかったのだろう。レイから受け取ったダンジョンの核の上半分を調べるようにして見るが、結局何だったのか分からないまま、お手上げといた風に首を横に振る。


「これは何だ? 見たことがないものだが。パミドール、お前は分かるか?」

「ちょっと貸してくれ」


 パミドールがアジモフの持っていたダンジョンの核の上半分を受け取ってじっと調べるが、そのまま一分程触れても結局何だか分からないまま、テーブルの上へと置く。


「分からねえな。何だ、こりゃ」


 パミドールとアジモフ、二人から疑問の視線を向けられたレイは、心なしか唇に弧を描いて自慢するように告げる。


「ダンジョンの核だ」

『は?』


 レイの口から飛び出てきた言葉に、パミドールとアジモフの二人は揃って間の抜けた声を上げる。

 まさか、そんな代物が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。

 そんな状況で、最初に我に返ったのがパミドールだった。


「そう言えば、昨日俺のところに来てからダンジョンに行くとか言ってたけど……まさか、昨日のうちにダンジョンを攻略したのか!?」

「正解。ま、出来たばかりで、まだ広くなかったおかげだけどな」


 そう言うものの、ダンジョンの核がある部屋にいたのは、ランクCモンスターのガメリオンが五十匹以上だ。

 その辺の冒険者であれば、ダンジョンの核のある部屋までは行けただろうが、そこで終わりだったのは間違いない。

 レイだからこそ、ランクCモンスターの集団を相手にすることが出来……それどころか、寧ろ食肉確保という真似が出来たのだから。

 事情を知らないパミドールは、感心したように頷くだけだ。


「ダンジョン? 確か馬車で数日程度の距離じゃなかったか?」

「あー……そうだよな。お前の場合だとそうなるか」


 二人の会話を理解出来ないでいたアジモフに、パミドールは頭を掻きながら口を開く。


「確かにお前の言う場所にもダンジョンはある。ただ、つい最近ギルムの近くにもダンジョンが発見されたんだよ。出てくるモンスターは基本的に弱い雑魚ばかりで、素材も劣化しているような代物だって話だけど、ダンジョンはダンジョンだ」

「……じゃあ、このダンジョンの核は本物だと?」

「俺は直接ダンジョンの核を見たことはないから何とも言えないけど、レイがここまで自信満々に言うってことは、多分そうなんだろうな。だろ?」


 まさかこんな場所で偽物を出してきたりはしないだろう? そう目で告げてくるパミドールに、レイは動揺した様子もなく頷きを返す。


「ああ、正真正銘本物だ。まぁ、それを証明するにはダンジョンに行って核のあった部屋に行くしかないけど……正直、ダンジョンの核を俺が取ってきた以上、いつ崩落してもおかしくないからお勧めはしないな。幸い今のところは全く崩れる様子がないみたいだから、意外とあのまま残るかもしれないけど」

「……なるほど。なら、そのダンジョンの核を一旦預かってもいいか? もしこの魔剣に関して使えそうなら使いたいんだが」

「そっちに使えるのか?」


 アジモフの言葉に少し驚くレイ。

 ダンジョンの核を出したのもレイだったが、それでもまさか本当に使える素材であるとは思わなかったのだ。

 それも、魔剣に対して。


「出来るかどうかは分からない。あくまでもそれを検討するといった具合だけどな。……パミドール、お前の方はどうだ?」

「どうだって言われてもな。確かに色々と興味深い素材ではある。武器を打つ時の材料としてダンジョンの核を使ったら、どんな風になるのか。興味がないとは言えねえな」


 アジモフに続いて興味深い表情を見せるパミドールだったが、ダンジョンの核が稀少な……それこそ金を出したくらいで簡単に入手出来る素材ではないというのは分かっているのだろう。惜しそうにしながら、それでも欲しいとは言わない。


「その魔剣を魔槍にするのに必要だったらダンジョンの核を使っても構わない。それ以外だと……鍛冶師としてセトの素材、まぁ、羽根とか毛とかだけど、そういうのでよければ、そっちを報酬にするけど? 何だったらガメリオンの肉一匹分とか、それとも金がいいなら金でもいいし」

「……む……」


 レイの言葉に悩むパミドール。

 今年は殆ど獲れていないガメリオンの肉というのも非常に魅力的ではあるが、すぐに却下する。

 確かにガメリオンの肉を好きに食べることは出来るだろうが、そもそも一匹分ともなれば三人家族で食い切れるものではない。冬だから、夏よりも悪くなるのは遅いだろうが、それだって絶対ではない。

 だとすれば、周辺に住んでいる人に渡すということになり……それだと最終的に自分の家で得られる利益がそれ程多くはない。

 勿論パミドール一家が近所付き合いを疎かにしているという訳ではないが、それとこれとは話が別だった。

 だとすれば、セトの素材か金になり……

 たっぷりと数分程悩んだパミドールは口を開く。


「セトの素材で頼む」


 鍛冶師としてグリフォンの素材を使った武器を作ってみたいという欲求に逆らうことは出来ない。

 それでも、グリフォンの素材を使った武器ということで、売る場所によっては相当な値段がつくと自分を誤魔化してはいたが……パミドールの脳裏では、愛する妻が苦笑を浮かべながらもその判断を了承するように頷いていた。

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