第873話
「あー、昨日のガメリオンの肉は美味かったな」
「グルルルゥ!」
レイの呟きに、セトは同意するように頷く。
ダンジョンを攻略した翌日、レイは朝と昼の中間辺りの時間帯に街中を歩いていた。
その手には屋台で買ったり貰ったりした串焼きや干し肉、サンドイッチといったものが握られているが、別に買い食いを目的としての散歩という訳ではない。
……つい先程までは、いつものようにセトと遊びたいといった者達が集まっていたのだが。
だが今日は別に用事があるという事で、途中で遊ぶのを打ち切ってこうして街中を歩いている。
それでも少しの時間ではあったが子供の相手をしたのは、セトも子供と遊ぶのが好きだった為だろう。
さすがに大人はそんなレイの言葉に理解を示し、軽くセトを撫でる程度で済ませていたのだが。
そうしてレイが向かっているのは、ギルド……ではない。
ガメリオンの件もあるが、昨日の今日である以上はまだ素材の剥ぎ取りや解体は殆ど進んでいないだろうというのが分かりきっていた為だ。
勿論何か面白い依頼がないかや、具体的にどのくらいガメリオンの解体が進んでいるのかを確認する為にギルドへ行ってみてもいいのだが、それは何も用事がない場合に限ってだ。
今日はその用事がある為、こうしてセトと共に街中を歩いていた。
そうして見えてきたのは、図書館……だが、その手前で曲がって裏通りの方へと向かう。
冬対策ということもあるのだろうが、道を進む者達の服装は暖かそうなものが多い。
そんな服のグレードも、裏通りにいる者達は一つか二つ落ちる。
そんな人々が歩く中を、注目されつつ進むレイとセト。
もっとも、注目を受けるのは既に慣れきっている一人と一匹だ。特に気にした様子もなく裏通りを進む。
やがて、レイの視界の中に見覚えのある店が見えてきた。
パミドールの店だ。
店の前では、小さい子供が何かを振り回している。
その子供は、レイとセト……より正確にはセトの方を見ると、嬉しそうに笑顔を浮かべながら走り出す。
「セトだ、セト! ね、ね、遊べる? 今大丈夫?」
立て続けに告げてくるその言葉は、セトに会えて嬉しいといった感情がレイにも素直に伝わってくる。
「グルルルゥ」
「クミト、久しぶりだな」
「うん、久しぶり! 最近来なかったけど、どこに行ってたの?」
天真爛漫な笑みをレイへと向けるその様子は、とてもではないが実の父親であるパミドールの血を引いているとは思えない。
実際初めてクミトを見た者で、凶悪な盗賊のようにしか見えないパミドールと親子だと思う者は少ないだろう。
事実、以前にはパミドールとクミトが並んで歩いているのを見た通行人が、誘拐と勘違いして警備兵を呼びに行ったという騒ぎすら起きているのだから。
クミトを見る度に、レイは遺伝子の不思議に首を傾げることになる。
(そう言えば未だにクミトの母さんには会ったことがないな)
パミドールと結婚するというのだから、内面はかなり肝が据わっているのだろうと考え、同時にクミトのように可愛らしい子供が生まれるのだから、外見も整っているのは間違いないと考えられた。
一度会ってみたいとは思いつつ、レイはクミトへと声を掛ける。
「それで、クミト。パミドールは店の中にいるのか?」
「あ、うん。少し前に頼まれたお仕事の、最終調整がどうとか言ってた」
「そうか。なら俺はパミドールに用事があるから、暫くセトと一緒に遊んでてくれるか?」
「うん! 任せて! ほら、セト。僕と一緒に遊ぼう?」
「グルゥ」
クミトの言葉にセトは嬉しげに喉を鳴らす。
そのままクミトへと顔を擦りつけ、周囲には笑い声が響く。
(子供は風の子か。……風邪の子にならないといいんだけど)
それなりに厚着をしているクミトを一瞥し、レイは店の扉を開ける。
「パミドール、いるか?」
声を掛けるが、返事はない。
店の中に気配はあるのに……と首を傾げたレイが店の中へと入ると、最初に見たのは短剣を真剣な表情で見つめているパミドールの姿だった。
不思議と、凶暴な顔が今こうして見ている分にはそれ程の恐怖を覚えない。
本気で仕事をしている男の顔、ということなのだろう。
(邪魔はしない方がいいか)
パミドールの様子に、店の中へと入ったものの壁へと寄り掛かる。
「……」
店の中にあるのは、緊張感に満ちた空気。
それ程パミドールが真剣に仕事をしているということなのだろう。
そのまま数分が過ぎ……
「ま、こんなもんか」
ようやく満足したのか、パミドールは持っていた短剣を鞘へと収める。
そこまでの行為を見届けて、ようやくレイは口を開く。
「終わったのか?」
「ああ。……ん? おわぁっ! レイ!? お前、いつの間に!」
「やっぱり気が付いてなかったのか。まぁ、あれだけ集中してれば当然だろうけど。そんなに前って訳じゃない。精々数分ってところか」
予想通りの反応をするパミドールに小さく笑みを浮かべつつ、レイの視線はパミドールが持っている短剣へと向けられる。
「その短剣は?」
「うん? ああ、頼まれた仕事だ。何でもガメリオンを相手に不意を突かれて、咄嗟に短剣で牙の攻撃を受け流したんだとよ。その結果、命は助かったけど短剣の刃が途中で欠けた。で、それの修理を頼まれた訳だ」
「それなら買い直した方がいいと思うんだが」
刃が途中で欠けてしまった以上、それを修理するのにはそれなり以上の料金が掛かる。
それがパミドールのような腕利きの鍛冶師の仕事ともなれば、高くなることはあっても安くなることは基本的にないだろう。
そんな思いで告げたレイの言葉に、パミドールは深く溜息を吐く。
「普通に考えれば、それが正解だ。けど、自分の命を救ってくれた武器だぞ? 執着……ってのはちょっと言い方が悪いか。思い入れが出来て当然だろ」
「そんなものか?」
「お前が使っているデスサイズとか、もし欠けたとしたら代わりの武器を使いたいと思うか?」
パミドールの言葉には、レイもすんなりと納得出来た。
デスサイズは魔獣術で生み出されたマジックアイテムであり、自分の魔力を糧として生み出されたという意味で思い入れが強いのは事実だった。
もしもそのデスサイズに何らかの不具合が起きたとして、代わりの武器を使えるかと言われれば……答えは否だった。
「そうだな、パミドールの言った通りだ。……にしても、ガメリオン?」
話を変える意味でも、レイはガメリオンの名前を口にする。
前日のダンジョンの件もあり、気になることなのは事実だった。
レイの言葉にパミドールは頷き、口を開く。
「ああ。今年はガメリオンが獲れてないって話だったけど、それでも皆無って訳じゃない。腕のいい冒険者や、運のいい冒険者は何とかガメリオンを獲ってきてるらしいぞ。売られているガメリオンの肉はそういう奴等が手に入れてきたらしい」
「ああ、だろうな。……まぁ、そのうちガメリオンの肉は増えて安くなると思うから、あまり気にしなくても大丈夫だろ」
「うん? それはどういう意味だ? ガメリオンが獲れるようになったのか?」
レイの口から出た言葉を、聞き逃せないとパミドールが尋ねる。
パミドールがギルムにやって来たのは去年で、ガメリオンの肉を食べたのも去年の秋だけだ。
だがパミドールは一度ガメリオンの肉を食べただけで、その味の虜となった。
だからこそ、レイの今の言葉の真意は絶対に知っておきたかったのだろう。
「そうだな、恐らくや多分って言葉はつくけど、それなりに確実性の高い情報ではある」
「……何を隠してるんだ? お前とはそんなに付き合いはないけど、それでも何かを隠してるってのは分かるぞ?」
「色々とあるんだよ。分かるだろ?」
「そうか。……分かった。ただ、それなりにガメリオンが出回るようになるんだな?」
「ああ、多分だけどな」
「ならいい。その言葉を信じておくよ。……それで、今日は何しに来たんだ? 見ての通り、暇って訳じゃねえんだがな」
短剣の柄の部分を確認しながら尋ねてくるパミドールに、一瞬意表を突かれたような表情を浮かべるレイ。
やがて呆れたように口を開く。
「俺が持ってきた魔剣の件で、錬金術師のところに行くって言ってただろ? それで来たんだけど……忘れたのか?」
「うん? ああ、そう言えばその件があったな。悪い」
レイの言葉でようやく思い出したのだろう。短剣を机の上に置くとすぐに店の奥へと向かう。
「ちょっと待っててくれ。すぐに準備してくる」
それだけを告げて。
「仕事熱心なのはいいんだけど、集中し過ぎってのはどうかと思うんだけどな。いや、寧ろその集中力があるからこそ、凄腕の鍛冶師になれたんだろうけど。……顔を見る限りはどう考えても凶悪なのに」
「うるせぇ。この顔は生まれつきなんだ。しょうがねえだろ」
外出用に防寒着を着たパミドールが、文句を言いながら店の奥から姿を現す。
その手に握られているのは、レイが昨日置いて行った魔剣。正確には刀身半ばで折れている為、魔剣の残骸と表現するのが正しい代物だ。
「ほら、行くぞ。あいつは結構気分屋だからな。気分が乗ればすぐに対応してくれるけど、気分が乗らないと時間が掛かる」
口では文句を言いつつも、パミドールの口調にあるのは親愛の情だ。
そんなパミドールを見るだけで、話題に上がっている錬金術師が悪い相手ではないということはレイにも想像出来た。
「パミドールがそう言うんなら、悪い奴じゃないんだろうな」
だが、レイのその言葉を聞いた途端にパミドールは心外だと言いたげに鼻を鳴らす。
「はぁ? 何を言ってるんだ? いい奴なんかじゃないって言っただろ? だってのに、何を勘違いしてるんだ?」
「ならそれを確かめる為にも、その錬金術師に会いに行くとするか。案内してくれよ」
「そうだな、いつまでもここでこうしていてもしょうがないか。ほら、行くぞ。ああ、これは一応返しておく。向こうに着けば出す必要があるけど、お前のアイテムボックスに入れておけ」
パミドールから手渡された魔剣の残骸をミスティリングに収納すると、パミドールと共に店を出る。
そうして外に出た二人が見たのは、寝転がっているセトと、そんなセトを撫でているクミトの姿だった。
「わー、セト暖かいね。ふっかふかだ」
「グルルゥ」
撫でているクミトも撫でられているセトも、両方が嬉しそうにしながら過ごしている光景を見て一瞬声を掛けるのを躊躇ったレイだったが、それでもずっとこうしている訳にはいかずに口を開く。
「クミト、悪いけどセトと俺はちょっとパミドールと一緒に出掛ける必要があるんだ。遊ぶのはまた今度にしてくれるか?」
「え? ……あ、うん」
少し残念そうにしながらも、セトはレイの言葉に頷いてその場から立ち上がる。
「グルルルルルゥ」
また今度遊ぼう? と、セトは喉を鳴らしながら顔をクミトへと擦りつけていた。
それが分かったのだろう。クミトも一瞬前の残念そうな表情を笑みに変えると、元気に頷く。
そんなクミトの様子を見ながら、レイはクミトと初めて出会った時のことを思い出していた。
(あの時クミトは苛められたけど、もう苛められてはいないのか? まぁ、あそこまで怖い目に遭って、それでもまだクミトを苛めようとしているのなら、それはそれで凄いけど)
クミトを脅してパミドールの武器を持ってこさせようとしたのだから、正確には苛めではなく強請りというべきなのだろう。
一瞬クミトかパミドールにその辺のことを聞こうかと思ったレイだったが、すぐにそれを止める。
もしまだ付きまとわれているのであれば、クミトがこんなに明るい笑顔を浮かべる訳がないだろうという判断からだ。
「じゃあ、お父さん。僕は店の中にいるね」
「ああ。店の奥には色々と危ない物もあるから、迂闊に触るなよ」
「はーい。じゃあセト、またね。レイさんも!」
大きく手を振り、店の中へと戻っていくクミトを見送り、レイとパミドールはその場を後にする。
セトも置いて行かれるのは嫌だと、レイの後を追う。
そんな二人と一匹は、話をしながら街中を進む。
「それで、錬金術師ってのはどういう奴なんだ? 気分屋だって話だけど」
「そうだな……俺が知ってる限りだと、かなりの腕の持ち主だ。ただ、その気分屋ってところが結構難点でな。その時の気分によって調合やら何やらの腕が変わったりもする。……勿論それでも一定以上の技量はあるんだけどよ」
「気分によって腕まで変わるのか? ……何だか、微妙だな」
「そう言うなって。確かにそういう面ではちょっと問題あるが、基本的に腕はいいんだから」
錬金術師、あるいは錬金術と言われてレイが思い浮かべるのは、どうしてもベスティア帝国になる。
それだけにあまり良い印象がないのは事実だが、だからといって最初からその辺を気にしすぎなのもどうか。
そんな風に考えながら、レイはパミドールと共に道を進んでいく。
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