第872話
ガメリオンの件でレイが案内されたのは、ギルドから少し離れた場所にある倉庫だった。
外は暗いが、倉庫の中には明かりのマジックアイテムがあり、温度が一定に保たれている。
風がない為に外よりも暖かく感じる為か、中に入った瞬間にレイをここまで連れて来たギルド職員が安堵の息を吐く。
尚、この倉庫にレイを案内してきたギルド職員はレノラやケニーといったレイにも馴染みのある人物ではなく、四十代程の中年の男だった。
……もっとも、何だかんだとギルド職員と関わることの多いレイだ。
全く顔も見たことがない相手という訳ではなく、ギルドでは何度か言葉を交わしたこともある相手だが。
「それで、レイさん。ガメリオンの解体や素材の剥ぎ取りはここで行いたいと思いますが、どうでしょう? 大丈夫ですか?」
「いや、俺に聞かれても。俺がやるのはガメリオンの提供であって、実際に素材の剥ぎ取りや肉を切り分けたりするのはギルドの方なんだから」
「ああ、いえ。そういうことではなく……レイさんのアイテムボックスに入っているガメリオンはここに全部入るのかと聞きたかったんですけど」
その言葉に自分が勘違いしていたのに気が付いたのだろう。レイは照れくさそうな笑みを浮かべて、頷きを返す。
「それに関しては全く問題ない。……ちなみに、ガメリオンの解体とか素材剥ぎをする面子はギルドの方で揃えるんだよな? どういう面子なのか聞いてもいいか?」
倉庫と呼ぶには広い建物の中を眺めながら尋ねるレイに、ギルド職員は問題ないと頷き、口を開く。
「基本的にはギルドの方から素材の剥ぎ取りが上手い人に声を掛けることになると思います。特にまだ冬越えの準備が終わっていない冒険者を中心に、ですね。後はギルドと関係のある肉屋とか。ギルドの中にも元冒険者という人もいますから、人数的には問題ないと思いますよ」
それだけの人数がすぐに集まるのか? そう思ったレイだったが、その意見は半分正しく、半分間違っている。
もしレイが獲ってきたのが、五十匹近いオークであったりすれば人数を集めることは出来なかっただろう。
……いや、それ以前にギルドの方がレイの要求でもある解体を任せるというのを受けることはなかった筈だ。
だが、今回は獲物が獲物だ。
今年に限って獲れる数が少なく、稀少な存在でもあるガメリオン。
数が少なかった理由はダンジョンのせいだろうということで結論づけられたが、それでも今現在ギルムにガメリオンの肉がそれ程流通していないのも事実。
だからこそ、このような例外をギルドも引き受けたのだろう。
「俺としてもそれは助かるよ。じゃあ、ガメリオンを出すけど構わないか?」
「ええ、お願いします。ああ、出来れば順番に並べていって貰えると解体しやすいので」
ギルド職員の言葉に頷いたレイは、少し移動してミスティリングのリストからガメリオンを選択する。
すると次の瞬間、ガメリオンが床へと姿を現す。
それを見ていたギルド職員は、微かに驚きの表情を浮かべる。
レイがアイテムボックスを持っていると知ってはいても、それでもやはりこうして直接間近で見るというのは色々と刺激があった。
もっとも、レイは今までにもギルドで素材や魔石の買い取り、討伐証明部位の取り出しといった具合に何度もミスティリングを使っている。
そんなギルド職員の態度に気が付きながらも、レイは特に何も反応せずに次々とガメリオンを出していく。
そうして石で出来た床へと順番に並べられていくガメリオン。
全高三m前後のものが多く、中には四mを超えている個体もいる。
そのような大きさのガメリオンの死体が並べられていくのだから、当然見応えは十分と言うしかない。
「これは……凄いですね。レイさんが腕の立つ冒険者だというのは知ってましたけど、こうして直接見ると尚更それを実感しました」
ギルド職員の関心したような言葉。
それも当然だろう。個体としてランクCモンスターなのがガメリオンであるというのに、今こうして並べられているのはその全てがガメリオンなのだ。
つまり、ランクCモンスターの集団を相手にして、無傷で一方的に倒してきたということになる。
(さすが異名持ちのランクB冒険者……といったところですか)
腕利きの冒険者が多く揃っているギルムだが、今のレイと同じようなことを出来る者が多くいるかと言われれば、ギルド職員は首を横に振るしかない。
ランクC冒険者はかなりの数がおり、それよりランクが一つ上の、レイと同じランクB冒険者にしてもそれなりに人数は揃っている。ランクA冒険者も、異名持ちを含めてある程度の人数はいるが……その中でレイと同じようなことが出来る者はと聞かれれば、ギルド職員にしてもすぐに名前を出せるのは二十人いるかどうかだろう。
……もっとも、ランクCモンスターの集団を一人でどうにか出来るような冒険者が二十人近くいるというところに、ギルムの特殊性が現れているのだが。
普通の街や村、あるいは都市であっても、これ程腕利きが揃っている場所はない。
唯一の例外として、王都くらいか。
王都周辺には強力なモンスターは存在していないが、それでも王都ならではの護衛を含む多種多様な依頼、王都であるというネームバリューといった面から、ギルムに勝るとも劣らない冒険者が揃っている。
(もっとも、実力はこっちが上なのは間違いないんだけど)
ギルド職員が心中で密かに呟く。
王都と辺境。どちらにも実力のある冒険者は揃っているのだが、それだけにお互いに高いライバル意識を持っている。
もっとも、あくまでもライバル意識であり、敵対意識ではないというのはギルドがギルドである証なのだろう。
(ランクS冒険者を擁する王都のギルド相手に、こちらは戦力で劣っていた。しかし……レイさんが、深紅がいれば互角の力を持っていると言ってもいい筈)
ギルド職員が内心で王都のギルドに対しての対抗心を剥き出しにしている間にも、ミスティリングから取り出されるガメリオンが次々に並べられていく。
それを満足そうに見ていたギルド職員だったが、最後の方になると次第に頬が引き攣ってくる。
何故なら、並べられているガメリオンが次第に斬殺死体とでも表現するべき存在になっていた為だ。
手足が切断されているのはまだいい方で、中には四肢を切断され、頭部を切断され、胴体までもが切断されているガメリオンの姿もある。
胴体から内臓が零れているような状況であり、とてもではないが普通に戦ったようには見えない。
また、ガメリオンの毛が焼かれている個体もかなりの数があり、肉にまで火が通っている個体も少なくなかった。
(そう言えば、レイさんは大鎌を使うとか……それならしょうがないのかもしれませんね。それに、こんな風にバラバラになっているのなら、解体するのも殆ど手間が掛からないでしょうし。けど、あの火傷は……ああ、炎の魔法を得意としていたのを考えれば仕方がないのでしょうね)
暫くは驚いていたものの、それでも見続けていれば慣れる。
……もっとも、最後の方になるとより切断され、焦げたものになっていったのだが。
「まぁ、こんな感じだけど……具体的にはどのくらいで解体出来るか聞いても?」
「……はっ、あ、ええ。そうですね。こうして見た限りだと、最初に並べられている方は普通に解体するので時間が掛かりそうですが、最後の方に並べられているものは手足や頭部といった場所が切断されている分、解体には時間が掛かりません。ですが……」
一旦言葉を句切ると、ギルド職員は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「最後に並べられたガメリオンは、損傷が酷いので毛皮の部分はかなり安くなってしまいますが……構いませんか? それと、炎の魔法を使って倒したガメリオンに関しては斬られて死んでいる個体よりも買い取り価格が安くなるかと」
「ああ、構わない。その辺はガメリオンを倒した時に予想してたから」
レイも、戦い終わってガメリオンをミスティリングへと収納している時にそれには気が付いていた以上、文句を言うつもりはない。
自分がやり過ぎたのだというのはしっかりと分かっていた為だ。
そんなレイの言葉に、ギルド職員は安堵の息を吐きながら言葉を続ける。
「では、早ければ数日、遅くても十日以内に処理を終えてレイさんに連絡をさせて貰います。泊まっている宿は夕暮れの小麦亭で構わないでしょうか?」
「まぁ、セトを泊めることの出来る宿って他に知らないし」
正確には、最近になってだが他にもセトを泊めることの出来るような厩舎を持っている宿は幾つか出来ている。
セトを目当てにしているものではあるが、同時に他の従魔を当て込んでいたりもした。
だが、レイは慣れている宿をわざわざ変える気は一切ない。
そもそも、夕暮れの小麦亭は単純にセトが泊まれるだけの厩舎があるというだけではなく、宿そのものの質が一流だ。
料理しかり、快適に暮らせるように用意されている各種マジックアイテム然り。
勿論その分宿泊料金は高価になるが、レイとしては全く問題にならない程度でしかない。
「では、そういうことで。……今日はお疲れ様でした」
ガメリオンの肉で持ち帰れる部位があった為に、それを受け取ってミスティリングへと収納してからギルド職員に送り出されたレイは、倉庫の外に出る。
「グルルルゥ!」
それを待っていたセトが、喉を鳴らして立ち上がり、レイへと駆け寄っていく。
この倉庫に来る時、ギルドからレイと一緒にここまでやってきた為だ。
まだセトと遊びたそうにしている者もいたが、やはりセトにとっての一番はレイだということなのだろう。
「グルゥ、グルルルルルゥ!」
喉を鳴らしながら顔を擦りつけてくるセトに、レイは笑みを浮かべて手を伸ばして頭を撫でてやる。
その感触が嬉しいのか、更に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
数分程そのような時間を……セト愛好家の某ランクC女冒険者が見れば嫉妬に狂いそうな光景を繰り広げ、やがてそれが一段落するとレイとセトはそれぞれ夕暮れの小麦亭へと向かって歩き出す。
忙しさの峠は越えたのか、屋台の客もかなり少なくなっているのが見えた。
そんな屋台から、売れ残りの品を適当に買いながら道を進み、やげて目的地……レイ達が泊まっている夕暮れの小麦亭が見えてくる。
「グルルルゥ」
少し寂しそうに喉を鳴らすセト。
宿が近づいてきたので、レイと離れなくてはならないと知っている為だろう。
それでもまた明日になれば確実にレイに会えると分かっているので、セトも特に駄々をこねたりはしない。
そんなセトを厩舎まで送り、最後に頭を撫でてから宿へと向かう。
「お帰りなさい、レイさん。夕食の方、どうしますか?」
レイが宿に入ると、丁度食堂から出て来たラナがレイに向かってそう声を掛けてくる。
「ちょっといい食材を入手したから、それを料理して貰いたいんだけど、構わないか?」
「ええ、構いませんよ。何を持ってきたんですか?」
「ガメリオンの足一本」
その言葉に一瞬驚きの表情を浮かべたラナだったが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。
「まぁ、それはそれは……あの人も腕の振るい甲斐があるって喜ぶでしょうね。それにしてもガメリオンの足を一本ということは……今日の依頼はガメリオン狩りに? 今年はガメリオンが少なくて、大変だという話を聞いてますし、実際ガメリオンの肉はかなり高値で取り引きされていますから。うちでも一応ある程度の量は確保していますが、それでも皆さんがお腹一杯食べられる程ではありませんし」
「明日には……とは言わないけど、近いうちにそれなりにガメリオンの肉は流通すると思う」
「では、もしかしてレイさんが今年ガメリオンが少ないという問題を解決して下さったのですか?」
「確実に……とは言わないけど、多分ね」
ダンジョンの中にガメリオンの群れがいたのは事実だが、それが確実に今年のガメリオンの件に繋がっているのかと言われれば、恐らくとしか言えない。
だからこそ、レイは多分という言い回しでラナへと答える。
「そうですか、本当にそうだといいですね。では、このガメリオンは今日のレイさんの夕食に出させて貰います」
「うん、頼む。後出来ればセトの方にもそのガメリオンの肉で何か料理を作って欲しい」
そんなレイの言葉が意外だったのか、ラナは意表を突かれたように驚きつつも、やがて小さく笑みを浮かべて頷きを返す。
「ええ、分かりました。では食堂の方で待っていて下さい。私はガメリオンを厨房に持っていきますので。……それで、ガメリオンは?」
ラナに促されたレイは、ミスティリングからガメリオンの足を取り出す。
ウサギが基になったモンスターで高い瞬発力を誇るガメリオンだけに、その足は見るからに発達している。
何か料理に使えば絶対に美味いことは間違いないと思える程の素材だ。
ラナも一瞬目を見張り、すぐにガメリオンの足をレイから受け取る。
……重量的に三十kgはあろうかという程なのだが、全く問題なく受け取れたのはこの夕暮れの小麦亭で歴戦の冒険者や傭兵、商人を相手に商売をしているおかげか。
「では、早速届けてきますね。今日の夕食は期待していて下さい」
そう告げて食堂へと向かうラナの背を見送った後で、レイもその後を追うように食堂へと向かう。
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