第859話
レノラとケニーの一件が一応片付くと、レイの相手はケニーの代わりにレノラが行っていた。
元々レノラはレイの担当のような形になっていたのだから、これはそれ程おかしな話ではない。
尚、ケニーはカウンターの奥の方で、レノラ達の上司でもあるギルド職員に現在進行形で叱られている。
「失礼しました、レイさん。……随分と久しぶりですけど、何かお仕事をお探しですか?」
「え? あー……いや、それよりもケニーは……」
「お仕事をお探しですか?」
笑みを浮かべて尋ねてくるレノラに、一瞬気圧されるようなものを感じたレイは、これ以上ケニーについて話せば色々と不味いことになると判断し、ギルドに来た目的の一つを口にする。
「ガメリオンの方はどうなっているのか聞きたいんだけど。まだ獲れるかどうかとか、どの辺に多くいるのかとか」
「ガメリオンですか? 去年に比べると今年はあまり数が多くありませんね」
「……それは、獲っている数が?」
レノラの言葉に微妙に嫌な予感を抱きつつ尋ねるレイに、レノラは首を横に振る。
「いえ、どうやら毎年ガメリオンがいる場所に行っても、殆どいないらしいです。全くいないという訳ではないですが、どう見ても体感的には少なくなっているらしいですよ。何が影響しているのかは、ちょっと分からないという話ですが……」
残念そうに呟くレノラ。
こうしてギルドで受付嬢をしているレノラも、毎年この時期だけに姿を現すガメリオンの肉を使った料理は楽しみにしている。
だが、いつもであれば多くの冒険者がガメリオンを獲ってくるのだが、今年は明らかにその数が少なかった。
その影響で、街で出されているガメリオンの肉を使った料理も値段が高騰しており、普通に働いている者には少し手が出しにくい値段となっている。
夕暮れの小麦亭では営業努力でガメリオン料理はそこまで値上がりしていない為、レイはそれを初めて知った。
街中でもガメリオンの肉を使った料理を出している屋台は殆どなかったな、と。
「何か明確な理由とかあるのか?」
「……そう、ですね。何かあったのかと言われれば、ダンジョンの件くらいしか思いつきませんが。あ、知ってますか?」
「ああ、ダンジョンについては聞いてるよ。けど、ダンジョンが出来たのはここ最近だろ? ガメリオンが出てくるようになるのは秋なんだから、ダンジョンよりも随分前なんじゃ?」
「そう思いますが、異変と言えば本当にそれくらいしか思いつきませんから。ダンジョンが出来る兆候がガメリオンに影響したとも考えられますし」
レノラの口から出て来た言葉に、レイは首を傾げる。
「そんなことがあるのか?」
「いえ、正確なところは分かりません。これは、あくまでも予想でしかないですから」
申し訳なさそうに頭を下げてくるレノラに、レイは気にするなと首を横に振る。
実際、理由の有無は分からずとも、レイとしてはガメリオンを獲りに行くというのは変わらないのだ。
確かに数が少なくなっているのかもしれないが、それでも全くいないという訳ではない以上、レイとしては殆ど問題がなかった。
何故なら、レイには空を飛んで地上を探索出来るセトがいる。
おまけにセトの五感は非常に鋭く、ガメリオンがいる場所を見つけるのは難しいことではない。
また、ガメリオンそのものもランクCとそれなりにランクが高く、それに相応しい戦闘力を持つモンスターではあるが、それこそレイにとっては全く問題にはならなかった。
(冒険者に見つからないよう、どこか一ヶ所に隠れているとかだったら、そこを見つければ一気に何匹ものガメリオンを仕留めることが出来そうだけど……まぁ、そこまで簡単にはいかないよな。それにダンジョンの方が優先だし……優先、だよな?)
レノラと会話をしながら、内心考えるレイ。
ギルムの冒険者は、基本的に腕利きが多い。
それこそギルム以外の冒険者とはランクが同じでも、明らかに能力はギルムにいる冒険者の方が上といった具合にだ。
更に、この時期だけしか獲れないガメリオンの肉は、ギルム全体で楽しみにしている。
それを思えば、ガメリオンが隠れている場所を見つけられないというのは考えにくい。
(だとすれば、やっぱりダンジョン? まさか、ダンジョンの中にガメリオンがいるとか……? 考えられなくもない、か?)
他のモンスターは存在せず、ガメリオンだけがダンジョンの中にいるというのはちょっと考えにくかったが、それでも可能性はある……と思ったところで、レノラがレイへと声を掛ける。
「レイさん?」
「ああ、いや。もしかしてダンジョンの中にガメリオンがいるんじゃないかと思ったんだけど、新しいダンジョンには弱いモンスターしかいなかったんだよな」
「そうですね。まぁ、ダンジョンの全てを調べたという訳ではないですが、何人か中を調べてきた冒険者によるとガメリオンのような存在はいなかったらしいですよ。まぁ、その冒険者にしたところでダンジョンの全てを調べてきた訳ではない以上、絶対とは言えませんが……」
ガメリオンの数の少なさや、急に現れたダンジョンといった風に、幾つもの難しい出来事にレノラが頭を悩ませていると、やがてカウンターの奥からやってきたギルド職員がレノラへと声を掛ける。
「レノラ、ギルドマスターがレイさんをお呼びだ。悪いが執務室まで連れて行って欲しい」
「……レイさんを? まぁ、ギルドマスターがレイさんに目を掛けているのを考えると、不思議じゃないけど」
「ああああああっ! 駄目、駄目よレノラ! レイ君をギルドマスターと会わせたりしたら、色気が……色気がぁっ!」
「ケニー。どうやら君は反省という言葉を全く知らないようだね。いいだろう、この際だからじっくりと話をさせて貰おうか」
「みぎゃぁっ!」
猫の獣人らしい悲鳴を上げるケニーをそのままに、レノラはレイをカウンターの中へと招き入れ、奥の方にある階段へと向かう。
「いいのか?」
その言葉が何を意味しているのかをすぐに悟ったレノラは、小さく溜息を吐いて口を開く。
「いいんですよ。ここ最近は色々と気もそぞろで、仕事中にも細かい失敗を繰り返してましたから。少しくらいは叱られてもおかしくありません。いえ、その方がいいかと」
「……まぁ、親友のレノラがそう言うのなら、俺は構わないけど」
ギルドマスターの執務室へと続く階段に足を掛けたところで、レイの口から出たその言葉にレノラの足が止まる。
「親友というのはちょっと……せめて、悪友程度にして欲しいのですが」
普段の可愛らしさが嘘のように、どこか迫力のある視線をレイへと向けるレノラ。
そんなレノラの姿に、レイは反射的に頷いてしまう。
「あ、ああ。分かった」
レイの言葉を聞いたレノラは、一瞬前の視線は何だったのかと言いたくなるくらいにこやかな笑みを浮かべて頷く。
「分かって貰えればいいんですよ。では、ギルドマスターに会いに行きましょうか」
そう告げ、階段を上っていくレノラ。
レイはそれ以上何も口には出さずにレノラの後を追う。
(傍から見れば、レノラとケニーは親友同士……相棒? コンビ? そんな感じにしか見えないんだけどな)
「ギルドマスター、レイさんをお連れしました」
「ええ、入って頂戴」
ノックをして呼びかけると、執務室の中からそんな声が聞こえ、扉を開く。
そこから執務室の中へと入ったレイは、視線の先の執務机で何かの書類へと目を通している人物を目にする。
流れるような銀髪に、褐色の肌、長い耳。端整な顔立ち。
また、片手で書類を眺めながら、もう片方の腕は胸の下にあり、豊かな双丘を支えている。
その全てが、レイの視線の先にいる人物の種族を露わにしていた。
ダークエルフ、というその種族を。
ギルドマスターのマリーナ・アリアンサ。
凄腕の冒険者が集まってくるギルムの冒険者ギルドを仕切っている女傑。
普段からパーティドレスを身に纏っているその姿からは想像も出来ないが、ギルムのギルドマスターを務めるだけの実力を持つ凄腕の精霊魔法の使い手でもある。
また種族的な話とは別に、強烈な色気を発している人物でもあった。
特に背中と肩が剥き出しになっているパーティドレスや、濡れたような瞳がその色気を更に増す原因となっている。
マリーナ自身は特に何をしている訳でもない。それでも、自然とその身体から匂い立つような色気は、レイにエレーナやヴィヘラとは違う成熟した女っぽさを感じさせる。
言うなれば、エレーナは凜とした美しさ、ヴィヘラは健康的な色気、マリーナは男を誘惑するような女の艶、といったところか。
そんなマリーナを見たレイは、その色気に意識を奪われないように注意しながら視線を向ける。
またレイとは別に、マリーナはレイを見て驚愕の表情を浮かべていた。
「貴方……本当にレイ?」
その言葉は領主の屋敷でもミンから聞いたものだったので、マリーナが何について言っているのかをすぐに理解する。
「ああ、ちょっといいものを入手してな」
レイが見せたのは、右手。
そこに嵌まっているのは、つい先程ケニーが巻き起こした騒動の原因となった新月の指輪だ。
ケニーから見てもただの装飾品にしか見えなかった指輪だったが、ギルドマスターにして歴戦の冒険者でもあるマリーナの目から見れば、それが何なのかはすぐに理解出来た。
「へぇ。いいものを貰ったみたいね。確かにレイにとっては欲しかったものでしょう?」
笑みを浮かべるという行為が、それだけで強烈な艶を感じさせる。
そんなマリーナに対し、レイは頷きを返す。
この執務室に入って来た時には、その濃厚な色気に包み込まれそうになったレイだったが、少し言葉を交わしただけで今は普通にマリーナと接することが出来ていた。
そんなレイの様子を満足そうに眺めたマリーナは、視線をレイの側にいるレノラへと向ける。
「レノラ、ご苦労様。後はもう任せていいわよ。下がって頂戴」
「……はい、分かりました。では失礼します」
若干不満そうな表情を浮かべつつも、レノラはそれ以上何を言うでもなく部屋から退室していく。
レイを弟のように思っているレノラにしてみれば、マリーナと二人きりにするというのは教育上良くないのではと思いもしたのだが、まさかそれを口にする訳にはいかない。
また、ギルドマスターとしてのマリーナを尊敬しているのも事実であり、結果的に大人しく部屋を出て行く。
そんなレノラの姿を見送ると、マリーナは持っていた書類を机の上に戻しながらレイへと声を掛ける。
「取りあえずソファに座ってちょうだい。立ったままだと色々と話もしにくいでしょ?」
「話って……ダンジョンの件とか? ガメリオンの件だったら、こっちとしても嬉しいけど」
言葉を返しながらも、レイはソファへと腰を掛ける。
その向かいへと腰を下ろしたマリーナは、褐色の肉感的な太股を見せつけるように足を組む。
胸の下で手を組んでいるのだが、それが余計に胸の大きさを強調し、着ているパーティドレスの深い谷間を露わにすることになっていた。
「そうね。ガメリオンに関しては私もちょっと残念に思ってるんだけど……それは後回しにしましょうか。まず、レイと一緒にベスティア帝国からやってきた人達。まだ正式には決まっていないけど、多分レイの部下だったって人達は殆どが冒険者になるらしいわ。何人かは騎士団に入る人もいるようだけど」
「騎士団? 警備兵とかじゃなくてか?」
「ええ。騎士団の方で腕試しをして、十分に実力を持っていると判断したから騎士ということになったらしいわ。まぁ、騎士なら冒険者と違って生活が不規則じゃないしね」
「その代わり、一攫千金とはいかないけどな」
そこまで告げ、ようやくレイはマリーナが今回自分が連れて来た者達についての詳しい情報を知っていることに気が付く。
「随分と耳が早いな。……いや、ダスカー様からか?」
「そうよ。ギルドマスターと領主なんだから、基本的な情報共有くらいは当然でしょう? それに、今回の場合は特に冒険者を希望するって人が多いんだから。こっちとしても凄腕の冒険者は幾らいても困ることはないし」
「……まぁ、確かに」
言われてみれば当然だった、とマリーナに頷きを返すレイ。
「移住に関しての説明とかもきちんと終わって、今は領主の館に割り当てられた部屋にいるみたいよ?」
「どこに泊まってるのかと思ったら。まぁ、ダスカー様にしても一応監視はするって言ってたから、その辺を考えれば色々と便利なんだろうけど」
「でしょうね。それで……ああ、そうそう。もしよければその指輪を見せて貰える? レイの持つ魔力を隠蔽するようなマジックアイテムなんて、普通だとちょっと考えられないんだけど」
「ああ、構わない」
マリーナの言葉に、指輪を外して手渡す。
指輪を外した瞬間、マリーナは以前にも見た莫大なレイの魔力を感じることが出来、その魔力を普通の魔法使いよりもちょっと上程度にまで隠蔽する力を持つ指輪に改めて驚きの視線を向ける。
「凄いわね、これ。どこの誰がこんなとんでもない性能のマジックアイテムを?」
「古代魔法文明の遺産らしいな」
「……へぇ。ベスティア帝国で?」
「ああ」
「もしかして、向こうにはそういう遺跡が多くあるのかしら」
手に持った指輪を眺めながら呟くマリーナ。
本人には自覚がないのだろうが、艶のあるその視線は娼婦もかくやといった色気に満ちていた。
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