第853話

 警備兵から聞いた新しいダンジョンに関しての話には驚き、興味を抱いたレイだったが、まさか現状でそのダンジョンに向かう訳にもいかず、詳しい情報に関してはダスカーから聞いた方がいいと言われてギルムの中へと入る。

 勿論ギルムに入ったのはレイだけではなく、ギルムで暮らす為にやってきた元遊撃隊の面々やその関係者達も一緒だった。

 レイ一行は、ギルムに入るとすぐに領主の館へと向かって歩き出す。

 そんなレイ達を見て気軽に声を掛けてくるギルムの人々。

 その光景は、元遊撃隊の面々にとっては驚愕に等しい出来事だった。

 勿論ベスティア帝国でも、レイに対して声を掛ける者は少なからず存在していた。

 だがその殆どは、セトに対してのものだ。

 レイに対しては、どうしても深紅という異名と今まで為してきた行動が先に存在しており、声を掛ける者はそれ程多くなかった。


「うわぁ。レイさんに対してあんなに気軽に声を掛けてる」

「確かにちょっと信じられないな。俺達もあそこまで気軽には声を掛けられないし」

「だよなぁ。あ、でもセトに対しての扱いだけは変わってないかも」


 懐から取り出した干し肉をセトに与えている通りすがりの冒険者の姿を見て、自分達にもどこか見覚えのある光景に安堵の息を吐く。


「それにしても……さっきの話を聞いたか?」

「話? 何に関してのだ?」

「ダンジョンだよ、ダンジョン。自然に出来ることはあるって話は噂で聞いてたけど、それを直接この目で見ることが出来るとは……」

「いや、あんた見てないでしょ。もうダンジョン出来てるんだってば」

「それでも! 俺達にとって、ダンジョンというのは非常にありがたい存在の筈だ。その理由は分かるな?」


 隣の馬車で御者席に座っている女に、男は目に力を込めて尋ねる。

 力の入った視線を向けられた女の方は、小さく溜息を吐いてから言葉を返す。


「分かってるわよ。ダンジョンってことは、そこで稼げるってことでしょ? 特に私達はまだギルムにやって来たばかりの新参なんだし、それを思えば冬に存在する数少ない依頼を争うより、ダンジョンでモンスターの素材とか魔石とかを得た方がいいでしょうね」

「冬の依頼ってのはそんなに多くないけど、冬を越せるだけの蓄えを出来なかった者達にしてみれば、必死だからな。……俺達がそこに割り込めば、多分いい目で見られたりはしない。依頼が余ってるようなら話は別だけどな」

「……寧ろ、そういう人達こそダンジョンに行くんじゃない? まぁ、ランクとかの問題もあるかもしれないけど」

 

 そんな風に会話をしている間に、領主の館の近くへと到着した。

 領主の館というよりは強固な要塞と呼ぶ方が相応しいその建物に他の者達が驚いているのを一瞥し、ドラゴンローブのフードを下ろしたレイは顔見知りの門番へと声を掛ける……前に、向こうの方から声を掛けられる。

 門番にしても、自分達の方へと向かって近づいてくる馬車の集団を見逃す筈もなく、それを率いているのがレイだというのを理解していた為だ。


「レイか、戻ってきたんだな」

「ああ、何とかようやく。それでギルムに入る門の前で、すぐに領主の館に向かってダスカー様に会うように言われたんだけど?」


 門番の一人が、分かっていると言いたげに同僚へと視線を向ける。

 その視線を受けた門番は、すぐに屋敷の中へと向かう。


「それにしても、色々と大活躍だったって話じゃないか。今度その辺の話を聞かせろよ」


 門番のレイに対する言葉は気安い相手に対するものだ。

 これまで、レイは幾度となくダスカーに呼ばれこの領主の館にやって来ている。

 その度に門番と会っているのだから、顔見知りになるのも当然だった。

 中には仕事は仕事と割り切っている者もいるのだが、今レイに話し掛けている門番はそのような態度ではなく、レイに対して気安く声を掛けるような性格をしていた。


「そうだな、俺とセトに何か食べ物でも奢ってくれたら話してやるよ」


 レイの言葉に、男は嫌そうな表情を浮かべる。


「お前とセトが満足するまで奢ったら、俺は次の日から何を食っていけばいいんだよ」

「ダスカー様の料理人に賄いを作って貰うとか」

「あのな……はぁ」

「そう褒めるなって」

「今の俺の態度を見て、どこをどう見ればそんな風に思ったんだ!?」


 そんなやり取りに、元遊撃隊の面々はただ唖然としてその様子を見守るしか出来ない。

 今までレイとここまで気楽に接してきた者は殆どいない。

 一番に思いつくのがヴィヘラで、その次がテオレームやフリツィオーネ、アンジェラといったところか。


「で? 街に入る時に聞いたんだけど、何か新しいダンジョンが出来たんだって?」

「あー……その話をもう聞いてるのか。ああ、最初にダンジョンが見つかった時には大騒ぎだったんだぜ? 街が落ち着いてきたのもここ何日かだ。ランガ隊長が向こうに行ったのが大きかったな。ダンジョン自体もかなり小さいってのもあるけど」

「……小さいのか」


 その言葉に、レイは自分の手へと視線を向ける。

 勿論自分が小さいのを気にしている訳ではない。

 ダンジョンの最奥に存在する、ダンジョンの核。

 以前にそれをデスサイズで破壊した時のことを思い出したのだ。


(ダンジョンの核がモンスターなのかどうかは分からないけど、最大の問題はダンジョンの核は既にデスサイズで吸収しているってことなんだよな。地形操作とか、かなり有益なスキルなのに。セトが吸収した時、何を覚えるかは分からないけど……狙ってみる価値はあるか?)


 小さいダンジョンであれば、ダンジョンの核を入手するのも難しくはないだろう。そんな思いで、レイは小さく笑みを浮かべる。


「ああ。ただ、急だったからな。最初はダンジョンの入り口から色々とモンスターが出て来て大変だったらしい。出て来たモンスターがゴブリンとかの弱い奴だったから、被害は直接なかったんだが。幸いダンジョンの入り口は小さくて、大きなモンスターが出てこられなかったってのもあるけど」

「だからランガがそこに?」

「そ。ダンジョンが現れたのがいきなりだったから、その動揺を抑えるって意味もあったんだろうな」

「……そのダンジョン、自由に攻略してもいいのか?」


 レイの言葉に、門番の男が小さく目を見開く。


「おいおい、ベスティア帝国から帰ってきたばかりだってのに、もう次の仕事か?」

「どうせ冬の間はやることがないし、ギルムとしても近くにダンジョンがあるのは厄介だろ? ……ちなみに、近くってどのくらい近くにあるんだ?」

「そうだな、ここから歩いて数時間ってところか」

「……確かに近いな」


 レイがエレーナと共に潜った継承の祭壇のあるダンジョンは、馬車で数日の距離にある。

 それと比べれば、徒歩数時間というのは本当にすぐそこといった場所だ。


「だろ? だからこそ、ギルムでも大騒ぎになった訳だけど。で、場所は……」


 と、門番の男が話を続けようとした時、丁度タイミング良く先程領主の館にレイの帰還を知らせに行った男が戻ってくる。


「ダスカー様がお会いになるそうだから、入ってくれ。ただ、ダスカー様と会うのはレイだけだ。他の者達は館の中に一室を用意しているから、そこでギルムに移住する為の注意事項を話すとのことだ」


 普通であれば、誰がギルムに移住してこようとも、わざわざ領主やその部下が出てくるようなことはない。

 だが、今回は普通とは言いがたい事情が幾つもあった。

 ベスティア帝国出身者の集団だということ、レイと共に内乱を戦い抜いた元遊撃隊の者達であるということといった具合に。

 だからこそ、ダスカーとしてもラルクス辺境伯という立場から、しっかりとその辺を確認しておく必要があった。

 元遊撃隊を代表し、セルジオがレイへと視線を向けてくる。

 信じてもいいのかと聞いてるだろうその視線に、レイは頷きを返す。

 それを見てセルジオを始めとした他の元遊撃隊の面々も安心したのか、そのまま大人しく門番に頷きを返す。


(元々俺と一緒に来る連中がいるってのは、エレーナ経由で伝わっている筈だし。多分大丈夫だろ)


 そんな風に考えているレイに、戻ってきた門番の男は声を掛ける。


「レイは……ああ、あのメイドが案内してくれる。いつもの執務室だが」

「分かった。……じゃあ、また後でな」


 門番と言葉を交わし、最後にセルジオ達へと声を掛けると、レイはそのまま門の中へと入っていく。

 尚、セトはレイに何かを言われる前に自分から厩舎の方へと向かって歩いて行く。

 領主の館に慣れているのはレイだけではないということだろう。


「お久しぶりです、レイ様。では、早速ですがダスカー様の下へ案内させて貰いますね」

「ああ、頼む」


 見覚えのあるメイドに案内され、レイは領主の館の中へと入っていった。






「ダスカー様、レイ様をお連れしました」


 既に何度となく来ている領主の館ではあったが、それでもレイは執務室の豪華な扉を見ると内心で驚く。

 この扉自体が非常に豪華な代物であり、恐らくこの扉を売れば平民であれば数代、あるいは十数代……もしくは数十代先まで遊んで暮らせるだけの価値はある。


「入れ」


 扉の先、執務室の中から聞こえてくる声にメイドは扉を開けてレイを部屋の中へと通す。

 執務室の中に入ったレイが見たのは、仏頂面のダスカー……ではなく、執務机の上にこれでもかと積み重ねられている書類の山だった。

 そんな書類の山の間に、面白くなさそうな表情を浮かべたダスカーの姿がある。


「レイ、戻ったか」

「……はい。ですが、これは一体?」

「ふんっ、聞いてないのか? いきなりギルムの近くにダンジョンが現れたんだよ」

「それは聞いてますが……それで、こんな事態になるんですか?」


 だとすれば、貴族というのも大変なんだな……そんな風に気楽に考えるレイに、ダスカーは大きく息を吐いてから口を開く。


「言っておくが、この書類の中にはお前が連れて来た奴等についてのもあるんだぞ」

「……ありがとうございます」


 レイとしては、そう言うしかない。

 そんなレイの様子を見て、自分が八つ当たりしているだけだと気が付いたのだろう。ダスカーは頭を掻きながら立ち上がる。


「何か軽く食べられるものを持ってきてくれ。ああ、量は多目にな」


 レイがどれだけ食べるのかを理解しているダスカーの言葉に、メイドは笑みを浮かべて小さく一礼して執務室を出て行く。

 それを見送ったダスカーは、応接用のソファへ座るようにレイに告げ、自分もまたレイの向かいにあるソファへと座る。


「……色々と大変だったらしいな」

「はい、そうですね。ただ、悪いことばかりだったって訳でもありませんが」

「不動のノイズ、か」


 ダスカーの口から出た言葉に、レイは複雑な表情を浮かべて頷く。

 ノイズとの戦いは非常に有益だったのは事実だが、それでもやはり負けた……とはいかなくても見逃されたという思いが強い為だ。


「それに……セトの件もあります」

「……ランクAモンスターってだけでも驚きなのに、希少種だったか。ランクS相当のモンスターをよくテイム出来たな」

「子供の頃から一緒でしたから。テイムしたというよりは、俺の兄弟みたいな感じですね」


 その言葉にダスカーは苦笑を浮かべる。

 子供の頃から一緒にいるだけでテイム出来るのだとすれば、もっとテイムされたモンスターが多くてもいい筈だと。

 だが、それを言っても意味がないとして、次の話題へと移す。



「お前が連れて来た奴等もいたな」

「それもあります。それに、ダスカー様にしてもベスティア帝国から腕利きの者達を引き抜いたと考えれば悪くない結果なのでは?」

「向こうと繋がっていると考えると、厄介ではあるがな」

「その心配はないと思いますが……」


 自分と絶対に敵対したくはない。敵対するくらいなら国を捨てる。

 もしくは、セトと一緒にいたい。

 そんな思いを言葉にした相手だけに、その言葉全てが嘘だとはレイには思えなかった。

 その辺を説明するレイだったが、ダスカーは首を横に振ってそれを否定する。


「確かにレイの言うことは信じられるかもしれない。だが、信じられないかもしれない。明確な証拠が何もなく、根拠がレイがそう感じたから。……それだけだと、俺の立場では全面的に信じる訳にはいかないんだよ」

「なるほど」

 

 レイにしても、ダスカーの口から出た言葉には納得せざるを得ないものがあった。

 ダスカー自身が納得するだけならそれでもいいのだろうが、誰か他の者に対して説明する場合は何らかの明確な根拠が必要になるのだろうと。


「……そうなると、もしかして色々と危険ですか?」

「危険とまではいかないが、暫くの間監視を付けることになると思う。……まぁ、こっちとしてもあからさまな監視を置いて不愉快にさせるような真似はしないから安心しろ」

「エッグですか」

「ああ」


 レイの脳裏を、以前サブルスタの近くで戦ったこともある男達の、そしてそれを率いていた顔が過ぎる。

 元々は盗賊である草原の狼を率いていた男だったが、現在では引き抜かれてダスカーの……より正確にはラルクス辺境伯領の裏の一翼を任されている人物だ。

 エッグ率いる草原の狼はそれぞれがある程度の技量を備えている者達であり、監視するにしても相手に対して気が付かれるような真似はしない。


(もっとも、元遊撃隊の面々は腕が立つ。何人かは気が付く奴が出て来てもおかしくないだろうけどな)


 何人かの顔を思い出しつつ、それでもレイは特に問題になるとは思わずにダスカーへと頷きを返す。


「そうですね、それがいいかと。それに……もしあいつ等が何か行動を起こしたりすれば、それはあいつ等を連れて来た俺の責任。その時は、俺が責任を持って処置させて貰います。……まぁ、そんなことにはならないと思いますが」


 自信の笑みを浮かべて告げるレイに、ダスカーも頷きを返す。

 ダスカー自身はレイの言葉を信じている為、これはあくまでも念の為でしかない。


「……さて、移住希望者についてはいいとして、内乱であった出来事を聞かせて貰えるか」


 いよいよ本題に入った。

 そう判断したレイは、帝都でダスカーと別れてからのことを話し出す。

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