新たなダンジョン
第854話
「……なるほど。お前の行動については大体理解した。多少危なっかしい真似があったと思うが、もう済んだことだし、何よりそれで無事に内乱を収め、ベスティア帝国内に親ミレアーナ派とでも言うべき集団を生み出したことは十分な利益だ。他にも内乱でベスティア帝国の国力が多少なりとも消耗したとか、こっちとしては十分満足出来る結果だ」
レイの言葉を聞き終わったダスカーが、小さく頷きながらそう告げる。
話の途中で何度か驚きの表情を浮かべたことはあったが、それでも最終的にはレイの行動を許容したのだ。
話を聞いている途中にメイドが持ってきたサンドイッチを口へと運びながら、ダスカーは何かを考える。
そんな様子を見ながら、レイもまたテーブルの上に置かれたサンドイッチへと手を伸ばす。
多目に持ってくるようにと伝えたからだろう。皿の上にはサンドイッチで山が作られているような状態であり、普通ならこれを軽食と聞かされた者は信じられないと言う筈だ。
紅茶は話している間に多少冷めているが、それでも十分に美味い。
レイがハムと野菜のサンドイッチを口へと運んでいると、ダスカーが再び口を開く。
「それで……エレーナ殿から聞いているが、ちょっと厄介な物を貰ったって?」
「厄介な物? ……ああ、これですか」
最初ダスカーが何を言っているのか分からなかったレイだったが、すぐに何のことかを察するとミスティリングから金属のカードを取り出し、テーブルの上に置く。
その金属のカードには、『この者はベスティア帝国の友である』という文章が刻まれている。
レイがベスティア帝国の皇帝であるトラジストから受け取ったものだ。
ある意味、今回レイがベスティア帝国に行った中で最も問題の種になりうるだろう代物。
「……見てもいいか?」
それだけの代物だけに、ダスカーも慎重に金属のカードを手に取る。
「なるほど。……ベスティア帝国の友、か。また微妙に厄介な代物を」
「微妙に厄介ですか?」
「ああ。貴族の中には、これを持っているお前をベスティア帝国に通じている者だと、大きな声で言う奴も出てくるだろうな。そして大概声の大きい奴というのは、少数派であっても目立っているだけに大勢の意見と見なされることも多い」
苦い顔を浮かべるダスカー。
それも当然だろう。レイはダスカーの部下という扱いではない。
だがそれでも、ダスカーの治めるギルムに所属している冒険者なのは間違いなく、グリフォンであるセトの機動力もあって、非常に頼れる存在だ。
暫く前に起きた魔熱病の件を考えれば、その機動力の優位性は明らかだろう。
また個人で一軍に匹敵する戦力を持ち、広範囲殲滅魔法を得意とするレイは、戦争でもこれ以上ない程の戦力となる。
そして春に起きた戦争で補給物資を持ち運べたように、アイテムボックスによる輸送能力もあるのだ。
金に頓着しないというのも、ダスカーにしてみれば歓迎すべきことだろう。
……もっとも金に対する執着はないが、代わりにマジックアイテムや魔石を集めるという趣味がある変わり種ではあるのだが。
ともあれ、ダスカーにとってレイという人物は非常に使い勝手のいい人材なのは間違いなかった。
レイがギルムに対して愛着を抱いているというのも、ダスカーにとっては好材料なのだろう。
だが……逆に考えれば、ダスカーと敵対している存在にとってレイという人物は非常に厄介な存在でもある。
それはベスティア帝国のように敵対している相手だけではない。同じミレアーナ王国の中でダスカーと対立している存在にとってもそうだ。
一番多いのは、当然のように最も数の多い国王派の貴族。
そして次が貴族派。……ただし、貴族派の場合は今回のベスティア帝国の内乱で協力したということもあり、貴族派のトップとダスカーの仲がいい辺り、多くの貴族が集まっている貴族派という勢力の複雑さを現していた。
中立派も、現在はダスカーを中心に纏まってはいるが、それを面白く思っていない者も皆無ではない。
他にもどの勢力にも所属していない貴族というのもおり、その者達から敵視されていてもおかしくはなかった。
このように、ミレアーナ王国の中にもダスカーと敵対している者や潜在的な敵対者は多く、そのダスカーの擁する大きな戦力の一つでもあるレイを掣肘出来るのであれば、躊躇なく手を出してくるのは間違いない。
そしてレイがベスティア帝国の皇帝から直々に手渡された金属のカードは、それを可能にするだけの説得力を持っていた。
だからこそダスカーは、その金属のカードを手にしながら難しい表情を浮かべつつ、口を開く。
「レイ、この金属のカードは出来るだけ使うな。いや、他の者にも見せないようにした方がいい。もしこの件が広がれば、多分何らかの形でお前にちょっかいを掛けてくる奴がいる筈だ。そういうのはお前も面白くないだろ?」
「……まぁ、確かにそうですね。いらない騒ぎを引き起こすのもどうかと思いますし」
基本、敵対した相手に対しては容赦しないレイだ。
下手をすれば、敵対した貴族が負傷したのを理由として、何らかの手を出してくるような真似をしてもおかしくはない。
そのようなことにならない為には、金属のカードの存在そのものを秘匿するのが最善の選択肢であるとダスカーは判断したのだ。
本来ならこの金属のカードは非常に便利なものであり、これを使うなと言われれば反発するのが普通だろう。
だが、レイとしてはこの金属のカードを使うようなつもりは元々なかったので、あっさりとダスカーの言葉に頷く。
「いいのか?」
そんなレイの言葉に、ダスカーの方こそ本当にいいのか? と尋ね返してしまう。
「はい。エレーナに相談した時に色々と忠告は受けてますし。まぁ、もし何かがあっても、俺は自分の力でどうにかしてみせるつもりですけどね」
一国の皇帝が渡した品を、こうもあっさりと使わないでしまいこんでおくと言い切るのは、ダスカーも驚いた。
レイが持っている金属のカードは、もしその存在を知れば誰が奪おうと襲ってきてもおかしくない程の代物なのだから。
もっとも、レイとしてはその辺に関しては殆ど今更だという思いの方が強い。
これまでセトやミスティリングを奪おうと、何人もの相手が襲ってきたのだから、今更それが多少増えたところで大差ないだろうと。
「……悪いな」
「いえ」
短い言葉のやり取りで、お互いに金属のカードについての話は終わりにすると決め、ダスカーは手に持っていた金属のカードをレイへと手渡す。
それを受け取りミスティリングに収納したレイは、新たなサンドイッチへと手を伸ばしながら口を開く。
「そう言えば、新しいダンジョンについてですが」
「ああ、あの厄介の種か。それがどうした?」
「小さいダンジョンだと聞いているのですが、攻略はしないのですか? ダンジョンの核を破壊してしまえばそれで済むと思うんですけど」
「手の空いてる奴がいなくてな。いや、いるにはいるんだが、そいつらも今は冬を越す為の準備で忙しい者が多い」
「それでも全員という訳ではないのでしょう?」
既に、いつ雪が降ってもおかしくないこの時期だ。
そんなギリギリの時期にも関わらず、まさかギルムにいる冒険者の多くがまだ冬を越すだけの準備を終わらせていないということは有り得なかった。
「ああ。だが、出来たばかりのダンジョンというのは旨味が少ない。そのダンジョンの核にしても、まだ成長しきっていない状況では大したモンスターを呼び寄せたりも出来ない。他にも幾つか問題があるが、苦労の割りには利益がないんだよ」
「……なるほど」
確かに冒険者が迷宮に潜るのは、モンスターの討伐証明部位、各種素材、魔石といったものを売って入手出来る金が目当てだ。
他にも少数ではあるが、自らの強さを求めてより強敵と戦いたいという者もいるだろう。
だが、ダスカーの話に出て来た迷宮の特徴は、ろくな素材を剥ぎ取ることも出来ず、強敵とはとても言えない弱いモンスターだった。
勿論ダンジョンの核を守っている、いわゆるボスモンスターであれば多少話が違うのだろう。
だが明らかに実入りが少なく、弱い敵しかいない故にボスモンスターにも期待が出来ないとして、そのダンジョンに挑むような物好きは殆ど存在しなかった。
そんな説明をダスカーから聞いたレイだったが、首を傾げる。
「ランガを派遣していると聞きましたけど……そんな弱いダンジョンなら、そこまでする必要はないのでは?」
「そうだな。ランガを派遣していなければ、ギルムの近くにダンジョンがあるのは危険だと判断して攻略しようとした者がいてもおかしくはない。けどランガがいる以上、ダンジョンからモンスターが姿を現してもあっさりと倒されてしまう。その為、誰も危機感を抱かなくなってしまっている」
「……騎士達はどうしたんです?」
「そうだな、最悪それを考えていたところだ。ただ、騎士と冒険者というのは、似ているようで大きく違う。騎士はモンスターと戦う訓練はともかく、冒険者のようにダンジョンを探索したりといった訓練はしていないからな」
その言葉はレイにも納得出来るものだった。
元々騎士というのは、人やモンスターと戦う訓練はしているが、冒険者のようにダンジョンの中に入るといったことは普通しない。
そのような仕事は冒険者の仕事だ、という認識がある為だ。
中にはダスカーが騎士時代に行っていたように、趣味でダンジョンに潜るといった行為をする者もいるので絶対ではないのだが。
「つまり、誰もダンジョンを攻略する者がいないと?」
「そうだ」
確認の意味を込めたレイの言葉に、ダスカーは無造作に頷く。……頷きつつも、そのような質問をしてきたレイに期待の視線を向ける。
ダスカーから聞いた話は、レイにとっても魅力的なものだった。
敵が弱いというのはともかくとして、ダンジョンの核を――継承の祭壇のあったダンジョンや、エグジルにあるダンジョンに比べると――容易に入手出来るということに他ならないのだから。
「ですが、ダンジョンをこのまま放っておけば成長してしまうのでは?」
そう、ダンジョンというのは最初の規模の大小はあれども、時間が経てば成長していく。
そうして成長したダンジョンの極端な例が、迷宮都市でもあるエグジルのダンジョンだろう。
また、継承の祭壇があるダンジョンもこのまま攻略されなければ徐々に巨大になっていくのは明白だった。
「成長するって言っても、ダンジョンの核によって成長速度に差はあるし、早く成長するダンジョンにしたところで一年に一階層増えるとか、そんな無茶な速度のダンジョンなんて滅多にない」
「……つまり、攻略する気になればいつでも誰でも攻略出来るから、取りあえず今はいいや、と?」
「そうだ。まぁ、ダンジョンの核を守っているボスモンスターを倒すのはある程度の力がいるだろうから、誰でもって訳にはいかないだろうが」
溜息を吐くダスカー。
非常に困っているというのが傍から見ても分かる程であり、同時にレイの思惑とも一致したことにより口を開く。
「どうでしょう、ダスカー様。もし良ければ俺にそのダンジョンを攻略させて貰えませんか?」
期待はしつつも、まさか本当にレイの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのか、ダスカーは驚きの表情を浮かべる。
それも当然だろう。出てくるモンスターは弱くて金にならず、強さという意味でも物足りない。
そんなダンジョンを自分から攻略させて欲しいと言われるとは、完全に予想外だったのだろう。
勿論、ダスカーとしても可能であればレイにダンジョンを攻略して欲しいとは思っていた。
だがそれでも、多分……いや、確実に断られると思っていたのだ。
それだけに、思わずといた様子で尋ね返す。
「本当にいいのか? 繰り返すようだが、決してお前の利益になるとは思えないぞ?」
「そうでもないですよ。ちょっと試してみたいこともありますし……何より、俺としてはギルムに対する愛着もありますしね」
「助かる。ただ、恐らくダンジョンの中にセトを連れて入ることは出来ないが、それでも行ってくれるのか?」
「セトが入れない?」
小さく眉を顰めるレイに、ダスカーが頷く。
「そうだ。ダンジョンの入り口は人が一人ようやく入れる程度の広さしかない。少し背の高い奴は入るのも難しい。特に鎧なんかを身につけて、槍のような長柄の武器を持っている奴が入るのはかなり厳しいだろう。……実は、これも冒険者があのダンジョンに入るのを嫌がる理由の一つでな。中に入ればある程度の広さはあるんだが、それでもかなり動きにくいらしい」
レイのように背が小さく、それでいて腕利きの冒険者というのもいるにはいるが、どうしても荒事がメインになる為に冒険者というのは体格のいい者が多い。
そのような者達が入れないというのであれば……更にそこまで苦労して中に入ったとしても、得られるものが少ないとなれば、ダンジョンに挑む者が少ないというのはレイにとっても納得せざるを得ない。
それに対して何か口を開こうとしたレイだったが、不意にこの執務室の方へと急速に近づいてくる気配を感じ取り、座っていたソファから立ち上がり、ダスカーを庇うように前に出て……次の瞬間、執務室の扉が叩き壊されるようにして開かれた。
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