第851話

 その日、防寒具を着ていても堪える寒さに震えながらも、律儀に自らの役目をこなしていたサブルスタの門番の警備兵は、自分達の視界に入ってきたものを見て驚きの表情を浮かべることになる。

 何故なら、自分達の街へと向かって馬車の集団がやってきた為だ。

 いや、それだけなら驚かなかっただろう。

 サブルスタが辺境の入り口に存在している以上、多くの者が通るのだから。

 冬が近くなってきたこの時期には、駆け込むようにギルムへと向かう商隊も一段落しているが、それでも中には遠方から来た影響でこの時期にギルムへと向かう商隊や商人がサブルスタへとやって来るのも、それなりの頻度である。

 つまり馬車の集団を見たくらいで門番をしている警備兵が驚くことはない。 

 では、何故驚いたのかといえば……


「お、おい。気のせいか? 何だか、あの商隊……大量の盗賊を連れているように見えるんだが」

「奴隷商とかじゃないのか?」

「まさか。商品をあんな風に縛って強制的に歩かせるようなことはしないだろ。それに、連れられている者達は全員が凶悪な顔をしてるように見える」

「けど、この辺の盗賊がそう簡単に捕まるか?」

「いや、俺の目にも盗賊に見える。顔に見覚えのある奴もいるしな。……けど、何人いるんだ? 二十……いや、三十? それよりもっといるように見えるぞ」

「この辺には盗賊が多いんだし、それを考えれば決して有り得ない話じゃないが……にしても、よくあれだけの数の盗賊を捕まえる事が出来たな」


 そう、馬車に牽かれるようにしてロープで身体を縛られ、強制的に歩かされている者達。

 手を後ろに回されて縛られ、胴体で数珠繋ぎになるようにして馬車の車体へと結びつけられ、速度を落としていても人間が歩くよりは若干速い速度で強制的に歩かされている。

 一つの馬車に数人。それが何台もの馬車に繋がれていた。

 そのような形で連行されている者達の表情に浮かんでいるのは、絶望。

 その光景を見た者達が疑問に思ったのは、全員が絶望の表情を浮かべていたことだろう。

 普通であれば、自分達を捕まえた相手への憎悪や何とか逃げ出してやろうという小狡い考えが顔に浮かんでいる者がいてもおかしくはない。

 だが、今馬車で連れられている者達の中には、そのような表情を浮かべている者は誰一人として存在しなかった。

 警備兵達がそれぞれ信じられないと言葉を交わしていると、不意にその中の一人がその商隊と思しき集団の先頭を進んでいる人物に気が付く。


「うん? おい、あれ……もしかしてレイじゃないか?」

「レイ? ギルムの? そう言えば最近は名前を聞かなかったな」

「確かラルクス辺境伯と一緒にベスティア帝国に行ってた筈だろ? ラルクス辺境伯は大分前に戻ってきたけど」

「あー、そうそう。そう言えばそうだった。……何でレイだけが別に戻ってくるんだ?」

「あれを見る限り、商隊の護衛をしてたんじゃないのか?」

「……ラルクス辺境伯の護衛を投げ出してか?」


 警備兵の一人が口にした言葉を聞き、他の者達が確かに、と納得する。

 ラルクス辺境伯という、ミレアーナ王国の中でも有数の力を持っている貴族の護衛として長年敵対している隣国へと向かったというのに、その護衛を放り出して商隊の護衛をしながら戻ってくるというのは普通では考えられない。


「なら……あの商隊が何かラルクス辺境伯から重要な命令を下されていて、それを守る為にレイを護衛にしたとか?」

『ああ』


 その説明に、皆が同意の声を漏らす。

 それならラルクス辺境伯が暫く前にここを通った時、レイを護衛として連れていなかった理由が分かると。


「とにかく、盗賊を連れて来たってことは取り調べとか奴隷として売る手配とかしなきゃいけないな。ちょっと人を呼んでくる。あれだけの人数、俺達だけじゃ手が足りないし」

「分かった、頼む」


 街中に向かって去って行く同僚の姿を見送り、警備兵の一人が呟く。


「あの人数の手続きをするのって面倒だよな。そう考えると、このままサブルスタの前を通り過ぎてアブエロまで向かってくれると楽でいいのに」

「おい、迂闊なことを言うな。この辺の盗賊だぞ? それをサブルスタじゃなくて、アブエロで取り調べとか処罰とかされるとか、いい恥さらしでしかないぞ」

「へいへい。……あ、やっぱりこっちに来るのか。まぁ、もう午後だし、今からアブエロに向かってもこの寒空の中での野営になるし、しょうがないよな」


 警備兵の中で溜息を吐いていると、やがてその商隊と思しき集団が近づいてくる。


「ようこそ、サブルスタへ。レイさんは随分とお久しぶりですね」


 以前にレイがサブルスタへ寄った時に手続きをした警備兵が、笑みを浮かべてそう告げる。

 その人物の顔にはレイも見覚えがあったのだろう。セトの背から飛び降りながら、頷く。

 ……セトを間近に見た警備兵達だったが、一瞬驚きはしたもののそれだけだ。

 この辺、辺境の入り口のサブルスタで警備兵をやっているだけのことはあるのだろう。

 セトそのものが有名になっており、サブルスタまでそれが伝わっているのも事実だろうが。


「ああ、ちょっと用事があって遠出していたからな」


 そんなレイの言葉を聞きながら、男は視線を馬車に繋がれている盗賊達の方へと向ける。


「それで、レイさん。その……馬車に繋がれているのは……」

「盗賊だ。丁度ここに向かっている途中の街道で襲われてな。しかも、三つの盗賊団が纏まって襲ってきたから、一網打尽にさせて貰った。いつもなら基本的に手続きが面倒だから盗賊は全員殺してるんだが、俺以外の奴は少し金が入り用でな。丁度ここも近かったから捕縛してきた」

「は、はぁ。……普通はそう簡単に盗賊を捕縛したりは出来ないものなんですけどね。特に幾つもの集団を纏めてなんて」


 呆れと感心が入り交じった表情を浮かべている横で、先程街中に戻っていった警備兵が応援を引き連れて戻ってくる。

 そうして、馬車に繋がれている盗賊達を連行していく。


「くそっ、卑怯ものが!」

「俺にこんなことをしていいと思ってるのか!?」

「何だってこんな化け物共がいるんだよ、くそ……」

「ごめんなさい。出来心だったんです。このままだと飢え死にするかもしれなかったんです。だからお願いします。どうか許して下さい」


 そんな風に、それぞれ後悔の言葉や負け惜しみを口にしながら連れて行かれる盗賊達を眺めつつ、レイは街に入る為の手続きに入る。

 勿論レイだけではない。馬車に乗っている者達も同様に手続きを行っていた。


「それにしても、よくあれだけの盗賊を捕らえることが出来ましたね。レイさんだけだと厳しかったのでは?」

「ああ、だろうな。倒すのはともかく、一気に散らばって逃げられれば、セトがいても全員は捕らえることは出来なかっただろうし。ただ、今回の場合はこいつらがいたからな」


 人数が人数な為、多くの警備兵で一気に手続きをしている者達を眺めながら言葉を返す。


「この人達は……商隊とかじゃないんですよね?」


 見るからに腕利きが揃っている者達は、とてもではないが商隊には見えない。

 勿論中には傭兵団と商隊の両方を営んでいる者達もいるのだが、そういう風にも見えなかった。


「ああ。ギルムへの移住希望者だよ。ちょっとした縁で知り合ってな。それでついでに護衛として一緒に来たんだ。……それと、そっちの馬車にはロドスがいるから、気をつけてくれ」

「ロドス……というと、雷神の斧の?」

「そうだ。ちょっとしたマジックアイテムの後遺症で意識が戻らないんだよ」


 レイの言葉に警備兵は驚き、目を見開く。

 あっという間にこの近辺でもレイが有名になったが、数年前まではエルクの率いる雷神の斧と、そのパーティ名と同じ雷神の斧の異名を持つエルクは有名であり、そのエルクの息子のロドスも期待の新人として有名だった。


「……治療は?」

「こっちだとどうしようもないな。一応ギルムに戻れば、エルクが何か手段を用意してくれるとは思うが」

「そうですか。なら、こっちでは何も言うべきことはないですね。くれぐれも気をつけて運んで下さい」


 ロドスに関してはそれで話が終わり、次に捕らえた盗賊についての話となる。


「奴隷として売るにしても、より高く売るならオークションに出した方がいいんですけど……」


 連行されていった盗賊の方を眺め、言葉を濁す警備兵。

 当然だろう。オークションで高く売れる奴隷というのは、基本的には見目麗しい女の奴隷や、何らかの特技を持っているような奴隷だ。

 戦闘力の高い奴隷というのも高く売れるが、それにしても盗賊程度の技量では話にならない。


「個人的には、このままサブルスタにいる奴隷商人に売った方がいいと思いますよ。値段は安くなるけど、その分早く手元にお金が入るので」

「……早く手元に入るって、具体的にはいつくらいになる? 明日サブルスタを発つ予定なんだけど」


 その言葉に警備兵は小さく首を横に振る。


「さすがに明日までにというのは無理ですね。こちらの手続きを考えると、数日……場合によっては一週間から十日程度は必要になります」

「それはちょっとな……いや、待ってくれ」


 明日発つというのに、わざわざここまで戻ってくるのは面倒だった。

 そもそも今回盗賊を捕まえたのは、自分の金ではなく元遊撃隊の面々の為なのだから……と思ったレイは、視線の先にセルジオの姿を見つけてすぐに納得する。


「セルジオ、ちょっとこっちに来い」

「はい? なんでしょう?」


 街に入る手続きを済ませ、雑談しながらサブルスタがどんな街なのかを聞いていたセルジオがレイの近くへとやってくる。


「盗賊の代金に関してはこいつを受取人にしてくれ」

「……ああ、なるほど」


 レイの口から出た短い言葉で、すぐにどういう事態なのかを理解したのだろう。セルジオは笑みを浮かべて頷く。


「ええ、構いませんよ。それでその売り上げをレイさんに届ければいいんですか?」

「いや、それは必要ない。お前達で山分けにしろ」

「……はい?」


 一瞬何を言われたのか理解出来ないと、間の抜けた声がセルジオの口から出る。

 普段から隙のないセルジオだけに、こうして間の抜けた声や表情を見せるというのはひどく珍しかった。


「だから、この盗賊達を売った代金と、ついでに討伐報酬はお前達にやる」

「いえ、ですがこの盗賊達を捕まえたのは殆どレイ隊長ですよ?」

「だから、もう隊長じゃないってのに。これは、あれだ。……ギルムにようこそって意味の祝い金的な何か。それに、俺を慕って故国のベスティア帝国を捨ててきたんだろうが。これくらいさせろ」

「ですが……」


 まだ何かを言いたげなセルジオを無視し、レイは警備兵の方に視線を向ける。


「そういう訳だ。この後の細かい手続きはセルジオとやってくれ」

「……はぁ、まぁ、こちらとしては誰でも構いませんが……」


 レイの口から出たベスティア帝国という言葉が多少気になった警備兵だったが、余計なことは口にしない。


「じゃ、そういうことで。いいか、このサブルスタは今までと違ってかなりでかい街だ。宿屋も複数ある。そういう訳で、後は自由行動だ。明日の午前九時に出発するから、俺と一緒にギルムに行こうって奴は忘れるなよ。まぁ、この街も住みにくい訳じゃないから、ここに住むと決めたのならセルジオ辺りに言ってくれればそれでいい。ここからギルムまではそう遠くないし、迷うこともないだろ。以上、解散」


 これ以上の問答は面倒だと、そう宣言するとレイはセトと共にサブルスタの中へと入っていく。

 既に手続きを終えていたからこその力業であったが、セルジオはそんなレイを追うことは出来ない。

 律儀さ故に、レイがいなくなってしまった以上は盗賊の討伐の報奨金や奴隷として売る為の手続きをしなければなかった為だ。


「あー、もう。しょうがないですね。ほら、皆も解散、解散! 盗賊の件についてはこっちでやっておくから、皆は好きにしてていいですよ!」


 セルジオも諦め、そう告げるのだった。






 サブルスタの大通りを進むレイは、当然とばかりに数本の串焼きを両手に持っている。

 隣を歩いているセトが喉を鳴らせば、串焼きを与え、自分でも串焼きに齧りつきながら歩く。

 そんな中で、ふと目に入ったのは鍛冶師の店。

 ノイズの使っていた魔剣を拾ったことを思い出した為だ。

 勿論これまでに寄ってきた村や街にも鍛冶師が店を構えているところはあった。

 それでも寄らなかったのは、修復出来るかどうか分からず、もし修復出来ても相当に長い時間が掛かるだろうと予想していた為だ。

 また、レイ自身が長剣は使い慣れていないということもある。

 この世界でもっとも一般的な武器だが、普段から使っている武器が武器だからこそだろう。

 店の方を数秒眺め、だがすぐに首を横に振って諦める。

 どうせなら、ここよりもっと腕のいい鍛冶師のいる場所……ギルムで修復して貰おうと思った為だ。


「グルゥ!」


 そんな風に考えていると、セトがドラゴンローブをクチバシで引っ張って注意を引く。


「どうした?」

「グルルルゥ!」


 嬉しそうにセトが喉を鳴らした視線の先には、うどんの屋台が存在している。


「前に来た時もうどんは売ってたと思うけど……どうせなら、以前と比べてみるのもいいかもしれないな」


 呟くレイに、セトも賛成! と喉を鳴らし、レイは久しぶりのうどんを食べるべく歩き出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る