第842話

 昼食を終えてから進み始めたレイ一行は、夕方に入るかどうかというところで目的地の村へと到着する。

 その村に駐屯している兵士の数は少なかったが、それでも村を囲っている壁があって、帝都からそう遠くない場所にあるこの近くに出るモンスターから身を守るのには十分だった。

 帝都へと続く街道から外れた道の先にある村の為、この立地条件ではあってもこの村は人口二百人に満たない程度の小さな村でしかない。

 それでもきちんと兵士が門番をやっているのは、兵士達がこの村の出身だからこそだろう。

 それだけに、自分達の村へと向かって近づいてくる十台近い馬車を見た時は、盗賊の襲撃か!? という思いに駆られる。

 もっとも、兵士の思いも決して間違っている訳ではない。

 秋から冬に移り変わっているこの時期、盗賊としても出来れば冬に略奪のような真似はしたくないので、今のうちに食料や金、女といったものを貯め込んでおきたいと考えても不思議ではないのだから。

 この村は帝都の近くにありながらも主要街道からは外れた場所にあるので、そんな盗賊達が姿を現すことも珍しくはない。

 そんな盗賊に対抗する為に、このような小さな村にも関わらず二十人近い兵士が常駐しているのだから。

 ベスティア帝国としても帝都から近い位置にあるこの村が盗賊に襲撃され、更にはその拠点となるような真似をされるのは面白くなかった。


「止まれ! お前達、何も……の……グリフォンッ!?」


 兵士の一人が、馬車を先導するように近寄ってくるグリフォンの姿を目にする。

 見つけた時は、馬車の方に目が向けられていたのだが、こうして見れば明らかにグリフォンの方が存在感があった。


「お、おい。どうする?」

「いや、どうするって言われても……」


 相棒の兵士の言葉に迷う。

 自分達はこの村を守る為の兵士であり、そうである以上は向こうの真意を聞く必要がある、と。


(それでもグリフォンを……うん? グリフォン? ああ、グリフォンか!)


 内心で呟いた兵士は、グリフォンという単語で思い出す。

 闘技大会で準優勝をし、更には内乱でも大きな活躍をしたミレアーナ王国の冒険者のことを。

 何故そこまで詳しいことを知ってるかといえば、この村からも内乱に参加した人物がいたからだ。

 その人物は高い技量を持つ冒険者で、近いうちに村から引っ越す為に自分達の上司がやって来ると言ってなかったか。

 馬車の集団やグリフォンといったものを不意に見せられて驚いた兵士だったが、そこまで考えが及べばすぐに次の行動に移すことが出来た。


「おい、ディーツを呼んでこい。あの集団は多分ディーツが言ってた人達だ」

「……あ」


 自分の隣で慌てていた相棒を我に返らせると、早速村の中へと走らせる。

 兵士はそれを見送ると、もし何かあった時の万が一に備えて手に持っている槍の柄を強く握りながら、村へと近寄ってきた集団へと向かって口を開く。


「ようこそ、エルトンの村へ。これだけの人数が来ることは滅多にないから驚いたが、ディーツから話は聞いてるよ。深紅のレイの一行……でいいのかな?」


 尋ねながらも、これ程特徴的な集団を間違えられる筈もないだろうというのが兵士の考えだった。

 そもそも、グリフォンを引き連れているという時点で間違えようがないのだが。

 そして、当然ながらグリフォンの背に乗った人物……レイは頷く。


「ああ。ここで待ち合わせ……というか、ミレアーナ王国に向かうのにここの住人を拾いに来たんだけど。それと、今夜は村で宿を取りたいんだけど、空いてるか?」

「ちょっと待っててくれ。今ディーツを呼びにやってるから」


 兵士がレイへとそう言葉を返す。

 ヴィヘラの姿を見もしたのだが、残念ながらこの兵士はヴィヘラの姿を見たことがなかったらしく、一瞬視線を向けただけで終わる。

 それでもヴィヘラに対して舐めるような視線を向けないのは、兵士の倫理観が強かったからだろう。

 レイにしろ、ヴィヘラにしろ、そんな兵士に好感を持つのは当然だった。

 

「ああ、分かった。なら取りあえず村に入る準備だけでも進めてくれないか?」


 ギルドカードを出すレイに一瞬迷った兵士だったが、二十人近い人数の手続きというだけでも時間が掛かるのは事実であり、そうである以上は今からやっておいた方がいいかと頷く。


「そう、だな。ここで無駄に時間を潰すよりはいいか。じゃあ、それぞれ身分証を頼む。それと、グリフォンには従魔の首飾りが必要だな」


 兵士の言葉に従い、レイは自分のギルドカードを渡す。

 それを見た兵士がランクBという表記に驚き、普段はミスティリングに収納されている影響で傷が殆どないことにも驚く。

 普通であれば、当然大小様々な傷が付くのだが……と。

 そんな風に感じながらも次々に手続きを進めていくと、やがて村の中から誰かの足音が近づいてきているのに気が付く。

 それが誰のものなのかというのは、考えるまでもなかった。


「わりぃ、レイ隊長が来るってのは分かってたけど、こっちの方でもちょっと用事があってな」

「遅いぞ、ディーツ。……で、この人達がお前が言ってるレイ隊長でいいのか? まぁ、グリフォンを連れているのを見れば間違いないと思うが」

「そりゃそうだろ。レイ隊長以外にグリフォンを従魔にしているのなんて、見たことがないしな。……レイ隊長、手間を取らせてすんませんね」


 頭を下げてくるディーツに、レイは問題ないと首を横に振る。


「少し遠回りするだけだって話だし、気にするな。お前の方は準備が出来てるのか?」

「へい」

「そうか。……ああ、それともう遊撃隊は解散したんだから、俺を隊長とは呼ばなくてもいいぞ」

「そうですかい? じゃあ、レイの兄貴と」

「……どう考えても、お前の方が年上だろ」


 レイの見た目は十五歳。それに対してディーツは二十代半ば。

 傍から見れば、十歳も年齢差があるように思えるのに、年上の方が年下の方を兄貴と呼ぶのは、周囲から見て違和感しかなかった。


「うーん、なら、レイさんで」

「それが無難だろうな」


 短い言葉のやり取りを終えると、改めてディーツは兵士の方へと視線を向ける。


「それで、レイさん達はもう村に入っていいのか?」

「ちょっと待ってくれ。二十人近い人数を調べるとなると、少し時間が掛かる」


 兵士はディーツにそう言葉を返し、相棒と共に再び身分証を調べていく。

 もっとも、ディーツという村の住人の知り合いであり、レイという人物の有名さを考えれば疑う要素は殆どない。

 結局は大雑把に形だけの調査を済ませると、そのまま村の中へ入るのを許可する。


「では、これが従魔の首飾りだ。従魔に関しての扱いは、何か問題を起こした場合はそれが主人の責任となる」


 他の場所でも聞いた従魔に関しての説明を聞き、そのまま村の中へと入っていく。


「ディーツ、まずは宿屋に案内してくれ。これだけの人数だけど、宿の方に全員泊まれるか?」


 セトから下りて、一緒に村の中を歩きながらディーツへと尋ねるレイ。

 帝都の近くにあるということもあって、それ程閉鎖的な村という訳ではないのだろう。

 家の窓から興味深そうにレイへと視線を向けている者も多い。

 それでもグリフォンを相手にすぐ近寄ってくるような真似は出来ないのか、遠くから見ているだけだが。


「いえ、この村の宿はそこまで広くないんで……そっすね、十五人くらいなら何とか……残りは俺の家で無理に詰め込めば……」

「あら、そこまでするのは悪いでしょ。やっぱり私はレイと一緒にマジックテントかしらね?」


 そこに言葉を挟んできたのは、当然のように自分がレイと一緒の部屋で寝ると告げるヴィヘラ。

 レイには先程断られはしたものの、どうやらまだ懲りてはいなかったらしい。


「ヴィヘラ、さっきも言っただろう」

「あら、でもそっちの方がいいわよ? 私はこう見えてこの国じゃ有名人ですもの。下手に他の人と一緒の部屋になれば、向こうが緊張するでしょうし」

「……あー、確かに。ヴィヘラ様と一緒の部屋になった女は緊張して、気まずい思いをすることになるかもしれないっすね」


 ディーツの言葉に、我が意を得たりと頷いたヴィヘラは言葉を続ける。


「かと言って、ただでさえ宿屋の部屋が少ないのに、私に一部屋って訳にはいかないでしょ? だから、私がレイと一緒にマジックテントの中で寝るのが一番いいのよ」

「確かにそれはそう言われればそうだけど……」


 ヴィヘラの言葉は、確かに正しい。

 だが、それでもヴィヘラの気持ちを知っている以上はそう易々とそれを認める訳にもいなかった。


(これが、寧ろ他の相手ならいいんだが……)


 そう思うも、他にレイが出せる手段としてはヴィヘラを宿で一人部屋にして、余った者は幾らかの金銭を支払って他の村人の家に泊めて貰うといった程度しかなかった。

 そして、レイは何とか自分の意見を通すことに成功し、一人でマジックテントを使う事をヴィヘラに納得させる。


「全く、こんなにいい女が一緒に寝てあげるって言ってるのに……後で後悔してもしらないわよ? まぁ、レイが相手ならその後悔もすぐに消してあげるけど」


 口では残念がりながらも、表情は笑っているヴィヘラ。

 尚、未だに意識の目覚めないロドスは、この旅に同行している者の何人かに報酬を支払って世話をして貰っていた。

 勿論レイの奢りという訳ではなく、エルクと合流したらその分の代金は返して貰う予定なのだが。

 更に、ロドスの世話と言っても実際には馬車の揺れで特別に乗せた寝台から落ちないようにしたり、身体を拭いたり、下の世話といったものが主で、ギルムへと向かっての旅をしている者にしてはいい小遣い稼ぎで競争率が高かった。


(まぁ、ロドスが目覚めた時に下の世話をされていたと知ったら、多分色々とショックを受けるだろうけど……それは起きないロドスが悪かったってことで)


 年頃の男としてはかなり致命的な問題ではあるが、それでも世話をする人員が必要なのは事実なので、レイは呑気にそう考えながら村の中を進んでいく。






『ふむ、旅の一日目はまず順調といったところか』


 夜、マジックテントの中で、レイは対のオーブを使ってエレーナと会話をしていた。


「そうだな、一応予定通りに進めてはいる。……まぁ、一日目から予定通りにいかないとかなると、この先どうなるのか分からないし」

『ふふっ、確かにな。だが、注意しておくといい。レイには今更言うまでもないだろうが、咄嗟の事故というのはいつでも起こりうる。特に、集団で行動している時はな』


 そんなエレーナの言葉に、レイは頷きを返す。


「だろうな。一応予定通りではあっても、セトを怖がっているとか色々あったし。まぁ、そっちも昼食を食べている時とかで大分大人しくなったから、明日からは大分マシになるだろうし」

「グルルゥ?」


 マジックテントの入り口からセトが顔を出し、呼んだ? と喉を鳴らす。


『キュキュ?』


 そんなセトの声に反応したのか、対のオーブの向こう側ではイエロがセトの姿を探すようにして視線を左右に揺らしていた。

 イエロに手を伸ばし、黒い鱗を撫でながらエレーナは口を開く。


『それで、ヴィヘラはどうした?』

「あー……今日は宿で一人部屋に泊まって貰ってる。こっちに来ようとしたんだけど、俺としても、まぁ、その……」


 言いにくいように言葉を濁すレイに、エレーナは納得したように頷く。


『なるほど、大体は分かった』


 エレーナも、ヴィヘラがどのような性格をしているのかは理解している。

 そして、自らの想いに対してどれだけ素直であり、情熱的であるのかも。

 エレーナの立場としては、ヴィヘラがレイとそういう関係になるというのは半ば既定事項だ。

 それでも、自分よりも先にレイとそういう関係になるというのは、やはり面白くはない。

 そんな、色々と複雑な表情を浮かべているエレーナの様子を見ていたレイは、ふとトラジストから貰った金属のカードのことを思い出す。

 帝国の友である、と表記されているカード。


(結構大袈裟な代物だろうし……エレーナには話しておいた方がいいのか? まぁ、向こうからも隠しておけって言われた訳じゃないし……)


 そう判断すると、レイはミスティリングから金属のカードを取り出す。


「エレーナ、向こうでこういう物を貰ったんだけど」

『うん? ……それは何かのカードか?』


 レイの手にある金属のカードを見ながら、対のオーブの向こう側でエレーナが首を傾げる。

 その際に、黄金の髪が揺れるのに目を奪われながら、レイはトラジストからカードを貰った経緯を話す。


『……そうか。断ることが出来なかったのは分かるが、それでも少し軽率だったな。だが、ベスティア帝国の貴族となるよりはいい、か』


 微かに眉を顰めて呟くエレーナだったが、内心では非常に面倒なことになったと唸る。


(これが明らかになれば、騒動になるのはおかしくはない。それまでに、出来るだけ根回しをしておく必要がある、か)


 向こうの強かさに感心しつつ、口を開く。


『ギルムに戻ってダスカー殿に報告する時に、その金属のカードの件も話しておいた方がいい。ただし、他の者には見られないようにしてな。私の方も、明日にでも父上を通して働きかけをしておく』


 エレーナの口から出た言葉に、やっぱり面倒事になるのか……とレイは思わずマジックテントの天井を見上げるのだった。

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