第829話

『ほう……炎帝の紅鎧、か。覇王の鎧というのもちょっと驚きだったが、それを更に強化する辺り、レイはレイだということだな』


 対のオーブに映し出されたエレーナが、面白そうな笑みを浮かべてそう告げる。

 そのエレーナと話をしているレイの横にはセトがおり、対のオーブの向こう側にもエレーナの隣には小さな竜であるイエロの姿がある。

 死体の処理も何とか終わり、明日には帝都へと向けて出発する夜、レイは対のオーブを使って連絡を取ったエレーナとゆっくりした時間を過ごしていた。

 いつもであればヴィヘラがこの場に顔を出してもおかしくはないのだが、今日はその姿はない。

 明日の出発の準備に、ヴィヘラも駆り出されている為だ。

 幾ら本人が既にベスティア帝国を出奔したと言っていても、その人気や実力が全て皆無になる訳ではない。

 実際メルクリオ軍がまだ反乱軍だった頃は、ヴィヘラを慕って集まってきた者達も大勢いたのだから。

 そうである以上、ヴィヘラもまた今回の帝都への帰還に際して重要な役割を任されても不思議はない。

 本人は気が進まなさそうだったが、メルクリオやフリツィオーネ、シュルスにまで要請されて渋々引き受けることになってしまった。

 もっとも、フリツィオーネやシュルスが問題視した今の服装はそのままでという条件を出し、強引に納得させたのだが。


「ノイズは確かに強かったからな。結局勝ったとは言っても、勝ちを譲られた感じだったのを考えると、俺がランクSに届くにはまだまだ先が長そうではある」

『……レイの場合は、まずランクAになるのが先なのではないか? 今はまだランクBなのだから』

「あー……まぁ、確かに。今回の内乱に関しては、別にギルドからの依頼って訳じゃなくて俺個人が勝手に参加したって形だから、ギルドのランクには関係してこないんだよな」


 エレーナの言葉に、レイは溜息を吐く。

 テオレームにしてみれば、まさかこの内乱の戦力としてレイを借りたいとミレアーナ王国の……延いてはギルムのギルドに依頼を頼める訳もなく、今回の件はあくまでもテオレームやヴィヘラが個人的にレイへと頼んだこととなる。

 エレーナを通じて貴族派と、レイを通じて中立派と秘密裏に手を結んではいたが、そこにも当然ギルドは関係していない。

 つまり、今回の内乱でここまで活躍したにも関わらず、ギルドの方から見ればレイは全く何の依頼もこなしていないということになってしまう。


『まあ、レイの場合はランクにそこまでこだわりはないのだから、構わないのではないか? どうしてもランクAやSになりたいという訳でもないのだろう?』

「ランク制限の依頼とかを考えると、ランクは出来るだけ高い方がいいんだけどな。魔石の問題もあるし」


 元々、レイがランクを上げていたのは、ランク制限のある依頼を受ける為だ。

 より正確には、ランク制限のある討伐依頼を、というのが正しいか。

 そうしてより強力なモンスターの魔石を入手するのを目的としていたので、その辺を考えるとランクBという高ランクになった以上、今はそこまでランクに拘りはないが、それでもランクが高いに越したことはないという思いがある。

 特に竜種のようなランクSモンスターはランクB程度の冒険者が……しかもソロでは、普通に考えれば死にに行くだけとしか考えられず、討伐依頼が出てもまず受けることは出来ない。


『なるほどな。だが、もう終わってしまった以上はどうしようもないだろう?』

「そう言われるとそうなんだけどな」


 溜息を吐きながら、グルグル、キュウキュウと言葉を交わしているセトとイエロを眺め、セトの頭を撫でる。


『それで……具体的にはいつくらいにこっちに戻ってくる予定になっている? ダスカー殿にもことの次第を説明する必要があるのを考えると、なるべく早いほうがいいと思うが』

「あー……それなんだけどな」


 エレーナの言葉に、少し言いにくそうに言葉に詰まるレイ。

 向こうが何を期待しているのか……具体的にはセトに乗ってギルムに戻り、自分にも直接会いに来て欲しい。

 そう思っているのを理解しつつも、エレーナの言葉には首を横に振るしか出来ない。


「実は、この内乱で俺が率いた部隊があるんだよ。……まぁ、実際に俺が指揮を執ったことはなかったけど、俺直属という扱いの。その部隊の奴等の半分くらいが、俺と一緒にギルムに来たいと言っててな」


 最初は、ワイバーンのレザーアーマーの罠に引っ掛かった者達だけがギルムに来るという予定だったのだが、遊撃部隊の中でその話が広がると、我も我もとギルムへの希望者が増えた。

 純粋にレイの実力に惚れ込んだ者もいれば、セトの愛らしさに惹かれた者もいるし、何よりギルムに行けばミレアーナ王国とベスティア帝国の間で戦争が起きたとしても、レイと戦う危険は全くないというのが大きい。

 レイに訓練を受け、その結果レイとセトの強さ……深紅の異名を持つ一人と一匹がどれだけの力を持つのかをまざまざと見せつけられ、敵対すれば命はないと悟ったのだ。

 レイと同程度の強さという点ではノイズもいるのだが、基本的に対個人に向いているノイズに対し、レイの場合は広範囲に攻撃する手段が数多いので、危険度という点ではノイズよりもレイの方が上だった。

 そんな風に思っているのは、遊撃隊だけではなく討伐軍側の方にも多い。

 ……いや、直接レイと戦ったという意味では討伐軍側の方にこそ、もう二度とレイやセトと戦いたくないと思っている者が多いだろう。

 ただ、それでもこれまで住んでいたベスティア帝国を捨てるというのは、そう簡単に出来ることではない。

 そういう意味では、メルクリオ軍の中でもレイと密接に関わってきた遊撃隊はやはり特別なのだろう。


『ふむ、なるほど。確かレイの率いた部隊はかなりの精鋭だったな?』

「ああ。まぁ、色々とあってこの国に居づらいというのもあるんだろうけど」

『居づらい?』


 訝しげに尋ねるエレーナ。

 メルクリオ軍の中でもレイが率いているのは精鋭部隊だというのは、以前にレイと話した時に聞いている。

 つまり、その部隊に参加した者達は間違いなくベスティア帝国の中でも上位に入るだろう強さと練度を持っている者達であるのは間違いないのだ。

 そんな者達が、何故自分の国に居づらいのか、と。

 だが、レイに説明されたことを聞けば、ある程度は納得せざるを得ない。

 一大決戦という時に、相手の策略ではあっても味方同士で争っていたのだ。

 当然そのような部隊に対して、周囲からの見る目は厳しくなるだろうと。


『……だが、事情を理解している者もいるのだろう?』

「ああ。だから、全員が俺と一緒に来る訳じゃない。特に副隊長はテオレームの部下で、間違いなく一緒に来ないしな。で、そいつらだけじゃなくて、家族や恋人といった面々も一緒に来ることになるから、どうしても移動速度は遅くなるんだよ。それに、ロドスも運ばなきゃいけないしな」

『ロドス? ロドスがどうしたんだ?』

「現在意識不明で、気が付く様子が一切ない。……エルクに何て言えばいいのやらな。出来れば、早くロドスには意識を取り戻して欲しいんだが」


 レイの言葉にエレーナは小さく眉を顰める。

 エレーナも、ロドスとは顔見知りだ。

 いや、正確にはエルクと顔見知りであり、その時に息子のロドスを紹介された形となる。

 それ程親しいという訳ではないが、それでも知人が意識不明と言われれば憂鬱な気分にはなるのは当然だろう。


『こちらからギルムの方に連絡をしておいた方がいいか? どのみちお前達が勝ったというのは、ダスカー殿に知らせる必要があるし。その際に……』

「そう、だな」


 エレーナの言葉に悩むレイ。

 確かにいきなり今の意識のないロドスを見れば、両親であるエルクやミンはショックを受けるだろう。

 だが今から報せておいても、実際にレイ達がギルムに戻るまではそれなりに時間が掛かる。

 それだけの時間を、息子の心配をして過ごさせるというのも酷なのではないかと。

 結局どっちがよりベストの方法なのか判断出来なかったレイは、小さく首を横に振る。


「止めておこう。それに、エルク達がギルムにいない可能性もあるしな。この件を知っている人物はなるべく少なくしたい」


 そう言いながらも、エルクやミンがロドスを心配しているのは間違いなく、恐らくギルムに留まっているだろうというのは容易に想像出来た。


『そうか? だが……エルクのようなランクA冒険者なら、ロドスに何かあっても対応出来る方法を知っているかもしれない。その辺を考えると、しっかりと教えておいた方がいいと思うが』

「……なるほど。確かにランクB冒険者の俺に比べると、色々と知ってることが多いのは事実か。エルクはともかく、ミンは魔法使いで知識も色々とあるだろうし」


 そんなレイの言葉に、エレーナは小さく笑みを浮かべる。

 普通に考えれば、とてもではないが異名持ちの冒険者に対する評価ではない。

 だが、エルクという人物を知っていれば……そしてミンという人物を知っていれば、そんなレイの言葉には頷かざるを得ないのも事実なのだ。


『では?』

「ああ、前言を翻すようで悪いけど、エルクに事情を知らせてくれると助かる。それに……事情を聞けば、エルク達は依頼を受けていない限り、間違いなくこっちに向かってくる。少なくてもエルクはそうしようとするだろうし、ミンもそれを止めはしないだろう」

『確かに』


 エレーナもレイの言葉に異論はなかったのか、あっさりと頷く。


『それでは、この件はダスカー殿に連絡を取った時に、同時に知らせるようにしよう。……それにしても、レイは何だかんだと目立つ存在だな。まさか、あの不動のノイズに勝つとは』

「さっきも言ったけど、勝ったんじゃなくて勝ちを譲られた感じなんだよ。ノイズが自分の使っていた覇王の鎧のより進化した炎帝の紅鎧を見て満足したから帰ったけど、多分あのまま戦いを続けていれば俺の負けだったと思う。……実際、この炎帝の紅鎧を完璧に使いこなしているとはまだ言えないしな」


 溜息と共に呟くレイだったが、実際にはまだ殆ど使いこなす訓練が出来ていないというのに、覇王の鎧に比べれば十分に使いこなすことが出来ているという実感はあった。


『ふむ、なるほど。……次に直接会った時には、是非その炎帝の紅鎧というのを見せて貰いたいな』

「何だ、見たいなら見せようか? こっちの映像をそっちに送れるんだから、見ようと思えば見れるだろ?」


 今からでも使おうか? そう告げるレイに、エレーナは不満そうな目を向ける。


『馬鹿。レイは本当に女の扱いが分かっていないな』

「……え?」


 エレーナの言葉に少し考え……その意味を理解する。

 つまり、炎帝の紅鎧を見せるという名目で自分に会いに来いと言っているのだと。


「あー……うん、悪い。そういう意味だったのか」

『レイは、もう少しその手の作法というものを知るべきだな。……まぁ、私が言うのもなんだが』


 エレーナも恋愛関係に強いという訳ではない。

 それでも恋する乙女だけあって、細かいところにも気が利くようになっていた。

 もっとも、レイの側にヴィヘラという強力な恋敵がいるというのも、エレーナがその手のことに鋭くなっていった理由の一つだが。

 更にはエレーナの近くにいるアーラが、微妙に間違った知識をエレーナに教えているのも影響しているだろう。

 勿論アーラも意図してそのような知識をエレーナに教えている訳ではない。

 エレーナ程ではないにしろ、アーラもまたパーティの類に顔を出すよりもエレーナと共に身体を鍛えることを優先してきた。

 それ故に、アーラが得た知識というのは他の貴族令嬢が話している内容が耳に入ってきたものを基にしたものであり、色々な意味で歪な知識となる。

 アーラも爵位を持った家の生まれである以上、その手の知識を教えられても不思議ではないのだが……本人がエレーナに憧れて小さい頃から暇があれば訓練を行ってきたので、そちら方面に疎いのは事実。


『それはそれとしてだ。具体的にレイはいつくらいに戻ってくることになる?』

「そうだな、出来れば完全に冬になる前にはギルムにつきたいところだな。明日にはここを発って、帝都についたら凱旋パレードをやって……その後にも色々と式の類があるみたいだけど、そっちに出るのはあくまでもメルクリオとかテオレームといった主要な奴だけだから、その後で報酬を貰えばもう出発出来ると思う」


 報酬の件や、付いてくる者の準備を済ませることを考えると、三日から四日程とレイは予想している。

 それでも引っ越しをするのだからかなりギリギリではあるのだが……今回の場合はレイがいる。

 つまり、引っ越しの荷物は全部レイがミスティリングに収納し、移動するのに必要最低限なものだけがあれば問題ないのだ。

 それは同時に、移動速度に関しても影響してくる。

 家財をこれでもかと積み込んだ馬車と、人間だけが乗った馬車。その移動速度や馬の疲労に違いが出てくるのは当然だろう。

 尚、馬車に関しては遊撃部隊の報酬として、希望する者は一人馬車を一台とそれを引く馬を貰うということが既にテオレームから約束されている。

 勿論馬車や馬を希望しない者は、その分の金銭の報酬が増えることになるのだが。

 これは、レイと共にギルムへと行きたいと言っている者達が多いことから交渉した結果だ。


『……そう、か。では私がレイと直接会うのは春になってからになりそうだな』


 少し寂しそうにエレーナは対のオーブの向こう側で呟き、レイはそんなエレーナの物憂げな美貌へと見惚れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る