第828話

 内乱が終了してから、二日。今日も今日とて、メルクリオ軍と討伐軍はそれぞれに死体の片付けを行っていた。

 もっとも、これだけの人数で死体処理をしていればその効率も良く、ブリッサ平原に残っていた死体はその殆どが既に集められている。

 ……中には、夜に獣やモンスターによって食われ、損傷してしまった死体がないでもなかったが。

 ここで時間を掛ければ、死体をしっかりと処理出来ずにアンデッドと化したり、それがなくても死体を放っておいて冬を越せば、来年の春には疫病が広がる危険もある。

 そう考えると、メルクリオ軍にしろ、討伐軍にしろ、きちんと死体を片付けるということが必要になってくるのは全員が理解しており、時には険悪なムードになりながらも、大きな騒ぎを起こすことなく死体を集めては処理していく。

 死体を集めるのも、メルクリオ軍と討伐軍が同じ場所へと集め……


「いいぞ、離れろ」


 五十を超える死体が並べられたのを見て、レイがそう告げる。

 その言葉を聞いた兵士達は、それぞれがすぐに死体の側から離れていく。

 次の瞬間には、極限まで高められ可視化出来る程に圧縮された魔力が、深紅の色に変わりながらレイの身体を包み込む。


「ふぅ……発動するのにも大分慣れてきたな」


 自分の身体を覆っている炎帝の紅鎧に視線を向け、呟く。

 戦闘の中では比較的自由に使っていたこのスキルだが、改めて発動する時には少し手間取っていた。

 本能的に発動の仕方は理解出来るが、それをきちんと理解した上で発動させる。

 習うより慣れろで炎帝の紅鎧を習得したレイにとっては、若干複雑なことでもあった。

 もっとも、それに関してもこうして日に何度も使用していれば、自然と慣れてくるのだが。

 この辺、魔力を極端に消費する覇王の鎧とは違い、ある程度魔力の消耗が少なくなっている炎帝の紅鎧というスキルの恩恵でもあるのだろう。

 もし覇王の鎧であれば、日に何時間も使用するというのは難しかっただろうから。


「お願いします」

「こちらも、よろしくお願いします」


 目の前にある死体を運んできた部隊の指揮官……それぞれメルクリオ軍と討伐軍の指揮官がレイへと向かって頭を下げる。

 自分の部下や仲間達の死体を焼いて貰うのだから、レイに対して厳かな念を抱かざるを得ないのだろう。


(まぁ、出来れば『弔いの炎』を使ってやれば、それが一番いいんだろうけど……あっちは炎帝の紅鎧以上に魔力の消費が激しいからな。しかもその範囲で魔力消費量が大きく増えるし、常時発動出来る炎帝の紅鎧と違って一度発動させたらそれで終わりだし)


 聖属性の魔法を使える訳ではないので、アンデッドにさせない為の『弔いの炎』を使うよりは、習得したばかりのスキルでもある炎帝の紅鎧を使って、そちらを完全に使いこなす練習をした方がいいというのが、レイの考えだった。

 死体が並べられている場所へと視線を向け、炎帝の紅鎧から深紅の魔力が切り離されて投げつけられる。

 深炎。レイのイメージ通りの炎へと姿を変えるそれは、死体へと触れた瞬間、爆発的な炎へと姿を変え、地面に並べられていた死体を纏めて包み込む。

 その炎の温度は非常に高く、死体は見る間に焼かれて骨へと変わっていく。

 尚、死体が身につけていた武器や防具、装飾品の類をどうするのかは死体を運んでいた者達に任されている。

 欲深い者であれば、それらを自分の物にするだろう。

 その死体の関係者であれば、遺族へと渡す形見にするかもしれない。

 死者を悼む者はそのまま死体を運ぶ。

 そんな風にして並べられた死体を、深炎は瞬く間に燃やしつくしていった。

 数万人規模での戦いで出た死体だけに、一回ごとに祈りを捧げるといった真似は出来ない。


「次、運んできてくれ」


 死体の並んでいた場所が骨すらも残らずに消滅したのを確認したレイは、次の死体を持ってくるように兵士へと告げる。


「はっ、はい!」


 その兵士はレイの一言に怯えた声を出しながら、その場から走り去っていった。

 何もそこまで怖がらなくても……そう思わないでもないレイだったが、普通の兵士であればレイが炎帝の紅鎧を身に纏っている状況で近づきたいとは思わないだろう。

 まぁ、兵士の所属が討伐軍だったというのも大きいのだろうが。

 ブリッサ平原での戦いに参加した者で、更にはレイとノイズの戦いが行われていた場所の壁役として参加していたその兵士にしてみれば、炎帝の紅鎧を発動したレイはどうしようもない悪夢としか認識出来なかった。

 もっとも、ベスティア帝国の英雄でもあるノイズを相手にして曲がりなりにも勝ったのだから、それも当然だろう。

 レイ個人としてはあの戦いは勝ちを譲られた形であり、あのまま戦っていれば結局自分が負けたのだろうという認識だった。

 だからこそレイはノイズに勝ったという認識はなく、次こそは勝ってみせると息巻き、こうして少しでもノイズとの差を縮めるべく炎帝の紅鎧を使いこなせるように訓練をしているのだが。


「レイ殿、来ました!」


 先程の兵士が叫ぶと、荷車に死体を乗せた兵士達がやって来るのがレイの目でも確認出来た。

 そのままレイの前で兵士達が死体を地面へと下ろしていく。

 死体がきちんと規則的に並べられていくのを見ていたレイだったが、その中の一人に目を止めて不意に叫ぶ。


「そこの兵士、死体を粗末に扱うな!」


 レイが叫んだのは、傭兵と思われる人物が死体を地面へと放り投げている光景だった。

 傭兵にしてみれば、人の死というのは見慣れたものだ。

 普段の戦場であれば、今やっているように丁寧に並べるようなことはせず、適当に放り投げて燃やすだけで終わる。

 その意識が残っていたのか、乱雑に死体を扱っていたのがレイの目に留まったのだ。

 一瞬それに文句を言いたそうにした傭兵だったが、すぐに相手が誰なのかを思い出し、不愉快そうな表情を浮かべながら死体を下ろす作業を続ける。


「レイ殿、落ち着いて下さい。よ、傭兵にも色々といるんです。中にはきちんと死者を弔う傭兵団もありますし、ああいう傭兵にしても、自分の身内の死体に関してはきちんと取り扱いますので」


 先程の兵士が、ここでレイに暴れられては洒落にならないと慌てて告げる。

 この兵士にしてみれば、レイという存在はまさに暴虐の化身としか言えないような存在なのだから、この対応は当然だった。

 今も炎帝の紅鎧を纏っているのだから、とてもではないが怒らせたい相手ではない。

 傭兵も、それが分かっているからこそ多少不満そうではあったが、大人しくレイの言葉に従ったのだろう。


(俺を一体何だと思ってるんだ?)

 

 そんな風に思わないでもないレイだったが、自分が戦いの時にやったことを思えば、迂闊に否定が出来ないのも事実。


「はぁ。……とにかく、もっと死者には敬意を払え。粗末に扱うな」


 レイの口から出た言葉に、兵士や傭兵、冒険者といった面々は死体を丁寧に扱いながら地面へと並べていく。

 そのまま数分で死体を荷車から降ろし終わると、兵士達は去って行く。


「レイ殿、お願いします。この場所で今集めている分はこれが最後になりますので、この死体を焼き終わったら次の場所へ移動となります」

「分かった」


 兵士の言葉に頷き、炎帝の紅鎧の肩の部分を触手のように伸ばし、そこから深炎を放つ。

 空中を飛んだ深炎は死体の中心部分へと着弾すると、瞬く間に炎を生み出して死体を飲み込んでいく。

 数十秒で死体の全てが骨まで燃やされたのを確認すると、炎帝の紅鎧の使用を一旦止めてから兵士の方へと視線を向ける。


「それで、次の場所は?」

「……あ、はい。ここから西の方に進んだ場所に死体を集めている場所がありますので、そこでお願いします」


 一口でブリッサ平原と言っても、その広さは数万人の兵士が戦っても十分に余裕があるだけの広さを持つ。

 その広さの中で、死体を集めて一ヶ所に集めるというのは効率が悪すぎる。

 メルクリオ軍、討伐軍それぞれの上層部からそんな意見が出て、結局戦場となった場所を幾つかに分け、それぞれで死体を集めるということになったのだ。

 その中の一つがここであり、近くにある死体は軒並み片付けたので、次の場所に移動する。

 レイが他の場所で死体の処理をしている間、この区域でまた死体を集めてくるということになっていた。

 勿論、死体の処理をしているのはレイだけではない。

 他にも魔法使いは存在しているし、魔法使いがいなくても燃やすことは可能なのだから。

 だが、レイの深炎を使った火葬は他の魔法使いの炎や、普通に点けられた火とは温度が違う。

 それこそ、数分と掛からずに骨まで完全に燃やしつくす。

 結果的にレイには多くの区域を割り当てられ、こうして一ヶ所が一段落したら次、という風になっていた。


「分かった、じゃあここは頼むぞ」

「は、はい。ありがとうございました」

「……何故感謝の言葉を口にする?」


 目の前にいる兵士が、自分に対して恐怖を抱いていたというのは知っている。

 その恐怖の対象がいなくなるからこそ、感謝の言葉を発したのかとも思ったレイだったが、次に口を開いた兵士は小さく笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「その、自分の戦友もきちんと弔って貰えたので。あいつもモンスターや獣に食われたり、ましてやアンデッドになったり、疫病の発生源になったりというのは、絶対に望んでなかったでしょうし」


 レイが怖くない訳ではない。

 いや、寧ろあれだけの経験をして尚平気で付き合える者がいたとしたら、それは兵士程度で終わるような者ではないだろう。

 そう思いつつも、兵士にとってレイは自分の戦友を弔ってくれた者なのだ。

 ここで感謝の言葉を言えないのでは、それこそ情けなさ過ぎる。

 実際、今こうしてレイと話している時も、少し気を抜けば足が震えそうになっていた。


「……気にするな、と俺が言うのも何だけどな。それでも死んでしまえば敵も味方もない。特に恨みがあって戦った訳じゃないしな」


 もしもレイにとって恨みや憎しみを抱いた相手であれば、レイもここまで丁寧に扱って火葬をしたりはしなかっただろう。

 例えば聖光教のような相手であれば。

 だが、この戦いは色々と因縁のようなものはあったが、それでも憎悪したいと思うような相手というのは殆ど存在しなかった。

 特に先程火葬したような兵士達は、全く見も知らぬ者達だ。

 そうである以上、レイも乱暴に扱ったりはしない。


「それでも、お礼を言わせて下さい。……ありがとうございます」

「ま、それでお前の気が済むなら好きにすればいいさ。じゃあ、俺はもう行くぞ」


 そう告げ、兵士をその場に残してレイは少し離れた場所で周囲を警戒していたセトへと向かって近づいて行く。


「セト、移動するぞ」

「グルゥ」


 レイの声に、短く答えたセトが立ち上がって背中を向ける。

 セトを軽く撫でながら背中へと跨がると、数歩の助走の後に飛び去っていく。

 そんな一人と一匹を見送った兵士は、小さく安堵の息を吐きながら次に死体を運んでくるのを受け入れる準備を始めるのだった。






「セト、折角内乱が終わったのに色々と付き合わせて悪いな」

「グルルゥ」


 空を飛びながら、セトが気にしていないと首を軽く横に振る。

 セトにしてみれば、レイと一緒にいられるだけで嬉しいのだ。

 もし自由に動き回れるとしても、そこにいるのがセトだけで、レイの姿がなければ殆ど意味はない……というのはちょっと言い過ぎだったが、それでも詰まらないことに違いはない。

 そんなセトの気持ちをレイも理解しているのだろう。小さく笑みを浮かべながら、レイはそっと目の前にあるセトの首を撫でてやる。

 そんなレイに対し、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 空中でじゃれ合うかのようなやり取りをしているレイとセトだったが、広いと言ってもブリッサ平原という限られた場所ではセトの速度を考えると、すぐに目的地へと到着する。


「あ、お待ちしていました!」


 セトの背から下りたレイに声を掛けてきたのは、死体が綺麗に並べられている場所にいた兵士。

 ただし、先程の兵士と違ってレイやセトに対する恐怖は全く抱いていないのがレイの目からも見て取れた。

 当然だろう。この兵士は、先程の兵士と違ってメルクリオ軍に所属していた者なのだから。

 この兵士にとって、レイとセトというのは自分達の切り札的な存在であり、頼もしいと思うことはあっても、恐怖を感じるようなことはない。

 ……もっとも、初めてレイやセトと会った時は話が別だったのだが。


「じゃあ、早速やるぞ」

「はい、お願いします」


 兵士が下がるのを見て、レイは炎帝の紅鎧を発動する。

 急激に上がる周囲の温度。

 兵士は驚きの表情を浮かべながら、レイから感じられる熱気に数歩後退る。

 それを見ながら、ふとレイはセトが全く熱気を気にしていない様子に気が付く。

 元々グリフォンは気温の変化には強いのだが……と思いながら、そう言えばまだセトに対して炎帝の紅鎧がどんな効果を発揮するのか試してなかったと思い出す。


「セト、平気か?」


 炎帝の紅鎧の赤い魔力を身に纏ったまま、セトに声を掛けるレイ。

 セトはといえば特に熱さを感じた様子もなく、不思議そうに首を捻る。


「……」


 慎重に一歩、二歩と近づき……それでもセトは平然とその場に佇んでおり、やがてレイの伸ばした手が恐る恐るとセトへと触れ……それでも、どうしたの? と円らな瞳をレイの方へと向けて喉を鳴らすのだった。

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