第815話
ベスティア帝国で行われている内乱の、最後にして最大になるだろう戦い。
その戦いの最前線で、グルガストは両手に持ったバトルアックスを縦横無尽に振るっては、討伐軍の兵士を触れる端から叩き切っていく。
年齢的には既に初老であるというのに、体力が切れる様子は全くなく、暴風と呼んでもおかしくないだろう強さのまま暴れ回る。
「おらぁっ! どうした、どうしたぁっ! お前等は討伐軍とかいう存在じゃなかったのか!? それが、こんな老いぼれ一人を相手にして、手も足も出ねえとは何事だぁっ!」
その叫びと共に振るわれたバトルアックスの一撃は、レザーアーマーでその身を覆っていた兵士の胴体を両断する。
レイが良くやるような鋭い一撃による滑らかな切断ではなく、文字通り叩き切るといった様子で兵士は命を失う。
「大将、大将。大将が老いぼれとか、誰が聞いても納得出来ないことを言っても説得力がないです……ぜっ!」
グルガストの部下の一人が、手に持ったハルバードを振るいながら叫ぶ。
「ぎゃははははは、全くその通りでさぁっ! 大将が老いぼれなら、世の中にはどんだけ化け物がいるのかってことになりやすよ!」
近くで二人の話を聞いていた別の部下が、手に持っている曲刀を振るって兵士の首を斬り飛ばす。
周囲で行われているのは、圧倒的な蹂躙。
……ただし普通の蹂躙とちがうのは、蹂躙される側が多数派だということだろうか。
人数的には討伐軍の方が圧倒的に多く、連携も十分に取れている。
だというのに、何故か総合的には討伐軍側の方が負けていた。
それも、ジワジワと押し込まれているというのではなく、圧倒的にだ。
まるで、自らが狩りの獲物になったかのような、そんな錯覚。
「何でだ、何で俺達がこうも押されている!? 向こうはろくに連携もとらないで、好き勝手に戦ってるだけだってのに……何でだよ!?」
「それは、単純にお前らが弱いからだろう、よ!」
悲鳴を上げる兵士を、グルガストは右手のバトルアックスで一刀両断する。
同じベスティア帝国の民であるというのに、そこには一切の躊躇もない。
周囲を見回し、自分の部下が思い思いに戦いを楽しんでいるのを見て、グルガストの口が微かに弧を描く。
一見すると盗賊のような戦いにも見えるだろうし、実際にそれは間違ってはいない。
グルガストの率いる部隊は、決して仲間との連携といったことを意識せず、寧ろ個人としての戦いを好む者達が集まっている。
それでも降伏した者にはそれ以上攻撃をしないで捕虜にしたりといった風に、最低限の節度は保たれていた。
……もっともそれを利用し、降伏した振りをして不意打ちをしてくるような者は、あっさりと首を切断されたり、胴体を切断されたり、頭部を破壊されたりといった風に命を絶たれるのだが。
「おらぁっ、お前等、気合い入れてけ、気合い! 気合いで向こうに負けるような奴は、俺の部下にはいらねえからなぁっ!」
その雄叫び……いや、怒鳴り声と表現した方がいいような叫びと共に振るわれたバトルアックスは、何とかその攻撃を防ごうとした長剣を弾き飛ばし、もう片方のバトルアックスが続けて振るわれ、兵士の頭部を砕く。
「親分、ヴィヘラ様達と離れてるけど、待たなくてもいいんすかぁ!?」
「構わん、ヴィヘラならすぐにこっちと合流するだろうよ。……それより、親分って呼ぶんじゃねぇ! 盗賊じゃねえんだからな!」
戦闘の興奮からか、仮にも以前は仕えていたヴィヘラの名前を呼び捨てにしながら、グルガストは再びバトルアックスを振るう。
その一撃は、騎兵の突き出した騎馬槍の先端を弾き、もう片方の一撃で馬の足を切断する。
馬に乗っていたその男は当然地面へと転がり落ち、それでも何とか体勢を立て直そうと地面に倒れた状態から身体を起こそうとした瞬間、グルガストにより無造作に首の骨を踏み砕かれる。
「ふん、こんなに密集している場所で騎兵の突撃力を活かせる訳がないだろうが」
吐き捨て、次の獲物を探すべく周囲を見回し……
「その辺にしておいて貰うぞ。あまりこっちの戦力を減らされると、カバジード殿下に申し訳が立たないからな」
そう言いながら、一人の人物が姿を現す。
身体を覆っているのは、動きを阻害しないようなレザーアーマー。
ただし、その辺のモンスターの革を使っているようなものではなく、かなり高ランクのモンスターの革を使っている物のように思えた。
また、その手に持たれているのは普通の長剣ではなく、魔剣。
見るからにただの兵士ではなく、名のある人物の佇まいだった。
目の前の人物に、どこか見覚えのあったグルガストは暫く考え……やがて思い出す。
「確か、ブラッタとか言ったか?」
第1皇子派の中でも腕利きで、派手な戦いを好むブラッタは有名な人物でもある。
その有名な人物の名前をグルガストがすぐに思い出せなかったのは、グルガストが自分の仕えていたヴィヘラがベスティア帝国を出奔してから自分の領地に籠もっていた為だ。
変わり者と噂されるだけあり、帝都に出てくることはなかった。
ただひたすらに、自分の領地で戦いを求めていたのだ。
……もっともその結果、グルガストが治めているオブリシン伯爵領は盗賊の類がグルガスト達の手により、いい腕試しの相手として試し切りの如く襲撃されて行き、最終的にはベスティア帝国内でもかなり治安の良い領地となったのだが。
グルガスト本人も、戦闘狂ではあるが弱い相手に自ら戦闘を挑むというような真似はしないし、贅沢を好む訳ではないので、税も他の貴族の領地に比べると安い。
それでいて、グルガストの戦闘を好むという性質上鍛冶師や武器や防具を扱っている店にはそれなりに助成金がある。
その関係で暮らしやすいと人が集まり、だからこそ今回の内乱でもメルクリオやテオレームが本拠地に選んだのだが。
「ああ、そっちの名前は聞かなくても知ってる。あんたは有名だしな。……けど、有名だからって、そう簡単にこっちの戦力を減らされちゃあ、困るんだよ」
呟き、握っていた魔剣の切っ先をグルガストへと向ける。
同時に、その魔剣には薄らと水が纏わり付く。
「水を操る魔剣か。厄介だが……所詮はそれだけだ!」
それ以上は言葉を発する時間さえ勿体ないと、グルガストは両手にバトルアックスを握ったまま、一気に前へと出る。
「うおおおおおおおっ!」
雄叫びと共に振るわれたのは、右手のバトルアックス。
ブラッタはそれを魔剣で受け止めると、武器同士がぶつかっている場所から水が滑るようにグルガストのバトルアックスを通ってその身体へと……
「ふっ!」
到達する前に、グルガストの気合いの声と共に腕が振るわれ、水を散らす。
「ちぃっ、良くやる!」
「こんな小手先の攻撃でどうにか出来ると思っているのか!」
右手のバトルアックスと左手のバトルアックスを回避しにくいように少しずつ時間差を付けて振るう。
ブラッタが持っているのは魔剣ではあるが、それでもバトルアックスとまともに……それも連続してぶつけ合える程に頑丈な訳ではない。
寧ろ、水を操るという能力を得た弊害か、他の魔剣よりは強度的にはかなり低い。
もっとも、それでも魔力を流して扱う分、普通の長剣に比べると頑丈なのだが。
「食らえ!」
その声と共に突き出される魔剣。
突きの速度はかなりの速度であり、グルガストもバトルアックスで撥ね上げるので精一杯だった。
だが……その撥ね上げた行為こそが、ブラッタの狙いでもあった。
「読み通りの行動だよ!」
撥ね上げられた魔剣の剣先から水が流れ、それが水球と化す。
剣先に水球が存在しているその姿は、既に長剣と呼ぶよりは水で出来た槌と表現した方がいいだろう。
バトルアックスに対し、速度と技量を重視される長剣では不利だと判断し、魔剣の能力を使って水の質量そのものを武器としたのだ。
直径一m程もあるその武器……いや、質量兵器と呼んでも差し支えがないだろう水球が、グルガストへと目掛けて振り下ろされる。
本来であれば直径一mの水球ともなれば、重さは相当のものだ。
だが、元々ブラッタが持っている武器は水を操る能力を持った魔剣。
自分が扱う分の水の重量くらいであれば、どうとでもなった。
当たれば、幾らグルガストが歴戦の戦士であっても大きなダメージを受けるのは間違いないだろう一撃。
……そう。当たれば、だ。
「そんな鈍い攻撃が、俺に通じると思っているのかぁっ!」
怒声と共に振るわれたのは、左右のバトルアックス。
寸分違わぬ速度とタイミングで振るわれたその一撃は、あっさりと自分目掛けて落下してきた水球を破壊し……それを行った瞬間、ブラッタの口元に笑みが浮かんだのをグルガストは見た。
この時ブラッタにとって不運だったのは、グルガストはブラッタの口元に浮かんだ笑みを見たのに対し、ブラッタはグルガストの口元に浮かんだ笑みを見ることが出来なかったことだろう。
お互いがお互いに、このやり取りは本命の前の前座だと思っていたのだが、相手もそれを理解していたかどうかを知っているのかどうかというのは、結果に大きく影響する。
「がああああああああぁぁっ!」
「うおおおおおおおおおおっ!」
お互いが気合いの声と共に己が必殺の一撃を繰り出し……
「……馬鹿、な……俺が……この俺が……押し負けた、だと? 深紅を相手に、友を見捨てて無様に逃げ延び……そこまでして、力を求めた俺が……」
「己の強さを他人に求めたのがお前の敗北の原因だ。自分の強さは自分の為のものだと知れ」
ブラッタの右脇腹と左肩にそれぞれバトルアックスの刃が食い込んだ状態で、呟くグルガスト。
そのグルガストの首筋には、ブラッタの持つ水の魔剣の刃が後少しで届くという場所で止まっていた。
一瞬……ほんの一瞬の差ではあったが、それが勝負を分けたのだ。
「く……そ……」
限界だったのだろう。ブラッタは短く呟き、地面へと崩れ落ちる。
持っていた水の魔剣が地面に落ちたのを眺めたグルガストは、鼻で笑ってから口を開く。
「ふん、自らの力ではなく、魔剣なんぞに頼るからだ。……おい、こいつを後陣に連れて行って手当をしてやれ。捕虜にする」
「ありゃ、親分、殺さなかったんですか?」
「色々と甘いところもあるが、中々に見所がある。……それと、親分は止めろ」
手に持っていたバトルアックスを振るい、腰のポーチからポーションを取り出すと気絶したブラッタへと適当に振り掛ける。
「親分がここまで気に入るってのも、珍しい」
「気紛れだ。こいつはそれなりに素質があるからな。もう少し経験を積めば、俺ともやり合えるようになるだろう。……それから、いい加減に親分はやめろ」
少し不愉快そうな表情を浮かべて告げるが、言われた方は特に気にした様子もなく口を開く。
「分かりました。すぐに後陣に届けますね、親分!」
「……はぁ、もういい。とっとと連れて行け」
これ以上言っても無意味なだけだと気が付いたのか、グルガストは溜息を吐いてから右手のバトルアックスを後ろへ向ける。
それを見た男は、気絶したブラッタを担いでさっさとその場を去って行く。
「全く。……だが、まぁ……中々いい戦いだった」
部下の親分呼ばわりに若干不機嫌になりつつも、久しぶりに味わえた充実した戦いにグルガストの顔には獰猛な笑みが浮かぶ。
そのまま周囲を見回し、まだ戦いが続いてるのを見ると高揚した気分のままに、バトルアックスを握り締める。
「さて……この血の昂ぶりを抑える為に、もう暫く俺の相手をして貰うぞ!」
叫ぶや否や、近くにいる討伐軍の兵士へと向かって斬り掛かる。
近くで戦っているグルガストの部下の隙を突こうとしていた兵士は、自分に向かって近づいてくる圧倒的な死の恐怖に対して咄嗟に槍を突き出す。
戦っている相手の隙を突くという意味では、間合いが長く、突きに適した槍というのはいい選択だったのだろう。
だが……バトルアックスを両手に持ち、凶悪な笑顔を浮かべながら迫ってくるような相手に対処するには、とてもではないが槍ではどうしようもなかった。
いや、兵士の技量が高ければ何とでもなったのだろう。
しかしそれだけの腕があれば兵士ではなくもっと上の立場になっていた筈であり、グルガストに対してどうやっても対抗出来る訳がない。
「不意を突くなんて汚ぇ真似を、してんじゃねえぇっ!」
そんな怒声と共に振るわれたバトルアックスの一撃は、あっさりと兵士の身体を斜めに切断し、周辺に濃い血の臭いを撒き散らす。
……もっとも、ここが戦場であり、周囲では激しい戦いが繰り広げられているのを考えれば、当然だったのだろうが。
ブラッタという、この場では最強に近い存在が捕虜となったこともあり、ここでの戦いの趨勢はメルクリオ軍に大きく傾くことになる。
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