第761話
林の中で向かい合うレイとロドス。
レイの手には深紅の象徴でもあるデスサイズが、ロドスの手には魔剣が握られており、お互いに正面から向かい合う。
セトが暴れている為だろう、そこら中から聞こえてくる悲鳴を聞きながらも、二人は全く動じた様子はない。
お互いの様子を窺うかのようにそれぞれの武器を構え……やがて、再び聞こえてきた兵士の悲鳴の声を合図に、二人共が一気に動く。
「はああああ!」
「……」
雄叫びの声を上げるレイと、あくまでも無言のロドス。
命を奪うのではなく、戦闘力を刈り取る目的で振るわれたデスサイズは、その刃が届く前にロドスの魔剣が差し込まれる。
ガキィンッ、という甲高い金属音が周囲に響く。
一撃で戦闘力を奪われるのは避けられたロドスだったが、その代償としてデスサイズの一撃を防いだ魔剣諸共真横へと吹き飛ばされる。
「……」
だが、無言。そして表情を変えずに空中で体勢を整えると、本来は叩きつけられる筈だった木の幹へと両足でぶつかり、衝撃を殺す。
同時に衝撃を殺す為に木の幹へと両足でぶつかった動きを利用し、そのまま思い切り木の幹を蹴る。
真横に吹き飛ばされ、そのまま木の幹にぶつかり、次の瞬間には再び木の幹を蹴るという人間離れした動き。
だがレイはそのくらいは当然だろうと、自分へ突き出された長剣の一撃をデスサイズで弾く。
再び林の中に広がる金属音。
本来であれば、林の中という木が何本も生えているような場所ではデスサイズのような長柄の武器は非常に使いにくい。
勿論ロドスが使っているような魔剣にしても林の中では使いにくいのだが、長剣の場合は斬る以外に突くという攻撃方法がある。
そして、ロドスが最も得意とする攻撃方法が突きである以上、周辺の環境は特に苦にもならなかった。
本来であれば、レイが長柄の武器の不利により一方的に攻撃されていただろう。……そう。本来であれば、だ。
「甘い、ライオットよりも甘いぞ!」
ロドスの長剣が魔剣であれば、レイのデスサイズもまたマジックアイテム。
それもただのマジックアイテムではない。魔獣術により生み出された、莫大な魔力を持つレイの魔力の結晶と呼んでもいいような存在だ。
それだけに、魔力を流して振るわれるデスサイズの刃は、周辺に生えている木々もあっさりと切断していく。
幹の細いような木だけではない。樹齢数十年を超えるような木々ですらあっさり切断していくのだ。
「飛斬っ!」
更に放たれるのは、飛ぶ斬撃。
だが、ロドスは自らに迫る斬撃へと向かって魔剣を振り下ろす。
ギャリィッ、という聞き苦しい音が周囲に響くも、レイの放った飛斬は魔剣によって掻き消されていた。
「なら!」
吹き飛ばされて距離が開いているのを利用し、レイは魔法の詠唱へと入る。
つい先程自分の放った魔法をあっさりと無効化したのが、幸運だったのか、偶然だったのか、あるいは全てを承知の上での行為だったのかを確認する為に。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
呪文の詠唱と同時に、デスサイズの刃の上に生まれる炎の塊。
ただし、その数は一つであり、込められている魔力も先程林の上から使った魔法に比べるとかなり低い。
その代わり詠唱自体が非常に短く、ロドスが魔剣を構えてレイの方へと踏み出そうとした時には既に完了していた。
『火球』
呪文の完成と共に放たれた火球は、真っ直ぐにロドスへと向かって飛んでいく。
普段であれば、レイも延焼の危険性を考えて林の中で魔法を使うことはない。
更に今は秋であり、空気が乾燥している。
この林に生えているのは一年中緑の葉をつけている常緑樹であるが、それでもレイの魔法による炎に触れれば、乾いている木とそう大差なく燃えるだろう。
(さて、さっきのが偶然じゃなかったんなら……しっかりとその種を見せてくれよ?)
デスサイズから放たれた火球が、真っ直ぐにロドスへと向かって突き進む。
自分へと向かってくる危険に気が付いたのか、ロドスは無言で右手を前に出す。
すると次の瞬間、まるで火球は存在しなかったかのように消え失せていた。
今のが夢ではないことは、ロドスのすぐ近くまでやって来た火球の温度により顔や手といった場所が火傷となっていることが示している。
だが、その火傷もまるで時間を巻き戻すかのように回復していく。
「……なるほど、右腕か」
ロドスが火球へと向けて差し出したのは右腕。
その右腕の手首に腕輪のようなものが嵌まっているのを、レイの目は捉えていた。
「確かに俺の炎の魔法はそれで対処することは出来そうだけど……代償も随分と大きそうだな」
火傷をしているということは、炎の魔法の全てを無力化している訳ではない。
いや、正確には触れるまでは無効化出来ないということだ。
そして、炎に触れるには当然熱を無視する訳にはいかず……と、そこまでを理解したレイだったが、それでも眉を顰める。
確かに今の状況であればロドスを倒すのは難しくないだろう。触れることすら出来ない程の広範囲に影響のある魔法を使うという手もあるし、何より魔法を吸収されるのであれば、魔法を使わなければいい。
だが、それは即ちロドスに対して傷を付ける必要が出てくるということでもあり、あの回復速度を見る限りでは生半可なダメージではロドスを止めることが出来ないと悟った為だ。
(それに……あれだけの回復効果を発揮させるマジックアイテムだ。絶対に何か危険があると思った方がいい。それこそ、命を縮めていると言われてもおかしくない。いや、意思がないように見えるのはそれが原因か?)
ミスティリングやドラゴンローブ、それ以外にもレイの身につけているマジックアイテムを作った、ゼパイル一門の錬金術師エスタ・ノール。
何のリスクもないままに、あれだけの回復効果を持つマジックアイテムは、エスタ・ノールでも作るのは難しいだろうというのがレイの見立てだった。
(となると、ダメージを与えて動けないようにするというよりは、捕縛する的な感じで身動きが出来ないように捕らえる必要が出てくるのか)
関節を極めて動けないようにしてロープで縛る。
そんな風に考えた、その時。
「……」
不意に、レイと向かい合っていたロドスが動きを止めると後退り、一目散にレイの前から姿を消す。
見事なまでの逃げっぷりであり、レイも一瞬呆気にとられる。
だが、今ここでロドスを捕らえるのが最善だろうと判断し、その後を追うべく走り出そうとした時……
「グルルルルルゥッ!」
上空から聞こえてきたセトの声に、レイは足を止める。
何かの異変があったと知らせるだろう鳴き声。
一瞬、このままロドスを追った方がいいかもしれないと考えたレイだったが、もし本当に何らかの危険があるとなれば、フリツィオーネ軍の方にも被害がでかねない。
そう判断し、ロドスの追撃を諦めて少し開けた場所でセトへと手を振る。
レイを見つけたセトは翼を羽ばたかせて地上へと降り、すぐに背中をレイの方へと向け乗るように促す。
「何があったんだ?」
「グルゥ!」
話は後、と言いたげに喉を鳴らすセトに、レイもそれ以上は何も言わずに大人しくセトの背へと乗る。
数歩の助走で上空へと上がっていくと、レイが見たのは撤退していく待ち伏せ部隊。……ではなく、その待ち伏せ部隊から離れてレイ達がいる林の方へと向かってくる部隊だった。
「あれは……伏兵の方の援軍としてやってきたのか? いや、けどその割りには行動に出るのが遅すぎるし。となると……何だ?」
「グルゥ?」
疑問に思っていたレイだったが、どうするの? と尋ねてくるセトに向かって数秒考えた後であっさりと決断する。
「倒してしまおう。俺達に向かって来る以上は敵で間違いないだろうし、待ち伏せ部隊が逃げ出しているのにここに残っている以上は恐らく殿だろうし。下手にここで見逃せば、こっちに対して被害が出る」
「グルルルゥ!」
レイの言葉にセトが勇ましく鳴き、そのまま翼を羽ばたかせて自分達へ向かってくる相手の上空へと向かう。
「まずは小手調べといこうか。飛斬っ!」
その言葉と共に、デスサイズから放たれた飛ぶ斬撃は、真っ直ぐにレイへと向かってくる部隊へと向かって飛んでいく。
兵士数人を斬り裂きながら斬撃は消滅したが、距離があったこともあり、また飛斬そのものが鎧を着ている相手を一刀両断出来る程の威力でもないため、命を絶つには至っていない。
元々が牽制の意味も込めて放たれた一撃だけに、それはレイにしても予想通りだった。
だが予想と違ったのは、先頭の兵士数人が怪我をしても全く勢いが衰えることがなかったこと。
それどころか、弓を構えて矢を放ち、魔法を放ちと、レイに対しての攻撃はどこか怨念染みたものを感じさせた。
(いや、そもそも殿軍なら俺達に攻撃するよりも白薔薇騎士団の方を何とかすればいい筈だ)
実際、レイの視線の先では、白薔薇騎士団が撤退をしている待ち伏せ部隊に向けて第五部隊、第六部隊が矢や魔法を放っては兵力を削っている。
味方の被害を減らすのが殿軍であり、それをやっていない時点でレイの眼下にいる部隊は完全に私情で動いている、または暴走していると言ってもいい。
「グルルルゥ!」
飛んでくる矢や魔法を縦横無尽に空を飛び回りながら回避しつつ、セトが鳴く。
攻撃してもいい? と聞いてくるセトに、レイはデスサイズをミスティリングの中に収納し、代わりに槍を取り出す。
「セトのスキルはここで使うと目立つからな。悪いけど、暫く回避に専念しててくれ……よっ!」
言い終わると同時に放たれる槍。
助走や身体全体を使って投げるのではなく、純粋に腕力だけで投げられた槍は、そのまま真っ直ぐにレイ達に向かって攻撃をしている部隊へと向かい。先頭にいた兵士の一人の頭部を砕き、それでも槍の威力は全く殺されずに別の兵士の胴体をレザーアーマー諸共に貫通して地面へと突き刺さる。
だが、兵士達は全く恐れた様子もなく攻撃を続ける。
レイ自身は知らないことだったが、シュヴィンデル伯爵率いるこの部隊の兵士達はその殆どが春の戦争で身内を殺された者達で構成されていた。
つまり、今兵士達の目の前に……正確には上空にいるのは、自分達の家族、恋人、友人といった者達の仇であり、だからこそ味方の被害にも全く気にした様子もなく攻撃を続ける。
それを知らないレイとしては、半ば暴走しているようにしか見えない地上の部隊にどう対処したものかと数秒程悩む。
だが地上の部隊から風の斬撃や炎の矢、石といったものが飛んでくるのを見ると、これ以上躊躇っていては危険なだけだと判断を下す。
「こうして見ても暴走してるだけだし……纏めて片付けさせて貰うか。セト、少しの間回避を頼む」
「グルルルゥッ!」
大丈夫、任せてと喉を鳴らしたセトは、自分に向かってきた風の斬撃を始めとした魔法の数々を、翼をはためかせて回避する。
そんな風に大きく空中で動くセトは、地上から狙うにしても狙いを付けるのが難しいのだろう。
放たれた矢の類も、あらぬ方向へと飛んでいっているものも少なくない。
『炎よ、踊れよ踊れ。汝らの華麗なる舞踏にて周囲を照らし、遍く者達にその麗しき踊りで焼け付く程に魅了せよ』
呪文を唱えると同時に、人間大の炎が大量に生み出される。
そしてレイの魔力により書き換えられた世界は、その姿を現す。
『舞い踊る炎』
呪文の発動と同時に、シュヴィンデル伯爵の部隊を中心にして現れた人間大の炎が自由自在に空を舞い、標的へと触れ、燃やし尽くす。
その炎の動きは、呪文にあるように踊っていると表現してもおかしくはなかった。
ただし、炎の踊りがもたらすのは見る者に対しての死だ。
その炎に触れた者は、兵士や騎士、貴族といった区別がないままに燃やし尽くされていく。
まさに炎獄とでも呼ぶべき光景は、レイの姿を目にして頭に血が上っていた者達をも強制的に冷静にさせる効果を発揮する。
仲間が目の前で瞬時に焼き尽くされる光景を見れば、それも当然だろう。
だが……それでもこの部隊を率いているシュヴィンデル伯爵は決して怯まずにレイへと向かって攻撃しろと叫ぶ。
シュヴィンデル伯爵と志を同じくする貴族達は足が竦んでいる者も多い。
今までは話で聞いただけであり、闘技場でも遠くからしか見たことがなかったレイの実力。
だが、レイの本領発揮ともいえる広範囲殲滅魔法をその目にし、改めてその実力を実体験という形で知ってしまったからだ。
……特にこの状況に絶望の表情を浮かべていたのは、シュヴィンデル伯爵と行動を共にしていたものの、実際は利用するつもりだった貴族だろう。
引き際を見誤ったとしか言えないその貴族は、怨嗟の声を上げつつ燃やし尽くされていくシュヴィンデル伯爵と共に、何故こうなったと絶望の声を上げながら炎による抱擁を受け、燃やし尽くされていく。
魔術を使用してから数分。地上には既に生き物の姿は馬一匹といえど存在せず、魔術によって現れた炎もまたレイが指を軽く鳴らすと、まるで今までそこに炎が存在したというのが嘘のように姿を消すのだった。
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