第725話

「……は? 今何と?」


 反乱軍の陣地の中央付近にあるマジックテントの中で、ウィデーレが唖然とした声を出す。

 いや、それだけでは済まされず、マジックテントの中にいるレイへと向かって疑わしそうな視線を向ける。

 普通であれば何を無礼なと言い出す貴族がいそうなものだが、幸か不幸かその貴族達にしてもウィデーレの気持ちが分かってしまう為に責めるような物言いをする者はいない。

 寧ろそう言ってしまうのを理解出来ると共感するような表情を浮かべている者すらもいた。


「言葉通りの意味だ。一昨日の夜にそこにいる深紅と遊撃部隊が討伐軍に夜襲を仕掛け、殆ど壊滅状態にすることに成功した」


 改めて告げられたその言葉だったが、やはりウィデーレにしてみれば信じられないという一面が強い。

 何が信じられないかといえば、そもそもまだ向こうの勢力圏内にいただろう討伐軍を相手にどうやって夜襲を仕掛けたのかという点や、六千人もいる討伐軍を相手にどうやって壊滅的な被害を与えたのかという点。

 特に後者は、ウィデーレを含む白薔薇騎士団の面々は反乱軍にやってきてから見張りと共にいたが、それでもレイの部隊の人数くらいは理解している。

 それだけの人数でどうやって……と。

 ウィデーレの脳裏を過ぎったのはセレムース平原で使われた炎の竜巻だったが、それにしても壊滅状態になる程に多大な被害を受けるというのは考えられなかった。

 まさかレイの生み出した火災旋風が陣地内を動き回れるようになっていることなど思いもよらなかったのだから当然だろう。

 だが……その報告は、ウィデーレにとっては致命的なものでもあった。

 自分の仕えている主君でもあるフリツィオーネが、兄弟同士での戦いを憂いているのは知っている。

 だからこそフリツィオーネが反乱軍側について膠着状態を作り出し、その膠着状態の間に何とか話し合いで今回の内乱を収めたい。

 それを狙っているのだとウィデーレも察していたのだが、メルクリオを軟禁するのに協力したフリツィオーネがそう簡単に受け入れられるとも思っていなかった。

 そんな中でウィデーレが注目したのが、カバジードとシュルスの二人が持つ戦力の大きさだ。

 二人の皇子とまともに戦えば数の面で不利であり、それを理由にしてフリツィオーネを反乱軍に受け入れさせようと狙っていた。

 勿論フリツィオーネ率いる第1皇女派の戦力というのは、カバジードやシュルスに比べると劣っている。だがそれでも、一派閥として成り立つだけの戦力はあるのだから、反乱軍の方でも受け入れるだろうと。

 だが……今の話によりその前提が、反乱軍の戦力不足という前提そのものが覆ってしまった。

 レイが個人で軍隊並の戦力を持っているのなら、反乱軍に二つの勢力があるのと同じことになってしまう。

 夜襲では遊撃部隊が防護柵の入り口で待ち受けていたからこそ、ここまで戦果を挙げたのは間違いない。だが、それがなくてもレイの使った魔法により討伐軍の陣地は既に壊滅に近くなっていた以上、遊撃部隊はおまけでしかない。

 そこまで考え、ウィデーレは改めて内心で現状を打破すべく方策を考える。


(現状、今回の内戦で動いている勢力は、カバジード殿下、シュルス殿下、メルクリオ殿下、深紅、そしてフリツィオーネ殿下の五つ。皇帝陛下は傍観しており、帝国軍はその殆どが周辺諸国やミレアーナ王国が妙な動きをした時の抑えとなっている)


 チラリ、と視線の先にいるレイへと視線を向けたウィデーレは、再び頭の中で思考を巡らせていく。


(つまり現状ではカバジード殿下とシュルス殿下に対し、メルクリオ殿下と深紅がそれぞれ手を組んでいる。……ただし、純粋な兵力という面で見れば前者が有利。だとすれば……まだいける。いや、寧ろこの状況だからこそフリツィオーネ殿下の力が切り札となり得る。フリツィオーネ殿下は喜ばぬであろうが、あの御方の無事こそが最優先事項!)


 ウィデーレにとっての最優先事項はフリツィオーネの安全だ。

 そうである以上、現状では戦力的に不利ではあっても戦局では圧倒的に有利に立っている反乱軍に協力するという姿勢を崩すのは有り得ない選択肢だった。

 そもそも、個人で一つの軍隊とまともに渡り合えるだけの力を持つイレギュラーな存在がいるのが、ウィデーレやフリツィオーネの計算や予想を大きく崩す。

 ウィデーレとしては、何と余計なことを! と怒鳴りたくなるのも当然だろう。


(問題は、向こうがどう考えているか。以前話を持ってきた時はそれなりに好意的なように見えたが、今回の件で考えが変わってなければ……)


 そこまで考えた時、ふとメルクリオが笑みを浮かべて自分の方へと視線を向けているのに気が付く。


「っ!?」


 自分が何を考えていたのか、見破られていた? 一瞬そう思うも、次の瞬間にはだからどうしたと開き直る。

 元々自分は騎士であっても政治家ではない。この手の腹の探り合いで皇子としての教育を受けてきたメルクリオに敵う筈がないのだから、と。


「それで、メルクリオ殿下。私が今日呼ばれたのは討伐軍撃退の件を教えて貰う為でしょうか?」

「それもあるね。ただ、君達が反乱軍の陣地に来てから数日が経つだろう? そろそろフリツィオーネ姉上からの申し出にどう対応するのかを教えておこうと思って」


 来た。

 メルクリオの口から出た言葉に、そう思う。

 この返事を聞くために今までここにいたのだ。そして討伐軍の撃退が成った以上、反乱軍がフリツィオーネを受け入れる可能性は低い。

 何とかそれを説得してメルクリオの判断を覆す必要が……

 そう思ったウィデーレだったが、メルクリオの口から出たのは予想外の言葉だった。


「うん、フリツィオーネ姉上からの申し入れの件、ありがたく受けさせて貰うよ」

「……え?」


 ウィデーレは、目の前にいる人物が何を言っているのか分からなかった。

 いや、分かってはいるのだが、それでも何故そんな選択をしたのかが分からなかった、と言うべきか。

 既に反乱軍は二度に渡って討伐軍を退けているのに、わざわざここで余計な火種にもなりかねないフリツィオーネを何故受け入れるのか。

 それが理解出来ないが故の呟き。

 だが、メルクリオはそんなウィデーレの呟きに笑みを浮かべつつ口を開く。


「もしかして、私がフリツィオーネ姉上の申し出を受け入れるとは思っていなかったのかな?」

「いえ! ですが、その……」


 言い淀むその様子が、ウィデーレの内心を現している。


「まぁ、ウィデーレの気持ちも分からないではないさ。けど今回勝てたからといって、次も勝てるとは限らないだろう? 当然こっちは勝つつもりで色々と策を練るけど、その策を考えるにしても戦力は多い方がいい。それに……」


 ふ、と苦笑を浮かべるメルクリオ。

 その苦笑は、数秒前に浮かべていたものとは違い、自然に浮かんできたもののようにウィデーレには思えた。


「フリツィオーネ姉上はその性格から民衆の支持が高い。そのような人物がこちらに合流したいというのだから、私としては受け入れるのに否はないよ。ただ、当然受け入れるのに問題が幾つかある」

「……何でしょう?」

「まず最大の問題だけど、皇位継承権の件だ。こちらに合流するのを希望するということは、こう言うのもなんだけど私の下に就く。そういう風に認識するけど、構わないかな?」

「それは……申し訳ありませんが、私の一存では答えられません」


 ウィデーレにしても、フリツィオーネは別に皇帝の地位を狙っている訳ではないのだとは思う。

 だがフリツィオーネのこれからに関わる問題を自分が答える訳にはいかず、返事としては先延ばしにするしかない。

 無論、メルクリオとしてもウィデーレがそんな返事をしてくるというのは承知の上での問い掛けだ。

 だからこそ、次の言葉に繋げることが出来る。


「なら、フリツィオーネ姉上にこの件を知らせに戻って貰おうかな。今なら兄上達も動きを見せることはないと思うし、帝都に戻るのも難しくはないだろう。……ただし」


 その言葉に、ウィデーレは一瞬固まる。どんな条件を付けられるのか。そう思ったからだ。


「フリツィオーネ姉上が私と合流するのであれば、当然こちらからも護衛を出す必要がある。シュルス兄上、カバジード兄上の両方ともが大規模な討伐軍の編成をするのは時間が掛かるだろうけど、自分達の陣営からこちらに来るというのをみすみす見逃すとは思えないからね」

「それは……確かに」


 メルクリオの言葉には納得せざるを得ず、頷きを返す。


「けど、まさか大軍を派遣する訳にいかないというのは分かるよね? 兄上達の勢力圏内なんだから。レイが今回の夜襲をする時に自分の部隊だけを率いていったのも、見つからないようにする為というのが大きいんだし」

「つまり、それは……」

「そう。レイとセトを連れて行って貰おうと思っている。レイ個人の戦闘力は強力無比だ。……まぁ、今回の夜襲を見れば分かる通り、大勢の敵を魔法で纏めて攻撃するという広域殲滅を得意としているけど、魔法戦士なだけに近接戦闘も楽にこなす」

「それは……知っています。こう見えても闘技大会ではフリツィオーネ殿下の護衛として見させて貰いましたので」

「……へぇ。戦いを好まないフリツィオーネ姉上にしては珍しい」

「決勝は皇族の義務として戦いを見なければなりませんから。ですが……その、闘技大会で活躍したレイ殿の顔は帝都でも相当に広まっています。これがある程度時間が経ってからであればともかく、今はまだノイズ殿との戦いの激しさもあって帝都の者達の印象に強く残っているでしょう」


 だから、この場合はレイは相応しくないのでは? そんな意味を込めて尋ねるウィデーレに対し、口を開いたのはヴィヘラだった。


「確かにレイは顔が売れているけど、見つからずに帝都まで向かうには個人でなければ見つかるだろうし、そうなると個人の戦闘力が重要になるのよ。もっとも、フリツィオーネ姉上を迎え入れるというのであれば、本来なら妹である私が行くのがいいんでしょうけど……」


 そこで言葉を句切るヴィヘラ。

 それも当然だろう。帝都にいる者にしてみれば、確かにレイは今回の闘技大会で有名になったが、ヴィヘラはそれ以上に顔が知られている。

 勿論他にも個人としての戦闘力に秀でている者はいる。例えば、グルガストやテオレームなどはそうだろう。

 テオレームはともかく、グルガストは帝国の貴族にはそれなりに顔を知られているが、一般の人間には名前はともかく顔は知られていない。

 そんな中でもレイが選ばれた理由。それはやはり空を飛べるセトの存在だった。

 反乱軍の陣地から帝都まで、約二日。馬に乗って走ればそれよりも更に短くなるが、それでも一日以上は掛かる。

 だが……セトであれば、それこそ数時間程度の距離でしかない。

 その圧倒的な機動力こそ、レイが選ばれた最大の理由だった。

 更に、セトに乗って飛ぶことが出来るのはレイだけであるというのも当然影響しているだろう。

 ヴィヘラの口から説明されると、ウィデーレとしても納得しない訳にはいかなかった。


「……分かりました。それで、帝都に戻るのは具体的にいつ頃になるのでしょうか?」

「現在帝都の状況を探っているところだから何とも言えないけど、間違いなく近い内に出発して貰うことになるでしょうね。だからウィデーレ、貴方達白薔薇騎士団も、いつ出発してもいいように準備しておきなさい」


 ウィデーレはヴィヘラの言葉に頷くのだった。






 身体をゆっくりと休めて体力を回復したブラッタは、早速とばかりに訓練へと励んでいた。

 自分の力不足で相棒のソブルを助け出せなかったのが余程に悔しかったのだろう。傍から見ても分かる程に鬼気迫る表情を浮かべて長剣を振るう。

 その一撃は標的として置かれていた木を砕く。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 既に何時間訓練を続けているのか。その息は荒く、顔にはビッシリと汗が浮かんでいる。

 周囲にいる第1皇子派の兵士にしても、ブラッタを止めた方がいいのでは? そんな風に思っていたが、今のブラッタに声を掛けられる者はおらず、ただ関わらないようにと別の訓練場へと場所を移す者が増えていく。

 そんな中……


「ブラッタ!」

「はぁ、はぁ。……ロドスか。どうしたんだ? 今の俺は忙しい。用事があるなら後にしろ」


 そう吐き捨てて訓練に戻ろうとしたブラッタだったが、次にロドスの口から出た言葉に思わず動きを止める。


「レイが出たってのは本当か!?」

「……奴は、俺がこの手で仕留めてみせるっ!」


 殺気の籠もった一言と共に長剣が振られ、先程破壊した木の隣に埋め込まれていた木をも破壊するのだった。

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