第686話

 マジックテントの外へと出て、レイは男達と向かい合う。

 長剣を持っているのが二人、槍を持っているのが一人の合計三人。

 第3皇子派の中心ともいえる者達が集まって会議をしている場所故に、当然周囲には他のテントの類は存在していない。

 だからこそ、模擬戦を行えるだけの空間的な余裕はあった。


「グルルゥ?」


 そんなレイと男達を、セトは少し離れた場所から寝転がったまま眺める。

 マジックテントから出てきた男達を含め、セトという存在を話では聞いていたものの実際に見たことがなかった者達は、マジックテントの側で寝転がっていたセトを見て驚愕の表情を浮かべていた。

 マジックテントの護衛を任されていた騎士二人は、見るからに緊張した状態だったのだが。

 やはり自分達の近くにグリフォンという存在がいるのは、どうしても緊張を強いられるのだろう。

 セトの主であるレイがマジックテントの中に入っており、近くにいなかったというのも大きい。

 従魔であるというのは共に行動しているのを見れば分かる――街中ではないので、当然従魔の首飾りは付けていない――が、その主がいないままグリフォンという存在の近くで立っているというのは、相当の緊張や消耗を騎士達に与えていた。

 もっとも、その緊張や消耗からもレイが出てきたことでようやく解放され……たかと思えば、この軍の首脳部とも言える者達が次々とマジックテントから出てきて、その中の三人が剣呑な様子でレイと向かい合ったのだ。

 何故自分達が仕事をしている時に……内心でそう思ったとしてもしょうがないだろう。

 そんな騎士達を余所に、レイと男達は向かい合う。

 テオレームやメルクリオ、ティユール、グルガストを始めとして、他の者達はレイや男達から少し離れた場所でその様子を眺めていた。 

 そしてヴィヘラは、レイと男達の間に立って口を開く。


「これから模擬戦を始めるけど、くれぐれも相手に致命的な傷を与えたり、行動に支障が残るような怪我はさせないこと。いいわね?」


 こうしてヴィヘラが審判をしている理由は簡単だ。

 レイを抜かせばこの場にいる中で最も強い人物なのだから。

 レイと相対している男達にしても、ヴィヘラがレイに対して想いを抱いているというのは明白であり、そういう意味では審判に相応しくないという思いもある。

 だが、そもそも男達にとってこの戦いは、ヴィヘラに目を覚まして貰うというのが最大の理由である以上は、なるべく近くで見て貰った方がいいのも事実だった。


「問題ありません」


 男達の中でも主導権を握っているリーダー格の男、ヴィヘラより数歳程年上に見えるその男が、ルールの確認に頷く。


「こっちも問題ない」


 そして、レイもまた同様にヴィヘラの言葉に頷く。

 それを確認したヴィヘラが最後に確認する意味を込めて視線を向けると、特に異論のない男達やレイは何を言うでもなく無言で返す。

 だが……すぐにレイは口を開くことになる。

 何故なら、三人の男達のうち二人が後ろへと下がっていったからだ。

 その場に残ったのは、三人の中でも長剣を持ったリーダー格ではない方の男だ。

 ミスティリングからデスサイズを取り出しつつ、思わず口を開くレイ。


「一体なんのつもりだ? まさか、俺を相手に一人でどうこうする気か?」


 その言葉が侮辱に聞こえたのだろう。その場に残った二十代程の男が頬をヒクリと動かす。


「深紅のレイと言ったな。確かに異名持ちではあるかもしれないが、私達三人を相手にたった一人で全員を同時に相手にするつもりだったのか? それは私達をあまりに軽く見過ぎているように思えるが」


 腰の鞘から長剣を引き抜き、レイを睨み付けながら告げる男。


(こうして向き合っても、お互いの力量差も理解出来ないのか?)

 

 内心で呟きながらヴィヘラの方へと視線を向けるレイだったが、戻ってきたのは無言で小さく首を横に振るという動作のみ。

 その態度を無理矢理に言葉に直すとするのなら、『言葉で言っても分からないから、実力で教えて上げて』といったところだろうか。

 そんなヴィヘラからの無言の意思に、レイは溜息を吐いてデスサイズを振るう。

 空気を斬り裂くかのような鋭い一撃に、周囲でレイと男の様子を見守っている者達が思わず息を呑む。

 それは向かい合っていた男や、離れた場所から様子を見ていた男の仲間二人にしても同様であり、ここに至ってようやくレイという存在がどれ程の力を持っているのかに気が付いたのだろう。握っていた長剣へと思い切り力を込めて剣先をレイの方へと向けてくる。


(身体に力が入りすぎだな)


 人間というのは、身体から適度に力を抜いてリラックスしている状態からの方が素早く動き出せる。

 だが目の前にいる男は、レイの振るった一撃を見てから明らかに身体へと力が入っており、とてもではないがまともに戦えるようには思えなかった。

 だが、既に戦いの開始は秒読み状態へと入っており……


「頑張れよ、貴族の誇りを見せてやれ!」


 背後から聞こえてくる自分の仲間の声に、男は更に身体に力を込める。

 応援を送った方としては、そのつもりはないのだろう。だが、それでもレイの前に立っている男の動きは見るからに悪くなっていた。


(ヴィヘラに想いを寄せているって割には、こういう風に人前で戦うってことに慣れていないのか?)


 そう考えるレイ。

 勿論そういう理由もあるのだが、やはりそれよりも大きいのはレイの前に立っているということだろう。

 レイ本人にその自覚は殆どないが、この世界にやってきてから経験してきた濃密な戦いの数々や、更にはノイズとの戦いを潜り抜けてきた結果、こうして向かい合っているだけでかなりのプレッシャーを相手へと与えていた。

 ただし本人はそのことには殆ど気が付いておらず、男の行動に内心で首を傾げるのみだ。

 これが、ある程度実戦経験のある者であればレイからのプレッシャーをやり過ごすことも出来たのだろうが、不幸なことに男達は実戦経験自体はかなり少ない。

 実際に実戦を行うとなっても、その手のことが得意な部下に任せるという手段をとっていたからだ。

 もっとも、それが悪いという訳ではない。人を使うというのも一つの才能であり、貴族としては大事なことなのだから。

 だがこの時、レイと向かい合っている今に限って言えば、そんな経験は殆ど役には立たなかった。

 訓練では精鋭の騎士相手に何とかやり合えるだけの実力を持っている男だが、やはり訓練と実戦は別物だということなのだろう。


「じゃあ、お互い準備はいいわね?」


 ヴィヘラの言葉にレイはデスサイズを構えることにより応え、男の方も何とか長剣を構えてそれに応える。

 既に結果の見えていた勝負だったが、ヴィヘラは大きく口を開く。


「始め!」


 その声と共に、まず最初に地面を蹴って仕掛けたのはレイ……ではなく、男の方。

 思い切りの良さというよりは、半ば混乱した状態で身体に覚え込ませた動きが出たのだが、それは男が訓練に関しては十分に真面目に取り組んでいたということを意味していた。


「うわあああああああっ!」


 半ば悲鳴に近いような雄叫びを上げながら、間合いを詰めた男の長剣が振るわれる。

 真っ直ぐに胴体を両断せんとするかのような、横薙ぎの一撃。

 本来であればこれが模擬戦である以上、命中する直前で動きを止めないといけないのだが、男にそんな余裕はない。


「ああっ!」


 そんな悲鳴を上げたのは、レイに対して友好的な反応を示した貴族のうちの一人。

 その貴族の目には、横薙ぎに振るわれた長剣がレイの胴体を真っ二つにするという未来が見えたのだろう。

 だが次の瞬間に貴族の男が……そして他の者が見たのは、横薙ぎに振るわれた長剣をデスサイズの柄で受け止め、石突きの部分へと流しつつ絡め取って、上空へと長剣を弾き飛ばすという結果だった。

 更にはデスサイズの柄を使って長剣を絡め取った動きを使い、周囲の者達が気が付いた時にはデスサイズの刃が男の首筋へピタリと突きつけられている。


「な……」


 何が起きたのか分からない。そんな風に声を上げた男だったが、既に勝負の結果は覆らない。


「そこまでよ。勝者、レイ」


 そしてヴィヘラの言葉により、明確な勝敗が決する。

 周囲から聞こえてくるざわめきは、レイの実力が本物であったというものが多い。

 それはそうだろう。実質一度刃を交えただけで勝負が決まったのだから。それも、レイには見るからに余力が残っている。


(出来れば練習の意味も込めて覇王の鎧を使いたかったんだけど……力加減が異様に難しいからな。下手に使ってしまうと、盗賊にやったみたいな結果になるかもしれないしな)


 盗賊のように自分の命を狙ってきた明確な敵であればまだしも、今目の前にいるのは一応仲間なのだ。……明確とまでは言わないが、敵意を向けられてはいるのだが。

 残り二人の、槍を持っている相手と長剣を持っているリーダー格の様子を眺めながら、レイは口を開く。


「一人ずつ相手にするのは面倒だ。纏めて掛かってきてもいいぞ」

「なっ、わ、私達を愚弄するつもりか!?」


 そう叫ぶのは、槍を持っている男だ。

 だが退くに退けない状況になっているからこそ、そう叫んでいるのだというのは男自身が一番良く理解していた。

 チラリ、と空中に巻き上げられて地面に突き刺さった長剣を見て思わず息を呑む。

 何をやったのかは分かる。自分も長柄の武器である槍を使う身だ。格下の相手であれば同じような真似は出来るだろう。

 しかし先程レイが行ったのは驚くべき滑らかな動きで、それと同レベルで同じ真似が出来るかと言われれば、答は否でしかない。

 同じような真似と同じ真似。言葉にすれば違いはほんの三文字でしかないが、そこにある差は男自身が追いつけるとは思えない程に長く、遠く、険しいものだ。

 また、リーダー格の男の方もその力量の差は理解したのだろう。やがて自分の隣にいる槍を持った男の方へと頷きを返す。


「向こうが一緒でもいいと言うのだ。ならばその言葉に甘えさせて貰おう。実際、私達が一人ずつ戦ってはとてもではないが手に負える相手ではなさそうだし」

「へぇ」


 リーダー格の男の言葉に、思わず感心の言葉を漏らすレイ。

 今まで自分に突っかかってきた貴族の例を思えば、絶対に自分達が不利だというのを認めるとは思わなかったからだ。

 そんなレイに向けて、小さく笑みを浮かべるヴィヘラ。

 ヴィヘラにしてみれば、確かに自分に対して迷惑染みた好意を抱いている者達ではあるが、本当に害にしかならない存在であれば、この軍に合流しようと来たとしても絶対に合流させはしなかっただろう。


(多少性格に問題はあるけど、貴族の中だとかなりマシな方なのは事実だしね)


 内心で呟くヴィヘラの視線の先で向かい合う三人。

 一戦目のやり取りで十分にレイの実力は理解したのだろう。最初の男のように力の入り過ぎではないが、どこか緊張した様子を見せている。


「ルールはさっきと同じでいいわね。……始め!」


 その言葉と共に、最初に行動を起こしたのはレイ。

 地面を蹴って真っ直ぐに相手へと向かう。

 試合開始の合図と共に前衛、後衛へと別れた男達だったが、一戦目では待ちの姿勢でいたレイがいきなり突っ込んできたことに驚いたのだろう。一瞬だけ動揺で動きが鈍り、我を取り戻したときには既にレイはリーダー格の長剣を持った男をデスサイズの間合いの中へと捉えていた。


「何だと!?」


 その踏み込みの早さに唖然としつつも、男は長剣を振り下ろす。

 少しでもレイとの距離をとるべく放たれたその一撃は、だがあっさりとレイの振るうデスサイズによって弾かれる。


「がぁっ!」


 デスサイズと打ち合ったその衝撃は金属の塊に力一杯長剣を叩きつけたかのような衝撃であり、とてもではないが耐えられるものではなかった。

 ギィンッ、という金属音と共に衝撃により痺れた手から長剣がすっぽ抜ける。

 それを見たレイは、そのまま横を通り抜け様に足を払ってリーダー格の男を地面へと転がす。

 そして地面に転んだリーダー格の男をそのままに、次に槍を持っている男の方へと向かって突き進む。


「う、うおおおおおおおっ!」


 自分達の中で最も腕の立つリーダー格の男があっさりと地面に転ばされた光景を見た槍を持った男だったが、それでもこのままでは一方的に負けるだけだと判断したのだろう。自らを鼓舞するかのような大声を上げながら、レイへと向かって槍を突き出す。


「なかなか……」


 てっきり逃げるか降参するとばかり思っていたレイは、感心の声を上げつつもデスサイズの石突きの部分で突き出された槍を絡め取り空中へと放り投げる。


「え? あれ?」


 突然手の中にあった槍の重みが消えたことに思わず声を上げ……次の瞬間にはピタリと首筋へ当てられたデスサイズの刃に気が付くのだった。

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