第687話
「勝負あり、そこまでよ」
ヴィヘラの言葉を聞き、レイは槍を持った男の首筋に突きつけていたデスサイズの刃を離す。
自分のすぐ目の前に1mを越える刃があり、それこそレイがその気であれば軽く腕を引くだけで首が切断されたというのが分かったのだろう。槍を持った男は、思わずといった様子で安堵の息を吐く。
「……参った。これは完全に私達の言い掛かりだったらしい。確かに君は言うだけの実力を持っているし、ヴィヘラ様に勝つだけの力を持っていると認めよう」
後ろから聞こえてきたその声に、デスサイズをミスティリングへと収納しながら視線を向けるレイ。
そこにいたのは、先程横を通り抜け様に足を払われて地面へと転んでいたリーダー格の男だった。
(へぇ)
レイは内心で感心の呟きを漏らす。
てっきり自分は転んだだけであり、勝負はまだ付いていないとでも言ってくるのかとばかり思っていたからだ。
まさか自分達の負けをこうもあっさりと認めるとは思いも寄らなかった。
(自分の実力を過信しがちなのはマイナスだが、それでも自分の負けをきちんと認められるというのは立派と言ってもいいだろうな)
自分に対して最も敵対的であった三人がこうして負けを認めたのだから、これ以上の余計な騒動はおきないだろう。
そんなレイの予想は当たり、レイという存在がどれだけの力を持っているのかと若干ではあるが疑っていた者達にしても、既にその表情から疑いの色は消えていた。
「いや、凄いな君は。三人を相手に一人でこれだけやれるとは」
貴族の中の一人が笑みを浮かべてそう告げてくる声にレイは頷き、口を開く。
「そう言って貰えると何よりだ。それで……俺がこの軍に参加するのは認められるのか?」
声を掛けてきた貴族ではなく、この第3皇子派と呼ばれている軍の最高指導者でもあるメルクリオは、小さく笑みを浮かべつつ頷く。
「ああ、勿論だよ。私達は君のような実力のある者を歓迎する」
そう告げるメルクリオの態度には、朝に見たような色はない。
己の置かれている立場もあるが、やはりレイという人物がどれ程の実力を持っているのかをヴィヘラやテオレームから聞き、その一端ではあるがこうして見る事が出来たというのも大きいだろう。
もっともメルクリオ本人としては、ヴィヘラと親しいレイを自分の目の届くところに置いておきたいという思いも多少ではあるがあったのだが。
「では、メルクリオ殿下。彼の処遇はどのように?」
周囲にいた貴族の言葉に、メルクリオは少し考えてから口を開く。
「その突出した戦力とグリフォンを従魔にしているという機動力を使って、遊撃として動いて貰うというのはどうだろうか?」
メルクリオの口から出たのは余程に意外な言葉で、更には自分が予想していたのと違う言葉だったのか、その貴族は思わずといった様子で尋ね返す。
「遊撃、ですか? てっきり傭兵を率いさせるものかとばかり思っていましたが」
「それも考えなかったと言えば嘘になるが、姉上から聞いた話によると個としての武力に特化しているという話だったのでね。レイ、君は部下を率いて集団で戦うのと、個として戦うのとではどちらが得意かな?」
貴族に言葉を返しながら尋ねてくるメルクリオに、レイは何の躊躇もなく口を開く。
「どう考えても後者だな。人を率いて戦うというのは殆ど経験したことがないし、そうするとセトの高い機動力を活かすというのも出来なくなるし」
メルクリオに対する言葉遣いに微かに眉を顰める者もいたが、特に何を言うでもなく話の成り行きを見守る。
「だろうね。実際、君と君のグリフォンの機動力を捨てるというのは勿体なさ過ぎる。ただでさえ私達の軍には竜騎士がいないのだから、制空権を敵に奪われるとどうしようもない。そちらに関しては君に期待させて貰うことになると思うけど、構わないかな?」
「……随分あっさりと俺に重要な場所を任せるんだな」
制空権に関して一任するというメルクリオの言葉に疑問を持ったレイの言葉に、メルクリオはヴィヘラの方へと視線を向けて口を開く。
「姉上からのお墨付きだ。それに闘技大会で準優勝するという実力を持っているのだから、安心して任せることが出来るよ」
お墨付き? とメルクリオからヴィヘラの方へと視線を向けるレイ。
そんなレイの視線に、ヴィヘラは艶然と微笑みながら頷く。
「私が知っているレイなら、竜騎士が相手でもどうとでもなる筈よ。それに、実際春の戦争ではそうしたんでしょう?」
「そう言われれば否定出来ないのは事実だが」
確認する意味を込めて尋ねてくるヴィヘラの言葉に、レイが出来るのは軽く肩を竦めるだけだった。
実際、春の戦争では多数の竜騎士をレイとセトだけで仕留めているのだから。
「それにメルクリオも言ってたけど、セトの機動力という強力な武器があるんだから、それを使わない手はないでしょ。まさかレイの代わりに誰か他の相手をセトと組ませる訳にもいかないしね」
「グルルルゥ」
ヴィヘラの言葉に、当然だと喉を鳴らすセト。
少し離れた場所で見ていたセトが、いきなり喉を鳴らしたことで数人の貴族が驚く。
「ヴィヘラ様、その……あのグリフォンはもしかして人の言葉を理解しているのですか?」
「当然でしょう? ランクAモンスターなのよ? 人の言葉を喋ることは出来なくても、理解することは出来るわよ。ねぇ?」
「グルゥ!」
当然、とばかりに喉を鳴らすセトを見て、貴族達は思わず顔を見合わせる。
ランクAモンスターであるのは知っていたし、その力も春の戦争の結果を通して知っていた。だが、知能までもがそこまで高いとは思ってもいなかったのだろう。
そんな貴族達の様子を横目で見つつ、改めてヴィヘラはレイの方へと視線を向ける。
「それで、どう? 遊軍という扱いでいいわよね?」
「そうだな、俺としてもそうしてくれると助かるよ」
こうして、レイの配置はあっさりと決まる。
だが、この場でされる話はそれだけではなく、次にメルクリオが口にした話題はレイにとっても予想外の代物だった。
「ところでレイ。君にもう一つ頼みがあるんだ。実は、私の軍の兵士達の訓練をして欲しい」
「……訓練? 俺が、か?」
メルクリオの言葉が信じられないとばかりに尋ね返すレイだったが、それに返ってくるのは頷きのみ。
それも目には遊びの色は一切見えず、いたって真面目に要請してきているのを理解する。
(訓練って言われてもな……ルズィ達風竜の牙相手に訓練したような感じでいいのか?)
そんな風に考えつつ、やがてヴィヘラの方へと視線を向けるとそちらでも申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、小さく頷かれる。
正直な話、帝国軍に数で圧倒的に負けている以上、どうしても兵士の質を高めなければならなかった。
勿論兵士達を一騎当千といった具合にまで強く出来るとは思っていない。兵士にしても、それぞれ才能というものがあるのだから当然だろう。
それでもレイの様な存在と訓練をしたというのは、間違いなく兵士達の自信となる。そして何より、レイと訓練をするということは、圧倒的な強者を相手にして戦っても生き延びられる可能性が高まる。
強者との訓練という意味では、それこそヴィヘラやグルガスト、テオレームといった存在もいる。だが、それらはこの軍の幹部でもあり、そう簡単に時間を取れる訳でもない、
……もっとも、グルガスト自身は何か言いたそうな顔をしていたが。
何を言いたいのか。昨日少し会話し、やり合った為に大体理解したレイは、そっと視線を逸らす。
戦うのであれば自分も混ぜろと言いたかったのだろうが、この軍の中では幹部である以上、自分と戦っている暇はないと判断した為だ。
(まぁ、気晴らし程度なら付き合ってもいいかもしれないが……その前に、こっちとしても覇王の鎧を上手く使えるようにしないといけないしな。それが最優先課題だし)
目を逸らしたレイにグルガストは不満そうな表情を浮かべていたが、それでもここで何かを言っても自分の意見は却下されるだけだと判断したのだろう。何かを口に出すことはなかった。
「話は決まったわね。なら、皆も自分の配下の者達にレイが訓練を見ることになったというのを、きちんと教えておいて頂戴。……そうね、今日の午後の訓練をやる部隊にレイを紹介したいと思うんだけど、いいかしら? 今日の午後からの訓練を行う部隊で、レイに訓練を付けて貰いたい人はいる?」
そんなヴィヘラの問い掛けに数人の貴族が動こうとしたが、それよりも前につい先程までレイと戦っていた男達の中でも長剣を持ったリーダー格の男が口を開く。
「ヴィヘラ様、では私の部隊が」
「……いいの?」
「はい。レイ殿との力の差を理解したのですから、私としては異論ありません。それに……ヴィヘラ様を射止めたというレイ殿の力をもっと見たいというのもありますしね」
レイと初めて会った時とは全く違う表情。そして態度。
それ程までにレイとの模擬戦で得たショックは大きかったのだろう。
周囲の貴族達も、皆が驚きの表情で男を眺めていた。
そんな中、テオレームを始めとした数少ない者達のみが、寧ろ納得した表情を浮かべている。
「どうでしょう、レイ殿。是非私の部隊を鍛えて貰えませんか?」
「いや、俺はいいんだが……」
勢いよく迫ってくるその様子に押され気味のレイ。
それを見ているヴィヘラは、かなり珍しい光景に小さく笑みを浮かべてから口を開く。
「そうね。レイが良かったらそうさせて貰いなさい。……そうそう、自己紹介くらいはしておいた方がいいわよ?」
そんなヴィヘラの言葉に、リーダー格の貴族は我に返ったように咳払いをする。
「ん、コホン。確かにそうでしたね。私はカラザ・グラート。グラート伯爵家の三男です」
カラザと名乗った男の次に前に出てきたのは、槍を持っていた男。
「私はチャレー・テンダ。テンダ子爵家の次男です」
そして最後に、最初にレイと戦った長剣を持った男。
「わ、私はガラテーオ・モース。モース男爵家の六男です」
「……六男?」
ガラテーオと名乗った人物の肩書きに、思わずそう呟きを返す。
「え、ええ。その、私は六男ですよ」
こちらもまた、レイと最初にあった時とは随分と言葉遣いや態度が変わっていた。
「また、随分と子沢山な家だな。基本的に貴族ってのはそこまで多く子供を作らないものだとばかり思っていたが」
勿論血を残すという意味では、ある程度の子供の数は必要だろう。だが子供の数が多くなり過ぎれば、今度は家督争いが激しくなる。
尚、この場合の子供というのはあくまでもきちんと認知されている子供達であり、隠し子の類は含まれない。
「ええ。家族同士で争うのが嫌になったので、こうして独り立ちを……」
独り立ち? と首を傾げるレイだったが、例え家の力で戦力を揃えてこの軍に合流したとしても、それは目の前にいる人物にとっては独り立ちなのだろうと判断する。
(もっとも、反逆したことになっている第3皇子派に協力しているとなると、家の方にも咎が及ぶと思うんだが。いや、ここまで堂々とこっちにいるってことは、何らかの対策はしているんだろう。……多分)
そんな風に思いつつ、レイは改めて三人組のリーダー格の男、カラザの方へと視線を向けて口を開く。
「それで訓練って話だが、模擬戦をやればいいのか?」
「そうしてくれると助かります。私の部隊は見張りや周辺の偵察といった軍務は今日はありませんから」
「なるほど。まぁ、確かに軍として集まっている以上は、そういう活動もあるのは当然か」
寧ろそのような軍務がなければ、それは単純に軍事訓練に出てきているだけともいえる。
この軍が反乱軍である以上、遠くない内に帝国軍とぶつかり合うことになるのは確実だ。それを思えば周辺の偵察を欠かさず、いつ帝国軍が現れてもいいように準備をしておくのは当然だった。
「では、そういうことでお願いします。私の部隊は午前中は彼等と陣地の東側の平原で共に訓練を行いますので、それが終わった後、午後に来て貰えれば」
チラリとカラザが少し離れた場所にいる貴族の方へと視線を向けてそう告げる。
一つ一つの部隊が違う領地から派遣されている以上、いざという時に連携をする為に共に訓練をするのは当然だった。
指揮系統に関しては一番上にメルクリオがいるのだが、ここにいる者全てが第3皇子派ではない。ティユールやグルガストのようにヴィヘラの伝手を使って集めた者達、そして金の匂いを嗅ぎつけて来た者達と、多種多様となる。
そうなれば当然指揮権の問題や部隊間の連携行動についての問題が起きることもあり、その齟齬を解決するというのは寄せ集めに近いこの軍、反乱軍としては大至急行うべきことだった。
「さて、では話は決まったようだね。それではそれぞれ行動を開始しようか」
メルクリオがそう告げ、反乱軍の幹部に対するレイのお披露目は多少の騒動はあれども無事に終了する。
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