第603話
悠久の空亭にある、食堂の一画。
現在、そこではダスカー一行の皆が手に祝杯を挙げていた。
祝杯の理由としては、当然今日行われた闘技大会の予選を突破したことであり、主役はレイとロドスの2人……だけではなく、何故かルズィ、ヴェイキュル、モーストの風竜の牙の3人もいる。
数日とはいっても、レイやロドスと共に汗を流したという理由でダスカーが招待したのだ。
貴族の……それもミレアーナ王国の三大派閥でもある中立派を纏め上げているダスカーがいるということで、ヴェイキュルやモーストは最初遠慮していたのだが、ルズィは全く気にした様子がないままにダスカーの言葉に応じ、他の2人も渋々ながら祝勝会に参加することになった。
「いや、それにしてもロドスから聞いてたけど、お前のパーティは中々やるな」
「そうだろ、そうだろ。こう見えてもランクCパーティとしてはそれなりに知られているからな。もっとも、ミレアーナ王国には俺達の名前は届いてないだろうけど」
冷たく冷えたエールと、串焼きやシチュー、内臓や豆の煮込みといったものを味わいつつ、ルズィはエルクとエールの入ったコップを乾杯してぶつけ合う。
「いやいや、ちょっと待ちなさいよ。相手はミレアーナ王国の中でも有名なランクA冒険者の雷神の斧よ? 何だってうちのルズィはあんなに普通に会話してるのよ」
「言うだけ無駄ですよ、ヴェイキュル。ルズィだからでいいじゃないですか」
狼狽した様子のヴェイキュルに、モーストは既に諦めた様子で言葉を掛ける。
3人がパーティを組んでから2年近く経つのだが、それでもパーティリーダーであるルズィの言動には思わずといった様子で突っ込まざるを得ない。
「ま、うちの父さんはああ見えて礼儀とかは気にしない人だからな。よっぽどふざけた真似をしない限りは特にどうってことはないさ」
そう告げながらエールの入ったコップを手に、ロドスは2人へと声を掛ける。
差し出されたコップに、自分のコップをぶつけて乾杯したヴェイキュルが笑みを浮かべて言葉を返す。
「あ、ロドス。予選突破おめでとう」
「ああ。ま、色々と課題は多い勝ち方だったけどな。そっちもパーティ全員揃っての予選突破だろ? 中々健闘してるじゃないか」
「あははは。そうは言ってもね。確かにルズィは危なげなく勝ち残ったけど、私はなるべく人に見つからないように行動して、他の人の戦いの隙を突いて勝ち残った感じだし……モーストはねぇ」
意味ありげなヴェイキュルの言葉に、モーストは苦笑を浮かべつつ水で薄めた果実酒を口に運ぶ。
「まぁ、あれも勝利の為には当然の選択ですよ」
そんなモーストに向かい、ヴェイキュルはどこか呆れた視線を向ける。
だが、ロドスはそんなヴェイキュルとは裏腹に当然だと頷く。
「魔法使いが勝ち抜くには、どうしても壁役が必要だからな。それを考えれば、舞台の上で近くにいた相手と組むってのはそんなにおかしくないだろ。別に参加者同士で組んではいけないってルールはないんだし」
そう。モーストが予選突破の際に行ったのは、身体が大きく防御力に自信のある者を仲間に引き入れることだった。
その前衛がモーストの防御を固めている間にモーストが魔法を唱えて敵を討つ。
勿論それが全て上手くいった訳ではない。予選を勝ち上がることが出来るのは各ブロックごとに3人まで。そうなると、余計な仲間を増やす訳にもいかない。
壁になった1人の戦士の他にもう1人なら仲間に出来た筈なのだが、モーストの眼鏡に適う人材はいなかったのか、結局は2人で戦うことになっていた。
そうなれば、当然他の参加者達としては魔法を使う危険人物は早めに倒しておきたいという思いがあって集中攻撃され、壁役の男も1人でそれを押さえられる筈もなく結局モースト自身もレイから教わった短剣を使わざるを得なくなり、何とか勝ち抜くことが出来たのだが。
最終的には、モーストと前衛の男、それと最後まで積極的に攻撃に参加しないようにしていた盗賊の男がモーストのブロックを勝ち抜くことに成功した。
「あははは。確かにロドスさんの言う通り、今回は問題ありませんでした。ただ、今回の件はあくまでもバトルロイヤルという形だったから出来たことなんですよね。こうなると本戦のトーナメントはどうしたらいいものか。いっそ、僕もレイさんみたいに大鎌でも振り回してみるとかした方がいいんですかね?」
「そんな訳ないでしょ……って、ねぇ、ちょっと。あんたもしかして……」
普段のモーストが口にするとは思えない言葉に、ヴェイキュルはモーストが持っているコップを奪い取って匂いを嗅ぐ。
そこからは漂ってきたのは、間違いなくアルコールの匂い。
「あっちゃぁ……やっぱり。飲んだのはちょっとみたいだからいいけど、あんた酒には弱いんだから注意しなさいよね」
「ん? モーストも酒に弱いのか?」
意外なことを聞いたとばかりに尋ねるロドスに、ヴェイキュルは首を傾げる。
「何、もしかしてあんたも酒に弱いクチ?」
「いや、俺じゃなくてレイだ。勿論一杯や二杯飲んだからといって、すぐに倒れる程じゃないけどな。本人としては、とてもじゃないが酒を美味いとは感じられないらしい」
「うわ、人生の三割は損をしてるんじゃない?」
「さすがにそこまではいかないが、この美味さを分からないのは残念だな」
「全くね。仕事が終わった後の一杯は堪らないわ。この宿みたいに高級な店だと、冷えたエールを飲めるしね」
上機嫌でエールを飲み干している2人に、モーストは呆れ気味の視線を向ける。
「そんな苦いのが美味しいとは思えませんけどね」
「いや、お前はさっき飲んでただろ。……確かに美味くないのをわざわざ飲むなんてのは馬鹿らしいよな」
独り言のつもりで呟いた声に返答があり、ビクリとするモースト。
後ろを振り向くと、そこには鶏のもも肉を皿の上に乗せたレイの姿があった。
香草をたっぷりと使用して、蒸し焼きにされているのだろう。モーストのところまで食欲をそそる香りが漂ってくる。
直接焼いた訳ではないので、表面がパリッとしている訳ではなくしっとりとしているのが見ただけでも分かった。
「そうですね。そもそも酔っ払って他人に絡んだりする人を思えば、見ていて情けないです。……特にうちのルズィとか」
チラリ、とエルクと一緒に笑い合っている自分達のパーティリーダーに視線を向けて告げるモーストに、レイは同感だとでも言いたげに肩を竦めて、鶏のもも肉が乗っている皿を手渡す。
「ま、今日はご苦労さんってことで」
「え? いいんですか?」
モーストは、渡されたこの料理が宿の食堂で出されている中でもそれなりに値段がすることを知っていた。
特別に育てられている鶏に、稀少な香辛料や香草がふんだんに使われているのだから、当然だろう。
だがそんなモーストの言葉に、レイは全く気にした様子も無く皿を差し出す。
「魔法使いがバトルロイヤルの予選を勝ち抜いたんだ。このくらいの役得はあってもいいだろ。一応俺も分類的には魔法使いに入るしな」
「魔法使いって……魔法戦士でしょう? そもそも、普通の魔法使いはあんな大鎌を使ったりはしませんし」
「ふーん、ならこれはいらないのか? モーストがいらないなら、俺が食うが」
「あ、すいません。嘘です。レイさんは十分に立派な魔法使いです」
一転して翻る意見に笑みを浮かべ、そのまま皿をモーストの前に置く。
しかし、これだけいい匂いのしている料理を、同じテーブルで飲んでいたヴェイキュルやロドスが気が付かない訳がない。
「あ、ずるい。何でモーストだけ美味しそうなのを食べてるのよ」
「そうだそうだ、俺にもよこせ」
「うるさい、これは魔法使いに対する祝いの品だ。お前達みたいな戦士や盗賊が勝ち残るのとは訳が違うんだからな」
「贔屓よ、贔屓」
「全くだ。大体、お前はいつも俺に対して厳しすぎないか?」
既に十分に酔いが回っているのだろう。普段であればまず口にしないだろう弱音を口にしつつ、テーブルの上を幾度となく叩く。
「そんなことはないから、静かにしろ」
祝勝会とはいっても、あくまでも悠久の空亭の食堂で行われているものなのだ。当然食堂を貸し切りにしている訳でもなく、他にも大勢の客の姿がある。
勿論他の客にしても、大部分が今回の闘技大会に関係する用事で帝都に来ている者達だし、同時に闘技大会に参加している者もいる。
中にはレイ達と同様に祝杯を挙げている者も多い。
だがレイ達が予選を突破したということは、逆に予選を勝ち残れなかった者達も当然出てくる。
いや、寧ろ人数的に考えれば予選で負けた者の方が多いのだから当然だろう。
そんな者達の前で本戦に進んだ者達が陽気に騒ぎ、尚且つロドスのように周囲に憚ることなく大声を上げていればどう映るか。
当然面白くない者も多く、不愉快そうな視線を向けている者も数人存在していた。
それでも絡んでくる者がいないのは、レイ達がミレアーナ王国のダスカー一行であると知られており、更に祝勝会の中にダスカー本人がいるからだろう。
同時に、本戦に出場した者が5人もいるというのも抑止力になっている。
何しろ予選から本戦へと出場出来るのは60人。そしてここにいるのは5人。つまり、本戦出場者の約1割がここにいるのだから。
「んあぁ? 大丈夫だって。何かあっても本戦に出場する俺が何とかしてやるからさ。はっはぁ!」
「きゃーっ、素敵! でも私だって負けてないわよ!」
2人が嬉しげに叫び、その場で立ち上がる。
そんな2人……より正確にはヴェイキュルを見ていたモーストが、口に運んでいた鶏もも肉の蒸し焼きを皿の上に戻すとレイへと視線を向ける。
「あ、駄目ですねこれは。レイさん、悪いですけどヴェイキュルを押さえるのを手伝って貰えますか? このままだと色々と面倒なことなりますから」
「……面倒なこと?」
最初は何を言っているのか分からなかったレイだったが、ふと頭の上に落ちてきた何かを何気なく手に取る。
それは衣服。それも、数秒前に見覚えのあった衣服だ。
「おい?」
もしかして。そう思って顔を上げると、そこに映ったのは予想通りの光景だった。
黒いランニングシャツのようなものを着ているヴェイキュルの姿。
つい先程までそこにあった服は、現在レイの手元にある為に存在しない。
そこまでくれば、レイにとっても何が起きているのかを理解するのは難しくなかった。
「レイさん、頼みます」
「あー……まぁ、しょうがないか」
祝勝会に参加している者達は、ほぼ全員が酒を飲んで騒いでいる。
現状でしらふなのは、レイやモーストを含めて数名のみ。
普段であれば羽目を外しすぎないミンですらワインに舌鼓を打っているのは、やはりロドスが本戦に出場を決めたからだろう。
周囲を一瞥してしょうがないと溜息を吐くレイ。
ヴェイキュルが試合で着ていたレザーアーマーでも身につけていればまだ良かったのだろうが、ここは食堂。しかも祝勝会の場だ。そんな場所で鎧を身につけているような者は、余程の理由がない限り普通は存在しない。
「ほら、暴れるな!」
「何よ、これから私のちょっといいところを見せてあげるんだから、別にいいじゃない。レイも見たくない? その年齢なら、少しは女に興味あるでしょ?」
「無いとは言わないけど、酔っ払っている相手に対してはちょっとな」
言葉を返しつつ、黒のランニングシャツへと手を伸ばすヴェイキュルの手を押さえる。
そしてレイが抑え込んだところで、モーストが持っていた杖をヴェイキュルの頭部へと振り下ろす。
周囲に鳴り響く打撲音。
(いや、さすがにそれはどうなんだ?)
一撃で意識を失い、そのまま床に倒れ込むヴェイキュルを眺めつつ、レイは内心で呟く。
短剣を持たせるのではなく、杖術の類でも覚えさせた方がいいのではないか。
モーストの杖捌きに、思わずそう思ってしまったレイはおかしくないだろう。
(そういえば、ミンも杖を武器に使ってたな。しかもエルクを一撃で沈める程の威力で……)
そんな風に考えていると、モーストが床に倒れ込んだヴェイキュルへとレイが持っていた服を掛ける。
「全く、酒に弱い癖に飲み過ぎるのはどうにかならないものなんでしょうかね?」
呟きつつ、チラリと視線が向けられたのはロドス。
一連のやり取りを見守っていたロドスは、一瞬にして酔いが覚めたかのように幾度となく無言で頷く。
勿論本気を出せば、あの程度の一撃を回避するのは難しくない。だが、それはあくまでも普通であればだ。酔いが回っている状態で回避出来るかと言われれば、思わず口籠もってしまうような速度と威力を持っていた一撃だった。
特にミンから似たような攻撃を幾度となく受け、あるいはエルクに振り下ろされるのを見てきたロドスとしては、半ば本能的に回避してはいけないという習慣がその心に刻み込まれている。
そんなロドスの気持ちを理解していた訳ではないだろうが、モーストは小さく笑みを浮かべたまま口を開く。
「何も祝勝会で騒ぐなとは言いません。ですが、節度を持って楽しんで下さいね?」
その言葉に、ロドスは再度無言で頷くことしかできなかった。
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