第586話

 街道を移動しているダスカー一行。

 既にベスティア帝国に入ってから半月程が経ち、帝都に向かう途中の街道でもダスカー達のように闘技大会に招待されたと思わしき一行を見るのも珍しくはなくなってきていた。

 ベスティア帝国の貴族や周辺諸国から招待された貴族。中にはその辺の貴族よりも豪華な馬車に乗った商人の姿もある。


「いや、結構早かったな」


 周囲を見回せば、自分達以外にも帝都に向かっていると思しき一行を眺めることが出来る。

 特に馬車の装飾は国どころか集団ごとに違いがあるし、何よりも見応えがあるのは護衛だった。 

 馬車に乗っている貴族の領地の騎士団なのだろう。それぞれが皆同じ意匠の鎧を身に纏っている者も多く、レイの目を楽しませる。

 商人が乗っていると思しき馬車は、騎士ではなく傭兵が護衛をしている為に装備は個々で違っていたりもするのだが、マジックアイテムと思しき装備を身につけている者も多く、それもまたレイの目を楽しませていた。

 そんなレイの近くにいた騎士が呟く声が聞こえ、思わず視線を向ける。


「ん? ああ、悪い。独り言だ」

「いや、別にいいさ。それよりも早いって、何がだ?」

「帝都に着くまでだよ。勿論俺は行ったことがないけど、話によるとベスティア帝国に入ってからどんなに急いでも一月は掛かるってギルムに来ていた商人から聞いたことがあったからな」

「……ベスティア帝国にまで商売にいっている商人がいるのか」


 呆れた、とばかりに呟くレイ。

 ミレアーナ王国とベスティア帝国は長年の敵対国であり、当然国民が相手の国に対して向けている感情は悪感情の方が多い。

 そんな中でわざわざ敵対しているベスティア帝国まで出向いて商売をするというのだから、レイにしてみれば呆れざるをえなかった。

 だが、騎士はそんなレイの様子に小さく苦笑を浮かべて肩を竦める。


「ま、商人ってのは金のある場所に集まるものだしな」


 金という単語に、ふと鎮魂の鐘を思い出すレイ。


(結局一度襲撃して来ただけで、あれから全く手を出してこなかったな。さて、どうなっていることやら。それとも帝都で仕掛けてくる気か? ……まぁ、確かにそれはありえそうだが)


 帝都に入れば、ダスカー一行はそれぞれ別の行動を取ることになる。

 ダスカーはエルクやミンと共にミレアーナ王国の貴族としての付き合いを、レイとロドスは闘技大会に、セトは厩舎にといったようにだ。

 そうなれば、鎮魂の鐘としても襲撃対象の戦力が少なくなるのは事実だろう。


「レイ? どうかしたのか?」

「いや、何でもない。で、早くて一月だったか。それは商人が商品をたっぷりと乗せた馬車で移動しているからだろ? それに比べて俺達は、ダスカー様達が乗っているのを含めて3台全ての馬車が高品質な代物だし、馬車を引く馬にしても一級品ばかりだ。それに軍馬に限っては言うまでもない」


 騎士へと言葉を返しながら、レイの視線は少し離れた場所を移動する3台の馬車へと向けられる。

 街道を移動している他の馬車と比べると、豪華さという意味では劣っている。だが、それはダスカーが華美を求めず質実剛健を好む性格だからであり、馬車の質も馬の質も他の者達よりも頭一つ……下手をすればそれ以上に飛び抜けているのは、見る者が見れば明らかだった。

 特に馬車の速度を決める馬の質に関して言えば、周囲を移動している他の馬車を引く馬や護衛の騎士、傭兵の乗っている馬がレイを……より正確にはレイの乗っているセトを見て恐怖を抱いて挙動が怪しくなっている馬がいるのに対し、ダスカー一行の馬車を引っ張っている馬は全くセトを恐れた様子もない。

 勿論、これはギルムからここまで共に旅をしてきたから慣れたというのもある。

 だが、慣れる者も慣れない者も出てくるのを思えば、全ての馬がセトに対して慣れたというのは、やはり一級品の馬だからこそだろう。


「グルルゥ?」


 そんなレイの考えを感じた訳ではないが、セトが喉を鳴らしながら自分に乗っているレイへと視線を向ける。

 どうしたの? と尋ねてくる様子に、レイは何でもないと首を振り、その首筋へとそっと手を伸ばす。


「ま、辺境で生き抜いてきた俺達にしてみれば、当然だろうな」


 レイの口から出た思いも寄らぬ自分達への褒め言葉に、騎士の頬が照れで赤くなる。

 傍から見れば、若くそれなりに見目麗しい騎士が照れている様子というのはそれなりに思うところがある者も多いのか、そんな騎士に周囲から視線が集中する。

 騎士もやがて自分に向けられている視線に気が付いたのだろう。小さく咳払いをしてから、改めてレイへと視線が向けられる。


「それはそれとしてだ。こうして貴族とかが……それも俺達を含めて他国の貴族が集まったとなると、当然トラブルも起きやすくなる。特にレイはその手のトラブルに巻き込まれやすいんだから、注意しろよ」

「……いや、別に俺も好き好んでその手のトラブルに巻き込まれてる訳じゃないんだけどな」

 

 そう答えるも、レイ自身これまでの自分の経験を考えれば、とてもではないが自分の言葉に説得力がないのを理解していた。

 それはセトも同様だったのだろう。いつもであればレイの味方をするセトですら、納得しかねるとでも言いたげに喉を鳴らす。

 そして……


「セト、お前まで……ん?」


 思わずといった様子でセトに言葉を掛けようとしたレイだったが、その言葉を最後まで口にすることなく思わず止めることになる。

 何故なら、街道の進行方向で何台もの馬車が進めずに渋滞となっていた為だ。

 ざっと見たところでは20台近い馬車がダスカー一行の前に存在している。


「何だ?」

「さぁ? 馬車が横転でもして街道を塞いでいるとかか?」


 呟いたレイに、先程まで話していた騎士がそう告げる。

 だが、その言葉を聞いたレイは否定の意味を込めて首を横に振り、口を開く。


「別に街道の脇を通れないって訳じゃないだろ。街道で馬車の横転とかがあったとしても、一旦街道から外れて横転している馬車を避けてからまた戻ればいい」

「……まぁ、確かに」


 呟き、街道の脇へと視線を向ける騎士。

 そこには多少雑草が伸びてはいるが、それでも馬車で通れない程ではない。


「となると、何でだ?」

「さぁ?」


 何らかの問題が起こったというのは事実だろうが、それが何なのかというのはレイに分かる筈もない。


「このままここで立ち往生していても無駄に時間が過ぎるだけか。ちょっと待ってろ、ダスカー様に指示を仰いでくる」

「分かった。まぁ、帝都までもう数日程度だし、周辺の様子を見る限りでは闘技大会に間に合わないって訳でもなさそうだ。多少時間を食っても構わないだろうよ」


 そんなレイの声に、騎士は軽く肩を竦めてダスカーの乗っている馬車へと向かっていく。

 それを見送り、取りあえず今はすることがないレイは周囲の様子を眺めつつセトの頭を撫でる。


「グルゥ?」


 遊んでくれるの? と言いたげに小首を傾げて喉を鳴らすセトに、レイは小さく笑みを浮かべて頭を、クチバシを、喉を撫でていく。

 その手の感触に身を委ね、気持ちよさそうに目を細めるセト。

 もしもここが街道でなければ……あるいは周囲にこれ程馬車が密集していなければ、セトは地面に寝転がっていたかもしれない。

 そのままもっともっとと喉を鳴らすセトに、レイはしょうがない、とばかりに笑みを浮かべて手を動かす。

 既にダスカー一行の後ろにも馬車が止まっており、現状に不満を口にする者も少なくない。

 そんな中でもセトとレイの周囲には人や馬の姿が全くないのは、やはりグリフォンに対する畏怖や恐怖からだろう。

 だがそんな畏怖や恐怖も、セトがレイに撫でられている光景を見ると徐々にどこかへと消え去っていく。

 現在レイ達の周囲にいる者達の目の前に存在しているのは、人々がランクAモンスターと聞いて想像するような光景では断じてなかった。

 その光景を見ていた者達の胸には、ほんわかとした暖かい思いが過ぎる。

 あるいは、このままもう10分程もセトの様子を見ていれば何人かはセトに対して歩み寄っていたかもしれない。

 グリフォンである以上、それを従えているのがレイであり、即ち深紅と呼ばれている冒険者であると薄々想像していてもだ。

 もっとも、この場にいる馬車の持ち主はベスティア帝国の者だけではない。帝国の周辺にある小国から来ている者も多数いるのを考えれば、それ程気にする必要もなかったのかもしれないが。

 だが、お互いにとっては幸か不幸か、そのようになる前に先程ダスカーの馬車へと向かった騎士が戻ってくる。 

 そして目の前に広がっている光景を見て、思わず小さく溜息を吐きながら口を開く。


「あのな、ここでそういうのをやるのはどうかと思うぞ」

「そうか? どうせこのままだと進めないんだし、時間は余ってるだろ」

「いや、そういう問題じゃなくてだな。……いや、まぁ、いいや。それよりもダスカー様からの伝言だ。街道が渋滞している原因を調べて来いってよ」

「俺がか?」


 なんでわざわざ? そんな思いを込めて尋ね返したレイだったが、騎士は無情にも頷く。


「そうだ。ダスカー様の予想では、恐らく何らかのトラブルがあるのは確実だろうから、それを解決してこいってよ」

「……なるほど」


 騎士の言葉から、レイはダスカーの意図を理解する。

 そもそも自分の役目はとにかく闘技大会で目立って帝国上層部の注目を集めることだ。つまり、出来る限り目立つ必要がある。

 そして今この時点で目立つというのも、大きな利益になるとの考えからなのだろうと。


「分かった。なら行こうか、セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らして立ち上がり、そのまま馬車と馬車の隙間を通り抜けるようにして街道から外れる。

 無数の草が生えている草原へと出ると、そのまま混雑の原因となっている方へと向かって進んでいく。

 特に急いでいる訳ではないので、グリフォンが走っている光景を見て周囲を驚かせないようにしながらゆっくりと進み……やがて渋滞の先頭へと到着する。

 そこにいたのは、20人程の集団。

 全員が同じ集団に所属しているのを表すかのように、緑と青で染められた鎧を身につけていた。

 それだけであれば特に驚くべきことではない。

 事実、周辺には同じ鎧を身につけた者達というのが見て分かる程にいるのだから。

 確かに他の集団よりも人数は多いが、あくまでもそれだけでしかない。

 他と違う理由。それは、街道を封鎖するかのように立ち塞がっているところにあった。

 集団の代表と思しき者と渋滞の先頭にいた馬車の御者が会話をし、何かを手渡すと鎧を着た者達が馬車が通れるだけの場所を空けたのを見たレイは、一瞬検問かとも考える。

 だが先頭の馬車に続き次の馬車もまた同様に、鎧を着た者の代表と思しき者に何かを手渡し、先程の馬車と同様に開けられた隙間から先へと進んでいく。


(検問じゃ、ない?)


 レイの見間違えでなければ、御者が渡したのは数枚の銀貨。

 とてもではないが、検問のようには見えない。

 そうなると、考えられるのはそう多くはなかった。

 誰かが勝手にこの場を通る者から金を巻き上げているのだというのが、最も分かりやすい光景だろう。

 だが、レイ自身があり得るのか? と思わず疑問に思う。

 ここは帝都へと続く街道であり、そんな場所でここまで堂々と強請りをすれば、発覚しない方がおかしい。

 そして、レイと共にいるダスカーもそうだが、帝国の上層部から直々に招待を受けた身なのだ。

 そんな相手から金を巻き上げるような真似をすれば、間違いなく首が飛ぶ。 

 それは仕事を首になるというのではなく、物理的に、だ。

 だからこそ、こんな目立つ場所でこのような真似をしているのが信じられなかった。

 そう判断し、レイは近くで苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべている40代程の商人へと声を掛ける。

 数台の馬車に乗ったような集団ではなく、個人で行商をしていると思われる商人へと。


「なぁ、あれは一体何なんだ?」

「ああ? 決まって……」


 決まっているだろう。そう告げようとした行商人の男は、レイが乗っているのが何であるのかに気が付くと思わず息を呑む。

 そこにいたのがグリフォンだったからだ。

 何かを誤魔化すように周囲へと視線を向けるが、誰が助けてくれる筈も無い。

 そのまま諦めたように溜息を吐くと、忌々しげな口調を隠そうともせずに口を開く。


「見ての通りだよ。ああやってこの街道を通る奴から金を巻き上げてやがる」

「……誰も上に訴え出ないのか? 帝都の近くで、それもこの時期にこんな馬鹿な真似をすれば、どうなるかくらい分かってると思うが」

「俺が知るかよ。きっと何か……」


 そこまで告げると、急に男はレイの背後に視線を向け、慌てたように離れる。

 その理由は明らかだった。


「おい、そこの者。ちょっと話を聞かせて貰おうか」


 緑と青の鎧に身を包んだ人物が、そこに存在していたのだから。

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