第524話
夏の夜にも関わらず、マースチェル家の屋敷の中は冷気をもたらすマジックアイテムの効果により、外に比べれば過ごしやすい気温が保たれている。
だが、それでも中で激しく動き回れば当然汗が出る訳で、現在はその涼しく保たれているマースチェル家の屋敷の中を大勢の冒険者が額に汗を掻きながら歩き回っていた。
既に夜、いつもなら酒を飲んだり歓楽街に出掛けて娼館に向かったり、あるいは早い者は寝ていたりする時間なのだが、現在のマースチェル家の屋敷では大勢の冒険者が歩き回り、走り回り、悲鳴を口にしている。
「この資料は宝石を買った商人の名前でいいのね?」
「ああ。……ただ、その書類に載っているのは全部表の商人のみだ。裏関係の商人に関しては、確かそっちの引き出しにあった筈だ」
1つの部屋の中では、机の中にある書類をひっくり返しながら書類の確認をし……
「きゃああああああっ!」
「どうしたっ!? ……なっ、植物がモンスター化しているだと! 待ってろ、すぐに助ける!」
「いやっ、ちょ、ちょっとこっち見ないでよ! 服が……服が溶ける!」
また、ある部屋ではプリの研究成果なのだろうか。部屋の中を調べていた女冒険者が、服を溶かされて肌が露わになるというトラブルが起き……
「これが全部宝石だって? ……さすがにマースチェル家って言うべきなんだろうな」
「得た金のかなりの部分を宝石の購入に回していたらしいわ。それでもこれは……」
「おい、くれぐれも懐に入れようなんて思うなよ。シルワ家に知られたら、俺達はこの先安心して生きてはいけないぞ」
「分かってるわよ。でも、ちょっと見るくらいはいいでしょ」
「……それくらいならな」
ある部屋では部屋中に存在している宝石に女冒険者が目を奪われ、それを見ていた仲間の冒険者が妙な真似をしないように忠告し。
「うっ、ちょっと、これって……」
「この骨の山……おい、マジか。10人や20人って数じゃねえぞ、これは。100……下手をすればそれ以上……」
「一応魔法的な対処はしてあるみたいだから、アンデッドになるようなことは無いみたいだけど」
「中に入るのにあれだけ罠が仕掛けられているから妙だとは思ったんだが。まさかお宝の山じゃなくて骨の山とはな」
「しかもこの骨、何らかの魔法的な処置が施されているな。恐らくは何かに使うつもりだったんだろ」
ある部屋では文字通りの意味で山と化した人骨が……それも何らかの魔法的な処置をされたものが発見され。
そして……
「うわ、これは……随分と溜め込んでるな」
マースチェル家の中にある1室。それも、盗賊が見つけたという隠し部屋の中に入った冒険者達が思わず呟く。
部屋の中にあるのは大量のマジックアイテム。それもダンジョン内でしか見つからないような物も多数揃っており、それらをマースチェル家がどうやって手に入れたのかを考えれば、その場にいる者達は苦い息を吐くしか出来なかった。
「ちょっと、見てよあれ。ダンジョンの中でも滅多に見つからない魔剣の類がこんなにたくさん揃ってるわよ」
「ああ。……ちょっとこれは俺達だけだと手に負えないな。おい、悪いがボスク様を呼んできてくれ。指示が欲しい」
「あ? あ、ああ。分かった。すぐに呼んでくる!」
部屋の中にあったマジックアイテムを呆然と見ていた冒険者の1人が慌てたように隠し部屋を出て行く。
ボスクを呼ぶということの重要性もそうだが、このまま隠し部屋の中にいれば迂闊に手を伸ばしてしまいそうになるのが怖かったのだ。
その気持ちは他の冒険者達も同じであり、やがて誰が言うでもなく全員が部屋から出る。
そして数分程して……
「マジックアイテムの山ねぇ。……マースチェル家としての権力を使いまくったんだろうな」
溜息を吐きながらボスクが……そして、後を追うようにしてレイとエレーナの2人もやってくる。
尚、ヴィヘラとビューネの2人に関しては、取りあえず今日のところは既に帰っていた。
本来であればヴィヘラは自分で宿を取っていたのだが、今日起きた出来事を考えれば一晩くらいはビューネと一緒にいた方がいいだろうということで、明日シルワ家に向かう約束をして共にフラウト家の屋敷に向かったのだ。
尚、セトやイエロに関しても今の状況でマースチェル家にいても邪魔になるだけだということで、ヴィヘラとビューネが黄金の風亭に連れて行った。
「これは……また、もの凄い数だな」
部屋に飾られているマジックアイテムは、長剣、短剣、槍といった武器から、盾、鎧といった防具、あるいは腕輪や足輪といったアクセサリ――ただし宝石がついている物は1つもない――の他にもポーションや時計、鏡、本、コップ、カード、燭台、ランタン、絨毯、羽ペン、石版といった物や、魔法金属の類も多くあった。
そして……
「……」
それらの中の1つに、レイは完全に視線を奪われる。
そこにあったのは金属のケースであり、その開いているケースの中にはどこか見覚えのある直径10cm程度の水晶玉が2つ収められていた。
それが何なのかというのは、すぐにレイにも分かった。何しろ自分でも1つ持っているし、そもそもこのマジックアイテムを探して迷宮都市でもあるエグジルへとやって来たのだから。
対のオーブ。
レイが持っている物とはオーブの装飾が違うところもあるが、それは間違いなく遠く離れた相手とも話が出来るマジックアイテムだった。
まさかダンジョンの中ではなく、ここで見つけられるとは思ってもいなかった。
そんな思いと共に対のオーブへと視線を向けていると、やがてそんなレイに気が付いたのだろう。ボスクと共に隠し部屋の中にあるマジックアイテムに関して話していたエレーナが声を掛ける。
「レイ? 何か気になる物でもあったのか?」
「……ああ。とびっきりの物がな」
その言葉を聞いたエレーナがレイの視線を辿り……それがなんであるのかを理解したのだろう。驚きに目を見開く。
「これは……もしかして、私達が探していた?」
「恐らくな。まさかこんな場所にあるとは思わなかったが」
「……なるほど」
そんな風に会話をしていると、今度はボスクが会話に割り込んでくる。
「おい、どうしたんだよ? ……ん? それはマジックアイテムか何か、か?」
「そうだ。俺達がエグジルに来た理由がこの手の離れた場所でも会話出来るようになるマジックアイテムを探しての事だったからな」
「離れた場所で……?」
レイの言葉を聞いて数秒程何かを考えていたボスクは、やがてその口元に笑みを浮かべる。
どちらかと言えばニヤリと表現すべき笑みを浮かべたボスクは、その視線をエレーナへと向け、隠し部屋の外にいる冒険者達に聞こえないように小声で呟く。
「ふーん、なるほど。何か目的があるとは思ってたけど……随分と女らしい理由からだったんだな」
「……何が言いたい?」
いつものエレーナの口から出るよりも数段低い声。
これ以上からかうと本気でその左腰にある連接剣が引き抜かれかねないと判断したボスクは、慌てて首を横に振る。
オリキュールとの戦いでその連接剣がどれ程の力を持つのかは十分に理解した。自分が戦っても、勝率は2割あればいいほうだろう。客観的にそう判断しているからこその変わり身の早さ。
「いやいや、何でもない何でもない。……ああ、なら今回の件のお前達に渡す報酬はそのマジックアイテムでいいか?」
ボスクの言葉にエレーナの動きがピタリと止まり、数秒の沈黙の後に口が開かれる。
「何を言っている? この屋敷はマースチェル家の物だ。今は色々な嫌疑でお前達が調べているが、だからと言って勝手に着服してもいいものではない」
「確かにこのマジックアイテムとかはマースチェル家の物だろうが、ここまで大きな騒ぎを巻き起こした以上は取り潰しされるのは間違いない。そうなれば、当然ここの管理は俺達がすることになるだろうし……何よりも、ここにあるマジックアイテムの大半は恐らく盗品やら何やらを含む」
呟きつつ、近くにあったランタンを持ち上げてその表面を撫でるボスク。
「かと言って、誰の物なのかを調べるのは不可能に近いしな。恐らくはオークションの類でエグジルの運営費に回されるだろう。ならその前に俺の方で買い取って、今回の謝礼としてお前達に渡すのはそうおかしな話じゃない」
「……そうだな」
レイにとっては、エレーナがボスクの発言を認めたことが意外だった。
てっきりそれは横領だ云々と言うものだとばかり思っていたのだが。
だが、このエグジルを含めて何の後ろ暗い手段も使わずに土地や民、街を収めている者など殆ど存在していない。皆、多かれ少なかれその手のことには手を染めているのだ。
そもそも、このエルジィンという世界では清濁併せ呑むというのは貴族としては常識以前の問題だった。
綺麗なだけの湖には殆どの生物が生きていけないのと同様に。
(まぁ、裏の組織と繋がりがあるってのは前に聞いてたしな。寧ろ金を支払うだけ良心的か)
納得した様子のレイは、どうするのかと視線をエレーナへと向ける。
勿論レイとしてはここで通話用のマジックアイテムが入手出来るというのなら大歓迎だった。
ダンジョンにこの手のマジックアイテムが眠っていると言われてはいても、確実に入手出来るかと言われればそれには疑問を抱かざるを得ないのだから。
「分かった、ではありがたく受け取ろう」
エレーナとしてもレイと同様の結論に至ったのだろう。ボスクに小さく頷く。
「そうか、なら悪いが明日にでも俺の屋敷に来てくれ。その時に改めて渡すよ。出来ればこの場で渡したいんだが、一応手続きの類があるんでな。それに幾らくらいで買い取るかというのも調べないといけないし」
「……それ、今日明日で出来るのか?」
思わず尋ねたレイに、ボスクは小さく肩を竦めて頷く。
「確かに普通なら多少時間が掛かるが、俺を誰だと思っている? それ以前に、今回の件は少しでも早く解決して国に報告しないといけないしな。特に聖光教の件とかはエグジルだけでどうこう出来る問題でもない」
「確かに」
ボスクの言葉に思わず頷くレイ。
聖光教というのは、別にエグジルで生まれた宗教では無い。聖光教から派遣されてきた人物が布教したものなのだ。
実際にケレベル公爵領でもその存在が確認されている以上、国として何らかの取り締まりをする必要があった。
(そういう意味では日本と違って信教の自由とかそういうのが無いってのは便利だよな)
内心で呟いていると、不意に隠し部屋の扉がノックされる。
「どうした?」
即座に言葉を返すボスクに、ノックをした相手も同様に扉越しに素早く用件を告げる。
「ボスク様、マースチェル家の血縁者が来たのですが……」
「何があった?」
「その、マースチェル家の屋敷から出て行けと」
「……何?」
その言葉は予想外だったのだろう。思わず問い返すボスク。
隣で話を聞いていたレイやエレーナにしても、理解に苦しむとばかりに首を傾げる。
マースチェル家が行ってきたことを考えれば、下手に出るのならまだしも高圧的に出てくるというのは下策でしかない。
(あるいはプリのやっていたことを全く知らなかった? だからこそ、マースチェル家の屋敷にシルワ家の人間がいるのを我慢出来なかったとか)
内心で呟き、意外とありえるかもしれないと判断する。
何しろ、プリのやっていたことはどう考えても他人に知られれば致命的なものばかりだ。それを自分の身内とは言ってもわざわざ教えるかと言えば……それは否だというのがレイの判断だった。
あるいはそのマースチェル家の血縁者がプリのやっていた犯罪に協力していたのであれば話は別だが、来て早々屋敷から出て行けと叫ぶような相手がそんな真似を出来るとはレイには思えない。
「ちなみに、その血縁者とやらを呼んだのはボスクでいいのか?」
「ん? ああ。恐らくマースチェル家は取り潰しになるだろうが、それが決まるまでは一応マースチェル家を存続させておかなきゃいけないからな。何も知らない仮の当主だろうが、用意しておく必要はあるんだよ」
レイの言葉に、面倒くさそうに頭を掻きながらボスクが告げる。
だが、それを聞いていたエレーナはどこか訝しそうな表情で口を開く。
「プリの血縁者というのは、以前この屋敷に来た時に聞いている。遠く血を引いている親戚の子供だろう?」
「正確には、今来ているのはその親戚の父親だ。プリが生きている時には何があってもこの屋敷に近づくことはないままに、自分の子供を将来的にマースチェル家の当主とするというプリの命令にも唯々諾々と従ってたんだが……いや、これ以上はお前達を巻き込んでもしょうがないか。俺はあっちの相手をしないといけないが、お前達はどうする?」
「そっちには関わりたくはないな。もう少しこの屋敷から出てくるだろう証拠の類を見て回ろうと思う。……レイもそれでいいか?」
「ああ」
こうして、隠し部屋から出た3人はボスクとエレーナ、レイの二手に分かれることになる。
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