第523話

『ティービアッ!』


 ボスクが未だに意識を取り戻さないティービアを横抱きにし、何故か自分の横をチョコチョコと歩いてくるビューネと共に魔法陣のある部屋から外へと出た瞬間、部屋の外でやきもきしながら待っていたエセテュスとナクトの2人は揃って声を上げる。

 幸いと言うべきか、既にナクトはプリの放った雷の魔法による痺れからは回復しており、多少動きにくそうではあるが普通に立ってボスクの方へと歩み寄っていく。


「ボスク様、その……ティービアは無事なんですか?」


 ティービアの姿をその目で確認し、いつもの武器である槍を床に転がしたまま尋ねてくるエセテュスにボスクは頷く。


「ああ」

「でも、その……部屋の中からはもの凄い音が色々と聞こえてきていたんですが……」


 部屋の外で待っていたエセテュスやナクトにしてみれば、人魔と化したオリキュールの暴走にも近い戦いの音が聞こえてきていたのだ。気が気では無かったのだろう。

 だが、ボスクは横抱きにしていたティービアをエセテュスへと渡しながら口を開く。


「不幸中の幸いと言うべきか、魔法陣の中央には魔法の障壁のようなものが展開されていたからな。かなり強固な障壁だったから、傷1つ無い筈だ」


 その言葉に安堵の息を漏らし、本当に怪我は無いのかどうかとティービアへと視線を向けるエセテュス。

 実は魔法障壁というのが生贄になる人間を逃がさず生贄とする為に必要だったものだと知れば喜んでばかりもいられなかっただろうが。


「あの騒ぎでも目を覚まさないってことは、何らかの薬か魔法が使われてるんだろ。後でシルワ家の医者に診せるから、今は屋敷に運んで静かな部屋で休ませてやれ。サンクションズにはその辺、前もって言ってあるしな」

「……何から何まで、ありがとうございます」

「ありがとうございます!」


 ナクトが深々と頭を下げ、ティービアを抱いているエセテュスも礼を告げる。


「へっ、俺は身内を……大事な奴等を見捨てないんだよ。……絶対にな」


 チラリ、と自分の隣で成り行きを見守っているビューネへと視線を向けながらそう言葉を返す。

 命の恩人であり、自分が慕っていたビューネの両親。……更にこれは絶対に口に出すことはないが、ビューネの母親はボスクにとっては初恋の相手でもある。

 その2人を救えなかったというのは、ボスクの中に深い傷を残していた。自らの身内を決して見捨てないという行動へ走らせる程に。


「ボスク様?」


 そんなボスクの様子を訝しく思ったのか、ナクトが尋ねる。

 だが、ボスクは小さく頭を振って今は余計なことは頭の中から消して口を開く。


「ともかく、ここはいいからシルワ家に戻れ。ああ、一応念のためにここに連れてきた冒険者を何人か護衛として連れて行けよ」

「ありがとうございます! ……っとと」

「おい、気をつけろ。……こちらとしては助かりますが、ボスク様達はどうするおつもりで?」


 勢いよく頭を下げた影響で、横抱きにしているティービアを落としそうになるエセテュスと、それに注意しながらボスクへと尋ねるナクト。

 そんな2人に、小さく笑みを浮かべたままボスクは口を開く。


「まずはこの屋敷の調査だな。異常種やら何やらの証拠が出てくるかもしれないし、なにより、今も気を失っている聖光教の奴等をどうにかする必要がある」


 シルワ家の屋敷に忍び込んできた聖光教の者達は、手足を動けなくして猿轡を噛ませたにも関わらず、どのような手段かは不明だが自らの命を絶った。


(ただ、あの時は俺達を混乱させるという目的があったから、それを目的にして準備をしていた可能性がある。それなら、恐らく今気を失っている奴等はその手段を持っていない……いや、そう断じるのは早いか。そもそもレイ達を相手に足止めする為に出てきたのを思えば……)


 一瞬脳裏でその可能性を考えるが、やがてすぐに却下する。

 何しろ、あれだけの人数が気絶されたり殺されたりしているにも関わらず、自爆した様子は一切なかったのだから。

 そんな風に頭の中で考えていると、やがてそれを見てこれ以上ボスクの邪魔をするのは足を引っ張る行為でしかないと判断したのだろう。小さく頭を下げ、ティービアを抱えながらエセテュスとナクトは去って行く。


「上に行ったらこっちにも人数を寄越すように伝えてくれ。この通路にある扉の中を細かく調べる必要があるし、気絶している奴等をどうにかする必要もあるからな」

「分かりました」


 そう言葉を返して去って行く2人を見送ったボスクは、魔法陣のある部屋へと視線を向ける。

 その顔に面倒くさそうな感情が浮かんでいたのは、恐らく気のせいではないだろう。

 つい先程までは楽しんでみていた痴話喧嘩だったが、今では部屋の中から殺気とまではいかないものの、かなり強い怒気が放たれているのだ。

 そんな中に入っていけと言われても、ビューネと話した今のテンションではちょっと難しかった。


「……ん」


 そんなボスクを少し眺め、やがてその巨躯に相応しい大きな手をビューネの手が握りしめる。


「うん? どうした?」

「ん」


 ボスクの問い掛けに、小さく頷き手を繋いだまま引っ張って魔法陣の部屋へと入っていく。

 まるで、自分がいるから大丈夫だと態度で示すかのように。

 そのまま引っ張られ、中に入ったボスクは痴話喧嘩と呼ぶには派手に闘気とも呼べるものを放っているエレーナとヴィヘラへと向かって進んでいく。


「あのなぁ……折角戦いが終わったってのに、ここでまた戦い始めてどうするんだよ」

「俺に言われてもな。そもそもこの2人を止めるのは無理だろ」

「グルルゥ」


 ボスクがレイに苦言を呈し、それにレイが言葉を返すと、すぐ隣にいたセトが同意だとでもいうように小さく喉を鳴らす。


「キュ?」


 セトの背の上では、相変わらずイエロが何が起きているのかを理解していない状態で小さく鳴き声を上げていた。


「駄目」


 ボスクから手を離したビューネが、エレーナとヴィヘラの間に入ってそう呟く。

 その様子に目を見開くエレーナ。

 戦闘中には何度かビューネが声を発していた場面を見てはいたが、この落ち着いた状況で見てようやく実感したといったところか。


「ビューネ……言葉を?」

「ん」


 エレーナの言葉に頷くビューネ。

 表情を殆ど変えることのないビューネだが、今のその表情にはどこか照れくささが浮かんでいるようにも見えた。

 一瞬動きが止まったその隙を突くかのように、ボスクが頭を掻きながら前に出る。


「おら、ちょっとあそこにいる奴等を捕らえておくからお前達も手伝ってくれ。肝心のオリキュールは死んでしまったが、他の信者共は幸い生きているのも多いからな」


 チラリと視線を向けるのは、床に倒れているローブの者達。

 ヴィヘラの攻撃により既に息絶えている者も多いが、何とか生きている者もそれなりの数がいる。

 だが、今気絶から目を覚ますと何をしでかすのかが分からない以上、ロープなり猿轡なりで拘束しておく必要があった。


「……ほら」


 ミスティリングから取り出したロープをボスクへと放り投げるレイ。

 それを受け取ったボスクは、早速とばかりにローブの者達へと向かう。

 まずはどんな武器を隠しているか分からないローブを剥ぎ取り、手足を縛り上げていく。

 そんな風な作業をレイ達も手伝っていると、やがてドヤドヤとした声が聞こえてくる。

 一瞬敵かと考えて武器を構えようとしたレイだったが、ボスクに止められてその手を下ろす。


「安心しろ、俺達と一緒にマースチェル家の屋敷に攻めて来た奴等だ。エセテュスとナクトに、上に行ったら連絡をするように言っておいたんだよ」


 その言葉を聞き、デスサイズを下ろすレイ。

 丁度そのタイミングでシルワ家所属の冒険者や、今回の件で雇われた冒険者達が姿を現す。


「うおっ! 何だこの部屋……広すぎだろ」

「って言うか、床、床。魔法陣があるぞ」

「いや、魔法陣くらいはあっても不思議じゃないだろ。何しろここはマースチェル家の屋敷だからな」

「それに人形とかも襲い掛かって来たしね。気配が無いとか、最悪よ」

「あー……確かに。でも、人形以外には私兵が少しだけだったし、その私兵にしてもそれ程強いって訳じゃなかったから、それ程手間は掛からなかっただろ? 人形がもっと……もっと……」


 お互いに魔法陣のある部屋の広さやらマースチェル家の警護をしていた私兵について話ながら入ってきた冒険者達は、視線の先にある物を見て思わず固まる。

 それは無数の人形の残骸。少数に襲われただけでも気配や殺気といったものがなくて倒すのに苦労した人形が、数限りない程の残骸となって床に散らばっているのが見えたからだ。

 手足や胴体、頭部といったものが千切れている為に正確な数は分からないが、それでも100体以上はいるだろう程の数。

 それが部屋の中の至る場所へと散らばっているのだ。

 本来であればオリキュールが遊び半分に倒した人形の残骸が転がっていたのは一部分だけであったのだが、宝石の爆発とレイの魔法による相乗効果によって部屋中に広がった爆風により、人形の残骸も部屋中へと散らばっていた。


「ちょっとちょっと、この人形の数って……どれだけの激戦だったのよ」

「……凄い、な」

「ああ」


 自分達の予想を超えた事態だった為だろう。仲間との言葉を交わしつつも、どこか言葉少なになる。

 そうして最終的に冒険者達の視線が向けられた先は、ボスク……ではなく、セトであり、その頭を撫でているレイだった。


「深紅、か。ダンジョンをもの凄い速度で攻略しているって噂は聞いてたけど、その実力に偽りなしってところか」

「狂獣もいるわよ? っていうか、戦いを挑まれたりしないわよね?」

「そりゃ大丈夫だろ。幾ら戦闘狂だって言っても、戦う相手が弱すぎちゃ……ごめんなさい」


 緊張を解そうとしたのか、軽口を叩いた冒険者の男はジトリとした目を向けられて即座に謝罪の言葉を口にする。

 もっとも、そんなやり取りのおかげで周囲に漂っていた空気が軽くなったのだから、ある意味では狙い通りだったのだろう。


「おう、悪いな。まずはそこに倒れている聖光教の奴等を縛り上げてくれ。猿轡も忘れるなよ。屋敷に攻めて来た奴等はそこまでやっても周囲を巻き込んで自爆したが、こうして見る限りだと一応こいつらにその手の仕掛けはないらしい」


 ボスクの言葉に、ほっと安堵の息を吐く冒険者達。

 だが、油断はするなとばかりにボスクは言葉を続ける。


「一応安心だとは言ったが、あくまでも一応だ。何らかの自爆の手段が残されているという可能性は決して皆無じゃないから、くれぐれも気を抜くなよ。それと半数はこの部屋に来るまでにあった部屋を調べてくれ。恐らく色々と面倒くさい物が見つかるとは思うが、確保しておきたい」

「……隠蔽する為、ではないな?」


 ヴィヘラとやり合っていたエレーナが、それを一時中断してボスクへと問い掛ける。

 だが、ボスクはそんなエレーナに対し、小さく肩を竦めて言葉を返す。


「当然だろ。何にしろ、ここまで大きな騒ぎになってしまったし、更に聖光教の問題もある。国に報告しない訳にはいかないだろうから、その証拠集めだよ。大体、俺がそんなに狡っ辛い真似をするように見えるか?」

「人は見た目で判断出来ないというのは十分に理解しているつもりだ。大体、それを言うのならお前が問題無くシルワ家の当主をやっているのが不自然だろう?」


 エレーナの口から出た言葉に、シルワ家所属の冒険者が何かを言おうと口を開き掛け……


「はっはっは。まぁ、確かにそうかもな」


 だが、その前にボスク本人からそれを認めるかの如く豪快な笑い声が上がった。

 自らが仕える人物が笑って済ませた以上、冒険者達にもこれ以上ことを荒立てる訳にもいかずに不承不承ながら口を閉じる。


「……まぁ、ボスクがそう言うのなら信じよう。だが、後日何らかの証拠が出てきたとしても、こちらとしては対応出来ぬが?」

「当たり前だろ、そんな真似をするか。……何なら資料やら何やらを接収しているのをお前も見て回るか? 確かに俺達だけでその類の作業をするというのは後で色々と疑念を呼ぶかもしれないから、第3者の目があればこっちとしても助かるしな」


 ボスクの口から出たその言葉に、エレーナは数秒程悩んだ後ですぐに頷く。


「よかろう。ここまで行動を共にしたのだから、最後まで付き合おう。レイ達はどうする? 疲れたのなら休んでもいいが……」


 エレーナの問い掛けに、レイは首を振る。


「いや、ここまで来たんなら俺も付き合うさ」

「ま、俺としてはどっちでもいいがね」


 レイの言葉にボスクは肩を竦め、話は決まるのだった。

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