第506話

 閃光の如き一撃。

 オリキュールの操るレイピアは、まさにそのような表現が似合う一撃だった。

 勿論レイピア自体が軽い武器であるのも影響しているだろう。だが、それを含めてもオリキュールの連続で放たれる突きはレイにしても目を見開く程の速度で、それこそ数秒で20を超える程の突きが連続して放たれたのだ。

 呼吸する暇すらも与えず、切っ先でレイの身体を貫かんと何度となくレイピアの切っ先が空中を舞い踊る。

 だが、レイもそれに負けてはいない。

 レイピアとは比べものにならない程に大きなデスサイズを縦横無尽に振るって、レイピアを防ぐ、防ぐ、防ぐ。

 胸元を狙って突き出された切っ先を柄で弾き、頭部を狙って放たれた突きを巨大な刃で弾き、太股を狙って放たれた突きを手の中で柄を回転させて弾き、あるいはスレイプニルの靴に包まれた足の甲を狙って放たれた突きは石突きの部分で弾く。

 文字通りの意味で目にも留まらぬ攻防を繰り広げていたレイとオリキュールは、やがてどちらからともなくお互いに距離を取る。


「……その武器、俺のデスサイズとまともに打ち合って傷1つ付かないところを見ると、相当高レベルなマジックアイテムだな」

「ああ、勿論。古の大錬金術師、エスタ・ノールの作品の1つさ」


 オリキュールの口から出てきたその名前に、小さく驚きの表情を浮かべるレイ。

 ゼパイル一門の錬金術師が作った作品がこんなところで出てくるとは思ってもいなかったからだ。

 だが、それを聞けば寧ろ納得するしかない。


(ある意味同じ制作者同士……と言えるか?)


 内心で呟きながらレイはデスサイズを構える。

 魔獣術を作り出す際には、当然エスタも協力している。ただし、魔獣術で使い切れなかった魔力を武器にして生み出すというのはタクムが組み込んだものなので、正式には同じ制作者同士とは言えないだろう。

 予想外という表情を浮かべているのはオリキュールもまた同様だった。

 自分の持っているレイピアは、それこそ魔力を通せば魔法金属を大量に使って作られたフルプレートメイルですらもあっさりと貫通出来るだけの威力を持っているのに、目の前にいるレイはそれを容易く防いで見せた。自分が自信を持っている連続突きの全てを、だ。


(さすがに深紅という異名を持つだけはある。グリフォンを抜きにしても十分以上に強い)


 お互いに相手の戦力を分析しつつ隙を窺っている間にも、周囲では激しい戦闘が繰り広げられていた。






「どうしたの? その程度かしら!?」


 突き出された槍の穂先を手甲から伸びている爪であっさりと斬り裂き、そのまま懐に飛び込んで胴体を狙って拳を振るう。

 とは言っても、その拳はただの拳ではない。手甲に覆われ、その甲の部分からは魔力によって形成された爪が伸びているのだ。

 槍の穂先すらもあっさりと切断するような爪を胴体に突き刺さし、更にそのまま邪魔だとばかりに爪を横薙ぎにする。

 ローブや、その下に着ていたレザーアーマー程度の防御力では全く役に立たず、紙切れ同然とばかりに内臓を周囲へと撒き散らかしながら男は胴体の半分程を斬り裂かれて地面へと崩れ落ちる。


「何? この程度の腕しか無いの?」


 右手の爪を残っているローブの者達へと向けるが、今の光景が余程に衝撃的だったのだろう。警戒しているのか、近づいてはこない。

 そもそもオリキュールを始めとしてこの場にいる者達の目的は、あくまでも時間稼ぎでしか無い。

 だが、そんな消極的な行動はヴィヘラの戦闘意欲を激しく減らしていく。

 ヴィヘラが望んでいるのは血が沸き立つような戦いだ。例えば、現在レイとオリキュールがやっているような、常人であれば目で追うことすら出来ないような、そんなやり取り。


(これならお人形さんを相手にしている方がよっぽど良かったかもしれないわね)


 内心で不満一杯に呟きながら小さく溜息を吐き、一瞬だけ視線を幾つもの人形と戦っているビューネとナクトの方へと向けてから、再び目の前に立ちはだかっているローブの集団へと視線を向ける。

 このローブを着ている者達は聖光教の裏で働く者であり、当然その戦闘技術は高い水準にある。

 一般的なランクD冒険者なら1人で相手を出来、ランクCの冒険者を相手にしても複数人で協力すれば互角以上に戦える程度の腕はあるのだ。

 だがそんな集団にしても、狂獣と呼ばれる程の戦闘力を誇るヴィヘラを相手にするのは難しいのは、先の槍を持った男とのやり取りを見ていれば明らかだった。

 結局出来るのは、正面から戦うのでは無く複数人で牽制しつつまともに戦わないで時間を稼ぐことでしかない。


「……そう、あくまでもそっちがそういうつもりなら、こっちにも考えがあるわよ?」


 チラリ、とオリキュールの方へ視線を向けるヴィヘラ。

 それが何を意味しているのかは明白だ。自分を相手にして積極的に攻めてこないのなら、ローブの集団を無視してオリキュールの方へと手を出す。

 暗にそう告げたヴィヘラに、ローブの集団もさすがに手を出さざるを得ない。

 自分達を率いているオリキュールをして勝てないと言わしめる相手と戦っているのだ。そこに目の前の美しさと禍々しさを併せ持つ存在を向かわせてしまえば、戦局はあっさりと傾くだろう。

 レイとオリキュールの戦いは、傍から見る限りだとどちらかと言えばオリキュールが押しているように見える。だが、それが見た目通りのものでないのは、ローブを着ている者達全員が理解していた。

 それだけの能力を持っているからこそ、オリキュールの部下としてこのエグジルに派遣されているのだから。

 そうさせない為に出来ること。それは即ち、自分達が何とかして目の前で不敵に笑っている存在を引き留めるしか無い。

 自分1人で勝てないのなら仲間と共に協力する。ある意味では当然の選択をしつつも、その連携速度は当然と言えるレベルからはかけ離れていた。

 数人が同時に攻撃を仕掛け、それを回避しつつカウンターを入れようとしたヴィヘラの一撃を、また別の者が割り込んで剣を振るい魔力の爪を受け止める。

 だが、ヴィヘラの一撃を受け止めた男はその一撃の重さに耐えきれず、吹き飛ばされ……それを他の者が受け止めてダメージを極力減らす。

 男を吹き飛ばしたヴィヘラの死角から短剣を数本投げつけ、それさえも目眩ましにしながらまた別の方向から槍を突き出す。

 有機的な連携とでも表現すべきローブ達に、つまらなさそうな表情を浮かべていたヴィヘラの表情に再び笑みが戻っていく。

 確かに1人1人はそう強くはないが、こうまで見事に連携を取ってこられるとその戦力は二乗倍にもなる。

 それらの行動に逐一対処しつつも、やがて戦闘の興奮によりヴィヘラの肌は赤くほてり、目は潤み、戦闘の快楽に身を任せていく。






「ん!」


 そんな一声と共に、ビューネの手から放たれた複数の針は、跳び上がって襲い掛かってきた兎を擬人化したような人形へと向かって飛ぶ。


「ケケケケケ」


 相変わらずの聞きにくい笑い声を響かせながら、空中に跳び上がっていた人形は持っていた斧を振るう。

 人形の大きさが30cm程度であるのに対し、持っている斧はごく普通の人間が使う物。にも関わらず、振るわれた斧は鋭く空気その物を叩き割るように振り下ろされ、飛んできた数本の針を弾き飛ばす。


「ふっ!」

「ナニィ!?」


 だが、斧を振り下ろした人形が見たのは、自分のすぐ横で短剣を振り下ろしているナクトの姿。

 そのまま短剣の切っ先が兎の耳へとめり込み、そのまま頭部を貫こうとしたところで、自分に向かって振り下ろされる何かを感じ取ってすぐに後ろへと跳ぶ。

 後方へと跳躍したナクトが見たのは、一瞬前に自分の頭部があった場所を通り過ぎる太く毛の生えた腕だった。

 腕の持ち主は、熊のヌイグルミ。

 もっとも、ヌイグルミとは言ってもその高さ2mを超える以上はとても可愛いらしいものではない。しかもそのヌイグルミの腕が轟音を立てながら振り回されているのだから。


「数が多いな。……ビューネ、そっちは大丈夫か? 正直、俺だけではこいつら相手に1人でどうこうってのは難しい」

「ん」


 短剣を持って襲い掛かってくる人形に針を投擲しながら頷くビューネ。

 ナクトにしてみれば、純粋にダンジョンで必要とされる盗賊としての技量――罠の発見や解除、あるいは逆に罠を作る技術、偵察技術、開錠技術の類――では自分の方がビューネよりも上だと自信を持って言える。だが、純粋に戦闘技術という一点において自分はビューネよりも下だという認識があった。


(10歳の少女よりも戦闘力が低いと認める、か。エセテュスが知ったら色々と言ってきそうだな)


 内心で呟きつつも、周囲の警戒は怠らない。


(いや、逆に考えればよく10歳でこれ程の強さを……フラウト家の屋敷を守る為、か)


 エグジルの噂にも聡いナクトは、当然フラウト家の現在の状況は知っていた。

 エグジルを治める権利は既に何代も前に失っていたフラウト家だが、それでもまだ細々とではあるが平和に暮らしてはいたのだ。だが、理由は不明だがビューネの両親が死に、フラウト家には莫大な借金が残った。

 あるいは、その時に屋敷を売り払っていればその借金を完済……とまではいかずとも、大分少なくは出来たのだろう。

 だが、ビューネは……まだ10歳にも満たなかった少女は、両親との思い出が残っている屋敷を手放すのをよしとしなかった。

 小さいと言うよりも幼いとしか表現出来ないような少女が、借金を返すために盗賊としての技量を身につけ、ダンジョンへと挑み始めたのだ。

 当然そんな小さな相手をパーティに入れるような物好きは少なく、中には上手く騙せるだろうと判断したパーティや、もっと酷いのになると奴隷として売り払おうとまで企んだパーティもいた。

 ……運が悪かった、としか言えないだろう。

 パーティの中にはビューネが大きくなるまで保護しようという者達もいたのだが、既に時遅し。ビューネは感情と表情を凍らせていたのだから。

 そして1人でダンジョンを攻略する以上、戦闘力は絶対に必要だった。 

 やがてヴィヘラという存在と出会い、普通の盗賊よりも高かった戦闘力は更に練度を増すことになり、今のビューネという存在が形作られている。


「んーっ!」


 ナクトの視線の先で、ビューネは腰のポシェットに手を突っ込んで再び針を取り出し、地面を素早く走って近づいてくるネズミの人形へと向けて投擲した。

 ネズミの人形だけあって1体1体が小さく、胴体に1本の針が突き刺さっただけで床へと縫い止められてその動きを止める。


「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイイイイイイイ」


 ネズミの人形から聞こえてくるそんな悲鳴を無視し、そのまま人形の中では最も脅威度が高いと思われる巨大な熊のヌイグルミへと向かって間合いを詰める。


「グワアアアアアアア! クタバレ」


 雄叫びと共に振るわれる前足。

 だが、ビューネは自らの背の小ささを活かし、地面を這うようにしてその一撃を回避。そのまま熊のヌイグルミの右後ろ足の甲へと短剣を突き刺し、それを軸にして強引に速度を殺しながら後ろへと回り込む。


「ギ、ガ?」


 熊のヌイグルミが気が付いた時には既に遅かった。ビューネは素早く後ろから登っていき、首へと短剣の刃を突きつけて一気に引く。

 もし生き物であれば血飛沫が盛大に吹き上がっていただろう。だが、相手は人形。首の半ばまでがパックリと裂けても、血が飛び散ることもない。

 それでも首の半ば以上までを斬り裂かれるというのは人形にとって少なからぬダメージを与えたらしく、熊の人形はよろめきながらもバランスを崩して床へと倒れ込んでいく。


「ん」


 そんな熊の首の後ろに掴まっていたビューネは、小さく呟きそのまま掴まっていた場所を思い切り蹴って跳躍、倒れるのに巻き込まれないようにする。

 何故跳躍する時に熊の身体を思い切り蹴ったのかと言えば、その答えは床に着地したビューネの手の中にあった。

 そこにあるのは、つい数秒前に首の半ば以上までを斬り裂かれた熊の頭部。

 跳躍する時の勢いを利用し、殆ど切断され掛かっていた頭部を強引にもぎ取ってきたのだ。


「ヒトゴロシメ、ヨクモナカマヲ!」


 人形の1体が非難するように叫ぶと、他の人形達も口を揃えたように叫ぶ。


『ヒトゴロシ、ヒトゴロシ!』

「ん」


 だが、ビューネはそんな相手に構わずに熊の頭部を床へと放り投げ、再び人形達の方へと向かって歩み出す。

 その後ろを守るかのようにナクトもまたビューネの後へと続く。

 レイはオリキュールに一見すると押されているかのように。

 ヴィヘラは聖光教の影に属するローブの集団の有機的な連係攻撃を楽しむように。

 ビューネとナクトは人形の集団を相手にほぼ互角に。

 三者三様とも言える戦いは、基本的にはほぼ互角の様相を呈していた。

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