第485話

 突然自分達の近くへと落ちてきた飛竜の死体。それを見て、林の中に隠れていた冒険者達はそちらへと向かう。


「おい。本当にワイバーンの死体だぞ、これ」

「あ、ああ。見れば分かるって。それよりもあまり近づくなよ。最下級とはいっても竜種なんだ。頭部が無くなってもまだ動くかもしれないぞ」

「さすがにそれは無いって。……うわぁっ!」


 冒険者の1人が首から先を失った飛竜へと触れたその瞬間、首を失った筈の飛竜の左足がぴくりと動く。

 それを見た冒険者が咄嗟に後退り、周囲の冒険者の笑みを誘う。


「笑うことないだろ! 普通誰でもこうなるって!」

「ほらほら、とにかくそのままここに置いといてもしょうがないでしょ。この飛竜もさっきの場所まで運ぶよ!」


 ティービアの指示に、嫌そうな表情を浮かべる冒険者達。

 何しろ目の前にある飛竜の死体は、首から先が無いとは言っても尻尾を入れると体長4m程はあるのだから。

 その重量がどれ程のものなのかは想像するのも難しくない。


「胴体はいいとして頭部はどうするんだ?」


 冒険者の1人が、近くに生えている木の、かなり上の方の枝の上に乗っている飛竜の頭部へと視線を向けながらティービアへと問う。

 その問いを向けられたティービアは、そっと視線をナクトへと向ける。

 盗賊でもあるナクトなら当然身が軽く、木に登るのも難しく無いだろうという判断だった。

 ナクトにしても、しょうがないとばかりに溜息を吐き、口を開こうとしたその時。突然翼の羽ばたく音が聞こえてくる。

 同時に、飛竜の頭部を2本の前足で掴もうとしているセトの姿も。

 そのまま地上へと降りてきたセトの背から降りたレイがその場にいる全員に向かって口を開く。


「悪いな、予想したよりも手こずった。以前戦った竜騎士の飛竜は炎弾を吐いてきたんだが、まさかファイアブレスを吐くとはな」

「あー、そうね。うん、確かにそうかもしれないわね」


 1人と1匹で飛竜を倒したというのに、誇るでも無くどこかバツの悪い表情を浮かべているレイへと向かって、ティービアは思わず意味の無い言葉を返す。

 だがティービア達にしてみれば、レイは殆ど1人でランクBレベルの強さを持つだろう異常種のスケルトンを倒したのだ。それを思えば、飛竜を倒してもおかしくはないだろうと判断する。


「とにかく、お前達はさっきの場所まで戻ってモンスターの剥ぎ取りをやっていてくれ。飛竜の死体に関しては、俺が向こうまで運ぶ」

「いいんですか?」

「ああ。アイテムボックスを使えば苦労はしないしな」

「……ああ、なるほど」


 レイの言葉に、ティービアを始めとしてその場にいた全員が思わず納得の表情を浮かべて頷く。

 改めてアイテムボックスが持つ能力の凄さに驚きつつ、それでもとにかく依頼を終えるべく素材の剥ぎ取りを再開すべく戻る。


「グルルゥ?」


 そんなレイへ、セトが褒めて褒めてと喉を鳴らしながら頭を擦りつける。

 飛竜を倒した時、ダンジョン内でコボルトと戦った時のように頭部を爆散させなかったことを言っているのだろう。


「ああ、良くやった。首の部分が殆ど無くなってしまったのは残念だけど、飛竜の場合は首の素材なんて……そうだな、骨くらいか? その骨にしても他の部分で代用出来ると考えれば、十分に合格点だ」


 セトへと話し掛け、その頭をそっと撫でてやる。

 それの感触に喉を鳴らして喜んだセトと数分程休憩も兼ねてゆっくりとし、やがてレイの視線は地上に置かれている飛竜の死体へと向けられる。


「今日の昼食は、この飛竜の肉だろうな。この大きさならセトも腹一杯食べられるだろうし」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは喜びの声を上げ、そのままレイは手を伸ばして飛竜の頭部と胴体をミスティリングへと収納する。


「さて、取りあえず俺は剥ぎ取りの方に戻るから、セトはまた周囲の警戒を頼む。後……」


 一旦言葉を止め、空を見上げたレイは、太陽の傾き具合から現在が大体午前10時過ぎくらいだと判断してから再びセトへと向かって口を開く。


「後、大体2時間くらいしたら昼にするから、それまで頼むな」

「グルルルゥ!」


 レイの頼みだからか、あるいは単純に飛竜の肉が楽しみなのか。ともあれ、セトは一声鳴いてから再び林の方へと去って行く。

 その後ろ姿を見送ったレイもまた、その場を後にして素材の剥ぎ取り場所へと向かう。






 その場に到着したレイが見たのは、ある意味では予想外な光景だった。


「ほら、そっちの尻尾を押さえてろ。皮を剥ぐ時にずれるから」

「あ? ああ、悪い悪い。ちょっと待ってくれ。血で滑って……」

「そういう時は川で一旦手を洗ってからやりなさい」

「アースクラブの甲殻を外すぞ! ちょっと手伝ってくれ! いいか? タイミングを合わせろよ!」


 そんな風に、まるで飛竜の襲撃など無かったかのように皆で力を合わせて剥ぎ取りを行っていたのだ。


「お、来たな。ほい、これ。取りあえずスパイラル・ラビットの剥ぎ取りは終わったぞ。これが討伐証明部位の右耳で、角と肉と毛皮な」


 レイを見つけた冒険者が、地面の上に置かれている自らの作業の成果をレイへと見せる。

 さすがにスパイラル・ラビットは他のモンスターに比べてそれ程大きくないということもあり、真っ先に剥ぎ取りが終わったのだろう。


「あ、ああ」


 冒険者の男に促されるように地面に置かれた、剥ぎ取られた素材や魔石、討伐証明部位をミスティリングへと保存していく。


「内臓関係についてはどうする? このままにしておくと、野生動物や他のモンスターが集まってきて危険かもしれないけど」

「そうだな、どこかに穴でも掘ってそこに入れてくれ。後で俺が纏めて魔法で燃やすから。それより……」


 そこで一旦言葉を止めたレイは、剥ぎ取り作業を行っている全員に聞こえるように大きく叫ぶ。


「悪いが、今処理しているのが終わったらこっちを手伝ってくれ。さっき倒した飛竜だ。その肉を今日の昼飯にしたいと思う」

『うおおおおおおお!』


 レイの言葉を聞き、冒険者の多くが喜びの声を上げる。

 多少の例外はあれど、基本的にはランクの高いモンスター程、保有している魔力の影響で美味い肉となる。そしてレイが倒した飛竜は間違いなくランクB相当の強さを持っており、更にその大きさを考えるとこの場にいる全ての者が高級な肉を腹一杯食べられるということなのだから、騒ぐのも当然だったのだろう。


「……いいの? そんなに奮発して」


 そんな中で、片腕が無いということもあってか全員に指示を出す役割を任されていたティービアがレイへと向かって尋ねる。


「ああ。元々予定に無かったモンスターだしな。……ああ、勿論お前達の分もあるから、心配はするな」

「え? その……ありがとう」


 意表を突かれたように呟くティービアをそのままに、早速とばかりに先程ミスティリングへと収納したばかりの飛竜の死体を取り出す。


「うわ、何も無い場所からあれだけの巨体が現れるのを見ると、やっぱり迫力あるよな」

「全くだ。アイテムボックスか。昨日も見たけど、こうして見るとやっぱり驚く」


 エセテュスとナクトがそれぞれコボルトの毛皮を剥ぎながら呟いていると、いきなりの光景に驚いていたティービアが我に返って叫ぶ。


「ほら、このワイバーンが私達の今日のお昼ご飯らしいから、さっさと解体するわよ! そっちのアースクラブの剥ぎ取りはもう殆ど終わってるから1人で大丈夫でしょ。デザート・リザードマンに関してもそんなに人数はいらないから、ワイバーンに取り掛かって。……この中に、ワイバーンの剥ぎ取りをやったことがない人……いえ、ある人はいる?」


 素早く指示をするティービアだが、手を上げる者はエセテュスとナクト、ゴート以外には存在していなかった。

 いや、寧ろティービア達が飛竜の素材を剥ぎ取る経験があるということの方が周囲の冒険者達にしてみれば驚きだろう。

 もっともそれは数年前に行われた戦争で、ミレアーナ王国側の竜騎士が倒したベスティア帝国の竜騎士が乗っていた飛竜から素材を剥ぎ取ったというのが正確なところなのだが。

 ともあれ、ティービア達が指示をして手の空いている皆で飛竜の素材を剥ぎ取っていく。

 この時ばかりはレイも様子を見るのでは無く、素材の剥ぎ取りに参加して手順を習う。

 骨、肉、魔石、牙、鱗、爪、羽。それ以外にも舌や内臓の幾つかの部分はファイアブレスを吐くための器官も合わせて殆ど捨てる場所が無いのは、最下級でもさすがに竜種といったところか。

 ともあれ鱗を剥ぎ、皮を剥ぎ、肉を切り分けといった風に素材の剥ぎ取りを進めていくと、やがてその場にいる全員が飛竜の剥ぎ取りへと参加し始める。

 そのまま約1時間。さすがに10人を超える人数で集中してやれば、その程度の時間で飛竜は素材の全てが剥ぎ取られ、完全に解体されていた。

 降り注ぐ太陽が汗を誘うが、近くに流れている川は綺麗で、手を洗い、顔を洗いとやればすぐに暑さも和らぐ。

 一足早く顔と手を洗って川から離れたレイは、早速とばかりに昼食用に飛竜の肉の調理を始める。

 まずはミスティリングから取り出した包丁とまな板で飛竜の肉を切り分け始めた。

 折角なので、色々な部位を切り分けては周辺に生えている木の枝を串代わりにし、塩や胡椒を振り掛けていく。

 そこまでしていると、ようやく冒険者の中でも料理の経験がある数名が手伝いを申し出る。

 ティービアも、片腕であるにも関わらず器用に片手で肉を串へと刺していく。


「へぇ、随分と器用だな」

「ま、これくらいは当然よ」

「レイ、こっちの肉はこんな感じでいいのか?」

「筋を切れ、筋を。そのままだと食う時に歯に残るぞ」

「こう見えても獣人だからな。このくらいの肉は食えるって」


 レイの言葉に、狼の獣人の冒険者が笑みを浮かべてそう告げるが、次の瞬間には別の冒険者がその後頭部へと拳を落とす。


「痛ぇっ!」

「お前が大丈夫でも、殆どが人間なんだよ。その辺を良く考えろ」


 そんな風にやり取りをしながら下準備を整え、その後はレイの魔法で火を起こし、串焼きを炎の周りに並べていく。

 レイの本音としては串焼き以外にも作りたかったのだが、さすがにこの人数分の料理を作るには手が回らないし、そもそもレイに出来る料理と言えば、他には飛竜の肉を野菜なんかと一緒に煮込んだスープくらいしかない。

 この暑い中で熱いスープを飲みたいのかと言われれば、恐らく殆どの者が否と答えるだろうと判断し、結局は串焼きで済ませることにしたのだ。


「グルルゥ」


 肉の焼ける匂いを嗅ぎつけたのだろう。ふと気が付けばセトが喉を鳴らしながらレイの……より正確にはレイの近くにある焚き火の方へと向かって近づいてくる。


「グルゥ?」


 まだ食べちゃ駄目? と喉を鳴らして尋ねるセトだが、それを理解出来るのはある程度以上セトと親しい者だけであり、残念ながらこの場にはレイ以外にセトとそこまで親しい者はいなかった。

 よって、セトの喉を鳴らす声は半ば脅しのようにすら聞こえ、焚き火の前で串焼きの肉が焼けるのを待っていた冒険者達は思わず数歩後退る。


「心配するな、セトは誰彼構わずに襲うような奴じゃない」


 冒険者達へとそう告げ、セトの頭を撫でながら地面へと伏せさせ、そのまま背中を撫でながら安心だというのを身を以て示す。


「ほら、俺が押さえているから問題は無い。それよりも、これで味付けを頼む」


 セトを撫でながらそう告げ、ミスティリングから取り出したタレの入った壺を近くにいた冒険者へと渡す。


「りょ、了解!」


 レイの言葉を信じたのか、あるいは周囲に漂っている肉の焼ける匂いに我慢が出来なくなったのか。ともあれ、冒険者はレイからタレの入った壺を受け取ると、早速とばかりに肉へと塗っていく。

 尚、その際に塩胡椒で味付けしただけの肉を食いたい者がいるという理由もあり、タレを塗ったのは半分くらいだったが。

 周囲には肉の焼ける匂いに加えて次第にタレの匂いまでもが漂い、強烈にその場にいた者達の空腹を刺激し始める。


「グルゥ、グルルルルルルゥ……」


 早く食べたいと訴えるセトの声が響き、その時ばかりは他の冒険者達もセトを怖がる様子を見せずに同意するようにじっと肉へと視線を向け……やがて、調理の指揮を執ったティービアが口を開く。


「まあ、いいでしょう。さぁ、お昼の時間よ。皆お腹一杯食べて午後からも頑張りましょう」

『うおおおおおおおお』


 半ば怒号のような声すら漏らしながら串焼きへと手を伸ばす冒険者達。

 その中にはレイの姿もあり、自分の分とセトの分として10本程の串焼きを素早く取るとその場を離脱する。


「グル、グル、グル」


 早く早くと喉を鳴らすセトに、小さく笑みを漏らしつつ近くにあった木から生えている大きめの葉の上に串焼きの半分を置く。


「グルルルゥ!」


 待ってましたとばかりに串焼きへとクチバシを伸ばすセトを見ながら、レイもまた自分の串焼きへと口を付ける。

 まずは塩胡椒でシンプルに焼き上げたもので、シンプルだからこそ口の中で噛み締めた途端口の中に肉の味が強烈に広がり、肉汁が溢れ出る。

 外側はカリッとやかれており、中は柔らかいその味は一口、また一口と何度でも齧りつきたくなる。

 次にタレの串焼きへと口を付けると、タレの濃厚な香りが口いっぱいに広がり、多少焦げたタレの香ばしい香りと飛竜の肉の味が複雑に絡み合う。


「……美味いな……」

 

 それだけを呟き、再び串焼きへと口を付けるレイ。

 その場にいる皆が殆ど無言で飛竜の肉を食べ続けることになる。






 昼食の影響で皆の心が一致団結し、午後からの剥ぎ取り作業もスムーズに進み、結局その日だけで全ての素材を剥ぎ取ることに成功。依頼を受けた冒険者達は報酬とボーナスを貰い、レイもまた必要な魔石以外の素材を売って白金貨数枚の利益を得るのだった。

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