第470話
果物を採ったオアシスの側から歩き続けること、約30分程。
ここまで離れれば、さすがに先程の戦闘の痕跡を目当てに群がってくるだろうモンスターと遭遇することもなく、安全に進むことが出来ていた。
「ただまぁ、この状況だからいずれ嫌でも敵と遭遇することになるだろうな」
レイがオアシスと言うより、巨大な湖と表現するのが正しいような存在へと視線を向けながら呟く。
これだけ巨大なオアシスであるということは、当然そこを水場にしているモンスターも多いのだから。
(もっとも、この階層のほぼ全てがオアシスとなっているのなら、寧ろ敵と遭遇する可能性は少ないかもしれないか?)
そんなレイの内心の思いを察した訳でも無いのだろうが、レイの隣を歩いていたセトが不意に横へと視線を向ける。
オアシスの近くに生えている木が揺れ、姿を現したのは1匹のウサギ。
ただしこの階層にいる以上は当然ただのウサギである筈が無く、額からはユニコーンの如く1本の角が伸びていた。
ユニコーンの角と違うのは、螺旋状になっていることだろうか。
唯一の救いと言えば、ウサギの大きさがレイの知っているものに比べて多少大きかったことだろうか。
以前にレイが戦ったウサギ型のモンスターでもあるガメリオンと比べると、至極大人しいと表現してもいいだろう。
もっとも、レイ自身はガメリオンをウサギという扱いで数えたくは無かったが。
「これなら簡単に……うおっ! さすがにこの階層にいるだけのモンスターだな」
簡単に倒せる。そう判断したレイだったが、次の瞬間にウサギが地を蹴り身体を回転させながら突っ込んでくるのを見ると、反射的に回避行動をとる。
螺旋を描いた角を持ち、身体を回転させたその一撃はまさにドリルの如き攻撃であり、高い貫通力を持っていた。
そう、レイの背後にあった木へとめり込み、その回転で削り折る程度には。
その様子を見ながらも、レイは呑気に呟く。
勿論相手は警戒すべきモンスターであるというのは理解しているが、それでも安全を確信しているのはセトが飛び出していったからだろう。
「グルルルルルゥッ!」
雄叫びと共に振るわれた前足による横殴りの攻撃は、一撃でウサギの首の骨を折って真横へと吹き飛ばす。
当然そこまでされてウサギが生きている筈は無く、その命の炎は呆気ない程簡単に消えさった。
「今のウサギは……確かスパイラル・ラビットとかいったか?」
「えーと、ちょっと待ってくれ。確か本に載ってたと思う」
エレーナの言葉にミスティリングからモンスターの情報が載っている本を取り出してページをめくっていく。
やがて1分程で目的のページを発見するとその説明を読み始める。
スパイラル・ラビット。モンスターランクはE。螺旋を描いた角を持つ肉食のウサギ。そのウサギという生物の特徴でもある高い跳躍力で敵へと角を突き刺すという攻撃を好む。
その攻撃をする際にはウサギ自身も身体を回転させることにより、一撃の威力がより高くなるので注意が必要。
角を使った一撃は、安物のレザーアーマー程度なら容易に貫く。
討伐証明部位は素材でもあるその特徴的な角。
槍を始めとした武器の素材や防具としても使用可能。
他にも毛皮は装飾品や服飾品としての需要があり、肉も滋味に溢れる味でランクEモンスターとしては得られる報酬が高いので、冒険者には好まれる。
「……だとさ」
「やはり角か。……だが、槍のような武器に使うのならともかく、防具というのはどう使うのだ?」
首を傾げて尋ねてくるエレーナの言葉に、レイはドラゴンローブに包まれている自らの身体へと視線を向け、口を開く。
「恐らく防具の表面に角の先端を付けるんだと思う。そうすれば敵が突っ込んできてもその部分で受け止めた時、敵が自分から貫かれに来てくれることになるしな」
「だが、それだと使えるのは角の先端部分だけだと思うが……まぁ、いい。それよりも先を急ぐとしよう。さすがにこの場で素材の剥ぎ取りはしないだろう?」
少し前にあった、アースクラブ、ブラッディー・ダイル、アースクラブ、コボルトとの4連戦を思い出す。
とは言っても、ブラッディー・ダイルはオアシスの中でアースクラブに半死半生どころか九死一生な程にまで痛めつけられていたし、2戦目のアースクラブとの戦いも水中でのブラッディー・ダイルとの戦いで魔力を殆ど使い切っていたのだが。
それでも連戦となれば、その戦闘自体が呼び水となって、更に多くの、あるいは強力な敵を呼び込む可能性が無いとは言い切れない。
レイ達がダンジョンに挑む目的の1つでもある魔石を稼ぐという意味ではいいのかもしれないが、もう1つの目的でもある通信用のマジックアイテムが眠っているだろう深い階層へと降りるという意味ではマイナスでしかなかった。
それ故に、レイはエレーナの言葉にあっさりと頷く。
「そうだな。地図の方だと次の階段までどんな具合になっている?」
「このまま何も無いままに進めば4時間程度……といったところだ」
地図を確認しながら告げるエレーナの言葉だったが、レイはそれに首を振る。
「ここがオアシスである以上、モンスターの数は上の砂漠の階層よりも多いのは間違いない。何も無いままってのはかなり難しいだろ」
「確かに上の階層ではモンスターとの遭遇率はそれ程高くなかったな。……サボテンモドキはともかくとして」
蹂躙とすら言ってもいいような感じでサボテンモドキの生えている一帯を突き進んだのを思い出したのか、エレーナの顔には苦笑が浮かんでいた。
「サボテンモドキの場合は俺達の方から向かっていったからな。向こうから襲ってくるモンスターに入れる必要は無いだろ。ともあれオアシスである以上、モンスターに襲われる可能性は高いと判断して進むとしようか。セト、周囲の警戒を頼んだぞ」
「グルゥ」
任せて、と喉を鳴らすセト。
だが、オアシスの周辺に木々が生い茂っている為に、空を飛んで上空から周囲を警戒するという砂漠で多用していた方法は出来ず、警戒するとすればその五感に頼るしかなかった。
もっとも、グリフォンであるセトの五感は非常に鋭い。それこそ並の盗賊では手も足も出ない程に。
「よし、なら出発するか」
スパイラル・ラビットへと触れてミスティリングに収納しながら告げるレイに、エレーナとセトはそれぞれ了解の返事をして再び歩き出す。
そのまま20分程も水場を進み続けていると、やがて不意にどこか見覚えのある者達の姿が視界に入ってくる。
「あれは……」
「シルワ家の者だな」
レイの呟きに返事をするエレーナ。
そう、視線の先にいるのは5人程の男だけのパーティ。その先頭を歩いている者は、ちょうどソード・ビーの女王蜂と戦った時にレイが助けた相手だった。
向こうも自分達へと向かってくる人影に気が付いたのだろう。一瞬警戒するが、そのパーティのリーダー格でもある男が大丈夫だと皆に合図を送ると、その警戒もすぐに解ける。
「お久しぶりです」
最初に頭を下げてくるリーダー格の男に、レイは小さく頷くと口を開く。
「ああ、そっちはそっちで色々と大変だったようだな」
「そうですね。色々な意味で本当に大変でしたよ」
溜息を吐きながら呟くその様子は、ここ暫くの間にあった出来事を思い出しているのだろう。
そんな相手に何と言葉を続けるか一瞬迷ったレイだったが、特に気にしてもしょうがないと言葉を続ける。
「で、その大変なお前達がこんな階層で何をしているんだ?」
「あー……その、ちょっと……」
レイの問い掛けに言い淀む男。
それを見たレイとエレーナは、恐らく他人に――正確にはシルワ家以外の者に――言えないのだろうと判断する。
「別に無理に聞こうとは思ってないから、言えないようなら別にいいぞ」
「……いえ、俺達はレイさん達に幾度となく助けられてますし、兄貴もレイさん達になら話しても構わないと言うでしょう。それに、何故か分かりませんが、奴等の関係者とレイさん達は遭遇することが多いですし」
それだけで、何に関しての用件なのかを理解する。
(てっきり、冒険者としてダンジョンに潜っているんだと思っていたが……なるほど、異常種の件か)
内心でレイはそう呟き、それはエレーナも同様だったのだろう。お互いに小さく視線を合わせて頷く。
レイとしては、別に異常種の件やレビソール家の件に進んで関わるつもりはない。
魔獣術として魔石を吸収出来ないのは困るので、なるべく早くこの件を収めて欲しいとは思っているが、別に自分自身がそれを解決したい訳でもない。
だが、何故かダンジョン内にいると思われる数少ない異常種と幾度も遭遇したり、更にはその異常種を作り出していると思われる者達と遭遇する確率が高いだけだ。
「実は、この15階前後で異常種と思われるモンスターが幾度か目撃報告があるんですよ。他にも他人の目を盗むようにして行動をしている3人組の存在とか」
やっぱり。今のレイの顔に浮かんでいるのは、そんな表情だった。
「つくづく今回の件の相手は俺達との相性が悪いな」
「いやいや、特にレイさん達を狙っているという訳じゃないと思いますよ? 何しろ、15階は砂漠の階層としては動きやすい場所ですし、ダンジョンの中でも中間程です。となれば当然冒険者の数も多くなるので、異常種の能力を確認するという意味では最適の場所なんです」
「上層階も冒険者の数は多いと思うが?」
「上は初心者が多いですから。弱い冒険者を相手にしてもしょうがないと考えてるんじゃないですか? まぁ、これはこっちの勝手な予想ですが」
面倒事は早く済ませたいという具合に呟くリーダー格の男が告げ、その後ろに従っている他の冒険者達もまた同様だと頷く。
「ここはともかく、下の階層はどうだ? 地下16階からは……その、気温だけで考えれば、砂漠よりも断然過ごしやすい場所だろ?」
そう尋ねるレイは、口調とは裏腹に嫌そうな表情が浮かんでいる。
プレアデスから聞いたのは砂漠の階層の情報が主だったが、それでもその下の階層についての話も多少は聞いている。
そして、何よりもエレーナが地図を購入した時に得た情報や、街中でセトを撫でに来た相手からレイが聞いた情報が正しいとすれば、地下16階に出てくるのは、スケルトンやゴースト、ゾンビを始めとしたアンデッドの類だった。
「一応地下16階に転移してから周囲をちょっと見て回って、その後階段を上ってきたんですが……取りあえず地下16階で怪しいところはありませんでした」
「ならいいんだが。ただでさえ厄介な階層なのに、これで異常種とかが出てきたら面倒なことこの上ないからな」
「厄介、ですか?」
その言葉を耳にした男が思わずといった様子で尋ねる。
レイの戦闘をその目で確認している男にしてみれば、多少しぶとい程度のアンデッドを相手に目の前にいる人物が苦戦するとはとても思えなかった。
事実、レイとアンデッドの相性は非常にいい。一般的なアンデッドが苦手としている炎の魔法に特化しているのだから。
だが、それと同時にある種のアンデッドとレイの相性は最悪なまでに悪い。
スケルトンやゴーストの類なら問題は無いのだが、問題なのはゾンビだ。ゾンビは基本的に腐っており、その身体の腐臭は通常の人間でも顔を背ける程だ。そして、レイは五感が通常の人間よりも遙かに優れている。……そう、五感。つまりは嗅覚も、だ。
以前にエレーナの護衛として継承の祭壇があるダンジョンに潜った時は、アンデッドのいる階層へと入った途端にその悪臭で嗅覚にダメージを受け、半ば麻痺した状態になっていた。
それを思い出したのだろう。レイは心底嫌そうな表情を浮かべつつ、店を回ってマスクの類を探してみるかと半ば本気で考える。
このエルジィンという世界にやって来てから1年以上、マスクの類は全く見たことが無いにも関わらず。
(いっそ、マスクがどういうものかを伝えて作って貰うってのもありか? 一応火事とかに巻き込まれてた時には布で口を覆ったりするんだから、そっち系の考えが無い訳でも無いと思うし)
「レイさん?」
思いの外真面目な表情で考え始めたレイへと、リーダー格の男が心配そうに尋ねる。
もっとも、話している途中でこのような状態になれば、それは当然とも言えるだろう。
「いや、何でも無い。ちょっと考えごとをな。それよりお前達はこれからこの階層を小部屋に向かって進むのか?」
「はい。さっきも言ったように、異常種や怪しい動きをしている者達を探しているので」
「そうか、なら気をつけて進めよ。この階層を既に攻略しているお前に言うのもなんだが、結構な数のモンスターが襲ってくるからな」
「……ああ、なるほど」
レイの忠告に、何を言いたいのかを理解した男は頷く。
確かに上の階層に比べると、この階層は同じ砂漠の階層として数えられていてもオアシスがある影響でモンスターの数が多いからだ。
「はい、分かりました。……では、そろそろ行きますが、レイさん達も気をつけて下さい」
そう告げて頭を下げると、リーダー格の後ろで大人しく話を聞いていた冒険者達も頭を下げ、そのままお互いにすれ違うようにして進むのだった。
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