第471話

 シルワ家の冒険者達と別れ、レイ達は砂漠の中でもオアシスの階層を進んでいた。

 近くにオアシスがある為、この地下15階は気温は上がっているが、過ごしやすさという面で見れば上の砂漠の階層よりも余程に上だった。

 ……あくまでも過ごしやすさという面だけで考えれば、だ。


「さすがにシルワ家の冒険者だけあって、あいつ等もそれなりの腕を持ってるみたいだな」


 視線の先に転がっている幾つものモンスターの死体を眺めつつ、レイは呟く。

 恐らくは10匹近いコボルトの死体。

 恐らく、とついたのは素材の剥ぎ取りをするために解体されていたからだ。戦闘の影響と剥ぎ取りの解体により、とてもではないが1匹、2匹と数えられない状態になっていた為だ。

 レイ達同様に獲物と判断して襲いかかったのだろうが、その結果もまた返り討ちと同じだったらしい。


「ソード・ビーの時は苦戦していたように思えたが……やはりあの時は敵の数が多かったからこその苦戦だったのだろう」

「だろうな」


 横で呟かれたエレーナの言葉に、レイは同意するように頷く。

 普通の人間でも無数の蟻に襲われれば為す術も無く死ぬ。数の差というのはそれだけ圧倒的なのだから。

 更にコボルトはランクの面で考えてもソード・ビーとそれ程の差はない。その結果が、今レイ達の目の前に広がっている光景だった。

 ……だが、そのような状態だからこそ姿を現すモンスターも存在している。


「グルルルゥッ!」


 何かが近づいてくる気配を感じ取ったセトが警戒の鳴き声を上げ、それで我に返ったレイとエレーナもまたデスサイズと連接剣を構える。


「確かに、こうしてモンスターの死体が落ちてるんだから、それを目当てにする奴もいるか」

「だが、コボルトだぞ?」


 レイの言葉に、エレーナが思わずと言った様子で呟く。

 余程の例外が無い限り、低ランクモンスターの肉というのは美味くない。……否、はっきり不味いと言ってもいいだろう。

 そしてコボルトはゴブリンよりは上だが、それでも低ランクモンスターであるのに変わりは無く、それ故に地下15階層にいるモンスターが冒険者と戦ってでも手に入れたいかと言われれば、レイとしては首を傾げざるを得ない。

 だが、実際にセトが警戒している以上は確実にモンスターがレイ達へと近づいてきているのは間違いなく、さっさとここから立ち去ろうとしたのだが……


(遅かったな)


 溜息を吐きながら周囲に生えている木と木の間から姿を現したモンスターへと向かって視線を向ける。

 2足歩行をしている蛇といった具合のそのモンスターは、レイにも見覚えがあった。

 何しろ、以前のダンジョンでも戦ったのだから忘れる筈が無い。

 リザードマン。それがレイ達の前に姿を現したモンスターの名前だ。


「ダンジョンには漏れなくこいつ等がいるのか? そもそも、こいつらは湿地帯とかの湿気の多い場所に生息しているものだとばかり思っていたが。……プレアデスからの話でも聞いた覚えが無いしな」

「プレアデスにしても、全てのモンスターを熟知している訳ではないだろう」

「グルルルゥ」


 血の臭いに集まってきたリザードマンへと向かい、セトが鳴き声を口にする。

 そんなセトの横でデスサイズを構えながら、レイは姿を現したリザードマンが自分の知っているリザードマンと大分違うことに気が付く。

 特に大きい差異は、やはり鱗の色だろう。以前に継承の祭壇があるダンジョンで戦ったリザードマンは、青や緑といった鱗の色をしていた。だが、今目の前に現れたリザードマンは砂色とでも表現すべき茶色の鱗をしている。


「なるほど、リザードマンというよりは砂漠に適応化したリザードマンか。となると、別モンスターと考えてもいいだろうな。言うなればデザート・リザードマンといったところか」

「うむ。それに人数も3匹でそれ程多くはない。自分達の実力がそれだけ高いと判断しているが故の少数行動か、あるいは単純にリザードマンの数が少ないのか。どっちだと思う?」

「さて……な!」


 レイが話している隙を好機だと判断したのだろう。現れたデザート・リザードマンの中でも一番背後にいた個体が持っていた弓を引き、矢を放つ。

 だが、半ば不意打ちに近い状況であったにも関わらず、レイの振るったデスサイズの刃は飛んできた矢を斬り捨てた。


「グルルルルゥッ!」


 レイに対しての不意打ちにセトが怒りの声を上げ、そのままいつでも飛びかかれるように身体を沈み込ませる。


「落ち着け。……エレーナ、敵は3匹。ならやるべきことは分かるな?」


 セトを落ち着かせるべく頭を撫でつつ、レイは隣で連接剣を構えているエレーナへと向かって声を掛ける。


「1人1匹で構わないな?」

「ああ。……よし、いいぞ!」


 その声と共にセトの頭を撫でていた手が離され、それを合図にしてセトは地を蹴ってデザート・リザードマンの中でも一番前にいる相手へと向かって躍り掛かる。

 冒険者から奪ったのか、あるいはそれなりに高い技術を持っていて自分達で作ったのか。長剣と革の盾、レザーアーマーを装備したデザート・リザードマンは、爬虫類特有の感情を読み取りにくい視線で自らに襲いかかってくるセトへと視線を向けると盾を構えて迎え撃つ態勢を整えた。

 グリフォンが相手ということで決して手を抜いていた訳ではないのだろうが、それでも正面からセトと戦うというのはあまりにも無謀が過ぎた。

 板の上にモンスターの革を張り付けたその盾は、セトが振るった前足の一撃によりあっさりと砕かれ、盾を持っていたデザート・リザードマン諸共吹き飛ばされて、近くに生えていた木へと背中からぶつかって背骨を折り絶命する。


「シュッ!?」


 エレーナが自分の獲物と判断したデザート・リザードマンが自分の仲間が一撃であっさりと息絶えたのを見て、そちらへと一瞬視線を向ける。

 だが、これもまたエレーナという相手と戦うには致命的な一瞬だった。


「私を相手に余所見をするとは、舐められたものだ! その迂闊さを死後の世界で後悔しろ!」


 その言葉と共に振るわれる連接剣。魔力を流されたことによって鞭状になったその刀身は、デザート・リザードマンの持っている槍へと素早く絡みつき、エレーナが連接剣を引くとそのまま槍の柄が何分割にもされて地面の砂の上に落ちる。


「シャーッ!」


 そんなエレーナの攻撃が余程に気にくわなかったのか、威嚇するような声を上げると、そのまま手で握っていてかろうじて無事だった槍の柄の一部をエレーナの顔面目かげて投げつけ、それを目眩ましとして間合いを詰めていく。

 相手は所詮人間の女。腕力勝負に持ち込めば自分の勝ちだと判断したが故の行動だったのだろうが、それはあまりにもエレーナを甘く見すぎていた。


「ふっ」


 拳を握りしめて自分へと一直線に向かっているデザート・リザードマンを見やり、エレーナは嘲笑を口元へと浮かべる。

 右手で握っていた連接剣の柄を引くように操作すると、次の瞬間にはリザードマンの後方にあった筈の連接剣が瞬時にエレーナの方へと戻っていく。……剣先をエレーナの方へと向けたまま。

 エレーナと連接剣の剣先の間にいるのは、殴りかかろうとしているデザート・リザードマン。自分を見ても殆ど何の行動も起こしていないその様子に、デザート・リザードマンは自分が近づいていく恐怖によって身動きが出来ないのだろうと判断。ならばと拳を振り上げたところでその意識は永遠の闇へと沈む。

 連接剣の切っ先が後頭部へと突き刺さり、そのまま頭部を砕かれたことには気付かぬままに。


「愚かな」


 長剣状態に戻った連接剣を一振りして血や肉片、あるいは脳髄といったものを弾き、視線を最後の1匹へと向ける。

 その視線の先では、地を蹴りデスサイズを構えたレイが弓を持ったデザート・リザードマンが放った矢を斬り落としながら距離を詰め、既にデスサイズの絶対殺傷圏内とでも呼ぶべき間合いの中に敵を捉えていた。

 表情を殆ど動かさないデザート・リザードマンではあるが、既に自分が完全に死地にいるというのは理解していた。ただでさえ自分の武器は弓であり、前衛がいてこその武器なのだ。だと言うのに、本来は頼りになる筈の前衛2人は目の前にいる者達にあっさりと殺されており、自分もまた巨大な鎌を持った相手に悠々と向こうの武器の射程内に取り込まれている。


「シャ、シャアアアアアアッ!」


 このままでは自分は絶対に助からない。そう判断したデザート・リザードマンの行動は素早かった。

 叫びつつ手に持った弓を地面へと放り投げ、そのまま両手を挙げる。

 それは紛うことなき降伏の合図。

 本能だけで動くモンスターであれば、その意味すら知らない行為であり、ある程度以上の知能があるデザート・リザードマンだからこそ知っていた知識。

 予想外のその行動に、横薙ぎに振るわれ、今にも胴体を切断しようとしていたデスサイズの刃がピタリと止まる。

 その刃は、両手を上げたデザート・リザードマンの胴体まで残り数cmといったところで止まっていた。


「シャ……」


 攻撃が止まった今なら、横薙ぎの一撃だったと分かる。だが、それが分かったのは、あくまでも攻撃を止められた今だからこそだ。

 もし降伏の合図として両手を挙げていなければ、間違いなく自分の胴体は真っ二つになっていただろう。

 そう思うだけで、デザート・リザードマンは自慢の色艶をしている砂色の鱗が恐怖のあまり真っ白になってしまうような思いを感じていた。


「一応聞くが、その行為の意味は分かっているのか?」

「シャアアァアアァ?」


 細い息のような声。

 降伏の合図は知っていても、デザート・リザードマンが人の言葉を理解している訳では無い。両手を上げるという行為にしても、以前に人間同士の争いでやっているところを見たからこその行為だったのだから。


「……言葉が分からないで降伏するってのもどうかと思うが。そもそも、この砂漠の階層にいるモンスターは凶暴極まりない筈なんだがな。どうなっていると思う?」


 胴体に突きつけていたデスサイズの刃を一旦放し、それでも何か迂闊な行動をしたらすぐにでも斬り捨てられるように警戒しながら、自分の方へと近寄ってくるエレーナに尋ねる。

 だが、エレーナにしてもデザート・リザードマンの言語を理解出来る筈も無く、寧ろ戸惑ったように口を開く。


「以前話には聞いた覚えがあるが、実際にこのような態度を取るモンスターと遭遇するのは初めてだな」

「なら、どうする?」


 レイとしては、既にセトが1匹のデザート・リザードマンを倒している以上、最低限の収穫は得ている。だが、それでも魔獣術に使える魔石はセトが倒した1匹分だけであり、レイもセトも攻撃していないエレーナが倒した分は魔獣術に使用することは出来ない。

 出来れば目の前で降伏の合図をしているデザート・リザードマンも倒したいというのが正直な気持ちだった。

 だが、それと同じくらいに目の前で降伏の証として両手を挙げているデザート・リザードマンも気になる。


(こっちのジェスチャーを理解して、それを応用出来るだけの知能があるんだ。そうなれば当然ここで逃がしたりした場合、他の冒険者がこいつに襲われる可能性を否定出来ない。冒険者となる以上全てが自己責任になるといは言っても、わざわざそれを手助けするような真似をするのも後味が……っ!?)


 内心で考えていたレイは、不意に地面が微かに振動しているのに気が付き咄嗟に後方へと跳躍する。

 突然目の前にいた死の象徴とも呼べるレイがいなくなったのを、生き延びる為の絶好の好機だと判断したのだろう。一目散に逃げ出そうとした、その時。突然デザート・リザードマンの足下の砂が柔らかくなり、次の瞬間には地面から現れた何かがそのまま大きく口を開いて真上に存在していた獲物を口中に放り込み、鋭い牙で噛み砕く。


「シャッ、シャアアアァァァァアアァァッ!」


 その口の持ち主、サンドワームの口の中でデザート・リザードマンの悲鳴の如き鳴き声が周囲に響くが……やがてその悲鳴も途切れて飲み込まれていく。


「飛斬っ!」


 デスサイズを振るい、飛ぶ斬撃が放たれる。

 その斬撃は真っ直ぐに飛び、サンドワームの胴体を深く傷つける。

 だが、現れたサンドワームは以前にレイ達が戦ったサンドワームと比べてもかなり大きく、レイの飛斬だけでは致命的な一撃とはならない。


「はああぁぁぁあっ!」


 そんなレイに続けとばかりにエレーナが連接剣を振るい、その切っ先が巨大なサンドワームの胴体へと潜り込んで周囲へと皮膚と肉を撒き散らかす。

 だが、サンドワームの巨大さ故に咄嗟に放った連接剣で傷を与えることが出来たのはそこまでであり、剣の切っ先が骨に達することはなかった。

 それでも身体の中へと剣の切っ先が潜り込めば激痛を感じるのか、サンドワームは鋭い牙の生えそろった口でエレーナを飲み込まんと、噛み砕いたデザート・リザードマンの血で口の周囲を汚したまま、大口を開けてエレーナへと向かって襲い掛かっていく。

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