第465話

「……さて、ちょっと予想外の展開だったな」


 取りあえずもうすぐ混む時間帯になるのでこちらでお待ち下さい、とギルド職員に通された2階の会議室で椅子に座りながらレイが呟く。

 その言葉に、エレーナは小さく肩を竦めて視線を会議室の扉の近くに立っている……否、置かれている3体の石像へと視線を向ける。

 結局レイが持ってきた石像は空の鐘というパーティのメンバーだったらしく、残りのメンバーからギルドに捜索依頼が出されており、その件で至急他のメンバーに連絡を取るからとギルドで待つことになったのだ。


「だが、人の生死が掛かっているのだから、無駄足という訳でも無いだろう? それに、レイにしても依頼の達成ということで報酬を貰えるようになった訳だし」


 会議室の椅子に座っているというのはレイとエレーナも同じなのだが、さすがに貴族令嬢と言うべきだろう。どことなく華がある様子で呟く。

 しかし、エレーナの言葉にレイは小さく首を横に振った。


「エレーナ、お前も分かっているだろ? 石化状態を治療するというのは色々と金が掛かる。回復魔法の使い手に頼むにしろ、石化の解除をする為の魔法はかなりの高難易度だから、相当な金額が必要な筈だ。かと言ってマジックアイテムに頼るとしても、こちらもまたかなりの高額だ。……正直な話、そこまで関係が深い仲間じゃなければ石像を放り出してそれで終わり、ということになる可能性も十分にあるな。……違うか?」


 言葉の最後、徐に扉の方へと向かって声を掛ける。

 話している途中に階段を上がり、会議室の外で動きを止めて中の様子を窺っていた気配へとだ。

 相手にしても自分に話し掛けられているというのは理解したのだろう。やがて扉が開き、2人の人物が会議室の中へと入ってくる。

 共に20代程の人間の男女で、男の方はレザーアーマーに長剣といった一般的な冒険者の格好をしており、女の方は杖を持ちローブを身に纏った、いかにも魔法使いといった雰囲気を醸し出していた。


「……ひっ!」


 その女が、レイを……そしてエレーナを見た瞬間に思わず悲鳴を上げて後退る。

 いきなりのその行動に、口を開こうとした男の方が呆気にとられた表情を浮かべつつも口を開く。


「おいニーヴ、どうしたんだ?」

「あ……ああ、あ……」


 ニーヴと呼ばれた女魔法使いが何故そんな状況になっているのかを理解したレイは、男の方へと向かって声を掛ける。


「取りあえず会議室の外にでも連れて行った方がいいな。幸い、その女が魔力を感じ取る能力はそれ程遠くまでは働かないらしいし」


 会議室に入ってきて、直接レイとエレーナの姿を見るまではニーヴと呼ばれた女が混乱する様子はなく、それを理解しているからこそのレイの言葉だった。

 エレーナも同様にその言葉に頷き、2人に目で促された男がニーヴを会議室の外まで連れて行く。


「魔力を感知出来る能力を持っているのは珍しいって話だけど、何だかんだ言いつつ結構いるよな」

「そうか? 確かに軍にその類の能力を持つ者はいるが、実際にはかなり少ないぞ? それに感知出来る能力にも個人差が大きい」

「人数が少なくても、それを利用して冒険者になっている者が多いんだろうな」


 そんな風に話をしていると、ようやく落ち着いたのだろう。会議室の外に出て行った男が会議室の中へと戻ってくる。……ニーヴを連れて。


「大丈夫なのか? 魔力を感知出来るのなら、この場にいるのは厳しいだろう? あまり無理をする必要は無いぞ」

「いえ、大丈夫です。私の仲間を助けてくれたのですから、お礼は言わせて下さい。……ありがとうございます」


 エレーナの気遣う言葉にニーヴは頭を下げる。

 自分のパーティメンバーを救助してくれた相手であり、決して自分と敵対する相手ではない。そう判断したからこそ、内心の恐怖を押し殺すことが出来ていた。

 それを理解したのだろう。その仲間思いなところが気に入ったのか、エレーナの口元に小さな笑みが浮かぶ。

 部屋に入ってきた男とニーヴの2人共がその笑みに思わず見惚れ、頬を赤くして慌てたように口を開く。


「その、今回は俺達の仲間を救助してくれて感謝している。ありがとう。それと自己紹介が遅れたけど、俺はメル。一応空の鐘のリーダーをしている」


 男、メルの方も遅ればせながら頭を下げるが、レイとエレーナは頭を下げている2人を見て、複雑な表情を浮かべた。

 確かに生身の状態で危険なところを助けたのなら大手を振って感謝の言葉を受け取るのだが、今回はあくまでも石化した状態で3人を救助したのだ。


「頭を上げて欲しい。確かにお前達にとっては感謝するべきことなのかもしれないが、よく見てくれ。私達が助けた3人は何らかのモンスターの攻撃を受けたと思われ、石化している。この状態を解除するのは……」


 かなりの金額が必要になるだろう。そう告げるエレーナに、メルとニーヴは小さく笑みを浮かべる。

 目には確かに悲しみが宿っているが、その中には同時に希望もまた浮かんでいた。


「確かに私は回復魔法は使えません。ですが石化しているということは、魔法にしろ薬にしろ、解除する手段があります。どこにいるのか分からず、生死も不明な状態の3人を探し回るのに比べると、随分と気分的に楽ですよ」


 ニーヴは笑みを浮かべ、目の端にそっと涙を滲ませながら告げる。

 その視線の先には弓を持ったまま石化させられたエルフの石像。その石像へと向ける視線は仲間に対するものというより、1人の男へと向けるものだ。


(なるほどな)


 同じ女だからという訳でも無いだろうが、エレーナはニーヴの視線を見て2人の関係を理解する。

 そんなニーヴの様子を見てメルは安堵の息を吐く。

 恋人を含む3人が行方不明になってからのニーヴの様子を知っているからこその安堵の息。


「ともあれ、3人を連れてきてくれて助かった。その、地下14階で見つけたって話を聞いたんだけど、詳しい話を聞かせて貰っても?」


 レイへと視線を向けて尋ねてくるメルだったが、それに対する返答は小さく首を横に振るというものだった。


「悪いが、見つけた時は既に石化された状態で置かれていたからな。恐らくバジリスクだろうと予想はしたが、その姿を見た訳でもない。幸運にもその3人を石化したモンスターの姿が無かったから、そのままアイテムボックスで回収してその場を離れた。言えるのはこのくらいだな」

「……そうか。だが、何だって地下14階に……俺達じゃまだ早すぎるって皆で言ってたってのに」

「ちなみに、普段はどの階層で活動しているかを聞いてもいいか?」


 悔しそうに呟くメルへの言葉が気になったのか、エレーナが尋ねる。


「ああ、特に隠す必要が……無い訳じゃないけど、あんた達は恩人だしな。普段は地下10階で行動をしているんだ。一応地下15階までは到達したんだけど、その時は俺達の先輩のパーティのポーターとして雇われてだったから、砂漠の階層は俺達に荷が重かったんだ。だからこそ、砂漠の前の階層でもある地下10階で主に活動してたんだけど……馬鹿野郎が」


 悔しそうに吐き捨てるメル。


「きっと、何かの理由があったんだよ。でないと、私達に何も言わないで地下14階なんて場所に行く筈は無いし」

「分かってるよ。……ったく、1週間近くも行方不明になっていたかと思えば、石像になって発見されるとか」


 握られた拳の爪が皮膚を突き破り、数滴の血が床へと滴り落ちた。


「メル、死んでなかったからいいわよ。後は何とかお金を稼いでこの3人を治療すればいいだけなんだから」

「ああ。絶対だ。絶対に元に戻して、理由を聞いてからぶん殴ってやる」


 励まし合うようにしている2人を眺めていたエレーナが、レイのドラゴンローブを軽く引っ張り扉へと目を向ける。

 その意図を理解したレイは小さく頷き、そのまま会議室から出ようとしたところでニーヴが気が付いた。


「あ、ま、待って下さい! その、今回の件のお礼なんですが……」

「別に報酬目当てで助けた訳じゃないしな。特に必要は無い」

「そうだな。お前達もその3人を治療するのに多くの資金が必要だろう? 偶然その3人を運んできただけの私達に報酬を支払うよりも、そっちに充ててくれ。ギルド職員の方には、私から説明しておく」

「でも、そんな……こんなによくして貰ったのに」


 あるいは、レイ達が金に困っていれば報酬を貰ったかもしれない。だが、そもそもエレーナは公爵令嬢であり将軍という立場もあるので金に関しては全く困っていないし、それはレイにしても同様だ。

 ダンジョンで得た素材を売った代金もあるし、スピア・フロッグや蟻地獄、その際に存在していた3人の死体の件でも多額の報酬を貰っている。

 それを考えれば、ここで後味の悪い思いをしてまで報酬を受け取ろうとは思わなかった。

 ……もっとも、レイやセト、あるいはエレーナの買い食いで相当な資金を消費してはいるのだが。

 レイやエレーナは全く気にしてはいなかったが、ニーヴ本人としてはこのまま一方的に世話になるのはどうしても我慢できなかった。

 ニーヴ自身も冒険者であり、依頼に対して報酬を支払うのは当然だという思いもあるのだろう。

 それ故に再び口を開こうとしたニーヴだったが、その肩へとメルが手を伸ばし、黙って首を横に振る。


「……いつか、何かあった時、俺達で出来ることがあったら言って欲しい。あんた達は仲間を救ってくれた恩人だ。この恩はなんとしてでも返させて貰う。こいつらにもその辺のことはしっかりと言っておく」

「好きにしろ」


 これ以上言い争っていても向こうは絶対に引かないと判断したレイは、溜息と共にそう言葉を吐き出すとエレーナと共に会議室を出て行く。

 メルとニーヴの2人は、その背に無言のまま頭を下げるのだった。






 1階へと降りたレイとエレーナは、そのまま先程のギルド職員の場所へと向かう。

 本来であれば依頼を達成したということで違う窓口なのだが、事情を知っている者の方がいいだろうと判断した為だ。

 尚、既にビューネとヴィヘラはギルドを去ったのか、その姿はどこにもなかった。


「あ、レイさん。エレーナさん。先程の依頼の件ですか?」

「そうだ。ただ、依頼を果たすつもりで連れてきた訳じゃないから、今回は報酬を受け取るつもりはない」


 そんなレイの言葉にギルド職員は一瞬驚きの表情を浮かべるが、すぐに小さく頷く。

 ギルド職員にしても、石化を治療するのには多くの資金が必要だと知っている為だろう。

 それでも一応念の為、とばかりに最後の確認として口を開く。


「いいんですね? 後でこの件の報酬を改めて要求しても、すでに支払いは出来なくなりますが」

「ああ。繰り返すようだが、今回石化した3人を連れてきたのはあくまでも偶然だ。そもそも依頼すら受けてない状態だったしな」

「……分かりました。私がこう言うのもなんですが、感謝させて下さい。ありがとうございます」


 深々と頭を下げるギルド職員。

 レイ自身は知らなかったが、このギルド職員は空の鐘のパーティメンバーがエグジルに来たのと同時期にギルド職員として雇用されており、それが縁で空の鐘とは私的な付き合いもあった。

 それ故に感謝の意味を込めて頭を下げたのだ。


「俺達は報酬を辞退したが、奴等には色々と厳しくなるだろうな」

「ええ、それは間違いありません。ですが仲間が死んでいない、というのはその厳しさを乗り越える力になると私は思っています。それに……メルならきっと大丈夫」


 最後の言葉はギルド職員の口の中だけで呟かれた言葉だったが、通常よりも鋭い五感を持つレイやエレーナにはしっかりと聞こえていた。

 レイはそれでも目の前のギルド職員、20代程のショートカットにしている女がメルを心配しているんだなという認識しか無かったが、エレーナは違う。先程会議室で見たニーヴの様子からもそれとなく察して、心の中で呟く。


(どうやら色々と複雑な人間関係があるみたいだな。もっとも、ギルドの受付嬢と冒険者が親しくなりやすいのは当然かもしれないが)


 その瞬間、エレーナの脳裏に浮かんだのはギルムのギルドにいる、猫の獣人の受付嬢。より正確には、イエロの記憶を通して見た相手。

 あるいは、空の鐘の冒険者でもある狐の獣人の女をその目で見た影響もあったのだろう。


「エレーナ、どうした?」

「……いや、何でも無い。ちょっと考えごとをしていただけだから、気にしないでくれ」


 レイからの問いに反射的に言葉を返したエレーナだったが、それでも幾分か機嫌が悪くなっているというのは明らかであり、その理由が理解出来ないレイは思わず首を傾げていた。

 そんな2人の様子を見ていたギルド職員は、小さく笑みを浮かべてからギルド内部へと視線を向ける。

 既に夕方近くになっており、次第にギルドに集まってくる冒険者の数が増えてきていた。

 実際レイ達と話している自分以外の買い取りカウンターでは既に行列が出来ている場所もある。

 それらのカウンターのギルド職員から向けられる視線に、慌てて口を開く。


「では、そろそろ忙しくなってきたので私も仕事に戻らせて貰います。今日は本当にありがとうございました」


 慌てて頭を下げ、レイとエレーナも特に気にする必要は無いと最後に告げてから、ギルドを出て行くのだった。

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