第466話
「さて、いよいよ砂漠の階層の最後な訳だが……こうしてみると、砂漠とはとても思えないよな」
「グルゥ」
ダンジョンの地下15階、オアシスが広がっている光景を見てレイが呟くと、その隣にいるセトも同意するように喉を鳴らす。
ギルドで空の鐘の件があった翌日、レイ、エレーナ、セトの2人と1匹はいつものようにダンジョンへと潜っていた。
「確かにとても砂漠には見えないな。とは言え」
レイの言葉を聞いていたエレーナが、外套のフードの部分を下ろす。
その瞬間、砂漠特有の強烈な暑さが顔を包み込み、すぐに再びフードを被る。
「温度に関しては砂漠そのまま……いや、寧ろ上の階層よりも高いと言ってもいいだろう。幸いオアシスがあるおかげで水には困らないだろうがな」
チラリ、とオアシスへと視線を向けるエレーナ。
上の階層では持ち運びできる水筒の類が必須だったが、この地下15階ではすぐ側に水があるので水の重さを気にして水筒の類を持ってくる必要はない。
(もっとも、腕の立つ者や運の良い者限定だろうがな)
オアシスの近くに存在している血の痕を見ながら内心呟く。
「ともあれ、こうして木々がそれなりに生えている以上、上空からセトが偵察をするのは難しい。それを考えると、今回は一緒に地上を歩いて移動した方がいいな。……構わないか、セト」
エレーナと共にオアシスの様子を窺っていたレイの言葉に、セトは問題無いと喉を鳴らす。
オアシスというよりはまるで湖と表現した方がいいような広さを持つこの階層に興味津々な様子のセトだったが、それでも自分達が地下へと向かうという目的を忘れる程ではない。
「だが、レイ。ここまで大きな水場である以上、この階層には多くのモンスターがいると思ってもいいのではないか? プレアデスからもそう聞いているし。そうなれば、お前達の目的でもある魔石に関しても……」
「確かにな。俺としてはそうしてもらった方が嬉しいが……いいのか?」
「私は構わん。そもそも、このダンジョンに潜っていること自体が半ば趣味に近いようなものだからな。そう急ぐ程ではないさ」
遠く離れた相手との会話が出来るマジックアイテムを探してのダンジョン探索だったが、確かに休日をとってここにいる以上は趣味と言ってもいいのだろう。
勿論エレーナに関して言えば、長くエグジルにいればそれだけレイと一緒にいられる時間が長くなるという思いもあった。
それを理解した訳では無いだろうが、レイにしてもエレーナと共に過ごす時間が長くなるというのは決して悪いことではない。いや、寧ろ喜ばしく思っている。
「そうか、ならエレーナの言葉に甘えさせて貰おうか。な、セト」
「グルルルゥ!」
セトも自らの強化が出来る未知の魔石や、更には未知のモンスターの肉を食べられるということもあって嬉しげに喉を鳴らす。
その様子をどこか微笑ましいとばかりに眺めていたエレーナは、ふと前日の件を思いつきレイへと視線を向ける。
「レイ、サイクロプスの魔石は吸収しないのか? ここは砂漠の階層といってもオアシスで、見ての通り隠れる場所は多いから他の冒険者に見つかるようなこともないと思うが」
「……なるほど、確かに」
小部屋の周囲に生えている木々や、広大な湖とすらいえるオアシスの周辺にも多くの木々が生えており、確かにその陰で魔石の吸収をすれば他の冒険者に見つかるようなことは滅多にないだろう。
「サイクロプスの魔石だし即戦力になるのはほぼ確実だからな。……問題としては1つしか無いということだが、ともあれ移動するか」
その言葉にエレーナもセトも頷き、大きめの木の陰になる場所へと向かう。
幸いオアシスの周辺には大きめの木が何本も生えており、特に探す必要も無く木の陰に移動したレイは、早速とばかりにミスティリングからサイクロプスの魔石を取り出す。
「……デスサイズとセトのどっちが吸収するか、だが。普通に考えればセトだろうな」
「グルゥ?」
何で? と喉を鳴らして尋ねるセトだったが、レイにしてみればサイクロプスとヴィヘラの戦いを見た限りでは、デスサイズで吸収すれば恐らくパワースラッシュを習得するだろうという判断だった。
現在でこそレベル2のパワースラッシュをそれなりに使いこなしてはいるが、そもそも一撃の威力に特化したそのスキルはレイにとってあまり使い勝手がよくない。
確かに一撃の威力は高いのだが、それを放った瞬間には一瞬ではあるが動きが止まって隙を作るという欠点もあるし、何よりも使用時の衝撃がそれなりに強力だというものもある。
それならば、身体的にレイよりも優れているセトがその手の技を習得する方がいいだろうという判断だった。
それらを説明し、魔石をセトへと差し出すレイ。
「セトは剛力の腕輪や、グリフォンとしての高い身体能力もある。それをより強力に使えるスキルを習得出来ると思うから、この魔石はセトが吸収してくれないか?」
「グルゥ……グルルルル」
レイの視線を真っ直ぐに受け、やがて小さく鳴き声を上げるとクチバシでレイの手の上にある魔石をそっと咥え、そのまま口を開いて飲み込む。
すると次の瞬間……
【セトは『衝撃の魔眼 Lv.1』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージがレイとセトの脳裏を過ぎる。
「……は?」
「グルゥ?」
予想外と言えばあまりに予想外だったスキルの習得に、レイとセトは間の抜けた声を上げ、あるいは首を傾げる。
だが、すぐにそのスキルの意味を理解したレイは小さく頷く。
「衝撃の魔眼……そう言えばそうだったな。サイクロプスは単眼から魔力を衝撃波として放つことが出来るという能力もあったか。……てっきり、サイクロプスの特徴でもある力を使うスキルを習得出来ると思ってたが……」
そんなレイの言葉にセトがどのようなスキルを習得したのかも理解したのだろう。エレーナも微かに驚きの表情を浮かべ、だが次の瞬間には笑みを浮かべる。
口元に浮かんでいる笑みは、まさにレイが目的としていた力を使ったスキルよりも良いスキルを習得したのだと言わんばかりに。
「確かにセトは素のままでも強力な一撃を持っている。それを更に強化したかったというレイの考えは分かるが、魔力の衝撃波というのはジュエル・スナイパーが使っていたのと同じようなものだろう? それならば不可視の衝撃波を放てるという意味では、かなり使いやすいスキルではないか?」
「確かにそうだが、敵に見えにくい遠距離攻撃の手段はウィンドアローがあるんだよな。……まぁ、こっちもレベル1でそれ程威力は強くないから、あくまでも牽制にしかならないけど」
しみじみと呟くレイだったが、エレーナはそんなレイの肩を軽く叩く。
「私自身が風の魔法を得意としているから言えることだが、確かにウィンドアローのように風の魔法は見えにくいが決して不可視という訳では無い。それに私の考えが正しければ……セト、どこか標的を狙って今習得したスキルを使ってみてくれ」
「グルゥ?」
エレーナの言葉に、レイに視線で許可を求めるセト。
レイがそれに頷くと、セトは少し離れた場所にある木へと向かって衝撃の魔眼を発動する。
「グルルゥッ!」
鋭く鳴いたその瞬間、木の幹が弾け飛ぶ。
あくまでも木の皮が弾け飛んだのは表面のみで、地面へと落ちたのは木の皮のみだ。
威力そのものは数本のウィンドアローと同程度といったところだろう。だが、何よりもレイを驚かせ、あるいはエレーナが得意げな笑みを浮かべている理由はスキルの発動速度だった。
ウィンドアローを使おうとする場合、まず最初にセトの背後に風の矢が生み出され、それから放たれる。その行程は他の遠距離攻撃用スキルである水球やアイスアローも同様だ。だが、魔眼は発動した瞬間に視線を向けている場所にその衝撃が発生する。
他のスキルと比べると数秒程度の差だが、実戦での数秒というのは値千金と言ってもいい価値を持っていた。
「これは……確かに凄いな。衝撃の魔眼とかあったから、てっきりジュエル・スナイパーのような攻撃方法だと思ったんだけど」
「確かに最初に聞いた時は私もそう思ったが、それなら魔眼という名前は付かないと思ってな。それで試してみたらこの効果だ」
「グルゥ?」
凄いの? と小首を傾げるセトに、レイは笑みを浮かべて頷きながら頭を撫でる。
「ああ、凄いぞ。威力に関してはまだレベル1だからそれ程強く無いが、それにしたって牽制と考えれば十分強力だ。後は射程距離だな。セト、あそこにある木に魔眼を使ってみてくれ?」
レイが指さしたのは、10m程先にある木。
「グルゥ!」
その言葉を聞き、瞬時に魔眼を発動。すると先程同様即座に衝撃が生み出されるが、その威力は極端に低くなっている。先程は木の表面を弾けさせるだけの威力を発揮したというのに、今は木の表面に軽く傷が――それもひっかき傷程度――出来ただけだった。
魔眼を使った木に近寄り、その表面を確認したレイは小さく溜息を吐く。
この程度の威力では、とても遠距離用の攻撃としては使い物にならないからだ。
「射程が伸びると、それに比例するように威力も落ちていくのか。近接戦闘でなら使い勝手は悪くないんだろうけど……やっぱりセトにはパワースラッシュのようなスキルを習得して欲しかったな」
「グル、グルルルルゥ……」
ごめんなさいと頭を下げるセトの様子に気がついたレイは、慌てて首を横に振ってその頭をコリコリと掻いてやる。
「別にセトが悪い訳じゃないから、お前が落ち込む必要は無い。何のスキルが習得出来るかってのは、あくまでも運の要素が強いんだからな」
「グルゥ?」
本当? と円らな瞳で自分を見上げてくるセトに向かってレイは頷く。
そんな1人と1匹の様子を見ていたエレーナだったが、レイの言葉に付け加えるように口を開く。
「確かに遠距離での使い勝手は悪いかもしれないが、それでも衝撃を起こせるのは事実だ。相手の気を逸らすといった方法でなら十分使えるスキルではないか?」
「そうだな、確かに戦闘に意識を集中しすぎていたかもしれない。別にスキルは戦闘だけに使うって訳じゃないか」
エレーナの言葉に納得の表情を浮かべたレイは、ともあれ魔石の吸収は終わったと判断して木の陰から出る。
「ああ、そう言えば宿で聞いたんだが、この地下15階にはそれなりに高値で買い取ってくれる果実がなっている場所があるらしいぞ。食べても非常に美味いらしい」
不意にエレーナの口から出てきたその言葉に、レイとセトは先程までのお互いに自分が悪いことをしたという雰囲気を消し去って周囲を見回す。
もっとも、セトの場合は純粋にその果実に興味があったのだろうが、レイの場合は意図してエレーナの話題に乗ったのだろう。周囲を見回しつつも、エレーナへと感謝の視線を送っていた。
「グルルゥ?」
果物はどこ? と周囲を見回すセトだが、その視線に映る景色に果物の類はどこにも存在していない。
「さすがに小部屋の入り口近くには無いか。まぁ、考えてみれば冒険者が行き来する場所にあっても、すぐに採られてしまうだろうし」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは残念そうに喉を鳴らす。
だが、すぐにこの場所に無いのなら奥の方に行けばまだ果実があると判断したのだろう。クチバシでドラゴンローブの裾を引っ張って早く行こうと促す。
「そうだな、ちょっと探してみるのも悪くは無いか」
セトに引っ張られるようにして歩き出したレイはエレーナと共にオアシスの周辺に生えている木々の上を見ながら進んでいく。
「で、その果物というのはどういう果物なんだ? 外見とか?」
「聞いた話では、人間の頭部程の大きさを持っているらしい」
「……また、随分と大きいな」
林檎程の大きさを想像していたレイは、砂漠に降り注ぐ日光に小さく眉を顰めて言葉を返す。
レイとエレーナはそれぞれドラゴンローブとマジックアイテムの外套を着ている為に特に何も感じなかったが。
もっとも、エレーナが着ている外套はドラゴンローブ程に効果の高いものではない為、エンシェントドラゴンの魔石を継承したおかげというのが大きいのだろうが。
(椰子の実のような感じか? まぁ、椰子の実があるのは砂漠じゃ無くて南国ってイメージだが)
そんな風に考えつつオアシスを見て回ること、およそ1時間程。
オアシスという水場であるにも関わらず特にモンスターに遭遇することも無いままに目的の果物を探し続け……
「グルルゥッ!」
唐突にセトが鳴き声を上げる。
その視線を追ったレイとエレーナが見たのは、少し先にいった場所に生えている木。高さ5m程の場所に存在している、人の頭程の大きさの果実だった。
表面が緑と青の斑模様という、一見するととても食べられそうには思えないような果実。
その姿を見たレイは、思わずエレーナへと視線を向ける。
「あれか?」
「ああ。私が聞いた限りではな」
「……あれか?」
エレーナの言葉に再度尋ねるが、その問いに戻ってくるのは頷きのみ。
「グルルルゥ!」
その時、突然セトが衝撃の魔眼を発動すべく鋭く鳴き声を上げる。同時に、視線の先にある果実の木と繋がっている部分が破裂し、地上へと落下し……
「っと!」
地を蹴ったレイが果実の下まで移動して、何とか果実を受け止めるのだった。
【セト】
『水球 Lv.3』『ファイアブレス Lv.3』『ウィンドアロー Lv.1』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.4』『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』『アイスアロー Lv.1』『光学迷彩 Lv.2』『衝撃の魔眼 Lv.1』new
衝撃の魔眼:発動した瞬間に視線を向けている場所へと衝撃によるダメージを与える。ただし、セトと対象の距離によって威力が変わる。遠くなればなる程、威力が落ちる。Lv.1では最高威力でも木の表面を弾く程度。ただし、スキルを発動してから実際に威力が発揮されるまでが一瞬という長所を持つ。
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