第454話

 ダンジョンから出たレイとエレーナ、そしてセトはギルドでサボテンモドキの魔石のみ2つ以外買い取って貰い、何度か乗った馬車へと乗り込みシルワ家へと向かっていた。

 本来であればギルドで全ての素材の換金を済ませてからとしたかったのだが、そもそも倒したモンスターはサボテンモドキ以外は殆ど死体のままでミスティリングの中に収納されている為に、ギルドに売るにしてもまず剥ぎ取りをしなければならない。

 あるいはこの後に何も用事が無ければ、エグジルの中なり外なりで素材の剥ぎ取りをしても良かっただろう。

 だが、それは本当に何も無ければだ。

 現在のレイとエレーナには何を置いてもやるべきことがあった。

 即ち異常種になりかけながらも、結局途中で息絶えたサボテンモドキの死体をシルワ家に……ボスクの下へと届けることだ。

 同時に、その異常種を作り出そうとしていた3人の死体やダンジョンカードのような所持品も大きな手掛かりになるだろう。


(以前ギルムで雇ったように、素材の剥ぎ取りを依頼として出すのもありかもしれないな)


「レイ、そろそろだ」

「ん? ああ」


 考えに没頭していたレイへとエレーナが声を掛けて我に返す。

 そのまま馬車の窓から外へと視線を向けるレイだが、やはり昨日の今日ということもあってまだそれなりの数の冒険者と思しき者達の姿が見える。

 ただ、やはりそこに昨日とは違って殺気じみたものは存在していない。


(シャフナーが見つかってない以上、そこまで気を抜ける訳でも無いと思うんだがな。……いや、俺達がダンジョンに潜っている間に何か進展があったのか? にしては、喜んで騒いでいる様子もないが)


 そんな風に考えている間にも馬車は進み、やがてシルワ家の近くで止まる。

 乗車賃を払って降りると、馬車のすぐ後ろをついてきていたセトが近寄って顔を擦りつける。


「グルルゥ」


 喉を掻いてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に癒やされつつも、最近のセトはますます猫化しているように感じ、レイの脳裏に多少ではあるが心配する気持ちが湧き上がっていた。


(いや、元々下半身が獅子である以上、おかしくはないんだろうけど……もっと、こう……)


 どうにも今のセトを見ていると、空飛ぶ死神と呼ばれる程の高ランクモンスターであるようには思えない。

 だが、それが嫌かというとレイは恐らく首を振るだろう。

 今のセトだからこそ、レイもまた愛着を抱いているのだから。


「レイ? ぼーっとして、どうかしたのか?」

「ん? ああ、問題無い。ちょっとセトが……な」

「セトが?」


 レイの言っている意味が分からなかったのか、機嫌良さそうに喉を鳴らしているセトへと視線を向けるエレーナ。

 そのまま数秒程様子を見て首を傾げていたが、結局ただセトの人懐っこさを理解しただけで終わる。


「ま、それはそれとしてだ。早速行くか」


 呟き、視線の先にある屋敷へと向かって1歩を踏み出す。

 数秒前までは喉を鳴らしていたセトも、すぐに気分を切り替えてレイの隣を進み、その反対側にはエレーナが続く。

 そうして到着したシルワ家の屋敷は、以前に来た時と比べると驚く程に人数が減っていた。

 見覚えのある門番が2人いるのは変わらないが、門の前には他の冒険者の姿は無く、門の内側に念の為にと数人程がいるのみだ。

 勿論、以前来た時はレビソール家とぶつかる直前という時期だったこともあるので、それが終わった以上は冒険者達をこれ以上集めておく必要がないからだろう。


「何かご用でしょうか?」


 以前にシルワ家に来た時にも会話した門番に声を掛けられ、レイは小さく頷いてから口を開く。


「ああ。異常種の件で情報提供だ。ボスクかサンクションズに取り次いでくれると助かる」

「……少々お待ち下さい。すぐにサンクションズ様にお知らせしてきますので」


 口を開いた門番の目配せを受け、もう片方の門番がそのまま屋敷の中へと向かって行った。

 その後ろ姿を見ながら、レイは屋敷の周囲を眺めてから口を開く。


「随分と人数が減ったな」

「ええ。何しろレビソール家の件に関しては大方片付いていますので。さすがにあれだけの戦力は必要無いとボスク様が判断され、半ば無理矢理に……それでも頑固な者達は何人かそこに残っていますけどね」


 岩のような、と表現すべき迫力ある顔に苦笑を浮かべながら視線が向けられた先は、門の内側。先程レイが数人程の気配を感じた場所だ。


(忠誠心……と言うよりは、ただ単純に好かれているんだろうな。シャフナーとは大違いだ)


 そんな風に考えていると、レイの隣で話を聞いていたエレーナが口を開く。


「研究所に向かった時には、既に研究員が全員殺されていたという話だったが……事実か?」

「私は門番なのでそちらに同行はしていませんでしたが、聞いた話によると確からしいです」

「それは、確かに全員なのか? 生き残りは1人も?」

「はい、そのように聞いています。研究所の中にいた研究員は既に皆完全に息の根が止まっていたと」

「……ふむ、なるほどな。となると……」


 エレーナが何かを思いついたかのように呟いたその時、丁度屋敷の中から先程の門番と共にシルワ家の執事長でもあるサンクションズが姿を現す。


「お待たせして申し訳ありません。それで、何か異常種の件で情報があると窺っていますが……」

「今日ダンジョンに潜った時にちょっとな。ボスクと面会は出来るか?」

「ええ、問題ありません。レイ様やエレーナ様が来たと聞いて、喜んで執務室で待っていますよ」


 サンクションズのその言葉に、どことなく待っているではなく待ち受けているといったイメージが湧いたレイだったが、それでも特に問題は無いだろうと判断して頷く。


「そうか、なら良かった。じゃあ早速案内の方を頼む」


 レイの言葉に頷き、そのまま門の中へと入っていく。

 その途中、セトが庭へと向かおうとした時に門の中で待機していた冒険者達数名がその姿を見て驚いてはいたが、それでも無様に怯えるような真似はせずにじっとやり過ごしていた。

 シルワ家の……より正確にはボスクを慕っている為にまだここに残っているだけあって、それなりに度胸はあるらしい。

 もっとも、レイが連れているセトが他人に危害を加えないという話が広まってきているのを知っているからこそだろうが。


「グルルゥ?」


 そんな冒険者達に、どうしたの? と小首を傾げて喉を鳴らすセトだが、さすがに度胸があるとは言ってもここで撫でるような程の度胸は無いらしい。

 じっと自分を見つめるだけで、特に構って貰えないと判断すると、どことなく落ち込んで寂しげな雰囲気を浮かべつつ庭へと向かう。


(まぁ、ギルム程に住民なり冒険者なりが慣れるのはもう少し時間が掛かるだろうな)


 現在でもレイ達がよく出歩いている場所にある店――主に食べ物屋――では、セトもそれなりに受けいられつつあるのは間違い無い。

 後はそれがどれ程広く、あるいは早くエグジルに住む者達にとっての共通の認識となるのかは、レイにとっても正確に予想出来ることではなかった。

 もっとも、レイとしてはそれ程心配はしていない。セトがどれ程に人懐っこいのか。そして実際にギルムの住民に愛されているのかを、自分の目で確認しているのだから。

 ……中には、某女冒険者のように暴走する程にセトに惚れ込む者もいるのだが。

 ともあれ、セトに心の中で小さく応援の声を送った後でレイとエレーナはサンクションズに連れられて屋敷の中へと入り、以前にも向かった部屋の前へと到着する。


「ボスク様、レイ様、エレーナ様をお連れしました」

「入れ」


 その声と共にサンクションズが扉を開き、2人へと中に入るように促す。

 前回と違うのは、本人も部屋の中に入ってきたことだろう。今日のボスクは機嫌が悪くは無いと知っているからこその行動だった。

 もっとも、自分の弟分が殺されたのは事実。その報いは存分に受けさせたとは言っても、主犯と見られている――ボスクは操り人形だったと半ば確信しているが――シャフナーは未だに見つかっていない以上、上機嫌という訳でも無いのだが。


「おう、レイとエレーナか。今日はどうした? レビソール家の件で何か情報を持ってきたのか?」


 半ば冗談っぽい口調で尋ねるボスク。

 2人がエグジルの政治的な問題に関わるのを避けているのを知っているが故に出た言葉だったが、それを聞いたレイは笑うでも無く、あるいは怒るでも無く、ただ無言で頷く。

 そんなレイの様子を見て、笑いごとではないと判断したのだろう。浮かべていた笑みを消し、真面目な表情になって尋ねる。


「……何があった?」

「実は、今日のダンジョンで妙な奴等と遭遇してな」

「妙な奴等?」

「ああ。地下13階にある、サボテンとサボテンモドキが大量に生えている一画を知っているか?」


 レイの言葉に、数秒程考えてすぐに頷く。

 階段や転移魔法陣のある小部屋から地下14階に続く最短距離を遮るようにして存在しているその一画については、ダンジョンに潜っている弟分達からも何度か話を聞いていた為だ。

 もっとも、ただでさえ砂漠は足を取られて歩きにくいというのに、最短距離とは言ってもわざわざ峰ではない場所を進むような物好きは殆どいなかったので特に問題とはなっていなかったのだが。


「なんだ、お前達あそこを通ったのか? サボテンモドキは面倒な相手だし、その割に得られる素材も少ないってことで冒険者には嫌われていると思ってたんだけどな」

「確かに知ってたら通らなかったかも」


 この辺は情報収集能力が低いレイ達のミスだろう。あるいは知っていたとしても遠回りするのは面倒だと突っ込んでいったかもしれないが。

 自分でもそれを理解しているのか、小さく咳払いをしてから話を元に戻す。


「ともあれ、そこの一帯を抜けた時に妙な光景に遭遇してな」

「……妙な光景?」


 話の本題に入ったと理解したのだろう。無言で先を促され、説明を続ける。


「サボテンモドキの一帯を抜けてから少し移動した場所で、3人の冒険者らしき者達がいた。それだけなら通りすがりかと思ったんだが、そいつらの近くにサボテンモドキが死にかけの状態で転がされていてな。そいつに混沌の種とかいうのを使ったら、サボテンモドキの身体が急激に変化していった。……それこそ、通常のモンスターと異常種の違いくらいにな」


 ここまで告げた時、既にボスクの視線は鋭く変わってレイを見据えていた。


「続けてくれ」


 そんなボスクの言葉に頷き、体験した続きを語る。


「ただ、サボテンモドキはその急激な変化に耐えられなかったらしくて結局死んだ。で、それを処分しようとしたその3人を捕らえようとしたんだが、逃げられそうに無いと判断すると何の躊躇も無く奥歯に仕込んでいたらしい毒を飲んで自ら命を絶った」

「……なるほどな」


 話し終えた時のボスクは、不思議そうな表情……ではなく、寧ろ納得したと言った表情を浮かべながら同じ部屋の中にいるサンクションズへと視線を向け、小さく頷く。

 それを受けたサンクションズは、微かに眉を顰めて言葉を紡ぐ。


「ボスク様という餌には掛からなかったようですが、それとは全く別の場所にその姿を見せたようですね」

「ああ。だが、翌日にいきなり活動を再開するというのは色々と疑問も残る。……あれだけのことを企んだ奴が、これだけ浅慮な真似をすると思うか?」

「さて、どうでしょうな。向こうには向こうで色々と思うところがあるのかもしれませんし」


 自分達を放って話を続ける2人に、小さく溜息を吐いてから再び口を開くレイ。


「で、だ。サボテンモドキと3人の死体を持ってきているんだが」


 だが、そんなボスクはレイがそう口にした瞬間、素早くその視線をレイへと向ける。


「何? ……ああ、なるほど。そう言えばお前はアイテムボックス持ちだったな。スピア・フロッグもそうやって持ってきていたし」

「そうなる。後はついでにこんなのもあったぞ」


 ボスクの様子にしてやったりとした笑みを浮かべ、ミスティリングの中から3枚のダンジョンカードを取り出す。

 それを見た瞬間、ボスクの視線が更に鋭くなる。

 勿論ダンジョンカードに書かれている情報が正しいとは限らない。……いや、やっていたことを考えれば間違いなく嘘の情報だろう。

 だが、それでもカードに書かれている情報は敵の正体を探る上では貴重な情報であり、手掛かりになるのは間違いない。


「異常種になりきれなくて死んだサボテンモドキ、それを行っていた人物3人分の死体とそいつらの持っていたダンジョンカードを含めた所有物。……さて、これを幾らで買い取る?」


 ニヤリとした笑みを浮かべながら、ボスクへとそう尋ねるのだった。

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