第453話

 晴天に降る雷、あるいは流星。そんな印象を受けるような一撃で空を飛んでいたモンスターの首を切断したレイは、モンスターの死体と共に砂の上に着地する。

 モンスターの死体はそのまま重力に導かれるようにして地上へと落下したが、5m近い距離を跳躍したレイは着地する寸前に再びスレイプニルの靴を発動し、落下速度を殺すように空中でワンクッション置いてから砂地へと降り立つ。

 ふわり、とドラゴンローブが舞い上がるその光景に、不思議とエレーナは目を離せなかった。

 傍から見れば、ただ空中に跳躍してモンスターを殺しただけの光景。

 勿論5m近い距離を跳躍するといった行為が『ただの跳躍』で済ませられる訳では無い。だが、それでも跳躍してモンスターを一撃で倒しただけだというのは変わらず、だと言うのにその光景に目を奪われている自分をエレーナは自覚しない訳にはいかなかった。


「グルゥ?」


 そんなエレーナを我に返らせるかのようにセトが小さく鳴き、事実その鳴き声で我に返る。


「レイ、無事か!?」


 モンスターの死体の側に降り立ったレイへと向かって慌てて駆け寄るが、そんなエレーナに向かってレイは問題無いと軽く手を上げる。

 頭部が切断されたモンスターからは血と体液が吹き出て、砂漠の熱気により既に周囲には強い臭いが漂い始めているが、レイはそれを気にした様子もなく、頭部が切断されても尚体長3mを超えるそのモンスターの死体を眺めていた。

 エレーナはそんなレイの様子に安堵の息を吐きつつも、視線を切断された頭部へと向ける。

 1mを優に超える長さを持つ4本の角。その角の長さも考えれば、4mを大きく超えて5m近い大きさを持つモンスターだ。


「このようなモンスターがいるとは聞いていなかったのだがな」

「ああ。プレアデス達から聞いた話の中にも無かったし、前もって集めた情報にもこんなモンスターが存在するというのは無かった。……さて、どう思う? 新種か、あるいは……」


 混沌の種と呼ばれるものを用いてサボテンモドキを異常種に変化させようとした者達の死体が倒れていた場所へと視線を向けて言葉を切る。

 既にその死体はミスティリングの中に収納されてはいるのだが、それでも自然と視線が向いたのだ。

 だが、エレーナはそんなレイの言葉に小さく首を横に振る。


「いや、このモンスターについては先程の者達と関係は無いと思ってもいいだろう」

「何故だ? 異常種を作り出している奴等なんだから、全く新種のモンスターを作り出してもおかしくないだろ?」

「確かに可能か不可能かで言われれば可能なのかもしれない。だが、奴等が混沌の種とかいうものを使って異常種にしようとサボテンモドキを選んだのはともかく、ここでそれを行おうとしていたのは、ある意味で偶然に近かった筈だ」


 呟き、レイの前に転がっている蟻地獄の死体へと視線を向けて言葉を続ける。


「もしサボテンモドキが異常種になったとしたら、あの言い分から恐らく次は他のモンスターを異常種にしていただろう。その際にも失敗をする度にここまでその死体を持ってくるのか? あるいは先程レイと戦った時のように砂の中から出歩けるという可能性もあるが、そもそも異常種が存在しているのはこの階層だけでは無い。まさか全ての階層でこのようなモンスターを配置しているとはとても思えん」

「……なるほど」


 エレーナの言葉に思わず納得するレイ。

 確かにこれまでにも色々な階層でレイは異常種と遭遇している。それを考えると、様々な階層で異常種を作り出しているというのは間違いない。そして先程レイが見た光景から察するに、普通のモンスターが異常種になるというのは相当に難しいというのも事実。


(まぁ、そうほいほい異常種を作り出せるのなら、もっと多くの数が見つかっているだろうしな)


 現在までに見つかった異常種の数は30にも満たない。あるいは異常種の存在が公になる前にもいたかもしれないが、それは既に言ってもしょうがないだろう。


「となると、このモンスターは本当にたまたまここに生息していた未知のモンスターなのか?」

「ああ。ただ、未知かどうかは分からんがな。プレアデス達がダンジョンのモンスター全てを知っている訳でも無いだろうし、そもそもダンジョンの核が新たに生み出すなり召喚するなりしたモンスターという可能性もある」

「異常種を生み出されている場所に都合良くか?」


 その言葉に小さく頷いたエレーナは、鎧のような甲殻へと触れながら口を開く。


「あるいはこのモンスターがいたからこそ、ここで異常種を生み出す実験をしていたのかもしれないな。失敗作はこのモンスターが潜んでいる場所に放り投げれば勝手に始末してくれるのだから」

「……確かにその可能性は高いか。異常種になりかけの死体を放っておいて、他の冒険者に見つかったりしたら厄介だろうし。……だがその場合、他の場所で異常種を生み出す実験をしている時は失敗作の処分はどうしているんだ?」

「さて、それを私に聞かれてもな。私が言っているのはあくまでも可能性でしかない。あるいはもっと何か他の理由があるかもしれないし、幾つか予想は出来ないでもないが……そちらはあくまでも推論に推論を重ねた結果でしかない」


 淡々と呟かれたその言葉に、レイもまたそれ以上は何を言うでも無く頷いて納得する。

 ダンジョンの中で答えの出ないことに頭を悩ませているよりは、とっとと地下14階へ降りてから魔法陣で脱出してシルワ家にでも持ち込んだ方がいいだろうと判断した為だ。


「じゃあ、とにかくこのモンスターに関してはミスティリングの中に収納してさっさと先に進むとするか」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、早く行こうとばかりに鳴き声を上げるセト。

 その声に後押しされるかのように胴体と頭部の両方をミスティリングへと収納すると、手に持っていたデスサイズもまたミスティリングへと収納する。


「相変わらずアイテムボックスがあるというのは羨ましいな。手ぶらの状態でも瞬時に武器を取り出せるのだから」


 そんなレイの様子を見ていたエレーナが羨ましそうに呟くが、レイは小さく肩を竦めてから言葉を返す。


「エレーナが持っているマジックポーチは……無理か」

「ああ。アイテムボックスとは違って出したい物が手元に現れる訳ではないからな。1度手を中に入れるという動作が必要になる」

「けど、マジックポーチ自体がかなり稀少なマジックアイテムなんだろ?」

「確かに稀少だが、それでもアイテムボックスとは比べものにならないさ」


 お互いに会話を交わしつつ、セトの後ろをついていくようにして歩み始める。

 レイ達が去った後では相変わらず直射日光が降り注ぎ、砂の上に零れ落ちたモンスターの血や体液といったものを蒸発させて強い臭いを発生させるが、それもすぐに砂漠の風により吹き散らされていく。

 それでも砂漠の風に漂っている微かな血の臭いを嗅ぎつけたモンスターがその場へとやってくるが、当然そこには自らの腹を満たすようなものは一切無い。いや、ある意味では腹を満たす餌は存在していた。自分と同じく血の臭いを嗅ぎつけた者達だ。

 その結果、その場所ではモンスター同士の喰らい合いとでも表現すべき戦いが行われ、そこで流された強烈な血の臭いを嗅ぎつけて他のモンスターが現れる……といった戦いが行われることになる。

 最終的にその生存競争に勝ち残ったのは3つの頭部を持つ巨大な蛇のモンスターであり、サボテンモドキが生えている一帯の近くで冒険者も好んで近づかないということもあって、暫くの間はそのモンスターを頂点にした食物連鎖のピラミッドがその一帯に形成されるのだった。






 自分達が立ち去った後でそのようなことになっているとも知らずに、レイ達一行は砂漠を進んでいく。

 さすがに殆どの冒険者が通らないような道を進んでいるので、それなりにモンスターが襲いかかってはきた。だが、それらのモンスターは殆どがサンドワーム、バンデットゴブリン、サンドスネークのような、何度か遭遇したことのあるモンスターばかりであり、魔石を欲しているレイにしてみれば、いわゆるハズレのモンスターばかりであった。


「ちっ、どうせならスカイファングとか岩蜘蛛とか、さっきの蟻地獄みたいなモンスターとかが現れてくれれば、魔石の数的に……いや、そうでもないか」


 出てくるモンスターに対して文句を言いつつ、それでもしっかりと死体をミスティリングに収納して砂漠を歩いていたレイだったが、ふと目にしたものを見て笑みを浮かべる。

 ミスティリングから取り出したデスサイズを手に獰猛な笑みを浮かべたレイの視線の先にあるのは、一見するとただの砂漠にしか見えない。

 だが、その視線の先にあるのがただの砂漠では無いということの証拠に、セトもまたレイの隣で警戒に喉を鳴らしながら鋭い視線で前方を睨み付けていた。

 エレーナもまた連接剣を構えながら小さく笑みを浮かべる。


「確かに岩蜘蛛のように岩に紛れるモンスターがいるのだ。ならば砂に紛れるモンスターがいてもおかしくはない、か」

「そういうことだ……なっ!」


 レイ達が戦闘態勢に入ったのを理解し、これ以上待ち伏せても自分達が不利になるだけだと判断したのだろう。視線の先にある砂が……否、砂に紛れていた存在が動き出す。

 その数は1匹や2匹ではない。10匹、20匹という量だ。


「砂蟻か。まぁ、蟻地獄のようなモンスターがいるんだから、蟻型のモンスターがいるのは当然なんだろうな」


 体長は大きいもので2m程、小さくても最低1.5m程。

 人間と同程度の大きさの蟻が、見つけた餌は逃がさんとばかりに一直線にレイ達へと向かってくる。

 何の策も無く、ただ一直線に自分達へと向かってくる砂蟻の集団を見たレイは、口に嘲りの笑みを浮かべながら呪文を紡ぐ。


『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』


 レイの後ろに現れた炎の矢の数は、約50本。腕の長さ程もある炎の矢の全てが生み出されたその瞬間、レイは魔法を発動する。


『降り注ぐ炎矢!』


 放たれた炎の矢は、そのままレイ達の方へと向かってきている砂蟻に向かって降り注ぐ。

 自分達に近づいてきているその炎の矢が危険だと判断した砂蟻もいたのだが、他の殆どの砂蟻は真っ直ぐに前進を続けて正面から降り注ぐ炎の矢の雨に次々に貫かれていく。

 砂蟻の固い甲殻を、触れた端から貫き、燃やし、瞬時に炭と化す。

 そして炎の矢の全てが降り注ぎ、着弾の衝撃で上がった砂煙が消え去った後には既に4匹の砂蟻しか残っていない。

 他の個体よりも多少頭が良かった、運が良かった、偶然自分の前にいた他の個体が盾になってくれた。

 そのような理由により何とか助かった4匹だったが、それでも無傷ではいられず、身体の各所に多かれ少なかれダメージを負っており、更にそこに連接剣を構えたエレーナと、自慢の爪と膂力で命を奪わんと襲いかかる1人と1匹。

 追撃と呼ぶにはあまりに過剰な戦力に、砂蟻の命は瞬く間に消え去ることになる。

 20匹を超える砂蟻が出来たのは、ただ姿を現して前進しただけであり、まさにレイのような広範囲攻撃の手段を持っている者にしてみれば、鴨以外のなにものでもなかった。

 だが、そんなレイの攻撃方法に欠点が無い訳でも無い。


「……駄目だな。甲殻は殆ど全滅だ」


 倒した砂蟻をそのままミスティリング内に収納しながら、思わず溜息を吐くレイ。

 魔石を除くと最も高く売れる砂蟻の素材でもあるのが甲殻なのだ。

 このエグジルで初心者、ランクDやEの冒険者がちょっと多めの報酬を貰った時にワンランク上の防具として選ぶ中に上がる選択肢の1つが砂蟻の甲殻を使って作られた軽鎧なのだが、鎧の材料に使うには当然穴が空いては色々と不味い。

 砂蟻の甲殻の特性上、甲殻の一部を切り取って他の甲殻に継ぎ合わせるということも出来ない為、穴が……特に甲殻のど真ん中に見て分かる程に大きな穴が空いていれば、使用用途が酷く限定されてしまう。


「元気を出せ。あの数とまともに戦っていれば、余計な時間が掛かっていただろう。それを思えば、安く買い叩かれる方がまだいいと思うぞ?」


 慰めるようなエレーナの言葉に、溜息を1つ吐いてから気を取り直す。


「そうだな、とにかく今は少しでも早く地下14階に向かう階段を発見して、シルワ家に情報を提供しないとな」


 気を取り直したレイは砂漠の上を進み続け、襲ってくる敵を倒しながらも数時間程掛けてようやく地下へと続く階段を発見。そのまま地下14階に降りてから魔法陣で地上へと戻るのだった。

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