第452話
レイとエレーナの目の前で倒れている2人分の男の死体。
少し離れた場所ではもう1人の男の死体も存在している。
その死体を前に、苦々しげな表情を浮かべるエレーナ。
レイは苛立たしげに砂の上にデスサイズの石突きを突き立て、強烈な直射日光を照らしている太陽を睨み付ける。
「くそっ、まさか秘密を守る為に自殺するとはな」
「ああ。しかも何らの躊躇すら無くだ。それだけ所属していた組織なりなんなりに対する忠誠心が高いのだろうが……」
死体を眺めながら呟くエレーナの言葉に、首を傾げるレイ。
「異常種を作り出す実験を行っていたところを見ると、レビソール家の関係者で間違いないと思うんだが……シャフナー相手に、自らの命を絶つ程の忠誠心を向けると思うか?」
ある意味当然の疑問。
レイやエレーナが見たシャフナーという人物は、控えめに言っても傲慢であり、とても部下や他の者から好かれるような性格では無い。
そんな人物を相手にして、自決用の毒薬を飲んでまで忠義立てをするかと言われれば、答えは否だろう。
だが、実際にレイやエレーナの目の前で倒れている男達は自らの逃亡が不可能だと知った瞬間には何の躊躇いも無く奥歯に仕込まれていた毒薬を飲み、その命を絶っている。
その矛盾こそが混乱をもたらす。
「グルゥ……」
そんな2人に向け、セトが喉を鳴らして交互に頭を擦りつける。
元気を出して、と告げてくるその態度で我に返り、改めて死体へと視線を向けるレイ。
自分の目の前で死んでいる2人の死体と、少し離れた場所で倒れているもう1人の死体。そして最後にサボテンモドキの死体。
それらの死体を目にし、溜息を吐きながらそっと手を伸ばす。
「持っていくのか?」
「ああ。俺達にしてみれば死体というだけだが、ボスクにしてみれば何らかの手掛かりを得られる可能性もある。特にこの3人が本当にレビソール家の者なら、見覚えのある奴がいるかもしれない」
「可能性は限りなく低いが……な」
「だとしても、何もしないよりはいいだろう」
レビソール家の研究所に務めていた研究員や職員の類は、その全てが殺された状態で見つかっている。だというのに何故この3人だけが無事だったのか。
(普通に考えれば、この3人が研究員を殺して逃げ出したってことなんだろうが……その割に腕はそれ程でも無かった。良くてランクD程度といったところか。それでもこの階層までやって来ているのは不思議だが……まぁ、強い相手と一緒にダンジョンを降りてきたとかすれば、それは可能だしな)
そこまで考え、エグジルのことをよく知らない自分が考えるよりも、誰よりもこの迷宮都市という存在について熟知しているボスクに任せた方いいだろうと判断し、ミスティリングの中へと収納する。
「……ん?」
サボテンモドキの死体と男2人の死体をミスティリングへと収納すると、近くにダンジョンカードが1枚落ちているのに気がつく。
恐らく毒を飲んで地面に倒れた拍子にでも落ちたのだろうと判断して拾い上げるが、当然そこに書かれている名前に見覚えは無い。
(これ程大掛かりなことをしでかしているんだから、偽名で登録しているというのも十分に考えられるしな)
内心で呟き、それでも男達の情報を知る手掛かりにはなるだろうと判断してダンジョンカードについてもミスティリングへと収納した。
続けて少し離れた場所で地面に倒れ伏している男の死体を収納し、手掛かりになりそうなもの全てを収納し終える。
それらの作業を終了し、大きく伸びをするレイ。
そんなレイへと向かってエレーナが連接剣を一振りして鞘へと収め、声を掛ける。
「さて、どうする? 少しでも急ぐのなら、元来た道を小部屋まで戻るという手段があるが」
「距離的にはどんな感じなんだ?」
「ふむ、どうだろうな。先程のサボテンの一帯は地図に載っていなかったのを考えると、つい最近出来上がったばかりの場所なのだろう。そうなると、今私達がどこにいるのかというのは大まかにしか分からないな。ざっと見た感じでは地下14階に降りる階段まで残り半分くらいだと思うが」
エレーナの言葉を聞き、自分達がやって来た方向へと視線を向け、やがて考えを纏める。
「よし、このまま進もう」
「いいのか? レイにとっては異常種の件は少しでも早く解決したい問題だろう?」
「確かにそっちも重要だが、ここまで来たんだから地下13階は早いところ攻略しておきたい。このまま戻れば次に挑戦する時はまた地下13階からになるし、そうなればもう1度この砂漠を歩かなきゃいけなくなるからな。それならもうここまで来てるんだから、今日のうちに次の階に行けるようにしておきたい」
レイの言葉に、エレーナもまた異論がなかったのだろう。小さく頷き賛成の意を示す。
それを確認したレイは、次に自らの相棒でもあるセトへと向かって声を掛けようとするが……
「グルゥ……グル……グル」
そんなレイに気がついた様子も無く、何故かサボテンモドキが死んでいた場所のすぐ近くをうろうろと歩き回っていた。
砂漠にはセトの足跡が幾つも残り、それがどれ程レイとエレーナが話している間中そこを歩き回っていたかの証として残っている。
「セト? どうしたんだ?」
「グルルルゥ、グルル……」
レイの呼びかけにも返事はするものの、砂の上を行ったり来たりして足跡を付けていた。
その様子を訝しげに眺めていたレイだったが、やがて異常種を作りだそうとしていた男達が、それに失敗して死体になったサボテンモドキをセトのいる方へと運ぼうとしていたのを思い出す。
(異常種のなりかけのサボテンモドキを残しておく訳にはいかない。かといってアイテムボックスやマジックポーチの類を持っている様子も無かったし、何よりサボテンモドキを運ぼうとしていた。となると、当然その先には何かそうする原因がある訳だが……なるほど)
「レイ?」
セトの奇妙な行動の原因が分かったのか? そう尋ねてくるエレーナに、小さく頷いてミスティリングの中から野営用に収納しておいた薪を幾つか取り出す。
そのまま1本をセトが歩いている先へと放り投げるが、ただ砂の上に落ちるだけで何が起きるでも無い。
次にまた1本を取り出して今投げた場所の更に先を目指して放り投げる。
そこでも何も起きないが、同じように少しずつ先へ、先へと薪を投げていく。
最初はレイが何をしているのかと興味深そうに眺めていたエレーナだったが、やがてその理由が分かったのかいつでも攻撃出来るように鞘から抜いた連接剣を構える。
そして投げた薪の数が10を超え、レイの手から放たれた薪が地面に落ちたその瞬間。唐突に砂が上空へと吹き上がる。
その光景は、サンドワームが姿を現す時と似ていた。だが明らかに違うのは、吹き上がった砂が消えた後にはサンドワームどころか何のモンスターの姿も存在しなかったことだ。
砂漠の上には、という条件になるが。
砂漠の上ではない場所……即ち砂漠の下、すり鉢状に窪んでいる底の部分からは4本の鋭い角のような突起が存在している。
その突起が周囲を探るように何度か動き回り、何も獲物が存在しないと判断すると、そのまま再び砂漠の地中へと潜っていく。
「なるほどな。これを使って処分する気だったのか」
薪を手にしたレイの隣で感心したように呟くエレーナ。
「間違いなくな」
呟きつつ、レイは脳裏に蟻地獄、あるいはウスバカゲロウと呼ばれる昆虫の姿が過ぎっていた。
蟻を引き込んで餌とするその習性は、たった今目の前で見たモンスターの様子と酷く似ている。
砂漠を通りかかったモンスターなり、あるいは冒険者なりを自らの巣に引き込んで餌としているのだろう。
「ある意味では、ここにいた奴等のおかげで助かったと言えるんだろうな」
「確かにな。実際、このようなモンスターがいると分からないままでは、私達も奴の巣に引きずり込まれていた可能性は十分にある。砂の中にいたせいか、セトも正確な位置までは気がつけなかったようだしな」
「グルゥ……」
ごめんなさい、と謝るように喉を鳴らすセト。
だが、その目はすり鉢状の窪みの底から突き出ている4本の角からは決して離されていない。
レイはデスサイズを右手で持ちつつ、励ますように左手でその頭を撫でる。
「しょうがないさ。相手が砂の中にいたんなら嗅覚でも視覚でも発見することは出来ないし、獲物を待ち伏せてじっとしていれば触覚や聴覚でも察知は出来ない。となると、残りは味覚と第六感の類になる訳だが……」
呟き、4本の角を見ながら内心で首を傾げる。
(けど……なら、なんでいきなり姿を現したんだ? 隠れたままなら不意打ちで襲いかかれた筈なのに。セトがウロウロしていたから痺れを切らした? 薪の衝撃に釣られた? ……待て。それでも姿を現したってことはつまり!?)
「一旦下がれ!」
その考えに行き着いた瞬間、反射的に叫びながら地面を蹴って後方へと跳躍する。
エレーナとセトもレイの叫びの中に潜んでいる危険を理解したのだろう。躊躇する様子も無く反射的に後方へと跳躍していた。
同時に、甲高い音が周囲へと響き渡り……次の瞬間、何かが放たれ一瞬前までセトのいた場所を通り抜ける。
そして起こる砂の爆発。
4つの角の中心から放たれた何かが通り過ぎた後をなぞるようにして砂が吹き上がり、まるで砂で出来たカーテンがモンスターとレイ達を分断するかのように形成される。
「ちっ、また厄介な攻撃を……飛斬!」
「グルルルルルゥッ!」
『ウィンド・アロー!』
レイのデスサイズからは飛ぶ斬撃が、セトからは直径40cm程の水球が2つ、エレーナからは風で構成された視認しにくい風の矢が放たれ、砂のカーテンを突き抜けていく。
だが、それを迎撃するかのように再び何かが放たれ、2つの水球と相打ちのような形でどちらも姿を消す。
その隙を突くかのように飛んでいった飛斬とウィンド・アローが蟻地獄に命中する。そう判断したレイだったが、不意に上空に気配を察知してそちらへと視線を向けた。
そこにいたのは、巨大なクワガタのようにも見えるモンスター。その先端に生えている4本の角を見れば、その正体は明らかだろう。
砂に対する保護色なのか茶色の甲殻をしており、その背からはトンボのような透明に近い翅が2対4枚生えており、激しく羽ばたいている。
(蟻地獄の癖にウスバカゲロウじゃなくて、クワガタになるとかどうなってるんだよ。中途半端に翅はそれっぽいが……さすがにモンスターってところか)
内心で自分達の上空を飛んでいるクワガタとウスバカゲロウの合いの子のようにも見えるモンスターを眺めつつ、レイはモンスターという存在の持つ出鱈目さに呆れていた。
(けど、プレアデスからこんなモンスターの存在を聞いた覚えは無い。となると、正真正銘の新種か何かか? ……ともあれ……)
やるべきことは変わらないとばかりに視線を上空で飛んでいるモンスターへと向け、デスサイズを振るう。
「飛斬っ!」
その言葉と共に放たれた飛ぶ斬撃は、真っ直ぐにモンスターへと飛んでいく。だが、次の瞬間にはモンスターが身体を斜めにして飛斬の進路上から回避、同時に翅を鋭く震動させる。
「キキキキキキッ」
以前にも何度か聞いたような音。
翅を持つモンスターが、高速で震動させることにより生じるその音が何を意味しているのか。それは次の瞬間に明らかになった。
「レイッ、避けろ!」
エレーナからの声を聞き、反射的に後方へと跳躍するレイ。
それと同時に見えない何かが一瞬前にレイの存在していた場所へと叩きつけられる。
不可視の一撃。その一撃が翅の振動を利用して放たれた一撃だと半ば本能的に理解したレイは、再び翅を振動させ始めた相手を見ながら、舌打ちをして再びデスサイズを振るう。
「飛斬っ!」
放たれる斬撃。モンスターから放たれた振動波の一撃と空中でぶつかり合って相打ちのように消滅する。
その結果に、レイは目の前のモンスターが笑みを浮かべたような雰囲気を感じ取った。
自分が絶対に殺されないと判断したかのような、そんな笑み。
だが、その笑みはセトのような高ランクモンスターが持つ理性的な笑みではない。標的を見つけた時に浮かべた、本能に支配された笑み。
「な……めるなぁっ! 飛斬っ!」
再度飛斬を放つが、そこから先は先程までと違っていた。そのまま砂地を蹴ってその柔らかさに微かに眉を顰めるが、それは一瞬。確かに砂地は跳躍する力を半ば吸収してしまうが、少しでも空中にその身を置けばそんなことはレイにとって関係なかった。
そのままスレイプニルの靴を発動し、空中へと跳ね上がる。
数歩程度とはいえ、空中を歩ける能力を持つスレイプニルの靴によりモンスターの上空まで一瞬にして跳び上がり、レイの姿を見失ったモンスターの上空で魔力を流したデスサイズを大きく構え……そのまま空中で身を翻し、再度スレイプニルの靴を発動。自分の真上を蹴って速度を上げ、流星の如くモンスターの上空から落下し、自らに近づいてくる死そのものとも言えるレイの存在にモンスターが気がついた時には、既にデスサイズが……死神の大鎌が振り下ろされんとしている光景だった。
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