第449話

 セトとのスキンシップを十分に楽しんだレイとエレーナは、地下13階の砂漠を進んでいた。

 歩く度に足の先端が砂に沈み込んで足を取られ、あるいは50℃を超える気温が体力を奪い、それを加速するかのように強烈な直射日光が太陽から降り注ぐ。

 だが、砂の上を歩くのは既に地下11階で慣れており、気温の直射日光に関してもドラゴンローブや外套の効果でかなり軽減されている。

 もっとも、遠回りになる砂丘の峰を歩くのではなく、目的地でもある地下に向かう階段を目指して真っ直ぐに歩いているのはやはりレイとエレーナの体力や持久力があってこそだろうが。

 尚、セトはと言えばサンドイッチを食べたおかげか、元気よく空を飛びながら周囲の警戒をしている。

 そんな風に砂漠を歩き続けていると、やがてサボテンが無数に生えているのが見えてきた。


「サボテン……レイ、プレアデス達から聞いた話を覚えているか?」

「ああ。地下13階からのサボテンの中には、擬態しているモンスターもいるって話だな」

「うむ。それを踏まえた上で……どうする?」


 視線の先にある無数のサボテン、それこそサボテンの森とでも表現すべき程に密集して生えているそれらを眺めつつ尋ねるエレーナに、レイもまた眉を顰めて首を捻る。


「これだけサボテンが密集して生えているとなると、あからさまに怪しいよな。まず間違いなくサボテンモドキとかいうモンスターが擬態していると考えて間違いないだろうが」

「最も簡単なのは空を飛んでここを飛び越えることだろうが……レイはともかく、私は難しいからな」


 普通のグリフォンには無い、魔獣術で生み出されたセトだけの特性なのか、セトは基本的にはレイ1人程度しか背中に乗せることが出来ない。

 それ以上となると、子供を何とかといったところだった。

 それでいて、前足の一撃は100kg単位のモンスターすらも吹き飛ばせる威力を持っているのだから、色々と理不尽だと言えるだろう。

 ともあれ、セトがエレーナを乗せて移動出来ない以上、取れる手段はそう多くなかった。

 即ち……


「大きく遠回りするか、あるいは無理して突っ込むか」

「遠回りするというのは……出来れば避けたいな」


 サボテンの森がかなりの範囲に広がっているのを見たエレーナが、溜息と共にそう呟く。

 レイにしても、未知のモンスターなのだから最低2つの魔石は入手しておきたい。

 こうして2人の利害が一致し、次はどうサボテンに擬態しているサボテンモドキを倒すかで頭を悩ませることになる。


「無難に考えれば、レイの魔法か私の魔法で一掃するのが手っ取り早いと思うんだが」

「可能ならな。プレアデス達から聞いた話によると、サボテンモドキは魔力に過敏に反応するらしい」

「ああ。しかも攻撃魔法や回復魔法といった区別無く魔力にのみ反応するというのだから、厄介この上ない」


 レイの言葉に、溜息を吐きながら言葉を返すエレーナ。

 サボテンモドキはその名の通りサボテンに擬態しているモンスターだけに、基本的には身動きしない。だが、それが魔力を感じると防衛本能が呼び起こされるのか、あるいは単純にそのような性質を持っているのか、正体を露わにして攻撃を開始するのだ。

 サボテンから生えているトゲが無数に放たれるその様子を聞いたレイは、マシンガンを連想させられた。

 しかも放たれるトゲはサボテンモドキ本体から瞬時に生え替わり、弾切れになることはない。

 そんな攻撃を、魔力を感知したサボテンのモンスター、サボテンモドキ全てが行うというのだから、厄介極まりない。

 ドラゴンローブを貫通する程の威力が無いのは明らかだが、面射撃ともいえる攻撃でフードの隙間やローブに覆われていない場所に命中する攻撃全てを防ぐのはまず無理だった。

 更にエレーナが着ているのはあくまでも温度を下げてくれる外套でしかなく、防御力の類には殆ど期待出来ない。

 そしてサボテンモドキから取れる素材は討伐証明部位も兼ねている魔石のみであり、それ以外の素材は一切取れないという、まさに倒すのに苦労はするが得られるものが非常に少ない、骨折り損のくたびれもうけを体現しているかのようなモンスターなのだ。


(もっとも、だからこそここまで繁殖したんだろうけどな)


 サボテンモドキがトレントのように自ら動き回るモンスターであれば、あるいは襲いかかってきた相手を倒すということもあったかもしれない。だが、基本的にサボテンモドキはレイ達の前にあるように身動きをせずにじっとしており、徹底的に待ち伏せに特化したモンスターでもある。

 他にも砂漠の峰から離れている場所であるここに存在しているというのもここまで増えた理由なのだろう。


「ともあれ、魔法は却下だな。そうなればスキルと物理攻撃で邪魔するサボテンモドキを殺していくしかない」

「……面倒だが仕方が無い、か。他の冒険者が通るように峰を移動していた方が手っ取り早かったかもしれないな」

「否定はしない。だが……」


 レイはエレーナの言葉にそう返し、ミスティリングから取り出したデスサイズを構える。


「確かに魔力に関しては過敏に反応するだろうけど、魔獣術で習得したスキルはどうだろうな? ……エレーナ、大丈夫だとは思うが、一応何があっても対応出来るように準備しておいてくれ。セト!」

「グルルルルゥッ!」


 細かいところまで指示せずとも、その呼びかけだけで上空にいても会話が聞こえており、レイの言いたいことを大体理解したのだろう。

 了解、とばかりに鳴き声を上げ、翼を羽ばたかせながら地上へと舞い降りてくる。

 そのままレイの隣へと移動し、レイの方へと何を使えばいいの? と視線で問い掛けるセト。


「火災旋風がベストなんだけど、あれは竜巻の高さがあって他の冒険者に見られるからな。奥の手だからなるべく晒したくない。となると、王の威圧は……どうだろうな。サボテンモドキはそもそも動き自体が殆どないモンスターだし。となるとやっぱり攻撃範囲の問題でファイアブレスだろうな」

「グルゥッ!」


 任せて! とばかりに短く鳴き、大きく息を吸っていつでもファイアブレスを吐き出せるように準備を整える。


(俺の場合は……そもそも広範囲攻撃が可能なスキルが殆ど無いしな)


 そんなセトの様子を見て、内心で呟く。

 レイが……より正確にはデスサイズが使用可能なスキルのうち、攻撃スキルは飛斬、パワースラッシュ、腐食の3つのみしかない。

 その中でも腐食はスキル名通りに敵の金属製の装備を腐食させるというものであり、この状況で使っても意味は無く、パワースラッシュは強力な一撃を繰り出せるが、あくまでもそれは敵の1匹に対してのみだ。

 そうなると自然とレイが使用するスキルは、もっとも汎用性が高く使い慣れている飛斬となる。


(パワースラッシュと違って連続で使用出来るしな)


 幾度か使い、あるいは訓練によってパワースラッシュで自分が受ける反動を上手く逃がすということは出来るようになってきていたが、それでも連続で使用出来るようなスキルではない。

 小さく息を吸い、吐き、吸い、吐き、吸い……


「セト、行くぞ!」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの言葉にセトが大きく鳴きながら、そのクチバシから全てを燃やし尽くせとばかりにファイアブレスが吐き出される。


「飛斬! 飛斬! 飛斬! 飛斬!」


 そんなセトの横では、レイもまた負けてたまるかとばかりにデスサイズを幾度となく振り、斬撃を飛ばしてはその進路上にあるサボテンモドキを斬り裂いていく。

 ファイアブレスに触れたサボテンモドキは苦しげにウネウネと蠢き、そのまま何をするでも無く燃やし尽くされる。

 炎に触れた瞬間に危機を察知してトゲを放とうとするサボテンモドキもいたのだが、セトの放つ炎の勢いには抗えず、そのまま炭と化す。

 レイの飛斬は放たれるとサボテンモドキを真っ二つに切断して一撃で息の根を止める。

 幸いだったのは、飛斬の威力がサボテンモドキを倒すのに丁度良かったことか。もしこれが威力が強すぎれば、1匹を倒してその後ろに生えているサボテンモドキに中途半端にダメージを与えてマシンガンの如き針を食らっていただろう。

 逆に威力が弱すぎれば、最初の1匹に対して倒しきれず中途半端にダメージを与えて同様に針を放たれる。

 そんな状態で攻撃を繰り返しているレイとセトの横では、こちらもまたエレーナが腰の鞘から抜き放った連接剣に魔力を通し、鞭状にして操ってサボテンモドキの攻撃射程ギリギリの位置から胴体を切断していく。


(……魔法の魔力には反応するのに、マジックアイテムには反応しないのか?)


 チラリと飛斬を放ちながらエレーナの攻撃を見ていたレイが内心で考えるが、すぐに納得する。


(となると、魔法を使う際の術式に反応している……のか? マジックアイテムは外じゃなくてマジックアイテムそのものに魔力を流すから……)


 そうは思いつつも、結局はデスサイズに魔力を流して攻撃したとしても意味は無いと気がつく。

 別にデスサイズが連接剣に劣っているとは思っていない。純粋に武器の間合いの問題だ。

 長さ2m程のデスサイズだが、その刃の長さを考えても可能なのは精々中距離での攻撃といったところだ。

 だが、鞭状になった連接剣の攻撃可能範囲はデスサイズと比べてもかなり広範囲となる。

 無論弓のような射撃武器には及ばないが、それでも遠距離攻撃が可能なのだ。


(なら投槍で……いや、残数が心許ないか。後で本格的に集めておかないとな。冒険者の集まる迷宮都市ってことで、武器屋や鍛冶屋は多いんだし)


 そんな風に考えている間にも、デスサイズを振るっては飛斬を放ち続けており、2人と1匹の放つ攻撃はまるで雑草でも刈るかのように呆気なくサボテンモドキの命を奪っていく。

 唯一の難点としては、セトの放つファイアブレスの威力が強すぎることだろうか。その炎はサボテンモドキの身体だけではなく、魔石までをも炭と化している。


「セト、もう少し炎の威力を調整してくれ。魔石の流通量が少ない以上、多く手に入れておくのに越したことはないからな」


 レイの言葉に、ファイアブレスを吐き出してるので特に承諾の鳴き声を上げるようなことは無かったが、それでもセトのクチバシから吐き出されている炎の威力は間違いなく下がる。

 威力の下がったファイアブレスはサボテンモドキを炎で包み込んで炭にするのは変わらないが、炭にするまでの時間が長くなり、結果的に魔石が炭になる前に次の標的へと移ることにより、魔石が炭となることはなくなった。

 2人と1匹は、その場所から倒すことが可能なサボテンモドキは全て倒し、少しずつ前進を開始する。

 1歩進み出ればその1歩分だけ新たなサボテンモドキが命を失い、2歩進めば更に多くの。そんな状態で3歩、4歩、5歩と進み、サボテンモドキの数は次第に減っていく。

 勿論、周辺一帯に生息しているのだから全てを倒している訳では無い。レイ達が通り抜けられ、尚且つその際にサボテンモドキに攻撃されないようにしている場所だけだ。

 他の冒険者、あるいはギルドの職員が見れば倒せるのなら一掃してくれと言いたいだろうが、レイ達にしても素材も何も無く魔石だけしか入手出来ないようなモンスターを相手にするのは面倒極まりなかった。


(それでも最低限魔石は入手出来るんだから、魔石不足のギルドとしては美味しい獲物……と言えなくも無いのか? もっとも、サボテンモドキを遠距離から安全に攻撃して、更にそれを連射が可能で、倒したサボテンモドキの魔石をきちんと手に入れられるという条件がつくけど。……いや、その時点でそれ程簡単じゃ無いか)


 少しずつ歩みを進めつつ、内心で考えるレイ。

 最もポピュラーな遠距離攻撃である弓ではサボテンモドキを一撃で仕留めるのは難しく、同時に矢の本数に限りがある。魔法の場合はそもそも使おうとした時点でサボテンモドキが反応して無数の針を撃ち込まれることになる。


(あるいは投石機の類でもあれば……いや、無理か。そもそも砂漠の中でここまで運んでくるのが難しいし、矢よりも弾切れに関しての問題が出てくるか。少なくても俺みたいにアイテムボックス持ちがいなければ使えない手だろうな)


 そんな風に考えつつ、やがて徐々にではあるが前進していたレイ達はサボテンモドキが生えていた一帯の中程へとようやく到着した。

 目の前に広がっているのはサボテンモドキの、無数の死体。あるいは焼け焦げ、切断されている普通のサボテン。

 そしてそんなサボテンモドキの死体やサボテンの周囲にはまだ攻撃を受けていないサボテンモドキが身動きをせずにその場に留まっている。


「よし、まずはサボテンモドキの死体から魔石を取り出してから、この調子でどんどん進んでいくぞ」


 レイの言葉に、エレーナが頷き、セトが承諾の鳴き声を漏らすのだった。

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