第450話

「ふぅ、何とか抜けた……か」


 安堵の息を吐きながら背後へと視線を向けるレイ。

 その仕草に合わせるかのように、エレーナやセトもまた背後を見る。

 振り向いた先に見えるのは、一面の緑。

 砂漠の中では水分補給や、時には食料にもなるサボテンの林とも言うべき光景だ。

 そのサボテンに紛れるようにして存在しているサボテンモドキ。

 それらで形成されている緑の一帯が途切れ、地面である砂地が剥き出しになっている場所がある。

 本来そこに存在していたサボテンとサボテンモドキは斬り捨てられ、あるいは燃やされて地面にその屍を晒していた。


「ゆっくりと1歩ずつ進んできたせいか、思ったよりも時間が掛かったな」

「グルルゥ」


 エレーナの声に同意するかのようにセトが鳴き声を漏らす。

 だが、それも無理は無い。何しろレイは飛斬を、エレーナは連接剣を使ってサボテンモドキに攻撃していたのに対し、セトの攻撃方法はファイアブレスである。

 つまり、常に息を吐き続けていたようなものだ。更に全力でファイアブレスを吐けば、サボテンモドキの体内にある魔石までもが炭と化して使い物にならなくなってしまう為、威力の調整にも注意しなければらならない。当然体力の消耗が他の2人よりも激しくなる。いや、純粋に体力だけならばグリフォンであるセトは有り余っているので問題は無かったのだろうが、精神的な疲労に関しては相当に気を遣っていた。


「ともあれ、魔石は大量に手に入ったんだ。これで少しはエグジルの魔石不足も解決するだろうな」

「そうだな。……とは言っても、魔石を買い集めていた原因のシャフナーは既に逃亡済みだ。これまでのように深刻な魔石不足になるということは無いと思うが」


 エレーナのその言葉に、確かにと頷くレイ。

 魔石を買い集めていたうちの片方が既にそれを行っていない以上、市場に流れる魔石の量が増えるというのは間違いなかった。


「だが、それもすぐに足りない場所全てに行き渡る訳でも無い。それを思えば無駄じゃないさ。……それよりも魔石の吸収に関してはどうする? サボテンモドキのせいで……いや、この場合はおかげでと言うべきか。ともあれ、この周辺に他の冒険者が来る様子は無いが」


 レイが地下13階に降りた時に言っていた、周辺から見つかりにくい場所というのに丁度いいのでは無いか。そんな風に尋ねたエレーナだったが、レイは数秒程考えて首を横に振る。


「止めておこう。確かに冒険者は来ないだろうが、魔力に反応するサボテンモドキがいるからな。下手にここで魔石を吸収して新たなスキルを習得しても、それにサボテンモドキが過剰反応する可能性がある。折角こうして特に被害が出ないままにここを切り抜けられたんだから、ここで悪戯に怪我をするような真似は避けたい」

「では、どうする? 多分ここがこの階層で一番人目に付かない場所だが」

「ああ。だからここじゃなくて、ここから少し離れた場所でいいだろ」

「……なるほど。確かにそっちの方がいいか。それに、ここは色々と環境が悪いからな」


 微かに不愉快そうに眉を顰めたエレーナが、サボテンやサボテンモドキの生えていた場所へと視線を向ける。

 セトの放ったファイアブレスにより、周囲には焦げ臭い匂いが充満している。

 砂漠に吹く風により大分薄れてきてはいるが、それでもまだ周囲に強い焦げ臭さは残っているのだ。特に何かがある訳でもないが、それでもこの環境の中に長くいるというのはあまり好ましくは無かった。


「じゃあ、少し離れるか。……出来ればスカイファングか岩蜘蛛辺りがもう1匹ずつ出てきてくれると嬉しいんだが、それはちょっと贅沢か?」

「恐らくはな。大体、普通の冒険者ならモンスターに出てこられては……いや、素材や討伐証明部位、魔石で金を稼ぐとなるとやはり必要なのか」

「グルルゥ?」


 2人で話していると、少し進んだセトがまだいかないの? とばかりに後ろへと振り向く。

 その様子に思わず笑みを浮かべてその後を追うように砂漠を進み出す。


「グルルルゥ!」


 そんなレイやエレーナを見て、気分良さげに鳴き声を上げるセト。

 ファイアブレスを連続して吐き出すというのは色々と疲れはあったが、セトのストレスを発散させるという意味ではこれ以上無い程に効果的だったのだろう。


(そもそも、セトにストレスがあるのかどうかは微妙だが)


 自分の隣で獅子の下半身を持つグリフォンであるにも関わらず、機嫌のいい犬のように尻尾を振っているセトを見ながらレイは苦笑を浮かべて内心で呟く。

 基本的に人懐っこく、エグジルの住人に構って貰えれば嬉しいのだ。更に最近ではセトに対して餌付けをしようと干し肉やサンドイッチといった食べ物を与える者も出てきており、ギルムでセトがマスコットキャラ的な扱いをされるようになっていったのと同じ行程を着々とこなしている。

 それを思えば、やはりセトにストレスが溜まっているようには見えなかった。

 寧ろ、ストレスよりはレイと共に暴れられたのが嬉しかったのだろう。そう判断出来る程度にはセトは上機嫌だった。

 そのまま砂漠を歩いていると、相変わらずの直射日光が降り注ぎつつも2人と1匹は既にそれらを気にならなくなってくる。

 サボテンとサボテンモドキの場所に存在していた焦げ臭い匂いも、ここまで離れれば既に気にならない程度にまで薄まっているのも大きな理由だろう。

 あるいは、それが原因だったのかもしれない。地の底から響いてくるような音が鳴り響いたのは。


「っ!?」


 反射的にモンスターの襲撃と判断したエレーナが、連接剣を抜き去って即座に迎撃の構えを取る。

 だが、数秒程待っても敵が襲ってくる様子は無く、ただ時間だけが流れていく。

 そんな中……


「悪い。今のは別に敵がどうとかじゃなくて、純粋に俺の腹の音だ」

「……今のが腹の音、だと?」


 思わずといった様子で外套の下からレイへと視線を向けてくるエレーナに、どこか恥ずかしげに視線を逸らして頷く。

 サボテンを焼いた匂いというのは、決して食欲を刺激するような匂いではなかった。だが、それでも何故かレイの腹は激しく自己主張したのだ。

 そんなレイの様子を見ていたエレーナは、小さく笑みを浮かべて溜息を吐く。

 その口元に浮かべられている笑みは、どちらかと言えば『しょうがないな』という意味のものだった。

 自分がいなければ色々と駄目なんだろうと、自分が目を離してはいけないだろうと。

 そんな視線を向けられているのには薄々気がついているのだろう。どことなく落ち着かない雰囲気を纏ったまま、レイは周囲を見回す。

 だが、上の階と違ってここは砂で出来た砂漠だ。日の光を遮るような岩陰もなく、あるのは所々に存在するサボテンのみ。

 地下11階の時のようにオアシスがあれば……というのがレイの正直な気持ちだったが、オアシスというのは岩陰よりも稀少だろう。


「取りあえず……そうだな、周囲に見つからないように砂丘の影になっている場所にでもマジックテントを建てて食事にするか?」

「それが妥当だろうな。私も喉が渇いているし、そうして貰えると助かる」

「グルルルゥ!」


 自分もお腹が減った! と喉を鳴らすセト。

 あるいは空腹では無く喉が渇いていたのかもしれないが、とにかく現在いる場所から数km程先にある大きな砂丘を目指して進んでいく。

 サボテンモドキを倒して進んでいたということもあり、多少気が抜けていたのも事実だろう。それ故にその存在を見つけるのが多少遅れたのは、しょうがなかったのかもしれない。

 それでも向こうに見つかる前に発見できたのだから、決して悪いところばかりではなかった筈だ。

 つまり……


「冒険者、か?」


 視線の先にいる3人の人影。エレーナと同様の外套を着ている為に性別までは分からないが、間違いなく人間、あるいはそれに近い亜人の類だ。

 この地下13階にいるのだから、間違いなく冒険者だろう。だが、レイやエレーナが不審に思った最大の理由はその足下にあった。

 どのようにして生きたまま連れ出したのかは分からないが、3人の人影の足下に倒れているのは間違いなくつい先程までレイ達が蹂躙していたサボテンモドキに間違いない。


「……」


 どうする? と視線で尋ねてくるエレーナに、レイもまた数秒程考え込む。

 これがもし普通の冒険者であれば、普通に近寄っていって話し掛ければいい。

 他の冒険者が来ない場所にいるのにしても、穴場を狙っていると言われれば納得するのだから。

 だが、今レイ達の視線の先にいる3人の冒険者は、見て分かる程に周囲を警戒している。それに本来は地面に埋まっている筈のサボテンモドキをわざわざこんな離れた場所まで運んできていることといい、明らかにおかしかった。

 幸い、油断しているレイ達を見つけられる程には気配察知能力や五感が鋭くは無かったようだが、それでも周囲に放たれている緊張感は並大抵のものではない。


(あからさまに怪しいが……さて、どうしたものか)


 確かに見て分かる程に怪しい相手ではある。あるいは何らかの犯罪行為を行おうとしているのかもしれない。だが、別にレイは正義の味方という訳ではない。……客観的に見た場合、正義と悪ではどちらかと言えば悪の方に近いだろう。

 エレーナは貴族として思うところがあったが、それでも何も分からないこの状況で迂闊に飛び出すような真似をする程に愚かではない。

 セトの場合はレイが動けば動くといったところだろうか。

 ともあれ、2人と1匹はまずは様子見とばかりにサボテンモドキの周囲を囲んでいる3人へと視線を向けていた。

 先程までは腹の虫が鳴っていたレイだったが、さすがに緊迫した雰囲気では腹が鳴る様子は無い。


「おい、早くしろよ。こいつが動き出したら厄介なのは分かってるだろ?」

「大丈夫だよ、こいつはもう動けないって。半死半生どろころか、9死1生ってところなんだから」

「馬鹿、油断するな。腐っても相手はモンスターだぞ。実際、これまでにも何度か危ない目に遭っているのを忘れたのか」

「だからこそだ。これまでの経験があるから余裕を持ってだな」

「……もういい、早いところ試すぞ。いいか? 確認したらすぐに脱出するから、そのつもりでいろよ?」


 最後の男の言葉に他の2人が頷き、男の中の1人が懐から何かを取り出す。

 微かにだが間違いなく黒く濁った光を放つ、直径5cm程の宝石のような何か。

 革の手袋に包まれた手でそれが取り出された瞬間、間違いなく男達の気配が強張った。


「相変わらずだな。何度見ても寒気がしやがる」

「これを1つ作るのに使われている労力を考えれば不思議じゃない。……行くぞ。混沌の種3-2-7を使用する」


 その言葉と共に、混沌の種と呼ばれた黒く濁った宝石のようなものを地面で既にいつ息絶えてもおかしくないサボテンモドキへと触れさせる。

 すると、サボテンモドキの上に置かれた混沌の種は、そのまま体内へと吸い込まれていく。

 そして……


 ドクンッ!


 離れた場所から様子を見ていたレイ達にも分かる程に、サボテンモドキは痙攣した。

 そのまま数度の痙攣が続き、やがて植物のように殆ど動かないで敵を待ち伏せするサボテンモドキが、陸に揚げられた魚のように砂漠の上を跳びはねる。


(生き返った……のか?)


 今にも死にかけだったサボテンモドキが生き返った――正確には死んでいなかったので、生き返ったというのは正確な表現ではない――のだが、起こった変化はそれだけでは終わらない。

 先程の一帯に生えていたサボテンやサボテンモドキは約1m前後の大きさだった。それは男達の前で跳びはねているサボテンモドキも変わらない。……否、変わらない筈だった。

 だが、男達が言う混沌の種を吸収したサボテンモドキは、砂漠の上を跳びはねつつ、レイの目から見て分かる程にその大きさを増し、姿を変えていく。

 身体から生えているトゲはより鋭く、長く。既にサボテンの針というよりはまるでビューネが戦闘時に使う金属の針の如く。

 本来であれば地面に埋まりつつ獲物を待ち伏せし、歩行能力に関しては皆無といってもいい筈だというのに、下半身は見て分かる程の発達を遂げている。


(おいおい、これってまさか……)


 その階に生息しているモンスターと同じ種類でありながら、明らかに見た目や能力が違うモンスター。それをレイ達は知っていた。

 いや、知っていたどころの話ではない。レイが使う魔獣術にとって致命的とまではいかないが、それでも害にしかなり得ない魔石を持つそのモンスター。即ち……


(異常種……だと?)

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