第448話

 シルワ家とレビソールの家の争いが終わった翌日、さすがに前日に比べると街中に出ている住民の数も大分増え、シルワ家に協力していた冒険者達も姿はあれども、殺気立っている様子は無い。


「けど、これだけの人数を街中に出しているってことは、恐らくシャフナーはまだ見つかってないんだろうな」

「グルゥ?」


 レイの隣を歩いていたセトが、渡された干し肉を飲み込み首を傾げて喉を鳴らす。

 そんなセトの背を、レイとは反対側を歩いていたエレーナが撫でながら頷く。


「レビソール家の跡継ぎについては既に発表されているらしいが、それでもボスクにしてみれば前当主という扱いになるシャフナーの存在は色々と面倒なのだろうな」


 確かに、とエレーナの言葉に頷くレイ。

 長年レビソール家の当主としてやってきただけに、当主の交代が発表されたとしてもシャフナーの影響力はある程度残っているのだろうと。


(もっとも、この迷宮都市で危険な研究をして異常種という危険なモンスターをダンジョン内に放ったのは事実。それを思えば、今更シャフナーに協力する者がいるかどうかは……微妙だろうな)


 良い意味でも悪い意味でも、このエグジルという迷宮都市ではダンジョンこそが全ての中心なのだ。

 その中心でもあるダンジョンに異常種を放ち、エグジルそのものを危険に陥れたシャフナーに味方する者はまずいないだろうというのが、レイとエレーナの共通した考えだった。だが……


「味方をする者、か。確かにそれはそうだろうが、だからと言って利用する者もいないとは限らないのが難しいところだな」


 エレーナが物憂げな表情で呟き、レイもまた溜息を吐きながら頷く。


「研究員が殺されていた以上、これ以上の心配はいらない……そう思いたいところだが、その研究員を殺した犯人が誰なのかも分かっていないのが痛いな」

「うむ。研究について書かれている書類の類は全て燃やされた痕跡があったという話だが、燃やされた紙に何が書いてあったのかまでは分からんからな。犯人が書類の類を持ち出して、それを誤魔化す為に何の関係も無い紙を燃やした。そう考えられなくもない」


 シルワ家の者がレビソール家で見つけた報告書の類から研究所の存在を確認し、ボスクが先頭に立って研究所があるスラムへと向かったのはいいが、到着した時点で既に研究員は全て殺されていたのだ。つまり、それを行ったのはシルワ家以外の者ということになる。


「普通に考えれば、シャフナーが自らの悪事を知られるのを恐れて……ってことになるんだろうが」

「だが、そんな余裕があったとは思えん。ボスクの前に自ら姿を現したのだろう? そしてそのまま一気に蹴散らされた。自らの負けを悟って研究所に刺客を送って証拠隠滅とばかりに研究員を殺すというのは、時間的にかなり厳しいぞ」

「だよなぁ……」


 そこで一旦言葉を止め、いつもの店でリザードマンの串焼きを買ってから短く挨拶を交わして再び話を戻す。


「けど、エレーナの言う通り研究員を殺したのがシャフナーの手の者じゃないとすると、昨日の件には全くの第3者が関わっていたことになるぞ?」

「……だろうな」


 そこで頷いたところでダンジョン前の広場へと続く門へと到着し、ダンジョンカードを提示して中へと入る。

 前日の冒険者の少なさが嘘だったとでも言うように、今日の広場にはいつも通りたくさんの冒険者が姿を現していた。

 それぞれが打ち合わせや、あるいは野良パーティの募集、そして聖光教の冒険者達を雇おうとしている者がいたりと、賑わいを見せている。


「昨日の今日でもうこれか。……ん?」


 自分達のことを横に置きながら呟くレイだったが、不意に自分の方へと近寄ってくる人物に気がつく。

 腰に剣の鞘をぶら下げ、モンスターの革で作られたレザーアーマーを装備した、典型的な戦士の男。


「昨日は助かりました。その、死んだ奴等の件も」


 そう言い、頭を下げてきたのは昨日ダンジョンの中でレイとエレーナが助けた冒険者の片割れだった。

 もう片方が、何かにつけて強請ろうとしてきた為、対照的に目の前の剣を持つ男に対する評価は高い。

 礼を言っているのは、昨日ダンジョンから出た後でギルドに寄り、ミスティリングの中に入れて持ってきた死体を引き渡した件だろう。


「……まぁ、な」


 死んだ者の関係者が遺体に縋りながら号泣している光景を思い出し、微かに眉を顰める。

 冒険者は間近に死が存在している職業であるというのは知っているし、理解もしているが、それでもそのような光景は見ていて慣れるものではない。


(人を殺すのには抵抗を感じないのに……な)


 自らの心の様子に苦笑をしつつ、男と軽い挨拶を交わしていると、不意に男が周囲を憚るようにして小声で呟く。


「そのですね。オノマについてですが……」

「オノマ? 確か、あの槍を持った男だったか?」


 不愉快そうに眉を顰めて尋ね返すエレーナに、男は頷く。


「はい。で、そのオノマについてなんですが……どうやら、昨日ダンジョンから戻ってきていないらしくて」

「……岩蜘蛛の素材剥ぎ取りに夢中になっていて他のモンスターに襲われたか?」

「恐らくは、ですが。昨日の野良パーティで初めて組んだんですが……いえ、ここで陰口みたいにして言うのは格好悪いですね。ともあれ、それだけ教えておきたくて」

「ああ、助かった」


 レイが短く礼を告げ、エレーナも同様に頷く。

 セトは特にこれといった態度を見せてもいなかったが、昨日の件でオノマに対して不愉快に感じていたのは間違いないだろう。

 レイやエレーナにしてもそれは同様で、一応社交辞令的に礼は告げたが、正直な気持ちを言えば自業自得だという思いが強い。


(自分で持ちきれない程の素材と共に死んだんだ。寧ろ本望だろうな)


 内心で呟き、それだけでレイはオノマに対する気持ちの整理を付ける。

 そんなレイに気がついた訳では無いだろうが、男は用事が済んだとばかりに小さく頭を下げて去って行く。

 野良パーティを募集している集団の方へと向かっているのを見れば、何が目的なのかは明白だろう。


「……さて、では私達も行くか」


 エレーナにしても、オノマに対しては特に何を言うでも無くあっさりと脳裏から消してレイへと告げ、2人と1匹は地下13階へと転移する。






「こうしてみると、やっぱり砂の海と表現するのが一番正しいな」


 ドラゴンローブのフードの下で、周囲一面に広がる地下13階の光景を見ながらレイが呟く。

 その言葉に無言で頷きを返すのは、マジックポーチから取り出した外套を身に纏ったエレーナだ。


「グルゥ?」


 移動しないの? とばかりに小首を傾げて尋ねてくるセトだったが、レイはその頭を撫でながら周囲を見回す。

 砂丘の真上に魔法陣と階段のある小部屋があり、残りは一面に広がる砂漠。


「まずやるべきことは決まっているだろ? まだ岩蜘蛛とスカイファングの魔石を吸収してないからな。特にスカイファングは解体もしてないし」

「だが、ここでやるのは色々と不味くないか? 砂丘が幾つもあるとは言っても、周囲の見渡しは上の階よりも相当にいい。となると、他のモンスターに見つかって襲撃されたり、何よりも他の冒険者に見つかるかもしれないが」

「それは……」

 

 レイが何かを言おうとした、その時だった。


「うーん、やっぱり砂漠は暑いわね。ねぇ、本当にこの階層に……あら?」


 エレーナと同じような外套に身を包み、腰にはレイピアを装備した女戦士が小部屋から出てきて、丁度部屋の前にいたレイ達に気がついたのだ。

 レイとエレーナの様子を見て首を傾げ、次にその側にいるグリフォンへと視線を向けて納得したように頷く。


「そう言えば異名持ちがとんでもない速度でダンジョン攻略をしてるって話だったけど……なるほど、貴方達のどっちかが深紅なのね。もし良ければどっちが深紅か聞いてもいいかしら?」


 女の言葉に、レイは小さく溜息を吐いて1歩前に出る。


「俺だよ。そもそも深紅は男だって話は広まってなかったのか?」


 そんなレイの言葉に、女の冒険者は小さく笑い声を漏らす。


「あのね、貴方は自分が女顔だって自覚した方がいいわよ? 背も別に大きい訳じゃないし、口を開かなければ、人によっては女に間違ってもおかしくないわ。そう思わない?」


 女の視線が向けられた先、小部屋の中から3人の冒険者が姿を現す。

 20代程の人間の男が2人に、胸元近くまで生えている髭が外套の外に出ているドワーフが1人。

 その中でも、男の片方がレイに視線を向けてから頷く。


「あー、そうだな。確かにこうやって顔だけを見れば男か女かはちょっと判断しにくいかもな」

「そうか? 俺は見てすぐに男だと分かったが。ズグリはどうだ?」


 もう片方の男が首を傾げながらそう告げ、ドワーフへと尋ねる。

 だが、ズグリと呼ばれたドワーフは、持っていた巨大な斧を肩に担ぎながら首を横に振るい、口を開く。


「儂もちょっと判断出来ないな。こうして声を聞けば……いや、それでも男にしては若干高いから判断は難しいか」

「でしょ? やっぱり普通はそう簡単に見分けが付かないわよ」


 我が意を得たり、とばかりにレイピアの女が笑みを浮かべる。

 そんな女の様子を笑みを浮かべて見ていた男は、ドワーフの男の咳払いで我に返り、何度か外套を叩いて埃を払う。


「とにかくだ。今日中に目的のモンスターを倒さなきゃいけないんだから、そろそろ行くぞ。……深紅って言ったよな。悪いけど俺達は先に行かせて貰うが、構わないか?」

「ああ、こっちは問題無い」

「助かる」


 短く言葉を交わし、4人組の冒険者パーティーはそのままレイ達に背を向けて去って行く。

 レイにとっては珍しいことに、セトという存在に殆ど驚く様子もなかった。

 これはセトが目に入らない程に急いでいたのか、あるいは街中でセトの評判を聞いていたのか。


(後者だろうな)


 レイピアを持った女の様子からそんな風に思っているレイの横で、冒険者の背を見送っていたエレーナが、ふと何かに気がついたかのようにマジックポーチから取り出した地図を見て頷く。


「うん? ……ああ、なるほど」

「どうした?」

「いや、今の者達が向かったのが次の階層に向かう階段のある方向では無かったのでな。恐らく標的のモンスターがいる場所へと向かったのだろうと納得しただけだ。……で、結局どうする? スカイファングの剥ぎ取りに関してはここでやるのか?」

「……今みたいに誰が来るか分からないのを考えると、そんな場所でやるのはちょっとな。次の階層に期待するか、地下に向かう階段に向かっている途中で周囲から目立たない場所があったら、そこでやるよ。岩蜘蛛の魔石に関してもその時一緒にだな」

「グルゥ」


 レイの言葉に残念そうな声を上げるセト。

 ただし、セトが残念がっているのは魔石の吸収もそうだが、何よりもスカイファングの肉を食べることが出来ないというのが大きな理由だろう。

 勿論素材の剥ぎ取りをすればいつでもその肉を食べられるという訳では無いのだが、それでも運が良ければ新鮮な肉を食べられるというのは、セトにしても素材を剥ぎ取る際の大きな魅力だった。


「ほら、腹が減ったら取りあえずこれでも食ってろ」


 呟き、肩を落としているセトへとミスティリングから取り出したサンドイッチを差し出す。


「グルルゥ!」


 それを見た瞬間、嬉しそうな鳴き声を発しながらクチバシで咥え、あっという間にサンドイッチはレイの手の中から消え去る。

 嬉しそうにサンドイッチを味わっているセトを見ながら、何故かレイとエレーナの視線が合い、思わずといった様子で2人ともが吹き出す。


「くっ、あはははは。さ、さすがにセトだな。レイにそっくりだ」

「おいおい、俺だってここまで食い意地は……くくっ」

「グルゥ?」


 笑っている2人を見て、どうしたの? と小首を傾げて喉を鳴らすセト。

 既にサンドイッチは食べきっており、物足りないのだろう。小首を傾げたまま、もうちょっとちょうだい? とレイに頭を擦りつけて円らな瞳でじっと見つめる。


「分かった分かった。……じゃあもう1つだけだぞ」

「グルルルゥッ!」


 レイの言葉にセトが嬉しげに声を上げ、ミスティリングから取り出そうとしたところで、レイの肩にエレーナの手が置かれる。


「レイ、よければ私にやらせてくれないか? 幸い非常食としてサンドイッチは持ってきているのでな」


 そう告げ、マジックポーチから紙に包まれているサンドイッチを取り出す。


「グルルゥ?」


 貰ってもいい? と視線を向けてくセトに頷くレイ。

 それを見たセトは嬉しげにエレーナへと近寄り、差し出されたサンドイッチへとクチバシを伸ばすのだった。

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