第446話

「じゃあ、俺はここで失礼するよ。今日は本当に助かった、連れが迷惑を掛けたことに関しては謝らせて貰う。ありがとう。そして済まなかった」


 地下13階の魔法陣と階段がある小部屋で、冒険者の男がそう言って深く頭を下げてくる。

 岩蜘蛛と戦った場所から少し離れたところで剣を持っていた男が追いついてきて、ダンジョンを出るまで一緒に行動したいと頼まれ、地下13階への階段がある場所まで共に行動したのだ。

 最初はあの槍を持った男のパーティメンバーだったということで、岩蜘蛛を横取りされたセトが不機嫌そうに喉を鳴らしていた。だが、男にしてもこのままの状態では色々と危険だと判断したのだろう。ダンジョンの中で小腹が空いた時に食べる為に持っていた干し肉を数切れ渡すことでセトの苛立ちも収まり、歓迎をするとまではいかないが、それでも不機嫌そうな態度は収まる。


(俺としてはセトが蜘蛛を食べなくて良かったと思ってるんだけどな)


 地球においても地域によっては昆虫食というのが珍しくないというのはレイの知識にもあった。

 日本でもイナゴの佃煮や蜂の子といったもの食べるというのも知っているし、芸人が世界の秘境で芋虫や蜘蛛、サソリといったものを食べるという番組を見たこともある。

 正確に言えば蜘蛛は虫ではないのだが、レイにとっては詳しい分類としては特に興味が無く、扱い的には虫と大差は無い。

 ともあれ、剣の男が合流してからは特に問題が起こることもなく、たまに出てくるモンスターを倒しながら岩石砂漠を進み続けて階段を見つけ、地下13階へと到着したのだ。

 魔法陣で転移して地上へと戻っていった男を見送り、やがてエレーナが溜息を吐きながら呟く。


「まさかバンデットゴブリンがここで出てくるとは思わなかったがな」

「全くだ。地下11階のオアシスで出てきたとなると、もしかして地下12階で生息しているのが何らかの理由で地下11階に上がったのか?」

「だが、それこそどうやってだ? この転移用の魔法陣はモンスターを寄せ付けないという効果もあるのを考えると、バンデットゴブリンがこの小部屋に入るのは不可能だぞ?」


 エレーナの言葉に思わず頷くレイ。

 冒険者と何らかの魔力のラインが繋がっていたり、あるいは従魔の首飾りを付けているモンスターなら特に問題は無いのだが、普通のモンスターは魔法陣のある小部屋に入ることが出来ないというのは事実だった。

 だが、レイの脳裏にバンデットゴブリンメイジの姿が過ぎる。


「普通じゃ無いモンスターもいただろ?」

「……なるほど」


 その一言でレイがどのモンスターについて言っているのかを理解したのだろう。エレーナは微かに眉を顰めて頷きを返す。

 エレーナにしても、デスサイズが魔石を吸収した瞬間にレイが気絶してしまった件は苦い思い出になっている。


「グルルゥ?」


 そんなエレーナに向け、喉を鳴らしつつ身体を擦りつけるセト。

 レイと違ってセトの言葉を全て理解出来る訳ではないエレーナだったが、それでも自分を心配してくれているというのは理解出来た。


「ふふっ、心配してくれるのか。ありがとう」

「グルルルルルゥッ!」


 そっと自分の頭を撫でる手に、もう大丈夫だと理解したのだろう。セトは数秒前までの心配そうな声ではなく、嬉しそうな声で鳴き声を上げる。


「ともあれ、異常種というくらいだ。恐らくは何らかの手段でバンデットゴブリンを上の階に連れて行ったんだろうな。どんな手段かは分からないが……」


 そうは言いつつも、レイの中では半ばその手段は予想出来ていた。

 それでも口に出さないのは、全く証拠のようなものがない、純粋に直感的なものだったからだ。


(召喚魔法。……確かに異常種という割にあのバンデットゴブリンメイジは他の異常種と比べてそれ程強敵では無かった。勿論魔法使い系の異常種だというのは確かだが、それでも脆く感じられたのは事実だ。だが、その理由がバンデットゴブリンを召喚することで魔力の大半を使い果たしていたとしたら? いや、異常種である以上はもう現れる心配はしなくてもいいか。それよりも今は、だ)


 魔法陣と階段のある小部屋の入り口へと目を向ける。


「出てみるか?」


 そんなレイの視線を追ったエレーナの言葉に、小さく頷く。

 既に時間は夕方とまではいかなくても、それに近い時間になっているのは大体予想出来た。その為、この地下13階を攻略しようとは思わないが、それでもどのような場所かを見ておくのは決して損にはならないだろう。


「グルゥ」


 セトもまた異論は無いらしく喉を鳴らして入り口の方へと視線を向ける。

 こうして、2人と1匹の意見は揃い、そのまま入り口から外へと出ると……


「うわっ、またこの砂漠か」


 嫌そうな言葉がレイの口から漏れる。


「もしかしてこの下、地下14階はまた岩石砂漠だったりするのか?」

「グルルゥ?」


 溜息を吐きながら呟くエレーナと、砂漠は砂漠だとばかりに特に気にした様子の無いセト。

 レイ達の視線の先には、一面に砂が広がっている。地下11階で見た砂漠と同じような、砂漠と言われて思い浮かぶような典型的な砂の砂漠。

 勿論地下11階とは違っているところもある。ドラゴンローブや外套、あるいは暑さに強いグリフォンのセトだから殆ど気がついてはいないが、太陽から降り注ぐ日光は確実に強くなっており、砂漠自体の気温も地下11階よりも上がっているのだ。


「……またこの砂の中を歩くのか」


 うんざりしたといった表情を浮かべつつ呟き、エレーナの方へと視線を向けたレイは溜息を吐きながら小部屋の中にある魔法陣へと向かう。

 それが何を意味しているのかを知ったエレーナもまた、セトと共に魔法陣へと向かい今日はここで終わりとでも言うようにレイと共に魔法陣の中に入って地上へと転移するのだった。






 ダンジョンの入り口前にある転移装置。そこへと転移してきたレイは、周囲の騒がしさに気がつく。

 エレーナとセトも同様に、ダンジョンの入り口近くにある広場で騒いでいる冒険者へと視線を向ける。

 自分達がダンジョンに潜る時も周囲にいる冒険者はシルワ家の倉庫が襲撃された件で騒がしかったのだが、今2人と1匹の視界の先ではその時以上の、半ば混乱しているとすら言ってもいい程のざわめきがおきている。


「……何かあったのか?」

「恐らく今朝の件に関係することだろうな」


 エレーナの呟きに、冒険者達の口からシルワ家、レビソール家といった単語が出ているのを聞き取ったレイがそう告げるが、ちょうどそこへと声を掛けてきた者がいた。


「レイ、エレーナ。後はセトも。その様子からすると、今ダンジョンから戻ってきたばかりか?」


 腰に剣の収まった鞘をぶらさげたその男は、数日前にサンドワームに襲われているところをレイ達が助けたプレアデスだった。

 ダンジョンで会った時とは違い、他のパーティメンバーの姿は見えない。


「地下13階まで到着して丁度いい時間だったからな。……で、この騒ぎは?」


 そんなレイの問い掛けに、厳しい表情を浮かべたプレアデスが口を開く。


「今日の午前中、シルワ家とレビソール家がぶつかったんだよ」

「……何?」


 その言葉を漏らしたのは、レイ。

 何しろ、ダンジョンに行く前にシルワ家に寄ってボスクと会っているのだ。その時には一気に片付けるといった風には言っていたが、それでもまさかその日のうちに……というのは予想外だったのだろう。

 そんなレイとは裏腹に、半ば予想していたとでもいうようにエレーナは小さく頷き、話の先を促す。


「それで結果はどのように?」

「武闘派のシルワ家と、3家の中では最も落ち目のレビソール家だ。結果は言わなくても分かるだろ? 直接ぶつかったのはレビソール家近くだったけど、ボスクさんが先頭に立ってシルワ家と戦いを進めて、そのままレビソール家に乗り込んでいったらしい」


 その結果がどうなったのかを想像するのは難しくなかった。つまり……


「レビソール家の敗北、か」

「そうなる。ただし、レビソール家の当主のシャフナーは捕まってなくて行方不明だけどな」


 ボスクにはさんを付けるが、シャフナーは呼び捨て。それがプレアデスがそれぞれをどのように思っているかの証明だった。

 いや、プレアデスだけでは無いだろう。レイとエレーナがエグジルに来てから聞いた情報を考えると、恐らく殆どの者がボスクとシャフナーに対する印象は似たようなものの筈だ。

 唯一の例外があるとすればシャフナーと親しい者達だけであろうが、それすらも己の利益となっているからに過ぎない。


「それで結果は? 倉庫の襲撃がレビソール家の仕業だったってのは確定したのか?」

「そっちに関しては明確な証拠は出てこなかった。だが、代わりにとんでもないものが出てきた」

「とんでもないもの?」


 問い返すレイだが、プレアデスの口にしたとんでもないものというのが何なのか、半ば予想がついている。

 前日には既に推測していたのだから、それは当然だろう。即ち……


「魔石を使った違法な実験の証拠だよ。それもスラムの近くに秘密裏に作った研究所で実験していたらしい。異常種に関しても、その実験で作り出されたって話だ」

「……そうか」


 予想出来ていたからこそ、レイの中では不思議と納得することが出来た。


「この騒ぎはそれでか」


 周囲でざわめきながら、仲間どころか近くにいる者と話をしている冒険者達へを眺める。

 そんなレイの横でエレーナが微かに憂鬱そうな表情を浮かべつつ口を開く。


「だが、そうなると……厄介なことになったな」

「厄介?」


 問い返すレイに、エレーナは小さく頷き口を開く。


「何を思って異常種のような存在を作り出していたのかは分からんが、自らの悪事が露呈してしまった以上はシャフナーは後が無い。破れかぶれになって暴発する可能性がある」

「なるほど。追い詰められてしまった以上、最後の逆転に賭けて……となる訳か。プレアデス、現在のレビソール家はどうなってるんだ? 今の当主はシャフナーだろうが、逃亡してしまっているんだろ? なら、最悪誰かがレビソール家を治めないといけない筈だが」

「そっちに関しては、現在シルワ家が代理として治めている。ただ、将来的にはシャフナーの息子に当主の座を継がせるってボスクさんが公言しているらしい」

「……息子? いたのか?」


 レビソール家に招待された時もシャフナーとしか会っていなかった為に漏れ出たレイの言葉だったが、エレーナは当然だろうと頷きを返す。


「正式な貴族……と言う訳では無いだろうが、それでも迷宮都市を治めている3家のうちの1家なのだ。当然家督を譲るべき相手はいるだろう」

「その割にはシャフナーの情報を集めている時に全くと言っていい程に話は聞かなかったが?」

「大体予想はつく。良くも悪くもシャフナーの悪政の影に隠れていたんだろう。違うか?」


 チラリとエレーナに視線を向けられ、知ってはいてもその美しさに思わず緊張しつつプレアデスは慌てて頷く。


「あ、ああ。確かにかなり影が薄いというか、存在感が無い男らしくて殆ど話題になったことはない。実際、俺も今回の件で聞くまでは知らなかったし」

「となると、この混乱自体はそれ程長く続かないか。……ただ、姿を消したというシャフナーを出来る限り早く見つけるというのが最低条件になるだろうが」

「レビソール家が魔石を集めて異常種を生み出す実験をしていたのなら、それこそ同じく魔石を集めているマースチェル家はどうなんだ? 同じく異常種を作り出す実験をしている可能性はあると思うが」


 ある意味では当然とも言えるレイのその疑問だが、それに答えたのはプレアデスではなくエレーナだった。


「恐らくは今回のレビソール家の件を使って警告……といったところだろうな。シルワ家にしても、魔石を集めているだけで何の証拠も無くマースチェル家に攻め込むような真似は出来まい」

「だが、それだと異常種がこれ以降も出てくる可能性が残ってるんじゃないか?」

「まさかな。もし本当にマースチェル家が異常種を作り出すような実験を行っているとしたら、レビソール家が攻められたこの状態で再び異常種の出現が確認された瞬間にシルワ家がマースチェル家に攻める為の状況証拠になるだろう。そんな迂闊な真似をするとは思えんがな。……もし本当にマースチェル家が異常種を作り出す実験を行っているとするのなら、だが」


 エレーナのその予想に、レイとプレアデスだけではなく周辺で耳を澄ませて話を聞いていた冒険者達も、思わず安堵の息を吐く。


(もっとも、レビソール家の実験で生み出された異常種がまだ残っている可能性はあるが)


 基本的には血気盛んな者が多い冒険者ではあるが、それでも自分の大切な友人、家族、恋人といった者達がエグジルを治めている家同士の抗争に巻き込まれるのは絶対にごめんだと思っていた為だ。

 また、エレーナ自身も現在の騒動が大きくなるのを嫌い、敢えてそのように言葉に出して周囲の者達を落ち着けていたようにもレイには見えていた。

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