第433話

「……ちょっとやり過ぎたか?」

「グルゥ?」


 周囲に散らばっているサンドワームの死骸……と言うよりも部位の数々に思わず呟く。

 特に酷いのが、レイが最初に放ったパワースラッシュで砕け散ったサンドワームの頭部だ。数cmから数十cm程度の肉片となって周囲へと散らばっていた。

 幸い砂漠という広大な場所である為に血の匂いは風で飛ばされつつあるが、それでも周囲には嗅げば分かる程に血の臭いが漂っている。

 通常の人間より五感の発達しているレイではなくても嗅ぎ分けられる程度の濃さだ。


「……確かにちょっとやり過ぎだな」


 エレーナが連接剣の刀身についたサンドワームの血や体液を振り払いつつ、そう告げた。

 尚、サンドワームの頭部を砕いたレイやセトとは違い、エレーナは連接剣により綺麗に頭部のみを切断するという剣の冴えを見せている。

 それを見せられては、さすがにレイも何かを言い募ることは出来ない。


「取りあえず早いところサンドワームの死体を回収して、スピア・フロッグを……ん?」

「グルルゥ?」

「何だ?」


 エレーナが途中で言葉を切り、同時にセトやレイもまた異変に気がつく。

 いや、バンデットゴブリンメイジの件を考えれば、異変とまでは呼べないだろう。ただ単純に自分達のいる方へと向かって何かが近づいてきているだけなのだから。


「これは……来たか!?」


 サンドワームのように地中を移動してくるのでも無く、あるいは飛行可能なモンスターのように空を移動するのでも無く。

 砂漠の地面を蹴りながら、飛ぶと言うよりは跳んでくる存在を感知したのだ。

 まだかなりの距離があるにも関わらず、それでも感知出来た理由は近づいてくる相手が巨大だったからに他ならない。

 更に、自分達の方へと向かってきている存在を追うかのように、数人の気配も近づいてくる。

 その巨大な存在は砂色の体色を持つ存在。それだけであれば砂漠に対する保護色として見間違えてもおかしくは無かっただろう。だが、その大きさが見て分かる程に大きければ、さすがに見間違えようが無い。

 強靱な後ろ足の力を用い、一蹴りで10m近くもの距離を飛び越える。それでもまだ全力でないというのは、連続して跳躍している姿を見れば明らかだった。


「スピア・フロッグの異常種……だろうな」

「ああ、恐らくは」


 確認するように尋ねてくるエレーナに、レイもまた頷く。

 そんなレイの横では、既にセトがいつでも自分達に向かってくるスピア・フロッグに対処できるように小さく身を沈めている。

 スピア・フロッグというモンスターをまだ直接は見たことが無かったレイやエレーナだったが、さすがに体長3m程の巨大な蛙型のモンスターを間違える筈も無い。

 だが、それは問題では無かった。標的が自らの目の前に自分から現れてくれたのだから、寧ろ喜ばしいとすら言える。

 そんな状態の2人が惚けたような表情を浮かべていた理由は、スピア・フロッグを追いかけている存在にあった。


「けど……あの後ろから追ってきているのは……」

「……ああ。間違いなくヴィヘラ達だろう」


 レイの言葉に端的に言葉を返すエレーナ。

 そう、自分達の方へと一直線に向かって来ているスピア・フロッグの背後にはヴィヘラとビューネの姿があった。

 本来であればポーターもいた筈なのだが、恐らく2人の速度に置き去りにされたのだろう。それ程の速さで砂漠を疾走して自分達の前方にいるスピア・フロッグを追っている。


「まぁ、ともあれ……奇しくもヴィヘラが言っていたように合同でスピア・フロッグと戦うということになりそうだな」

「……そもそもヴィヘラは私達とは全く別の方向に移動したというのに、何故ここで私達と遭遇する?」


 お互いに声を掛けつつも、デスサイズと連接剣を構えて自分達の方へと向かってくるスピア・フロッグを待ち受ける。

 出来うるならば、最初の一撃で倒してしまいたいと考えつつ。


「標的を見つけたのはいいものの、逃げられて追ってきたんだろ?」

「なら、その標的は何故私達の方へと向かって一直線に……ああ、なるほど」


 周囲に広がっているサンドワームの死体を眺め、納得したように頷く。

 そう、強烈な血の臭いを発しているサンドワームの肉片を、だ。

 そんなエレーナの態度で、何が原因なのかはレイもすぐに悟ったのだろう。頬をピクリとひくつかせ、だがそれでも最後の希望だとでも言うように背後へと視線を向ける。

 かなり小さくなってはいるが、まだ見える位置にあるオアシス。

 蛙型のモンスターであるのなら、水を求めてオアシスに向かっているのではないか、と。


「……なら賭けるか?」

「いや、やめておく」


 オアシスへと視線を向けつつも、やはりサンドワームの血や肉の匂いが原因だと理解したのだろう。小さく肩を竦めて既に100m程まで距離が縮まったスピア・フロッグへと視線を向け……その存在に気がつく。

 自分達に向かってきているスピア・フロッグの後を付いてきているヴィヘラ達……では無く、丁度スピア・フロッグとヴィヘラ達の中間地点に位置している無数の小さな群れだ。

 大きさはともかく、外見的な違いは先頭を突き進んでいる異常種のスピア・フロッグと殆ど変わらない。


(つまり、あれが普通のスピア・フロッグな訳だ)


 なら、と。

 一瞬魔法を使って先制攻撃をして異常種を仕留めようかと考えたレイだったが、既にスピア・フロッグとの距離は急速に縮まっており、20mを切っている。

 普通に考えればまだ十分に距離があると判断できるのだが、何しろ一度の跳躍で10mを跳ぶ相手だ。呪文を唱えている時間は無かった。

 だが、レイにはまだ遠距離攻撃の手段がある。デスサイズの飛斬しかり、あるいは……

 手に持っていたデスサイズを砂漠の上に置き、ミスティリングから槍を取り出す。

 安物の槍で、穂先が半ば欠けている、通常の武器としては全く使い物にならない槍である。だが、レイにとっては使い捨ての強力な武器としての再利用が可能だった。


(とは言っても、残りは50本程度しか無くなってるな。後で武器屋や鍛冶屋を回って補充しておくか)


 槍投げの要領で槍を構え、上半身を捻りつつそんな風に考える。

 そして念の為とばかりにエレーナへと視線を向け、続いてスピア・フロッグを追ってきている顔馴染みの2人へと視線を向けた。

 それだけでレイが何を要求しているのか理解したのだろう。大声で注意を促す。


「ビューネ、ヴィヘラ、これからレイが攻撃するから、巻き添えを受けないように気をつけろ!」


 その声が聞こえたのだろう。巨大なスピア・フロッグと通常のスピア・フロッグの後を追いかけて走っていたヴィヘラとビューネが砂煙を上げながら動きを止めた。

 それを確認したレイは、いよいよ距離が10m程まで縮んで後1回の跳躍でスピア・フロッグが自分達……より正確には周辺に存在しているサンドワームの死体へと辿り着くのを見極め……


「はああぁぁぁっ!」


 気合いの声と共に、持っていた槍を投擲する。

 砂漠を跳躍して空中に存在していたスピア・フロッグにそれを回避出来る筈も無く、串刺しにされる。

 少なくてもレイはそうなることを半ば確信していたし、その隣で一応念の為とばかりに連接剣を構えているエレーナもまた同様だった。

 そして実際に、レイの人外染みた膂力によって投擲された槍は確かに空中にいたスピア・フロッグへと命中する。だが……


「何だと!?」


 おもわず驚きの声を漏らすエレーナ。

 そう、空中そのものを貫くかのようにして放たれた槍は、確かに命中したのだ。ただしスピア・フロッグの右脇腹へと命中した次の瞬間には、まるで命中したのが嘘だったかのように身体の表面を滑って槍があらぬ方へと飛んでいく。

 跳躍を繰り返しているスピア・フロッグを遠くから見ても全く分からなかったが、ここまで近づけばさすがにその表面には油のような体液が分泌されてテカテカと光っているのが見える。その油が空中を飛んできた槍の穂先を滑らせ、あらぬ方向へと飛ばしたのだ。

 それでも不幸中の幸いだったのは、槍の穂先が錆びて半ば欠けていたことだろう。薄らとではあるが、スピア・フロッグの横腹に切り傷が作られたのだから。

 これがもし普通の槍であれば、綺麗に刃が揃っているからこそスピア・フロッグの体液により受け流されて傷1つ付くことは無かっただろう。


「レイ!」


 全力で槍を投擲したが故の硬直状態にあるレイの手を握り、強引に移動する。

 セトも地面に置いていたデスサイズを咥えてその後を追っており、その場からレイの姿が消えた数秒後……丁度レイがいた位置へと3mの体長を持つスピア・フロッグが着地する。

 スピア・フロッグにしても自慢の体液を突破して身体を傷つけられたのが許せなかったのか、そのまま目的のサンドワームの死体へ食いつかずに顔を着地場所から移動したセトへと向け、蛙特有の何を考えているのか分からない目を向けてくる。

 同時に……


「来るぞっ!」

「ああ!」


 レイの声にエレーナが短く答えて、立っていた場所から後方へと2人と1匹が跳躍した。

 次の瞬間スピア・フロッグの口が開かれ、そこからレイの放った槍とそれ程変わらない速度で放たれた舌が砂漠の砂を抉る。

 それも異常種であるということを自ら証明するかのような、根元から2つに分かれた鋭い2本の舌先で。


「ゲロオォ!」


 攻撃が回避されたスピア・フロッグは、そのまま蛙の鳴き声が濁ったような声を上げつつ、舌を口の中へと戻す。


「グルルゥ!」


 セトが咥えていたデスサイズをレイへと投げて寄越し、そのまま前へと飛び出る。

 自分が相手をする、とでも言うように。


「レイ! そいつばかりに構ってはいられないぞ!」


 レイへと声を掛けながら、スピア・フロッグが飛んできた方向へと視線を向けるエレーナ。

 そちらからは、通常の大きさのスピア・フロッグが距離を縮めてきており、既にその距離は10m程まで縮まっている。

 一瞬、どちらの相手に対処すべきか迷ったレイだったが、その迷いはスピア・フロッグの群れの後方からヴィヘラが手甲から生えている爪を縦横無尽に振るい、スピア・フロッグを斬り裂きながら進んで来るのを見て、安堵の息を吐く。

 ビューネもまた背後からスピア・フロッグの背へとナイフを突き刺しては倒している。


「その他大勢に関しては、エレーナに任せる。背後からヴィヘラも来てるし……なっ!」


 最後まで言わせまいと、再び舌を突き出すスピア・フロッグ。空気を斬り裂きながらレイの身体をも貫かんと放たれた舌を、身体の右側を強引に後ろへと引き、半身になることで回避する。

 同時に振るわれる大鎌の刃。

 だが、舌そのものを自由に動かせるのだろう。根元から2又に分かれている舌の先端部分をぶつけて弾き合わせ、斬撃の軌道から回避する。


「グルルルゥッ!」


 その隙を突くかのように、いつの間にか飛び上がっていたセトが上空から襲いかかるが、ヴィヘラやビューネがいる現状ではスキルの類を使うことは出来ない。よって体重が乗った前足の一撃を頭部へと叩き込もうとしたのだが……


「グルゥ!?」


 珍しく……そう、非常に珍しく戸惑った鳴き声を上げる。

 本来であれば頭部を砕く筈だった一撃が、スピア・フロッグへと触れた瞬間にヌルリとした感触と共に衝撃を受け流された為だ。

 受け流された一撃はそのまま地面へと突き刺さり、盛大な砂柱を作り上げる。


「またあの体液か!」


 一撃を外したデスサイズの勢いを殺さぬままにその場で一回転しながら、視界の隅で捕らえた光景に舌打ち一つ。だが、砂柱として空中に打ち上げられた砂が降ってくるのを見て、笑みを浮かべつつ再びデスサイズを振るう。


「飛斬っ!」


 回転の勢いを殺さずに放たれたその斬撃は、まっすぐにスピア・フロッグへと向かって飛んでいき……


「ゲゲゲロォッ!?」


 その右前足を切断し、そのまま勢いを殺さずに先程レイが槍の投擲で付けた傷口をより広げながら抜け、空へと向かって飛んでいく。


「自分の防御力を過信しすぎだ!」


 何故槍やセトの一撃すらもやり過ごしたスピア・フロッグがこうもあっさりと切断されたのか。それはレイの放った飛斬が以前に比べてレベルが高くなっており威力も上がっていたというのもあるが、同時にスピア・フロッグの体液が滲んでいる体表にセトの一撃により上空に舞い上がった砂が落ちてきたという理由もあった。

 勿論砂漠を住処としているスピア・フロッグだけあって、砂が多少付着したところで防御力にそれ程影響は無い。だが、それはあくまでもそれ程であって、完全に影響が無い訳では無い。そのほんの少しの差を飛斬が上回り、結果的に右側前後の足を失うことになってしまったのだ。

 そうして砂漠に立っていられなくなったスピア・フロッグが地面へと崩れ落ち、最後の意地とばかりに放った2本の舌を一閃して切断。そのまま魔力を纏わせたデスサイズの刃を振り下ろし、スピア・フロッグはその命の炎を消されることになる。

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