第432話
「さて、オアシスで結構な時間を使ってしまったし、少し急がないとな」
「身体はもう本当に大丈夫なのか? もう少し休んだ方が……」
「グルルルゥ」
バンデットゴブリンとバンデットゴブリンメイジの死体をミスティリングに収納し、レイは早速とばかりに再びスピア・フロッグの探索に向かおうとする。
エレーナとセトはそれを心配してもう少し休んだ方がいいと言っているのだが、レイがそれを聞く様子は無い。
「気絶したのはあくまでも魔力的な衝撃が原因で、後遺症の類は無い。女王蜂の魔石を吸収したのに、セトに対しては影響が無い。……それに、魔石に異常を与える異常種に関しては、どうにかしてその実態を確かめないといけないだろ」
魔石を吸収して強くなっていく魔獣術。その根幹とも言える魔石に異常が発生するという事態に、レイの中には一種の憤りのようなものがあった。
(ただ、まぁ……異常種の魔石を吸収出来ないんだとすると、やっぱりセトがソード・ビーの女王蜂の魔石を吸収出来たのには疑問が残る。スキルは習得出来なかったが、それでも吸収そのものは出来た。セトとデスサイズ。この違いは……何だ? セトが1匹の個体として存在しているのに比べて、デスサイズはマジックアイテムであるという関係上俺と魔力的に深く結びついているからか? いや、セトにしても俺を媒介としているという点では変わらない筈だ。となると……どうなっている?)
内心で呟きつつ、オアシスの泉で軽く顔を洗って気を取り直す。
そんなレイを見て、これ以上は止めても無駄だと判断したのだろう。エレーナもまた小さく溜息を吐いてレイへと近づいていく。
「分かった、これ以上は何も言わん。実際にレイの状態がどうなのかというのは本人しか分からないことだしな。だが、いいか。もし異常種を探していて少しでも身体に異変があったらすぐに言うように。そして当然のことだがセトの件もあるし、標的でもあるスピア・フロッグの異常種の魔石は魔獣術で吸収するのは止めて貰う。異論は?」
レイに対しては珍しい程に厳しい態度で告げるエレーナ。
それだけレイのことを心配しているという証であり、それを理解しているが故にレイもまたそんなエレーナの言葉に無言で頷く。
「ああ。異常種の魔石の吸収はしない。ただ、誰が何を考えてこんな異常種を作り出したのか……それは何としても解明しておきたいな」
「作り出した? 自然の産物という可能性はないのか?」
「いや、恐らくは人工的なもので間違いない。そもそも、1つの魔石に幾つもの魔力が存在しているというのはありえないことだ。あるいはこれが本当にこのバンデットゴブリンメイジだけならダンジョンで何らかの異変があったり、あるいは偶然何かの作用で……ということも考えられるが、そんな異常種が一度に何種類も現れるというのはちょっと信じられない」
「それこそ、ダンジョンで何らかの異常が起きたから……とも考えられないか?」
レイの言葉を聞いて、数秒程考え込んだエレーナの呟き。
それを聞いたレイもまた同様に考え込み、やがて考えを纏めるように口を開く。
「確かにその可能性は無いとは言えない。けど、俺達がダンジョンに入ったのと異常種の現れているタイミングが合いすぎている。これは偶然か?」
「……ならば今回の異常種の騒動は、私達を狙ったものだと?」
「あくまでも可能性だけどな。タイミングを考えると、そうとれないこともないって程度の」
砂漠を1歩1歩踏みしめながら歩きつつ、お互いに言葉を交わしていく。
そんなレイが心配なのか、セトはいつものように空を飛んで周囲を警戒するのではなく、2人の後を追うようにして砂漠を進んでいた。
「私としてはレイの考えすぎだと思うがな。そもそも、私達がエグジルに来るというのを知っていた者はごく少ない。なのに、それに合わせて罠を仕掛けるというのは幾ら何でも不可能……とまでは言わないが、相当に難しいだろう」
「そう、か?」
エレーナの言葉を聞いているうちに、確かに時間的に無理があると思ったのだろう。レイもまた、小首を傾げつつもそれ以上自分達を狙ったのだと口には出さない。
(俺達を狙ったんじゃないとしたら、ベスティア帝国の仕業じゃない? まぁ、確かにエレーナが言ったように時間的に厳しいのは事実。となると、この異常種の騒動はベスティア帝国とは全く関係の無い第3者の仕業? だが、一体誰が? ミレアーナ王国でも数える程しか存在していない迷宮都市を混乱させてどんな利益がある? ベスティア帝国なら十分すぎる動機があると思ったが……)
そこまで考え、小さく首を振る。自分の中では何か都合が悪いことがあると全てがベスティア帝国の仕業にしようとしていると理解したからだ。
もっとも、それもありえるかどうかで言えば、十分にありえるのだ。
春の戦争でベスティア帝国軍は大きな被害を受けたし、その直接的な原因を作ったのがレイである以上はミレアーナ王国の国力を落としつつレイの命を狙うのはおかしくない。そう考えれば筋道は通っていた。
(なら、そういう風にもっていきたい者がベスティア帝国の仕業に見せかける為に? あるいは偶然そんな形になった? ……駄目だな、今そんなことを考えても単なる陰謀論にしかならないか。ただ、異常種が文字通りの意味で異常なモンスターなのは事実だ。それを考えると……待て)
そこまで考えが至った時、ふと脳裏でエグジルに来てから得た情報の数々が1つの流れによって形作られる。
異常種、吸収した魔石の異常、レビソール家、マースチェル家、市場で足りなくなっている魔石。
「おい、まさか……」
「レイ? どうかしたのか?」
砂漠を歩きながら何かを考えていたレイの様子が変わったのに気がついたエレーナが、そう声を掛ける。
そんな2人の後ろではセトが周囲の様子を警戒しながらも、心配そうに後を追っている。
「いや、魔石をデスサイズで吸収した時に受けた違和感を考えていたんだ」
「何か思いついたのだろう? 話してみてくれ」
「……言っておくけど、これは明確な証拠が無い。本当に思いつきのようなものだ。それを承知の上で聞いて欲しい」
思いついた内容を話すかどうか一瞬迷ったレイだったが、自分の中だけで考えていてもしょうが無いと判断して口を開く。
「昨日俺達が呼び出されたレビソール家では、魔石を欲していただろ?」
「ああ、そうだな。もっとも私達は断ったが」
エレーナの言葉に小さく頷き、もし自分の考え……とまではいかないが、思いつきが正しかったら魔石買い取りの話を断って良かったと考えつつ説明を続ける。
「異常種の魔石はその名の通り何らかの異常がある。で、魔石繋がりでレビソール家かマースチェル家のどちらかが今回の異常種に関して何らかの関係があると思ったんだが……どう思う?」
「それは……考えすぎでは無いか? いや、だが先程のレイが気を失った一件を考えれば、確かにその可能性は十分にある、か」
レイの説明を聞き、エレーナも外套の下で眉を顰めつつも可能性としてはあると頷く。
「まぁ、あくまでもこれに関しては俺が勝手に思いついたことだ」
「だが、その恐れがある以上は今日の依頼が終わった後でボスクに話してみた方がいいのではないか? 最初は色々と問題のありそうな男だと思ったが、部下を助けられた時や昨日の件を見るとそれなりに立派にエグジルを治めようとしているように見えるしな」
そう告げるエレーナだったが、その脳裏には同じく前日に会ったシャフナーの姿が過ぎっていた。
(少なくてもシャフナーと比べればボスクの方がエグジルを治める者としては合格だろう。……まぁ、食堂で暴れた件を考えれば、必ずしも問題が無いとは言えないが)
自らの欲望を隠しきることすらも出来ず、公爵家という明らかな目上の立場の者に対しても最後まで猫を被っていることが出来なかった男がシャフナーなのだ。それに比べると下からも慕われ、統率力もあって部下には頭の回りそうな秘書もいるボスクの方がどう考えても有望だった。
(マースチェル家の者とはまだ会っていないから何とも言えないが、レビソール家と同様に民のことを考えず魔石を買い漁っているのを思えば、大体の予想は出来る)
内心で呟き、レイとエレーナの2人はお互いに考えながら砂漠を歩き……
「グルゥ!」
2人の背後をついてきていたセトが鋭く鳴き声を上げ、前へと進み出て進行方向を睨み付ける。
その様子を見れば、幾ら考えごとをしていたとしても2人ともが何が起きたのかは理解が出来た。
レイは素早くミスティリングからオアシスを出る時に収納しておいたデスサイズを取り出し、エレーナもまた腰の連接剣の柄へと手を伸ばす。
「さて、どんなモンスターだと思う? 俺としてはグランド・スコーピオン辺りだといいんだが」
「私はスピア・フロッグだな。出来れば異常種がいい」
「……それは確かに」
お互いに軽口を叩きつつ、それでも油断せずに周囲を見回し……その瞬間、セトの視線の先で砂が爆発するかのように吹き上がる。
「ちっ、よりにもよってこいつか! 飛斬っ!」
砂柱の中に見覚えのあるモンスターの姿を見つけ、咄嗟にデスサイズを振るい斬撃を放つ。
飛んでいく斬撃を見ながら、ようやくレイはデスサイズで問題無くスキルを使うことが出来たと理解する。
魔石の吸収の失敗と、魔力の逆流現象。あるいはその副作用か何かでスキルが使用出来なかったのでは無いか。一応オアシスでスキルが発動するかどうかは試していたが、それでも敵を前にして問題無くスキルが発動できたことに安堵の息を吐く。
何だかんだ言いつつ、やはりレイも魔力の逆流という初めての現象に戸惑っていたのだろう。
ともあれ、そんなレイの思いとは裏腹に放たれた斬撃は真っ直ぐに飛んでいき、砂の中から現れたサンドワームの胴体を何の抵抗もなく切断する。
同時に地面の砂へと血や臓物、肉の破片といったものが零れ落ちる。レイ達はそれを気にした様子もなく周囲に漂う血の臭いを無視してそれぞれに散っていく。
レイが右側、エレーナが左側、セトが上空。
それぞれが何も言わずとも目だけでお互いの意思を確認し、己のやるべきことをやる。
たった今レイが倒したサンドワームは、まるで囮だったとでも言うように周囲へと5匹ものサンドワームが姿を現したのだ。
「悪いが、八つ当たりの標的になって貰うぞ!」
巨大な牙を剥き出しにし、一飲みにしようと突っ込んでくるサンドワームに向けてデスサイズを大きく構え、振るう。
「パワースラッシュ!」
スキルが発動し、レイを飲み込もうとしたサンドワームの口へとデスサイズの刃が命中し……次の瞬間には牙の生えている口はおろか、頭部まで含めて砕け散る。
血と肉の雨が砂地へと降り注いだ。
頭部を失ったサンドワームの胴体が崩れ落ちるのを一瞬だけ確認し、次の獲物へと向かう。
そんなレイと反対の位置では、エレーナが鞭状の連接剣を大きく振るってサンドワームの頭部を切断し、また上空ではセトがファイアブレスを吐いてサンドワームを炎で包みながら急速に間合いを詰め、そのまま炭に近くなるまで燃やした頭部へと前足を振り下ろして粉砕する。
レイと違うのは炭となるまで焼いた後で前足を振り下ろした為に、血や肉が周囲に散らばるのではなく黒い炭だけが散らばったことだろう。
黒い雪とでも表現すべきその様子は、ある意味幻想的な風景でもあった。
ただし戦闘の途中である以上、悠長にそれを見学することは出来ないのだが。
殆ど一瞬にして仲間を倒されたにも関わらず、サンドワームは戦力差を理解した様子もなく攻撃を続ける。
残り2匹のサンドワームのうち片方はレイへ、そしてもう片方はエレーナへと向かって突撃していく。
あるいはこの時にそれぞれが別々の方向に逃げ出していれば、傷は負うものの命だけは助かったかもしれない。だが、巨体であるが故に敵を蹂躙することを当然と思っていたサンドワームには、逃げるという選択肢は存在しなかった。
巨大な牙を剥き出しにして突っ込んでくるサンドワームへと視線を向けたレイの口には小さな笑みが浮かんでいた。
冷笑と呼ぶべき冷たい笑み。
その笑みを口元に浮かべつつ、跳躍。そのままスレイプニルの靴を発動させ、空中を足場にしながら更に上空へと跳躍する。
砂そのものを食らうかの如く真下を通り過ぎていくサンドワームの胴体を見ながら呪文を紡ぐ。
『炎よ、汝は蛇なり。故に我が思いのままに敵を焼き尽くせ』
呪文を唱え、デスサイズの石突きに炎の魔力が集まったのを確認してからスレイプニルの靴の効果を解除し、そのままサンドワームの背の上へと向かって落下していく。
『舞い踊る炎蛇!』
石突きがサンドワームの背へと突き刺さった瞬間に魔法が発動し、炎の魔力が集まっていた部位から炎の蛇が生み出されてサンドワームの体内を焼き尽くしながら移動し……やがて頭部へと到着し、脳内を焼き尽くして何が起きたのかも理解出来ないままに強靱な生命力を誇る命すらも燃やし尽くし、サンドワームの巨体は地面へと崩れ落ちるのだった。
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