第434話

「あーあ、負けちゃったわね。結構いいところまでいっていたのに」


 レイの放ったデスサイズの刃が頭部を斜めに切断した様子を見て、ヴィヘラが小さく溜息を吐く。 

 それでも尚、自分に向かって放たれた槍の如き舌の一撃を回転しながら回避し、同時に掬い上げるような手甲の爪による一撃で切断する。

 放たれた勢いのまま飛んでいく舌の先端を詰まらなさそうに眺めつつも、そのまま流れるような身のこなしでスピア・フロッグへと近づき、足甲に覆われた足で蹴り上げてから手甲の爪で撫でるようにして斬り裂く。

 スピア・フロッグの血と肉片と内臓が周囲へと撒き散らかされ、一瞬だけ周囲に強い血の臭いが漂う。

 だが、その血の臭いも砂漠の風がすぐに吹き散らし、唯一残っているのは魔力で出来た刃で斬り裂いた感触のみ。


「それにしても、せめてあの異常種みたいに体液を出して衝撃を逃がすような真似はしないのかしら? それならそれで、まだ少しは楽しめたでしょうに」

「ん」


 ビューネはそんなヴィヘラに対して短く声を出すと、跳躍したスピア・フロッグが空中から伸ばしてきた舌の一撃を敢えて前方へと向かって跳躍して回避し、そのまま落下してきたスピア・フロッグの横を通り抜け様に持っていた短剣を素早く突き出して胴体を貫く。


「確かに異常種だからこその能力だったのかもしれないけど、それはそれでつまらないわね」


 一言だけで意思疎通が出来たのか、心底から詰まらなさそうに呟き、背後から伸ばされた舌を回避して足甲の踵から伸びている刃で突き刺す。

 先程までは異常種を追いかけるという行動しかしていなかったスピア・フロッグだが、その異常種が倒された瞬間にはそれぞれが自分の意思を取り戻したかのように独自に行動を開始したのだ。


(あるいは、ソード・ビーと女王蜂の時のような関係だったのかもしれないな)


 自分に向かって襲いかかってくるスピア・フロッグの攻撃を回避しつつ、魔力を流して鞭状になった連接剣を振るって1匹、また1匹と斬り裂いていくエレーナ。

 考え事をしつつ、それでも敵を的確に倒していくそのさまは、さすがに姫将軍といったところか。


「グルルルルゥッ!」


 そんなエレーナの近くでは、セトもまた鳴き声を上げながら前足を振るい、あるいはクチバシで、はたまた後ろ足の蹴りでスピア・フロッグの肉体を砕いていく。

 自分達の仲間の数がみるみる減っていくのを見て、やがて勝ち目が無いと悟ったのだろう。1匹のスピア・フロッグが異常種と似てはいるがどこか甲高い鳴き声を上げると、それを合図にしたかのように、まだその場に残って戦闘を続けていた他のスピア・フロッグが四方八方に逃げ始めた。

 逃げ出したスピア・フロッグへと向かって追撃を始めたのはビューネとエレーナの2人。

 レイは異常種の死体を確保しているので動けないし、ヴィヘラは異常種ならともかく普通のスピア・フロッグを相手にしても戦意を掻き立てられないらしく、つまらない戦闘だったとばかりに溜息を吐きながら面倒くさそうに外套についた砂を払っている。

 あれだけの至近距離で戦いをこなし、それでも尚外套に血の一滴もついていない辺りはヴィヘラの技量がどれだけ高いのかを表していた。


「ん!」


 少しでも多く金を稼ぐ必要のあるビューネは、背中を見せて周囲に散らばって逃げていくスピア・フロッグの背へと右手の短剣を刺して動きを止め、同時に左手の短剣で動けなくなったスピア・フロッグの命を絶つ。

 エレーナはと言えば、連接剣を鞭状にして数匹のスピア・フロッグの胴体を切断し、あるいは風の魔法を使って斬り裂いていく。

 そのまま5分程の追撃戦を終えた後、周囲に残っているのは50匹近いスピア・フロッグの死体だった。


「ふぅ、ふぅ。……相変わらずお二人とも足が速いですね。お待たせしました。……おや?」


 スピア・フロッグを片付けて数分程経つと、ヴィヘラやビューネが雇っていたポーターが多少息が荒いながらもようやく追いついてくる。


(いや、これはポーターが遅いんじゃなくて、ヴィヘラとビューネの足が速いんだろうな)


 異常種の死体を見上げながら呟くレイ。

 そんなレイに向かって、エレーナが連接剣に付いたスピア・フロッグの血や体液を振り払いながら近づき、声を掛ける。


「どうした? アイテムボックスに収納しないのか?」

「ん? ああ。どうしようかと思ってな。ほら、さっきの件があっただろう?」


 ヴィヘラ達が近くにいるのでさっきの件と口を濁してはいるが、それが何を意味しているのかエレーナにはすぐに分かった。

 何せ、色々な意味で規格外な存在のレイが、短時間とは言っても気を失ったのだから、そう簡単に忘れられる筈も無い。

 だが……


「そうは言っても、ストーンパペットやソード・ビーの死体は普通に回収していただろう? なら特に問題は無いのではないか?」

「……おお」


 エレーナからの言葉を聞き、思わずといった風に頷く。

 確かにこれまでにも異常種をミスティリングに収納してきたのだ。それを思えば、今レイの側にある異常種の死体も当然収納が可能だというのは明らかだった。

 その辺に考えが及ばなかった辺り、余程魔石の吸収で魔力の逆流を食らったのが衝撃だったのだろう。

 ともあれ、このまま死体を砂漠に出しておけば血の臭いが原因でまた他のモンスターが集まってくる可能性がある。そう判断し、さっさとミスティリングへと収納する。


(逆に考えてみれば、これを餌にして近寄ってくるモンスターを倒すって手段もありなんだよな)


 スピア・フロッグの回収を完了したレイだったが、近づいてくるヴィヘラに気がつくと内心の動揺を隠すようにして口を開く。


「残念だったな。勝負は俺の勝ちになったらしい」

「ふふっ、そうね。折角私達の方が早く見つけたのに残念だったわ」

「確かにな。やっぱりレイが倒したサンドワームの死体を目当てにしたのか?」

「……あ」


 エレーナの言葉に、少し離れた場所にあるサンドワームの死体へと視線を向ける。

 スピア・フロッグの騒動で、回収するのをすっかり忘れていたのだ。だが……


「あらあら、残念だったわね」


 レイの視線を追ってサンドワームの死体を見たヴィヘラが、小さく肩を竦めて呟く。

 異常種が狙った時には無事だったサンドワーム5匹分の死体だが、異常種が倒されて混乱したスピア・フロッグが逃げる時に物のついでとばかりに食っていったのか、あるいは単純に移動するのに邪魔だったから攻撃したのか。とにかく、身体中の至る場所に傷跡がついており、素材の類に関しても剥ぎ取るのは労力の無駄だろうという程度にはボロボロになっている。


「……はぁ。いやまぁ、いいけどな」

「あら、いいの?」


 予想外のレイの言葉に、小さく驚きの表情を浮かべるヴィヘラ。

 だが、エレーナは何となく納得の表情を浮かべる。

 そもそも、レイが欲しているのは魔獣術で吸収する魔石なのだ。そして目の前にあるサンドワームの魔石は既に複数個入手しており、吸収も完了している。……もっとも、スキルは何も習得出来なかったが。

 これが魔石を1個しか入手出来なかったサンドスネークやグランド・スコーピオンであったら、恐らく目を剥いて怒りを露わにしていたのだろう。


「ん!?」


 レイやエレーナと話しているヴィヘラの背に、ビューネの声が掛けられる。

 いつも通りに一言で、尚且つ無表情ではあるのだが、それでもどことなくその一言には怒りが込められているようにレイやエレーナには感じられた。

 まぁ、自分やポーターが必死になってスピア・フロッグの素材や魔石、あるいは討伐証明部位の剥ぎ取りを行っているのに、呑気に話をしているのを見れば幾ら感情が希薄なように見えるビューネでも怒るのは当然だろう。

 もっとも、ビューネの場合は感情を表情に出さないだけで、しっかりと喜怒哀楽があるというのはこれまでのやり取りでレイにしろ、エレーナにしろ理解していた。でなければ何かあるごとにセトやイエロを撫でたがったりはしないだろうと。


「はいはい、分かりました。お嬢様の仰せのままにってね」


 小さく肩を竦め、ビューネから解体用のナイフを1本借りてスピア・フロッグの剥ぎ取りに掛かる。


「……ああ」


 その様子を見て、思わず納得の声を上げるレイ。

 装備が装備である為、必要最小限の道具すらも持っていないのだ。

 確かに自分達と共に行動していた時も、モンスターの素材を剥ぎ取る時にはビューネからナイフを借りていたな、と思い出す。


(けど、ソロで行動することも多いって聞いているけど、その時はどうするんだ? ……手甲を使うのか)


 石で出来た……いや、魔法金属になりかけであったストーンパペットの身体すらも斬り裂くことが出来るのだから、普通のモンスターなら全く問題無く剥ぎ取りが出来るのだろう。


「レイ、私が倒した分も剥ぎ取りをするから手伝ってくれ」

「ん? ああ、分かった」


 エレーナに頼まれ、レイもまたいつも使っている剥ぎ取り用のナイフを取り出してスピア・フロッグの剥ぎ取りを始める。

 スピア・フロッグの討伐証明部位でもある右前足を切り取り、次に素材となる槍のような舌を切り取る。この時に注意が必要なのは、なるべく舌の根元から切り取ることだ。

 伸縮自在でしなやか、更に斬撃にもある程度の耐性を持ちながら、舌の先端部分は低ランクモンスターの革で作ったレザーアーマー程度なら容易に貫通する。

 武器として槍の穂先に使用してもよし、あるいは使い手自体が非常に少ないが多少手を加えて鞭として使用するもよしと、その他にも多種多様な需要のある素材でもある。

 次に美味であるとされる後ろ足2本を切り落とし、最後に心臓から魔石を取り出す。

 スピア・フロッグ自体がそれ程大きくなく、そしてエレーナとセトが倒した数もヴィヘラ達に比べれば少数だということもあって、剥ぎ取りの作業が終わるのはそれ程時間が掛からなかった。

 ヴィヘラ達とエレーナ、セトの戦っていた場所はある程度の距離が離れていたので、どちらが倒したモンスターかというのを考えなくても良かったというのも短時間で剥ぎ取りが終わった理由だろうが。


「ふぅ、取りあえず終わったわね。……で、倒した異常種はどうするの?」


 最後に取り出した魔石をポーターの男へと渡しながら尋ねるヴィヘラに、レイは異常種が倒れていた場所へと視線を向ける。


「どうすると言われても、この異常種に関してはシルワ家が買い取ってギルドの方に回して色々調べるって話だしな。まさか素材の類を剥ぎ取ることは出来ないだろ」

「まぁ、そうでしょうね。なら、そろそろ地上に戻らない? さすがにこの砂漠は外套があっても暑いし。ああ、勝負に関しては結局私の負けでいいわ」

「勝っても意味の無い勝負だったけどな」

「あら? やっぱり分かった?」


 異常種から視線をヴィヘラの方へと向けて告げると、笑みを浮かべて言葉を返す。


「当然だろ。まぁ、どのみち俺が要求するような事は殆ど無かったからな。別にいいさ」

「そう断言されると、それはそれでちょっとプライドに傷が付くわね」

「んー!」


 サンドワームやスピア・フロッグの強い血の臭いがしている場所で平然と言葉を交わす2人。

 そんな2人へと向かい、ビューネがダンジョンから出ようと、言葉ではなく視線で告げてくる。

 ビューネにしてみれば、最大の目標でもあった異常種を横から掻っ攫われた形になったのだから、これ以上ここにいても意味は無いといったところか。

 ただし、この依頼を受けている者が得た素材や魔石、討伐証明部位といったものはシルワ家が通常より高く買い取ってくれるのだから、考えようによっては稼ぎ時と言えるのかもしれないが。


(いや、体力的な問題か。何だかんだ言っても、まだ10歳だしな)


 ビューネを見ながらそう考えたレイは、隣にいるエレーナへと視線を向ける。

 レイと同じことに思い当たったのだろう、どこか心配そうにビューネへと視線を向けていた。


「そうね、確かに砂漠を移動して疲れたし、ゆっくりしたいわ。どう思う?」

「私もビューネさんと同意見です。今回の依頼の標的は私達で仕留めることは出来ませんでしたが、ヴィヘラさんやビューネさんが倒したモンスターの数を思えば、十分すぎる収入になるかと」


 ポーターの男も賛成し、ヴィヘラとしても目の前で標的の異常種を持って行かれた以上は気分が乗らなかったのだろう。ビューネとポーターの男に頷き、レイの方へと視線を向けてくる。


「どうせなら一緒に帰らない? 異常種ももういないことだし、別々に行動するよりは一緒に行動した方がいいでしょ?」

「俺は構わないが……どうする?」


 レイとしては、盗賊のビューネが一緒にいるというのは心強い。その為、隣にいるエレーナへと尋ねるが、そのエレーナは溜息を吐いてから口を開く。


「レイに変なちょっかいを出さないのなら許可しよう。……ビューネも心配だしな」


 こうして、レイ達とヴィヘラ達は合流して魔法陣のある小部屋へと向かうのだった。

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