第423話

 目の前に存在している、幾つもの斬撃の痕が残る岩を確認するように触れるレイ。

 エレーナとセトもまた、興味深げにその岩へと視線を向けている。


「どうやら、飛斬の威力は十分に上がっているらしいな。ただ、飛ばせる斬撃は相変わらず1つのままだが……レベルが上がるともっと増えるのか、それともずっと1つのままなのか。その辺が分からないのがちょっと残念だ」

「それは少し贅沢というものだろう。こうしてみる限りでは十分な威力を持っているし、ある程度連射も可能なのだから」

「……確かに贅沢を言う必要も無いか。相変わらずサンドスネークの魔石で飛斬の性能が上がった理由は分からないけど」


 小さく肩を竦め、それでもここ暫く魔石の吸収では習得出来なかったスキルを習得出来たのは嬉しいのだろう。小さく、だが確実に満足そうな笑みを浮かべる。

 そんなレイを、こちらも笑みを浮かべて見ていたエレーナだが、やがて周囲を見回しながら口を開く。


「それでどうする? 夕方も近くなってきたし……もう戻るか?」


 その言葉に、周囲の様子を見回すレイ。

 魔石の吸収をする前にセトに周辺に誰もいないのを確認して貰ったので、自分達の様子を探っているような者はいない。

 またレイ本人は気がついていなかったが、魔石の吸収でスキルを習得したセトが歓喜の雄叫びを上げたことにより周辺に存在していたモンスターも自らの巣穴に戻るか、あるいは逃げ去っている。

 よって、この周辺一帯は珍しい程に安全地帯であると言ってもよかった。


「そうだな。もうちょっとこの地下12階層の様子を見てはみたいけど、それで変に欲を出したりすれば碌な目に遭わないだろうし」

「そうか? ……ふむ、そういうものか」


 多少残念そうな口調で呟くエレーナ。だが、すぐに自分が抱えているイエロに気がついたのだろう。しょうがないとばかりに頷く。


「残念だが……明日から砂漠の階層を抜けるまでは、イエロは宿で休ませておいた方がいいだろうな。幸いイエロは私の使い魔で、魔力的なラインが繋がっている。それなら私の魔力波長と同じだから、私が到達した階層であれば転移出来る筈だ」

「……キュ」


 いやいや、と首を振りながら小さく鳴き声を上げるイエロだったが、それでもエレーナはその背を撫でながら断固として首を振る。


「駄目だ。お前がもっと大きくなって、暑さや寒さに強くなっていたら話は別だったのだろうが、今のお前はまだ幼い。それを考えれば、ここで無理をさせるような真似は出来ん。……分かってくれるな?」

「キュ」


 残念そうにしながらも、それでも自分の状態が危険だというのは理解しているのだろう。エレーナの方を見上げながら小さく鳴く。

 そんなイエロの頭をゆっくりと撫でながら、エレーナはレイへと目線で合図を送って魔法陣のある小部屋へと向かう。

 その後を追いながら、レイもまた周囲の景色を眺めながら歩き出す。

 目に見えるのは、まだまだ明るい空の青さ。確かに時間としてはもう少しで夕方――レイの体感時計で言えば午後3時か4時くらい――なのだが、真夏である今はまだまだ太陽が頑張って自己主張を繰り返している。


(とは言っても、この次の階層に向かえるだけの時間は無いだろうしな。ならここは少し早いけど、今のうちに戻った方がいいだろう)


 内心で呟き、そのままセトと共に魔法陣の部屋へと入り、ダンジョンの入り口へと転移する。






「やっぱりこの時間だと、まだ殆ど人の姿が無いな」

「ああ。だが、もう数時間もすればダンジョンから戻ってくる冒険者でここも賑わうだろう」


 転移装置の前で周囲を見回しながら口を開くレイに、エレーナはそれも当然だろうとばかりに空を見上げて言葉を返す。

 どこまでも高く、一片の雲すらも無い高く青い空。今日最後の働きだとばかりに、太陽は強烈な日光を地上へと降り注いでいる。

 普通ならこの暑さに参るのだろうが、レイ達は地下12階の砂漠から戻ってきたばかりであり、更に言えば砂漠対策の外套や温度管理が可能なドラゴンローブを身につけている。それだけに転移装置の近くにいる数少ない冒険者や、あるいはまだ自分達を雇う相手を待っている聖光教の冒険者達のように暑さに参るということはなかった。

 いや、寧ろ砂漠の暑さに参っていたイエロはようやく元気を取り戻したといったところか。


「とにかく、今日の分の素材やら魔石やらをギルドで売ってから何か買い食いでも……」


 ここ最近のお決まりのコースをエレーナやセト、イエロと共に向かおうとしたその時、まるで待っていたかのように数人の冒険者がレイ達の方へと向かってくる。

 その冒険者は、レイ達が地上に転移してきた時に近くで待機していた者達。


(てっきりこれからダンジョンに潜るのか、あるいは誰かが戻ってくるのを待っているのかと思ったが……いや、待っていたのは俺達だった訳か)


 微妙に面倒そうな予感をしつつも、近づいてくる冒険者の方へと視線を向けるレイ。

 その視線を受け、冒険者達の足が止まる。

 じっとお互いがお互いの出方を待って数秒。やがて冒険者達の方からリーダー格だろう1人が前に進み出て口を開く。


「レイさんとエレーナさんで間違いないか?」


 予想外に丁寧な問いかけに、軽く驚きの表情を作りつつもレイは頷く。


(このパターンで声を掛けられる時は、大抵面倒ごとに巻き込まれるものだとばかり思ってたんだけどな)


 内心でそう考えつつ、冒険者の男に話の先を促す。


「確かに俺はレイで、こっちにいるのはエレーナだ。で、そっちは?」

「俺はレビソール家の使いの者だ。レビソール家当主のシャフナー様が2人に会いたいといっているんだが、一緒に来て貰えないか?」


 レイとエレーナ、そしてセトとイエロという目立つ一団であっただけに、周囲にいる数少ない冒険者達はこっそりと聞き耳を立てていた。だが、その会話にレビソール家という名前が出てくるとさすがに黙ってはいられなかった。


「おい、レビソール家って……」

「けど、あのパーティってシルワ家と関係があるんじゃ無かったのか?」

「え? 何それ? 俺が聞いた話だと、どこかの食堂でシルワ家の人間と揉めたって聞いたぞ?」

「確かにそれはあったけど、その後ダンジョンでその揉めた奴等を助けたんだよ。で、それを聞いたボスクさんがギルドに直接出向いて礼をしたって話だ」

「……本当か? あのボスクが?」

「本当らしい。後は、フラウト家のビューネともちょっと関係があるって話だったけど……ま、そっちはもう没落したからあまり関係は無いか」


 そんな風に仲間同士小声で話している内容を聞きつつ、レイは声を掛けてきた男へと視線を返す。

 レイにすれば、レビソール家と言うのは以前自分達に因縁を付けてきた自称盗賊が仕えている家の筈だ。そして、レビソール家と敵対したらどうなるか分かっているのか、という風な捨て台詞を残されているのだ。そんな状況である以上、警戒しないというのはあり得なかった。

 冒険者の男の方も自分達が警戒されているのを理解したのだろう。数秒程考えてから、改めて頭を下げる。

 その行動に一緒にレイ達を迎えに来ていた冒険者達も驚きの表情を浮かべるものの、特に何を言うでもなく無言で控える。


「お前さん達と揉めた男は既にレビソール家を首になっている。あの男が何を言ったのかは分からないが、少なくても今はレビソール家がお前さん達と敵対するようなことはないと約束しよう」

「……どうする?」


 正直な話、レイとしては目の前の男にやりにくさを感じていた。こうして大勢の人の前で堂々と頭を下げ、レビソール家の非を認めたのだ。それも、自分自身が理由では無いというのに。

 そんな状況である以上、ここで男の求めを断ったりすればまず間違いなく自分達にとって色々と面白くない状況になるのは明らかだ。

 レイにとっては周囲の状況が悪化しようともそれ程気にはならないが、今はエレーナが共にいるし、レイとしても自ら好んでそんな状況を招きたいとも思わない。

 数秒で考えを纏め、やがて口を開く。


「分かった。そっちの招待に応じよう。そうするのがベストの選択肢らしいしな。……で、どうすれば?」


 向こうにしてもレイがその答えに行き着くのは計算通りだったのだろう。躊躇いも無く口を開く。


「こちらで馬車を用意してある。他に用件が無いようなら、早速案内したいと思うが?」

「用件というか、素材や魔石をギルドに売りたいんだけどな」


 その言葉に、男の背後に控えていた冒険者達は訝しげな表情を浮かべる。素材や魔石とは言っているものの、レイやエレーナが特に何かを持っているようには見えないからだ。

 勿論レイはドラゴンローブを、エレーナは砂漠用の外套を纏っており、その中に魔石を仕舞い込むことは可能だろう。だが、その場合でも対した量では無い筈、と。

 だが、レイと話していた男だけは特に何の違和感も覚えていないように頷いてから口を開く。


「悪いが、そっちに関しては後にして貰えると嬉しい」

「……何?」


 男の言葉を聞き、幾つかの事実と疑問を抱くレイ。


(ミスティリングの件は知っていて、ギルドには寄らせたくない? ……どうやら何か色々と面倒事が起こっているらしいな)


 同様の疑問をエレーナも抱いたのだろう。レイに視線を向けて小さく頷きを返す。

 それだけでここは取りあえず男の提案に乗ってみるのがいいだろうとお互いの意思疎通を終えた。


「分かった、そっちの言い分に従おう。ちなみにセトやイエロも一緒で構わないんだよな?」


 チラリ、とレイは自分の側で暢気に欠伸をしているセトと、その背の上で完全にリラックスしながら寝転がっているイエロへと目を向けて尋ねる。


「こちらとしては構わない。ただ一緒に来ても屋敷の中には入れられないが……」

「ああ、分かっている」

「なら問題は無い。では行こうか。……おい」

「はい」


 男の言葉に冒険者が頷き、素早くダンジョン前の広場から走って去って行った。

 それを見送り、レイとエレーナを案内するかのように先に立ち歩いていく。


「じゃ、行くか」

「ああ。……それにしても、何が起きてると思う?」

「さてな。それに関してはレビソール家に到着すれば教えてくれるだろうよ」


 話しながら男の後を追い、門から外に出るとそこには既に馬車が待っている。

 特にこれといった目立つ作りにはなっておらず、しかし素材そのものは一流といってもいい極上の素材を使われて作られている馬車だ。


「へぇ。随分と立派な木材だな」

「ダンジョンに出てくるウッドゴーレムの素材を使って作られている馬車だ。この馬車でシャフナー様が2人に対して気を遣っているというのを感じて貰えるとありがたい」


 馬車を見て感心の声を上げるレイに、男がそう言いながら扉を開けて車体の中へと案内する。

 その言葉に小さく頷き馬車の中へと乗り込むと、レイ達の案内役を命じられている男が御者台にいる冒険者に合図を送り出発した。

 尚、セトは当然の如く車体には乗れないので馬車の横を歩き、馬車を引っ張っている馬を怯えさせている。


「……で、馬車に乗ったんだし、そろそろ何の用事で俺達を呼んだのかを教えてくれてもいいんじゃないか?」

「少し話したいことと依頼があると聞いてはいるが、詳しい話までは聞かされていない。シャフナー様に会ってから直接聞いて欲しい」

「ふむ、なるほど。余程に用心深いのか?」

「どうだろうな」


 エレーナの呟きに、言葉を濁しつつも言外に否定するレイ。

 まだエグジルに来てからそれ程長くは無いが、それでもこの迷宮都市で過ごしていればエグジルを治めている3家の評判はそれぞれ耳に入る。

 そうして聞いた話では、シルワ家は当主が精力的でダンジョンの攻略に熱心であったとしても、その若さが不安要素となっている。マースチェル家は商業に力を入れており、そしてレビソール家は可も無く不可も無くといったところだった。

 ただし、雇っている人材に色々と難があり街中で横暴な行動を取ることも多いとか。


(あの自称盗賊を考えればそれも当たりかもしれないが……)


 内心でそう考えつつも、自分の目の前に座っている男へと視線を向ける。


(こんな男も雇っているのを考えれば、噂はあくまでも噂でしかないってことだろうな。事実、シルワ家に雇われている奴だって食堂で騒ぎを起こしてたんだし)


「何か?」

「いや、何でも無い」


 自分に向けられている視線に気がついたのだろう。そう尋ねてくる男に、レイは小さく首を振る。

 それ以後は無言のまま馬車は進み、エグジルの東へと向かい……やがて30分程でようやく停止した。


「到着した、早速シャフナー様の下に案内したいと思うが、構わないか?」


 その言葉にレイとエレーナは視線を合わせて小さく頷き、レイが口を開く。


「ああ、構わない。こっちも時間が無駄にある訳じゃないんでな」


 そう言いながら馬車を降りると、レイやエレーナの目の前にはギルムにある領主の館程もある大きな屋敷が広がっていた。

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