第422話
「ふぅ、何とかここまでこれたか。……レイ、エレーナ、セト。ここまで護衛してくれて助かった」
地下12階の魔法陣がある小部屋。そこで上の地下11階から降りてきたばかりのプレアデスは安堵の息を吐きながら2人と1匹に声を掛ける。
「いや、私達としても砂漠の階層について知ることが出来たからな。損は無かったよ」
事実、下へと降りる階段が砂漠で剥き出しになっていると知らなければ、地下11階でもっと手間取っていただろう。例えセトが上空から周囲を探索していたとしても、自分達が降りてきた時に存在した小部屋を探すのと、剥き出しになっている階段を探すのは全くの別物なのだから。
「グルルルゥ」
それを理解しているのだろう。プレアデスに言葉を返したエレーナに同意するようにセトが喉を鳴らす。
「……そう言って貰えると助かる。じゃ、俺達はそろそろ地上に戻らせて貰うよ。オティス、シャール」
「うん、2人ともありがとね。……セトも。今度地上であったら何か奢るから」
「レイ、また機会があったらマジックアイテムを見せてくれると嬉しい。それとこの階層は上とはまた違った砂漠だから、探索するなら気をつけてね」
プレアデスが促し、3人は階段の近くに設置されている魔法陣を使って転移していく。
その姿を見送り、レイとエレーナは周囲を見回す。
「グルルルゥ?」
2人の様子を見ながら、どうするの? と小首を傾げて尋ねるセト。
それに答えるかのように、エレーナもまた口を開く。
「で、どうするのだ? 私としてはイエロの問題もあるから、今すぐこの階層を探索するのはちょっと躊躇うが」
イエロがレイのドラゴンローブの懐にいる以上、レイはデスサイズを使った戦闘は出来ない……とまでは言わないが、それでも控えた方がいいだろうというのは明らかだった。もう少しイエロが大きくなっていれば話は別だったのだろうが、何しろまだ子竜だ。レイの戦闘に付き合わせれば、色々と不味いことになる可能性は非常に高い。
「そう、だな。昼を過ぎてから既に数時間は経っているし、それを思えば明日の探索に備えて多少外の様子を見て……ああ、それと地下11階で入手した魔石の吸収を済ませておくか」
呟き、脳裏で魔石の数を数える。
サンドワームの魔石が3つ、サンドスネークとグランド・スコーピオンの魔石がそれぞれ1つずつ。
(サンドワームの方はともかく、他の2つはどう分けるかが問題になってくるな。この地下12階でも出てくればいいんだけど)
そんな風に考えつつエレーナとセトへと視線を向けると、特に異論は無いのだろう。1人と1匹は小さく頷き、あるいは喉を鳴らす。
「よし、じゃあ早速外で吸収をするか」
「む? ここでやった方が良くは無いか? 上の階と同じなら、この部屋の外は延々と砂漠が広がっている。プレアデス達のように、この階層で活動している冒険者に見られる可能性があるぞ?」
レイのことだけに心配なのか、いつもの凜とした表情の中にも憂慮する色を浮かべつつ告げる。
だが、そんなエレーナの言葉を聞いてもレイは小さく笑みを浮かべたまま自分の隣にいるセトの背中へと手を伸ばす。
「心配ない。魔石の吸収をする前にセトに周辺の警戒をしてもらうからな。他の冒険者は勿論、モンスターの類がいても厄介だし。空を飛べるセトが偵察出来る外と比べると、転移魔法で突然この魔法陣から姿を現す冒険者を警戒する方が大変だよ。……な?」
「グルルルゥッ!」
任せて! と自信満々に喉を鳴らすセト。
それを見てようやくエレーナもまた安心したのだろう。小さく頷くとそっと手を伸ばしてセトの頭を撫でる。
「じゃあ、事前偵察の方はよろしく頼むな」
「グルゥ」
エレーナの言葉にも喉を鳴らしたセトと共に、一行は魔法陣と階段のある小部屋から外へと出るのだった。
「……へぇ。また、随分と変わったな」
「そうだな、とても地下11階と同じ砂漠フィールドとは思えない眺めだ」
小部屋を出て、早速とばかりにセトが空から周辺の様子を探っている間、レイとエレーナもまた周辺の様子を眺める。
もっともセトのように周囲を警戒するというよりは、景色を楽しむといった面の方が強いのだが。
地下11階は見渡す限り砂の海で、まさに砂漠というイメージそのままの景色だった。それに比べると地下12階層は砂丘の類は一切見えず、普通の土の地面が延々と広がっており、多数の岩やサボテンの生えている姿も見える。
砂漠は砂漠でも、俗に言う岩石砂漠だった。
(微妙に厄介だな)
内心で呟きつつ、多数ある巨大な岩へと視線を向けるレイ。
これだけ多くの岩があるということは当然それだけ隠れる場所も多いということであり、非常に不意打ちに適しているということになるのだ。それだけでは無く、今のようにセトが上空を飛んでも視線だけでは地下11階のように周囲の様子を完全に探れるという訳でも無い。嗅覚、聴覚、第六感といったものがより重要になってくるだろう。
「セト、頼む」
「グルゥ」
レイの言葉に小さく鳴き、そのまま数歩の助走を経て空へと飛び立っていくセト。
その姿を地上から見上げつつ、地面に落ちている石を拾う。
「どうした?」
「いや、一応この石でも武器になると思ってな」
「……レイの場合は槍があるんだから、わざわざ石を集める必要は無いと思うが。特に砂漠の石なんて、周辺環境のせいで当たってもすぐ砕けそうだし」
「そうかも……なっ!」
その言葉と共に、手首のスナップだけを使って石を投擲する。
レイにしてもただ何となく思いついたことを口にしただけで、本気で武器として使うつもりはなかったのだろう。
そんな風にしながら数分程会話をしていると、やがてセトが翼を羽ばたかせながら地上へと降りてきた。
「グルゥ」
問題無いと喉を鳴らす様子を見て、周辺に他の冒険者はいないと判断する。
それでも一応念の為ということで小部屋から少し離れた高さ5m程の岩の下へと移動し……
「さて、早速魔石の吸収を始めるか。まずは2個以上あるサンドワームだな。セト」
呟き、ミスティリングから取り出したサンドワームの魔石をセトの方へと放り投げる。
それをクチバシでキャッチし、そのまま飲み込み……
「駄目、か」
「グルルルゥ」
残念そうに鳴くセトの頭を慰める意味も込めて一撫でしてから、セトの背の上にドラゴンローブの内側で丸まって眠っているイエロを置き、次は自分の番だとばかりにサンドワームの魔石を空中に放り投げ、デスサイズを振るう。
空間そのものを斬り裂くかのような、鋭い一撃。サンドワームの魔石は空中で一瞬にして切断され、そのまま消えていく。……スキル習得のアナウンスの類は一切無いままで。
「こっちも駄目か。……地下10階までの洞窟のモンスターのことを考えると、ダンジョンのモンスターとは相性が悪いのか?」
「継承の祭壇の時はどうだった? あの時も色々と魔石を手に入れていただろう?」
何気なく呟いたレイの言葉にエレーナが言葉を返し、それを聞いたレイは記憶を探り……
「飛斬やパワースラッシュ、水球とか他にも何個か習得したな」
「それを思えば、別にダンジョンとの相性が悪いわけでは無いだろう? いやまぁ、私達が潜ったダンジョンとここのダンジョンでは大きさそのものが違うから、相性の問題もあるかもしれないが。……とにかく、スキルを習得出来ないのは残念かもしれないが、それで落ち込む必要は無いということだ。別にスキルを習得出来ないのはレイやセトが悪い訳では無いのだから」
励ますかのように声を掛けてくるエレーナの言葉に、レイは小さく頷く。
気を取り直して取りだしたのは、グランド・スコーピオンの魔石。
地下11階の中でも上位に位置するというモンスターの魔石であれば、さすがにセトでもデスサイズでもスキルを習得するだろう。そう考え、どちらに魔石を吸収させるのかを迷い、瞬時に決断する。
「セト」
「グルルゥ?」
自分でいいの? と小首を傾げて尋ねてくるセトに、レイは小さく頷く。
それを察知した訳でも無いだろうが、セトの背で暑さに潰れていたイエロは小さく羽ばたきながらエレーナの腕の中へと向かう。
その様子を眺めつつ、レイの中にも多少の逡巡があった。それでもセトへと現在持っている中で最も有望そうなグランド・スコーピオンの魔石を吸収させると判断した理由は、セトのスキルにあった。
現在セトが所有しているスキルの中で最もレベルが高いのは、共にLv.3のファイアブレスと毒の爪。そしてグランド・スコーピオンは毒の攻撃を得意としている。つまり、セトの毒の爪が更に強力になるのではないか。そんな期待もあってセトの方へと魔石を放り投げ、それをクチバシで加えて即座に飲み込む。
【セトは『毒の爪 Lv.4』のスキルを習得した】
脳裏に流れる、アナウンス。久しぶりに聞こえたそれに、思わず安堵の息を吐く。
ここ暫く全くスキルを吸収できていなかっただけに、やはり多少の不安はあったのだろう。
「グルルルルルルルルルルルルルゥッ!」
安堵しているレイとは裏腹に、セトは喜びの雄叫びを上げる。
周囲に響くセトの鳴き声。
奇しくも、そちらへと移動しようとしていたモンスターの殆どがセトの鳴き声を聞いて本能的に危険を察知して巣穴に潜り込んだり、あるいは進路を変えるのだった。
「スキルの習得に成功したのか?」
少し興奮気味に尋ねてくるエレーナに、レイは笑みを浮かべながら頷く。
その手は喜びに身体を震わせているセトの背を撫でている。
「で、どのようなスキルを習得したのだ?」
「新しいスキルじゃなくて、既存のスキルを強化する形だけどな。毒の爪がより強力になった」
「毒の爪? ほう、確かにグランド・スコーピオンらしいと言えばらしいスキルだな。それに、セトにとっても便利なスキルでは無いか? 何しろ派手なスキルだと他の者の前では使いにくいが、毒の爪だとそれ程派手ではないのだから」
「そうだな。そういう意味では当たりのスキルだ。ただ、グリフォンであるセトの中で毒が最も強力なスキルとなったのはちょっと思うところがあるけど……」
「それは確かに」
毒の爪というスキルがグリフォンであるセトに似合っているかどうかで言えば、2人共が否と答えるだろう。
特にセトのイメージとしてここまで合わないスキルというのも珍しい。
(まぁ、だからこそ相手の意表を突けるんだろうけどな)
そもそも普通のグリフォンは毒を使ったりしない以上、その効果は絶大だ。エレーナが口にしたように、派手なスキルでは無い為にセトのことを知らない者がいる場所でも普通に使えるし、更にはLv.4となったことで毒も更に凶悪なものになっている筈だ。それを思えば、初見殺しとしか言えないスキルだった。
「グルルルゥ」
ようやく落ち着いたのだろう。遠吠えの如く鳴いていたセトがレイへ撫でれ、とばかりに頭を擦りつけてくる。
そんなセトに、笑みを浮かべながら頭を撫でてやるレイ。
エレーナはレイとセトの様子を眺めつつ、ほんわかとした気持ちで小さく微笑を浮かべていた。
そのまま数分。存分にセトの頭を撫でていたレイは、次は自分の番だとばかりにミスティリングからサンドスネークの魔石を取り出してデスサイズへと意識を集中する。
「さて……セトがスキルを習得したんだ。なら、俺も!」
呟き、持っていた魔石を空中へと放り投げてデスサイズを一閃。
空間すらも斬り裂くかのような斬撃を放ち、次の瞬間には魔石が綺麗に切断されて消滅する。
【デスサイズは『飛斬 Lv.3』のスキルを習得した】
そんなアナウンスが脳裏を過ぎる。
「……は? 何で飛斬?」
予想外の困惑に、思わず持っていたデスサイズへと視線を向けるレイ。
だがそうしたところで何が変わる筈も無く、デスサイズは相変わらずそこに存在していた。
「レイ? どうしたのだ? スキルの習得が出来なかったとかか?」
どこか不審な様子が心配になったのだろう。思わずといった様子で尋ねてくるエレーナだが、レイはそれに対して小さく首を振る。
「いや、ちょっと予想外のことが起きてな」
「予想外?」
「ああ。サンドスネークの魔石を吸収して習得したスキルが飛斬のLv.3だった」
「飛斬……というと、あれか。斬撃を飛ばす」
使いやすいスキルの為、レイが多用するので強く印象に残っていたのだろう。そう尋ねてくるエレーナの言葉にレイは頷く。
「ああ。けど、何でサンドスネーク……あの蛇のモンスターから飛斬のスキルを習得出来るのかが分からなくてな」
「それは……サンドスネークの攻撃方法に何かそれらしいものがあったのではないか?」
「確かに考えられるとすればその辺なんだろうが……まぁ、それでもスキルの習得に関してはちょっと怪しいところがあったが、習得出来たのは嬉しいことだし、ちょっと試してみるか」
自分を納得させるように呟き、飛斬の威力がどこまで上がったのかを確かめるレイ。
尚、後日判明することだが、サンドスネークは毒を持っている牙を飛ばすという攻撃方法を希に行うことがあることを知り、飛斬がパワーアップした理由を知ることになる。
【セト】
『水球 Lv.2』『ファイアブレス Lv.3』『ウィンドアロー Lv.1』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.4』new『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』『アイスアロー Lv.1』『光学迷彩 Lv.1』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.2』『飛斬 Lv.3』new『マジックシールド Lv.1』『パワースラッシュ Lv.2』『風の手 Lv.2』『地形操作 Lv.1』
毒の爪:爪から毒を分泌し、爪を使って傷つけた相手に毒を与える。毒の強さはLvによって変わる。
飛斬:斬撃を飛ばすスキル。威力はそれなりに高いのだが、飛ばせる斬撃は1つのみとなっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます